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代理戦争  作者: 卯骨啓
始まり
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始まり2

『さぁさぁ、戦争もそろそろ終わりか!?ベトナム虫の息いいいい!!』


テレビではベトナム対アメリカの戦争をスポーツ中継さながら中継している。

そこに映るのはまるでゲームのようなフィールドと、数人の兵士。

だが、これは遊戯ではなく、歴っとした戦争なのである。

これが今の戦争―”代理戦争”である。

かつて代理戦争とは、衛星国による戦争の代理であったが、今は違う。

今の”代理戦争”とは、1国につき5人以下という少数の兵士に、国の行方をめぐって戦わせるものを指す。

この戦争の勝利条件はどちらかが全滅、投降、もしくは戦闘が不可能になること。

殿などは存在しない。ただただ、全滅を狙うのである。

例えば今なら、アメリカが4人、ベトナムが5人で戦争は始まり、兵士達は互いの人数は知らないものの、勝利の合図がなるまで戦い続ける。

この戦争の利点は、1回の戦争で多くても10人しか犠牲者が出ないことである。


再び滅亡の危機が訪れることは決してない、と。

そのため理想の戦争だといわれている。


また、この戦争は不正防止のためなのかどうなのか知らないが、テレビ中継されている。

戦闘が行われている”フィールド”のあちこちにカメラが設置されていて、視聴者はそれをある意味で娯楽のような感覚で見ていた。(もちろん、兵士達がその情報を手に入れることが出来ないように、フィールドは周りと隔離され、兵士達は外と連絡が取れないようになっている)


俺もこの戦争を見ている視聴者の一人だ。

俺は高校生で、今は数学Ⅱの授業中だが、手元のスマホで戦争を(字幕つきで)視聴している。

ちらりと顔を上げると、クラスの大半が戦争を見ているようだった。

一応先生がこちらにやってくる気配がないのを確認してから、もう一度戦争を見る。


現在の生き残りは ベトナム1、アメリカ3である。だが、ベトナムの1人は足を負傷した暗殺者である。

はっきりいってこれは詰んでいる、と誰でも思うだろう。

暗殺者の役目はスナイパーの排除のみにある、と言われている。

静かに、確実に、スナイパーを消す。

代理戦争においてスナイパーが果たす役目は大きく、スナイパー一人で戦争を制した、という伝説もあるくらいだ。だからこそ作戦はスナイパー中心に立てられることが多い。

もしもスナイパーが葬られたことを知らずに作戦を遂行すれば、それは明らかな隙になり、敗北につながる。ベトナムの彼らも、自陣のスナイパーが葬られたことを知らずに作戦を実行し、まんまと策にひっかかった。同時に作戦を決行していた2人は瞬殺され、まぁ、今生き残っている彼は意外と強く、アメリカ側のスナイパーを消すことには成功した。だが、その代わりとして足に深手を負ってしまった。

この戦争はもう既に結末は見えている。

直ぐにベトナムの兵士はアメリカ側の兵に追い詰められ、そして―。


キーンコーンカーンコーン。


ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴り、驚く。

そして、ちっ、と思わず舌打ちをしてしまう。

クラス中が同じような感じである。だが、日直がだるそうに号令をかけるので、従わざるを得ない。

「礼」

「あざっした~」


適当に声を出した後、戦争の行方を見ようと直ぐに画面に視線を落とすが、遅かったようだ。

画面には”USA”と言う文字が映し出されている。

勝ったのはやはりアメリカだった。

さらにその下には、『協定関税制成立』とあり、これが今回の戦争でアメリカが獲得したものである。



(見逃したか…)


