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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
2nd Semester
91/91

横の糸


 

 本日も快晴なり。


 気が付けばせっかくの連休も折り返しにさしかかろうかというところ。

 麗らかな土曜日を怠惰に貪りつつある昼は一抹の寂しさに乗せて儚く過ぎ去ろうとしている。何故休日というものはこうも時間が早く感じてしまうのか、同じ24時間なのに不公平ではないだろうか。男女平等を謳う世の中にあっては週間平等宣言でも提唱してほしいものである。平日も休日も等しく分けられるべきで、7日を平等に分けるのは不可能なので苦肉の策で休日を4日にするというのはどうだろうか。平等社会の崩壊である。


「つか、家帰らなくていいの?ここんとこ毎日うち来てない?」

「お母さん今出張なの、どーしても外せない仕事だって」

「そーなのか 」

「うん、1週間ねー」


 お茶目な印象が強い人だがバリバリなキャリアウーマンでもある。しかし両親共働きだと家をあけることも多く少し気の毒な気もする……うちが言えた義理ではないが。放任し過ぎるとグレますよ?


「それうちに来る理由になってなくない?」

「なってないねぇ 」


 他人事のように呟く香織。

 まぁ別に今更なのでどうでもいいといえばどうでもいいので置いておこうか。しかしその前に……


「何でお前らもいるの? 」

「お邪魔してまーす!」

「同じく!」


 シュッと手のひらを上げてキラリと目を光らせるの古湊と秋斗。いやだからなんで?


「いやー、前々からせんぱいの家は気になってたんですよー、どういう家に住んでたらそんな捻じ曲がった人間が生まれ出ずり形成されていくことになったのか」

「そうかもう充分だろとっとと入室料払ってご退場口はあちらになります」

「いつも思いますけど扱いひどくないですか」

「んなこたぁない」

「可愛い後輩がせんぱいの家に上がっているという奇跡をもっとありがたく噛み締めて下さい」

「へーへー」


 ……で、こいつは──


「何だかんだで俊也の家来るの初めてだよなー」

「分かったからとっとと2000円置いて実家の金沢に帰れ」

「実家こっちだよっ‼︎つか2000円って何⁉︎ 」

「入室料」

「現実味ある金額やめて!ツッコミにくい!」


 現実味はない。


「って、アホやってないで本題だろ本題。今後の方向決めないと!」

「です、せんぱいも少しは真剣になってください」

「お前にだけは言われなくてないんだけど」


 この場合誰もいう権利がないまである。






「……とは言っても、あまりに現実味がない話よね」


 難しい表情で腕を組む香織。


 霞や古湊、秋斗と相談を重ね、やはり皆の力が必要だという結論に達したのは一昨日のこと。二時限目までの授業を終え、つい数時間前にメンバーには依頼を受けてからこれまでの経緯を伝えたのだ。

 

 自分たちに話しかけてきた彼が、自らを名乗った人物はとても重い病気で、遠くの病院にいて動ける状態ではないこと。だか、名前も経歴も全て嘘を付いているかもしれない。もしかしたら目的も……ただ、自分達にとても彼が嘘を付いているようには思えなかった、と。それは何の根拠もないただの直感だったが。だとすると、親族もあずかり知らぬところで元気になって病院を抜け出していたのか……それとも。


 

 突拍子もない話に困惑していた面々だったが、それでもその依頼に込められた思いには真摯に向き合おうと懸命に耳を傾けて意見をくれた。香織ですら怖がらず……というかめちゃくちゃ感涙していたが。結論はまだ出るはずもなかったが、彼らのそんな気持ちに心強さをもらったことは言うまでもない。


「現実味はないですけど、もしそうなら……時間ほとんどないのかもしれないですよね」


 ぽつりと。先程とは打って変わって神妙な顔つきでそう呟く古湊。



 もしそうなら。それが何を指しているのか彼女は名言しなかったが。

 けど、それはきっと俺も感じていた。いや、もしかしたら霞だって。

 それはきっと、もしそうであるならば、強い思いが起こした奇跡のようなものだ。


 何故か、自分はそんな奇跡を知っている気がした。分からない、覚えがない。でも知っていた。その感覚だけは残っていた。


 そんな強い思いが起こせる奇跡には代償のようなものがある。多分それは、長続きしない。感覚だけしか残っていないのに、残っているそれはやけに鮮明に語りかけてくるようだった。





