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耳から堕ちる

作者: 佐久間ユウ

二之宮圭介

ひさしぶりだな。智子と会わなくなって、もう2週間になるか。あのことがあってから、おれたちの関係なんだかぎくしゃくしちゃったんだよな。ちゃんと話し合わないとって思ってはいたけど、なかなか機会がなくてさ。LINEでやりとりするのもなんだけど、面と向かって話したら、2週間前みたいにヒートアップして、またケンカになるかもしれないから。


萩原智子

2週間も会わないなんて、ほんと不思議みたい。わたしは家事手伝いですけど、圭介は営業で1日中外回りしていて、それはお忙しいんでしょうね。わたしと仕事と、どっちが大事なのかしら。


二之宮圭介

そんなドラマのセリフみたいな質問はするなよ。智子と仕事では量るものさしが違う。鍋とフライパンと、どっちが大事かって訊かれるようなもんだ。煮物なら鍋だし、焼き物ならフライパンがいい。同じ尺度で量れるわけないだろ。


萩原智子

用途に応じて、わたしを利用していたのね。プライベートと仕事を両立できる男だっているんじゃないかしら。例えば、鍋で野菜を炒めたあと、スープを入れてミネステローネを作るとか。


二之宮圭介

おれは料理は苦手なんだ。脱線するなよな。2週間、会わなかったのは冷却期間をおいたほうがいいと思ったからだ。LINEでやりとりする形をとったのも、自分の気持ちを文章にすれば、冷静に言葉を選べると思った。ただそれだけの理由だよ。


萩原智子

だったら圭介の気持ちを伝えて。わたしから言いたいことはないから。それを見て、どうするか考える。


二之宮圭介

発端はピアスだった。智子がおれのアパートに来て、洗面所に落ちていたのを見つけた。はじめはそうだと言わなかったよな。いつピアスの穴を空けたのって訊いて、おれは空けないと答えた。さらにピアスをした友達っていたっけと訊き、いなとよと答えると、じゃあ、これは誰のって、まるで犯罪の証拠みたいに突きつけた。智子がなにを疑ったかはわかるよ。だけど、あんな問いつめかたはないよな。


萩原智子

妹の茜さんが泊まりに来たんだって、圭介は説明したよね、つぎの日に就職の面接試験があって上京したって。おれの部屋で化粧直しをしたとき洗面所に落としたのかな、あいつに連絡しておかないと、そう言って妹さんに電話するふりをした。いまどきテレビドラマでも、そんな言い訳しないわよ。


二之宮圭介

智子はテレビの見すぎだよ。家事手伝いってそんなに暇なのかな。茜は本当に、一つ星商事を受けるため東京に来たんだよ。試験日に会社の前で妹が自分撮りした写真を送るよ。


萩原智子

写真、見ました。その日、妹さんが一つ星商事を受けたのは間違いないみたいね。面接の話は本人から聞きました。そのときいっしょに撮った写真です。


二之宮圭介

なんで、智子が茜といっしょに写ってんの。車内で自分撮りしたみたいだけど、運転しているちゃらい男は誰だ? レイバンにアロハシャツなんて着て、風船みたいに軽そうなやつじゃないか。運転中にカメラ目線でピースサインなんてするなよな。事故るぞ。


萩原智子

駅前ロータリーで、あなたの妹さんとばったり出会ったの。高校の先輩後輩だったから6年ぶりかしら。彼女がわたしに気づいて、先輩って声をかけてきたの。わたしの目的の駅まで、車に乗せていってもらった。妹さん、圭介の部屋に泊めてほしいって、圭介の下着を洗ってあげるからって頼んだのに、にべもなく断わられたって言ってた。


二之宮圭介

下着洗うくらいで泊めるかよ。洗濯機に放り込んでスイッチ押すだけなんだぜ。ホテル代わりにしょっちゅう利用しやがって。茜のやつ、いやにあっさりあきらめて、だったらおれんちに泊まったことにして、なんて頼むから、おかしいとは思ったんだ。その車の男の部屋に泊まったんじゃないか。


