6話
はい、本日も反抗期中の胃を宥めている宮尾 鳥子です。
ギリギリと締め付けるような今回の痛みの原因は言わずもがなファーレンだ。先日のトイレ目撃事件から今日で3日目、それまでどんな謝罪をしてこようとベッドに潜り無視を決め込んでいたらとうとう限界を超えたらしく、今現在床に頭を擦り付け……というか打ち付けて所謂土下座スタイルで謝罪を決め込んできた。
怒りというよりは羞恥心により顔を合わせ辛かったので、逆にここまでされると申し訳なさの方が遥かに強くなる訳で。どっと吹き出る汗と胃痛を抑えながら護衛騎士に、どうにかしてとアイコンタクトを送る。だけども護衛騎士はとても良い笑顔を浮かべ首を横に降りながら親指を立てた。いや口パクでもっとやれじゃなくてですね、この状況の打破をお願いしたのですが……。
仮にも主が土下座してるんだからそこは制止しにくる場面の筈なんだけど、先日のマリッサのラリアットを思い浮かべ、ファーレンはあまり部下に慕われていないのだろうかと私は失礼極まりない事を考えていた。
軽い現実逃避が済んだ所で、このままではいけないだろうと恐る恐る声を掛けてみる。
「あ、あのファーレン顔上にして……じゃなくて上げて?」
「!……もう、怒ってないのかい?」
「恥ずかしいしたけど、怒るはしてない。ファーレンいっぱい謝るくれたからもういい。許すするよ。」
「リコッ……!!」
「っファーレン声上昇っ!!」
「あ、ああすまないリコ。」
上擦ったファーレンの声が耳に響き、さっと押さえつつもある思考が脳裏によぎる。
恥ずかしいからと意地を張らないで早急に謝罪を受け入れておけばよかった。そうすれば美形の号泣からの極上笑顔のコンボにこんなにも胃と心臓が痛まなかったのに、と後悔の念が鳴り止まない。
先程の情けなさはどこへやら、一変してニコニコ嬉しそうなファーレンはこれまでの遅れを取り戻すかのように籠に顔を近付かせてひっきりなしに私に話し掛けてくる。
「リコよ。良ければ何かお詫びをさせてくれないか?欲しいものがあれば遠慮せず言って欲しい。宝石やドレス、その他どんな高価なものでも取り揃えよう。」
「え……っだ、だいじょぶっ!!リコそれ求めないっ。ファーレン心入れて謝るしてトイレくれたからそれで胸いっぱいっ!!」
「くっ……!!なんて奥ゆかしいんだリコは。大丈夫だ遠慮はいらない。さあ、何が欲しいんだい?」
……何か溺愛する娘の気を惹きたい父親かのようにぐいぐいくるんだけどこの人。多分これは1つでも言わないと諦めないのは容易に予想出来る。
だけども元々物欲がない上に、既にこの上ない程贅沢させてもらってるし、一番欲しかったトイレが投入された今、本気で欲しいものがない。どうしたものかとあぐねいているとそういえば、とある事が思い浮かぶ。
「いっこ、あるけど良い?」
「勿論だともっ。リコは一体何が欲しいのかな?」
「あの、ここから出てくしたいっ!」
パリンッ、ガシャーンッと何かが落下して騒音を立てた後、場の空気が凍りつき、良からぬ静けさだけがその部屋を支配した。
あれ、私何か間違えたかもしれない……。