 とはいえ現状できることは限られている。

 結局、霞を始め部員の面々は他に用事もあるということで今日のところは解散となったが。動ける面子は

もう少し話し合おうと、しかし何故かうちに集まるという流れになったわけだ。


「ま、焦って無理に悩んでも仕方ないしな。一旦昼にするか」

「え、せんぱいが作るんですか? 」

「なんだその意味ありげな表情は、こう見えてもオムライス4級の実力はあるんだぞ」

「いや基準分かんねーよっ!つかせめてそこは段でよくね? 」

「いや段は椎名先輩レベルにならないと……」

「誰ですかそれ、新キャラ? 」

「いやお前の方が新キャラだからな」

「ちょっとそこ二人!恐ろしい発言しないっ! 」


 硬い空気がまたふっと柔らかくなるのを感じる。ふと窓の外に視線を向けると、庭の木の端からひょいと伸びる金髪を見つけた。

 ………あいつも暇だな。


「隠れてないで入ってきたらどうだ、白ノ宮? 」

「ひぅっ!? 」


 窓を開けて声をかける。ぴょこんと、金髪の一部が跳ねたかと思うと慌てて飛び出してきたのは案の定、大財閥のご令嬢だった。こんな真昼間から一体何をやっているんだか……はまぁ想像に難くないが。


「なっ……白ノ宮希妃ちゃん!」

「ふっ、ここで会ったが100年目ですわ穂坂香織! 」


 何故フルネームなのか。


「というか藤咲さん!いつから気付いていらっしゃいましたの」

「帰り道から」

「わ、私の完璧な尾行が……」


 どうらやショックらしかった。たまたま目に付いたのかお付きの白黒お嬢様2人と計3人で尾行していたのだろう、しかし振り返るとその時点で目立つし、てんやわんやとしてたので早々に気が付いたが……驚いている辺り香織は気が付いていなかったらしい。

 立ち話も難なので家に入れてやる……窓からではなく律儀に玄関に回って上品な立ち振る舞いで歩いてくる。この状況でもその姿勢を崩さない彼女はある意味ツワモノに違いがなかった。


「一体何の用?わざわざあたし達のアジトにまで乗り込んでくるなんて」

「いやここ俺の家なんだけど」

「あら?貴女個人になど微塵も用はなくってよ、通りすがりの敵地視察ですわ」

「俺の家な」


 いつも通り対峙し合う香織と白ノ宮。

 そんな様子を見てすすっと古湊が隣にきて耳元に口を寄せてきた。


「お二人は仲悪いんですか? 」

「そんな設定になってるなぁ今のところ」

「設定て。でも、なんか無理に意地張ってるだけのような気が……」

「まぁ、だよな」


 仲良くなりたいのを我慢して突っぱねているように見えるのは俺だけではないはずだ。少なくとも白ノ宮に関しては、高いプライドが邪魔をしているだけで。


「いや昔は仲良かった時期もあったんだよ、2日くらい」

「それ良かったうちに入らないと思うんですけど……」

「まぁほら、やむにやまれぬ事情があってだな」


 実際仲が良かった時代もあったのだ、公式か非公式かで揉めるもっと前の話だが。仮に同じコミュニティにいたらこうはならなかったのだろう……多分だけど。

 とか感慨深く思い出に馳せている間にも2人は例によってバチバチとジャブの打ち合いを始めていた。秋斗がなんとか仲裁しようとしているが2人とも聞いちゃいない……しかしこれは願っても無い好機でもあった。


