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獅子と鷹の恋愛喜劇  作者: 草村しげる
1/11

 レーヴェ・ギーゼンは戸惑っていた。


「あの、隊長。今更なんですが、今しかないとも思うのでお尋ねします」

「うん?何かな」

「本気なんですか……?この状態は本当に本気なんですか!?」

「私は本気だが」

「ほんとにほんとに本気なんですか。後戻りできない方向で話が進んでるんですけどッ!?」


 顔面蒼白で詰め寄るレーヴェを余所に、問題の上官はむしろ不思議そうに首を傾げた。


「私は本気だが、君はもしかして嫌なのか?」

「え、いえ、嫌といいますか……。嫌ではないんですけど、どうしてこうなったのかさっぱりわからないので頭が現実を処理しきれていないといいますか、咀嚼できなくて胃もたれ気味といいますか……」


ぶつぶつと口の中で呟くように答えたレーヴェに彼女の上官は何故か嬉しそうに破顔した。


「……何ですか?」

「君が嫌ではないと聞いて安心したよ」


 子供のように屈託なく笑いかけられて、レーヴェの心臓が跳ねあがった。決してときめきだとかそんな甘酸っぱい感情ではなく、どちらかと言えば多分罪悪感である。


「今ならまだ何とかなるかもしれないけど、今この場で嫌だと言われたらどうしようかと思った」

「はあ」


 気の抜けた声を出し、ついでに力も抜けたレーヴェはすとんと落ちるように椅子に座った。

ふわりと広がる白が目に入り、また眩暈が襲ってくるようだった。


 ――どうして。


 どうして私は今ここで花嫁衣装など着ているのだろう。

 自分とは永遠に――とは言わないが縁があるとも思っていなかった。純白。

 豪奢ではないけれど、心をこめて仕立てられた刺繍入りのヴェール。


 渦巻く最大の疑問は一向に解決しないまま、事態だけは何故か確実に進行している。


 レーヴェの脳裏に、嫁に行くはずの娘を放置し勝手に感極まって昔を懐かしんで酒を煽っていた父と、頑なに現実を受け入れようとせず昔を思い出しながら号泣し、やはり酒を煽っていた兄の姿が過った。昨夜の光景のはずだがあれは何だったのだろう。

 遠い昔のような、はたまた夢の出来事のような、そんな奇妙な気分に襲われる自分がおかしいのだろうか。


 ちらりと上げた視線の先、彼女の上官はかちりと襟の詰まった儀礼用の軍服を着用し、普段であれば四方に跳ねていることの多い黒髪を綺麗に撫でつけている。

 完璧な正装に、挟む疑念の余地はなかった。押し寄せてくる現実に、レーヴェはごくりと喉を鳴らした。


 これは本当に現実だ。そして最早逃げるわけにはならない差し迫った問題であるのだ。


 今なら何とかなる、かもしれない……とは互いに口にしたがもう遅いことをレーヴェは知っていた。

今更やめますだなんてどんな顔をして言えるというのか。自分だけであるのならまだしも、そんなことをしようものなら当然彼やこの日の為に集まった人々に多大なる迷惑をかけることになる。そんな想像は容易かったし、この上官の顔に思いっきり泥を塗りたくった挙句、大恥をかかせるなどということはレーヴェの本意でもなかった。


 ああ本当にどうしてこんなことになったのか。

 俯いたまま心の中で頭を抱えたレーヴェの視界に、ひょいと見慣れた――けれど今正面切って見るだけの勇気などあろうはずもない顔が現れた。


「ひッ!」


 思わず飛び出た小さな悲鳴は、彼の耳に届いただろうか。聞こえていなかったのか、それとも紳士的に聞こえなかった振りをしてくれていたのか、定かではないがレーヴェの顔を覗き込んだ彼はやはりレーヴェのよく知る人好きのする笑みを浮かべてこう言った。


「幸せにするよ」

「え?」


 ぱちぱちと目を瞬かせたレーヴェに、彼は繰り返した。


「私は君を幸せにできるよう、努力するよ」

「は……はあ……」


 花婿に対する花嫁の返答とは思えない、何とも間の抜けたそれをかき消すように、神殿の鐘が高らかに鳴り響く。


 差し出された手を取り、何かよくわからない空気に背を押されるようにしてレーヴェは戻ることのできない長い廊下へ足を踏み出した。


かくして、スミレの花咲く春の初め、王都の神殿でレーヴェ・ギーゼンは花嫁となった。


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