五
祝いの宴席は豪華絢爛とはいかずとも、和やかな雰囲気でつつがなく開かれていた。
出席者はレーヴェの親族――といっても親兄弟と王都に住む伯母夫婦ら限られた身内である――と軍関係者というこじんまりとしたものだ。
午後に執り行われた結婚式では、レーヴェの友人である妙齢の娘たちの姿も少しはあったが、彼女たちはそれぞれの事情やら何やらで名残惜しみつつ帰途についていた。
圧倒的にむさくるしい面子が居残った。何せ新郎新婦が同じ師団の同じ部隊の、更に隊長とその副官である。関係者は九割男だ。
しかし職場の同僚、上司となればおのず見知った顔が居並び、勝手知ったる何とやら状態になるのは早かった。
新郎は早々と出来上がった仲間たちに取り囲まれ、冷やかしや手荒い祝福を受けている。
レーヴェにとっては比較的見慣れた光景だったが、中心にいる新郎がファルケであり、なおかつ今やもう否定しようもなく彼が自分の夫だという事実は未知なるものであった。
その輪の中に父が入り、兄が引きずり込まれていくのが見えた。
兄は相変わらず号泣しているが、あれは一体何の涙なのだろう。
伯母たちに囲まれて口々にドレスを褒められながら、レーヴェは男たちを眺めていた。
ドレスしか褒められない花嫁というのも退屈なものだ。
たまに違う言葉が混じったかと思えば、祝宴の為に伯母が仕立てた新しいドレスへの賛辞である。
結局同じだ。
まあ「これで次の注文が入るに違いないわ」と喜ぶ母や伯母たちを見ていると、少し違う気がしつつも別に構わないかなと思わないでもない。
でもあっちの方が楽しいかしら?
目線を男たちに投げたまま、手の中にあった杯に口をつけ、残っていた中身を一息に干した。
蜂蜜を落とした葡萄酒はほんのりと甘い。
さほど強くもない、子供でも薄めれば飲めるような酒ではあったが、母から窘める声が飛ぶ。
「よう、また景気のいい飲みっぷりだな」
「グラーツ大将」
「おう、花嫁殿。綺麗に仕上がったもんだな!」
赤ら顔の男のドラ声が響いた。
地声が大きいグラーツ大将は、少々酒が回ったことで更に大声になっているらしい。そこなしの酒豪である彼が、酩酊とまではいかずとも目に見える形で『酔っている』という珍しい姿に、レーヴェは意外な気持ちで大将を見上げた。
様々な意味で有名なグラーツ大将の登場に、レーヴェの周りにいた親類や数少ない女性陣はさざ波のように距離を取った。
気を使ってのことか怯えているのか、その辺は定かではないがどちらにしても相手がグラーツ大将であるので仕方ない。
期せずして差し向いになったレーヴェは、いかつい顔に笑みを浮かべる大将を物珍しく思った。
「あ、ありがとうございます」
そう言えば褒め言葉を頂戴したのだと思い出し、レーヴェは礼を返した。
大将は片手に杯、片手に酒瓶を持ち、手近にあった椅子を引き寄せる。
どかりと腰を下ろしたかと思えば自らの杯を琥珀色の液体で満たした。
「馬子にも衣裳、ってのは花嫁に言う台詞じゃねぇなあ。何だ、まあおめでとうよ」
どうも俺は上手いことが言えなくていけねぇなあ。
砕けた口調でからから笑う彼に、レーヴェも自然と小さく笑った。
「大将にご出席いただけるだけで光栄ですよ」
レーヴェとファルケの結婚話の真偽の程を確かめるべく彼女に詰め寄った鬼気迫る大将の姿は記憶に新しい。骨折とまではいかずともヒビでも入っているのではなかろうかと疑った肩の痛みもついでに思い出したが、感極まってむせび泣いていた意外な姿を見せられては、相手が遥か上官であるということを差し引いても文句は言えなかった。
ファルケがこの大将の『最後の弟子』と呼ばれていることは知っているが、我が子が嫁に行くかの如き喜びようだった。
そこまで親密な間柄であったのか。
新鮮な驚きと共に、レーヴェはこの場で「結婚するかどうかわかりません」とは終ぞ言えなかった。
ある意味においてこの結婚の決め手は彼であった。
「しかしお前があいつを引き取ってくれると聞いて、俺も肩の荷が下りたよ」
その影の立役者は、ますます新婦の父のような台詞を口にする。
「あいつで最後だからなあ。一体いつになったら嫁の顔を拝ませてくれるんだとハラハラしたが、これで何とかなった」
何だか色々ツッコミどころがある気がする。まるで自分が嫁をもらう側であるような言われようだが、レーヴェは大人しく口をつぐむに留めた。
「ま、アレはアレでいいところもある」
くい、と親指で示した先には花婿がいて、どうやらこちらに気付いたらしい彼とレーヴェの視線が合った。
相変わらず酒を勧められるわもみくちゃにされるわ好き勝手されてながらも、どこか心配げな顔をしているファルケに、レーヴェは取りあえず大丈夫だという意味を込めて小さく手を振った。
彼の頬に赤みが差した気がしたが、余程呑まされているのだろう。そっちの方が大丈夫だろうか。
そんなファルケに、大将は面白そうにくつくつと喉を鳴らした。
「あいつのことは、あえて俺がわざわざ言わんでも、お前も知ってるだろうがな。見捨てず付き合ってやってくれ」
大将は空いたレーヴェの杯に自らの酒を注いだ。そして軽く杯同士をぶつける。かつんと軽い音がした。
口に含んだ酒は喉を焼くような強さだったが、それを酔うほど煽った大将の浮かれようがわかるようで、微かな罪悪感と彼がそこまで喜びを抱く不思議さとをレーヴェはすべて一緒に飲み下した。