「で、白ノ宮も協力してくれるんだよな」

「は!? 」


 面倒なので色々省いた結果2人から同時に睨まれる。


「いやほら、この間図書室で申し出てくれたじゃないか。あの時は無下にして悪かったよ、やっぱり力を貸して欲しい」

「あ、あれはその!大切なお約束だというので申し出たのであって」

「ここに集まってるのもそれ関係なんだ」

「そ、そうなんですの? 」


 すぐに終わる話だと思っていたので巻き込む理由もないと、しかし事がここまで複雑化するならば彼女の協力は不可欠だ。


「と、俊也!何考えてるのよ!」

「まぁ落ち着け、今回のケースは色んな人手が必要だろ」

「そ、それは……そうだけど」


 まぁすんなりと納得するならいつも喧嘩してるのは何だったの状態になるのでそれはそれでという感じだが。


「ま、まぁ?そういうことでしたら敵ながら協力してあげないこともないですわ?か、香織さんがどーしてもと言うのであれば……」

「…………」


 頬を染めてちらちらと香織を見る白ノ宮。

 あー、うん。彼女にしては精一杯の譲歩なんだよこれは。意訳すると「困ってる人の為だし香織ちゃんとも一緒に遊びたいですわ!」なんだよ絶対通じてないけど。


「どーしても…………お断りします! 」

「くっ!人が下手に出ていれば貴女という人は……!」


 案の定第2ラウンドが始まってしまう。まぁこれは想定済みなので2人が疲れるまで放置するとしよう。


「あれのどこが下手なんだ? 」


 仲裁を諦めたらしい秋斗が肩を竦めてこちらに避難してくる。


「お前優理と付き合ってるのに分からないのか? 」

「いや全く、単にあの白ノ宮お嬢様が煽っただけにしか」


 難しいものである。願わくば白ノ宮の片思いでなければ良いのだが。


「え、ていうか、秋斗先輩って優先輩と付き合ってたんですか!? 」

「まぁ、何だかんだで付き合いは長いぞ?」

「き、気が付かなかったです……」


 勘違いが起きたっぽいが面白そうなのでそれも放置しておくことにする。

 さて件の2人においては、ジャブの牽制から本格的にパンチの打ち合いになりお互いにヒートアップしきった辺りでこれ見よがしに咳払いをすると──


「あー、悪かったよ。今の話はなかったことにしてくれ……」


 大袈裟にため息をついて肩を竦め


「義理人情博愛を大切にする2人なら、手前より困っている人の事を第一に考えて行動すると思ったんだけどな……気高い精神を持つ真のリーダー足らん2人なら或いはと、真のメディアを担う2人ならと」

「…………」


 隣であからさまに「この人マジですかどんだけ頭お花畑なんですか」と呆れている後輩の視線は一切気にしないでおく。マジなんですよコレ。


「はっはっは! 」

「おーっほほほほほ‼︎」


 かと思う間も無く、無理矢理高笑いをし始めた2人は、表情こそ睨み合ったまま硬く握手を交わしていた。


「当然ですわ!この白ノ宮希妃、慈悲と博愛の家訓を胸に生きております故。今回も力を惜しみなくお貸し致しますわ!よくお分りになっておりますわね、藤咲さん!」

「そうね!ジャーナリストたるもの、困ってる人の声を届けることが第一だもん!」


 ほれみろ。万事うまくいく。


「どんだけ単純なんですかあの人たち……」

「それが美徳たり得ることも往々にしてあるってことだな」


 というわけで、白ノ宮も参加と。


「てか、あの白黒コンビはどーしたんだ? 」

「お二人ならご自宅にお帰りになっていただきましたわ。私に無理に付き合わせても悪いですし……敵地潜入は危険が伴いますもの」


 難儀な性格である。相変わらず。



 白ノ宮にひと通り事情を話すと何故か大層感動したように目頭を熱くさせ協力を改めて快諾してくれた……香織とほぼ同じ反応であったが余計なことは言わないでおこう。


 ひとまず昼御飯だ。せっかくなので白ノ宮も誘うことにしたのだが


「藤咲さんがお作りになりますの? 」

「だから何だその微妙な反応は」

「いえ、てっきりシェフがいらっしゃるのかと……」



 シェフときた。


「生憎とシェフは出張中でございまして」

「そうなんですの、それは大変ですわね……あ、 」

「? 」

「よ、よろしかったら私も手伝って差し上げてもよろしくてよ?この白ノ宮希妃、敵に情けをかけられた上にただでご馳走に預かるなど許されません!」


 …………お世辞にも彼女に料理が出来るイメージが湧かない。気持ちは嬉しいが下手をするとキッチンを爆心地にされかねん。


「ふっふっふ……」


 向かいでは勝ち誇ったように不敵に笑う香織。とても面倒そうなのでスルーする。


「ひどっ⁉︎ 」


 取り敢えずこの2人の相手をしててくれ、と隣の現状まともな後輩に強めのアイコンタクトを送る。


「? 」


 暫し首を傾げていた古湊はやがてポンと手を打ち


「せんぱい私に手伝って欲しいんですか?またまたー、素直に最初からそう頼んでくれたら良かったのに……でも料理がそつなくこなせるアピールとかせんぱいにしても意味がないので謹んで遠慮しますー」