いすに深く腰掛け、天井を見上げる。

空気が漏れていく。最後は見たかったのだ。

というのも、戦争の最後というのはなかなか見応えがあり、中継で最も人気な場面の一つだからだ。

自分の死が国の敗北となるので、何とか生きようともがく。その様がなかなか興をそそり、時には命乞いのような叫び声をあげるのもまた―いい。


休み時間となった教室では、その話で持ち切りだった。

ほとんどが仲の良い友達のところに行き、最後を見れなかったことを悔やんだり、ベトナムの敗北がほぼ完全に決まった瞬間の兵達の顔について話したりしている。

確かにそれも良かった。

いざ作戦決行、という時にはすでに当てにしていた自分を援護をする人間はいなかったのだ。

スナイパーにはそれを守る盾役がいるはずなのに。

気付いた瞬間、兵達の顔から血の気が引き、そのまま叫びながら死んでいった。


この時は思わず拳を握って画面に食い入っていた。


「あ~あ…」


だが最後を見れなかった悔しさから、不満が自然と口から声が漏れた。

すると、

「ちょっと秋野~。うっとうしいよ~」

「あ?」

隣からだるそうな声が聞こた。反射的に返した言葉は少し品のないものになる。

腕をはずし横目で見ると、坂下こまいがこちらをジト目で見ていた。

彼女は華奢な体格で顔つきも幼い。そんな彼女がジト目をしていても、ふてくされた子供のようにしか見えない。

そんな彼女だが、笑顔が可愛いとクラスの男子の間ではそこそこ人気で、女子からはまるで小動物のように可愛がられている。

対して俺は見た目はそれなりに整っていて、顔と成績だけならもてるとは思うが、消極的な性格のせいかクラスの中では人気とも、不人気とも言えない立場にいる。

俺は彼女に対しておそらく恋情というものを抱いているのだが、この気持ちを言葉にすることがとても恥ずかしく、また、関係が変わることを恐れて口にすることはなかった。

「んだよ。お前も戦争の最後見たかっただろ?」

俺は何の気なしに投げかけたこの問いに、俺は彼女が当然のように同意すると思った。

しかし彼女の反応は予想と違った。

一瞬、目を見開き、そして泣きそうな顔をした。

「お、おい…。どうしたんだよ」

思いがけない反応に俺はどもり、焦りながら彼女に問いかける。

手を空中で上げ下げしたり、口を開け閉めしたりする俺の姿は、さぞかし不格好であっただろう。

そんな俺の反応を見た坂下は、はっと我に返るような挙動をした後に、眉を下げてわらった。

「いや、えっとね。兵士の人死んじゃうの怖くないのかなぁって。死ぬのはこわいじゃん」

彼女は何かをごまかすように、振り払うように両手を顔の前でぶんぶんと、勢いよく振りながら言う。

「は?兵士は死ぬのが仕事だし、覚悟してるだろ。何が怖いんだよ」

「あ。…うん。そ、そうだよね」


彼女はぽかんとした後、悲しそうに眉を寄せ、うつむいた。

言葉では俺に同意しているものの、煮え切らない反応だった。

一体彼女は何を考えているのだろう。

なぜ当たり前のことを気にするのだろう。

俺はもやもやとそんなことが気になったが、思考の海から這い上がった時には、すでに坂下は次の授業の準備をし始めていた。この話はこれで終わった。



その日の授業はいつもより少し早く終わった。

職員会議があるとかで、6時間目の授業が短縮授業になったのだ。

部活もないため、さっさと帰って昼寝でもしようかと考える。

教室を出ようとした時、後ろから声がかけられた。


「秋野~。帰りにちょっとお茶でもしていかない?」

「え?…あ」


振り返ると坂下がニコニコとしながら、上目遣いでこちらを見つめていた。

先ほどのやり取りとは違い、明るく元気なオーラをまとっている。

これこそ坂下だ。

俺はいつもの坂下にほっと胸をなでおろした。

そしていつも通り、彼女にこたえていく。

「ああ。いいけど。…どこのだ?」

普通に。普通に。そう言い聞かせる。

俺の問いに彼女は首をかしげ、うーん。と悩む。

しばらくしても彼女は答えない。

結構悩んでいるようだ。

俺も一緒になって考える。

すると頭の中には通学路にあるカフェが思い浮かんだ。

「じゃあさ…大通りのカフェなんかはどうだ?」

「ん?そんなのあったっけ?」

適当に上げたカフェだが、彼女は知らないようで首を傾げ続けている。

だが、そんなに経たないうちに考えるのをやめたようで、きらきらと子供の様に目を輝かせ、口を開いた。

「う~ん。他に思いつかないし、そこに決定!ということで善は急げ。いざ出発!!」

「うおっ!?」

そういうや否や、勢いよく俺の手をつかみ、走り出す。

思わず触れている手に意識が向かってしまう。

そしてじわっと、俺のほほに熱が集まるのを感じる。

(ああ。やっぱり坂下の事好きなのか…)