萩原智子

彼女のプライベートはいいの。問題は圭介が妹さんを泊めたという夜に、実際は彼氏の部屋で過ごしていたって事実よ。化粧を直しに、妹さんはわざわざ圭介のアパートまで来たのかしら。


二之宮圭介

トイレに行ってくる。


二之宮圭介

待たせたな。腹の調子が悪くなったんだ。茜のやつ、智子と会ったなら会ったってメールぐらいすればいいのに。大事な面接を控えて男の部屋に泊まるなんて、ふてえ女だよな。就活でよく東京に来ていたけど、婚活だったんじゃないか。おれ、こんな軽薄そうな男との結婚はぜったい認めないからな。


萩原智子

あなたの話をしているのよ。妹さんから、彼氏と会ったことは言わないでって頼まれていたけど、2週間たてば時効よね。彼女が圭介に知らせなかったのは、わたしたちが会ったのを知った圭介が、わたしにそのときの状況を訊くんじゃないかって心配したんじゃないかしら。それで、あのピアスは誰のだったの?


二之宮圭介

わかった。正直に話すよ。おれたち大学のサークルで林由紀といっしょだったろ。おれのもとカノで、智子とも仲よかったよな。あのピアスは由紀のなんだ。由紀とはなにもなかった。なにかあったのは由紀とその彼氏のほうなんだ。ケンカ別れしたらしく、泣きながらおれの部屋にやって来た。化粧を直しにバスルームに入ったから、そのときピアスを忘れたんじゃないか。いまさらこんな話をしても、信じてもらえないだろうけどね。


萩原智子

その話は由紀から聞きました。圭介の部屋に飛び込んだあと、ケンカ別れした彼氏からメールがあって、やっぱり別れたくない、おれには由紀しかいないって言われ、すぐに圭介のアパートを出たそうね。由紀からの写真です。


二之宮圭介

なんだよ、由紀のやつ。彼氏と仲むつまじそうに頬寄せ合って、ひとつのトロピカルジュースをふたりで飲んでいるじゃないか。あの晩は、さんざん男の悪口言ってたんだぜ。それなのにしっかり化粧直して、嬉しそうに出て行きやがんの。っていうか、知っていたのかよ。


萩原智子

あなたとのケンカのあと知ったのよ。あのピアスを見つけたとき、本当の話をしてもらいたかった。圭介がへたな嘘をつくから、信じられなくなった。なにかやましい事情があったんじゃないかって、そう疑った。由紀から聞いて誤解だったとわかったけど、わたしのほうから、ごめんなさい、なんて言えるわけないじゃない。


二之宮圭介

おれも変な意地をはっていたんだ。ピアスが見つかったとき、きちんと話し合っていれば誤解はおきなかった。けどさ、面と向かってしまうと感情ばかり先走って、売り言葉に買い言葉みたいに、どんどん怒りがふくれあがってしまう。あんなちっぽけなピアスひとつで、おれたちの3年間の関係がおかしくなるんだから、ほんと不思議だよな。


萩原智子

それで、圭介が伝えたい気持ちってなんなの?


二之宮圭介

あのさ。おれたちもう一度やり直さないか?


                 * * *


「お水をおつぎしましょうか」

 ウェイターに声をかけられ、圭介は文字を打つ手を止めた。まだ送信はしていなかった。喫茶店の、歩道に面した窓際の席だ。

 こんな大切な気持ちは、本人の前で自分の口から言わないとだめだ、そう思った。

「智子」

 圭介が携帯電話から顔を上げた。

 さしむかいの席から、智子が携帯を操作する手を休めて見つめて来る。

 ウェイターがふたつのコップに水をつぎたし、去って行った。

「おれたち、もう一度やり直さないか」


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