俺の胸は暖かくて、けれどもちょっと苦しい空気に支配される。

手のひらの温度が上がった気がした。


止まることなく走り続ける彼女は俺が挙げた場所を知らない。

そのことにハッと気が付いた瞬間、俺は何とか声を張り上げた。

「場所!! …お前詳しい場所、分からねんだろ!!」

校門まで来ても走り続けようとする坂下に、急いでストップをかける。

彼女は男の俺より足が速い。俺は息が切れていたが、彼女は全く乱れていなかった。

猪突猛進だった彼女はようやく止まり、俺は助かったとばかりに息を整える。

そんな俺を彼女はばつが悪そうに見ていた。

「そういえばそうだったね…。ごめんごめん。大丈夫…じゃないよね。」

俺は坂下のことをじっとにらんだ。

彼女は苦笑いしながら、俺の背中をトントンと叩いていた。

そして俺が落ち着いたころ、また手をつないで、今度はゆっくりと歩き出した。



まだつながっている手を、今度は俺が引っ張る。

大通りのカフェ。そこは女子に人気のカフェとして有名らしいので、彼女も気に入るだろう。

実際外見がとても可愛らしく、花なんかがふんだんに飾られている場所だ。


「あ。もしかしてあれかな?」

「え?あ、ああ。…あれだ!」


雑談をしながら歩いていると、そう経たないうちにカフェが見えてきた。いかにも女性向けのカフェらしい、可愛らしい店が見えてくる。

坂下はその外見が気に入ったのか、歩くペースをあげる。

俺もそれに半ば引きずられるように歩いた。


店の前につくと彼女は早歩きの勢いそのままドアを開ける。

ちりーん。

と、これまたカフェの定番ドアベルが意外にも静かに空気を揺らす。

俺は入るのは初めてだから、かってが分からずに少しだけ戸惑ってしまう。

入り口で少しばかりうろうろしていると、店員が俺たちに気が付いたようで、こちらを向いた。

「いらっしゃいませー」

その声を聴いて助かった、と安堵する。

名残惜しいがさあ手を離さなくては。

そう思い、手の力を緩めた。

だが、そんな俺と相反するように、坂下の手に一瞬だけ力が入った。

一体何だろう。不審に思い彼女の顔を見た。

坂下は一点を驚いたように見つめていた。

「どうした?」

不審に思った俺は坂下の視線の先に目をやる。

瞬間、俺も坂下と同じように固まった。


そこにはさきほど俺たちと目が合ったのとは別の男の店員が一人いた。カフェという空気に違和感なく溶け込むその店員は、日本ではほとんどの人が知っている人に瓜二つだったのだ。


その人間の名前は金省枝零雄えにしだ れお。日本の兵士であり、天才暗殺者と呼ばれる人間だ。戦争中は真剣な表情で、研ぎ立ての刀なんて比でもないくらい鋭い空気をまとっている。鮮やかに、そして静かに仕事をこなす冷酷な人間だと言われている。彼が出た3回の戦争は全て日本の勝利に終わっており、日本の要の一人でもある。だが、暗殺者という役割に似合わず、見た目は非常に派手であった。真っ赤に染めた髪、吊り上がった眼、そしてすらっとした足と細身の体を持つ彼は、一見ただのチャラい人でもあった。


そんな人に瓜二つの人がいたのだ。

その事実に驚いて固まっていた俺であったが、すぐに目の前の店員が金雀枝本人であるわけがないと迷いなく結論を出した。


金雀枝に似ている店員は慣れた手つきで俺たちを席へと案内した。

そこでようやく坂下と俺は手を離した。

お互い席につき、カバンを脇においたころ、先ほどの金雀枝似の店員がお冷を運んできた。


「こちらお冷でございます」


派手な見た目に反して丁寧に接客する彼に好感を覚えた俺は、彼に気軽に話しかけた。


「店員さん、兵士の金雀枝さんに似てますね。よく言われるんじゃないですか」


はっはっはー。よく言われるんですよ。

なんて回答が返ってくるかと思いきや、店員は一瞬きょとんとした後、

はっはっはー、と笑いながら、

「そりゃあ本人ですからね」

なんて…。

なんて。


「え…。ええええええ!」

「ああ。お客様。店内ではお静かにお願いしますよ」

「い、いや…。え?」


金雀枝本人だと宣った彼は人差し指を立てて、口元にそっと添える。

そのしぐさに俺は何とか勢いよくあふれ出る声を抑えた。

言葉が出てこない。

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