「あぁ、お前が一瞬でもまともに見えた俺がバカだったよ」


 そつなくこなせるらしい。


「すまん滝上、3人の相手しててくれない? 」

「水原だよっ‼︎いい加減属性で覚えるのやめて‼︎ 」


 安心安定のクオリティ。一家に一台あってもなくてもどっちでもいい。







 翌日の朝。


「その方、例の病院にはかつて入院していたようですわね……退院された訳ではなく、別の病院に移られたと聞いておりますが」


 協力を取りつけた白ノ宮からいの一番で連絡が入ったことで目が覚めた程度には惰眠を貪っていた訳だが。流石の行動の早さ、これは敵にしたら恐ろしいなと……いや新聞部のライバルなんだっけ一応。


「現在は? 」

「いらっしゃらないですわ。というより……最初の入院のとき以来一度もこの病院には診察や入院はされていませんわね」

「そっか……」


 徐々に眠気も覚めてくる。

 薄々は感じていたがやはりそうか。受付の人が見落としていたりとかそういうオチがあったことも期待していたのだが……となると本当にあの病院にはいなかったことになる。でも、俺は確かにあの人と会っている、患者の服を着たあの人と。


「ちなみに、何んで病院のこと分かったんだ? 」

「あぁ、あの病院は白ノ(うち)のグループ系列ですの。事情を話して調べてもらいましたのよ」


 恐るべし白ノ宮グループ。

 助かったよと言って電話を切ろうとしたところで、「もう一つ話がある」と引き止めてきた。


「これは……簡単に他人に話して良いお話なのか分かりませんが、藤咲さんたちにはお伝えしておかなければならないような気がして…………」


 いつになく真面目な声色の白ノ宮に思わずこちらもすっと息を吸い込んで姿勢を正す。


「入院しているという向こうの病院にお兄様のお知り合いの方が勤めていらっしゃいまして。尋ねて貰ったところ、お聞きしたように……現在は、植物状態だということでしたわ」

「そっか……」


 少し歯切れが悪くなりつつも落ち着いた口調で続けてくれる。


「植物状態の患者が回復して日常生活に戻れるようになる……そうでなくとも意識が戻る可能性というのは、日が経てば経つほど極めて低くなるのは貴方もご存知でしょう」

「………」


 だからこそ、意識が戻れば奇跡だと騒がれるのだ。奇跡であるほど、恨めしいほどに低く。


「それで……その方のご病気は、その……元々長くはないものだったそうですわ」

「……」

「こと植物状態になろうものならば……残念ながら回復の見込みは無い、と。それでもご親族の強い意向で、人工呼吸器で植物状態のまま入院されていたようなのです……」


 一体それは、どれほど酷な選択だったのだろうか。このままもう目覚めることはないと宣告されて……けれど、そんな事実簡単に受け入れられる訳がない。まだ、彼は生きているのに。


「それで……昨日、向こうの病院でその方の人工呼吸器が外されることになったと……そう聞きましたわ」

「それって……つまり」

「えぇ……ご親族が決断をなされたそうです」

「…………」


 白ノ宮のお兄さんのご友人は、偶然にも彼の担当医の一人だったのだという。聞けば植物状態の数年、合併症などで何度も危ない状態になりかけていた、と。

 


 ……自分でも現実味がないと十分わかっているはずなのに。なのに、俺は……たしかに〝それ〟を知っていた。覚えていないのに、覚えているという感覚だけは確信できる。



 何故俺たちだったのか?いや違う、それはきっと本当に偶然の積み重ねだったんだ。砂漠に落としたダイヤのカケラを見つけた、そんな奇跡のような偶然に。




 彼がその思いの力で、〝あの場所〟に来たのだとしたら──





「時間がない……」


 目は完全に冴えていた。


「……私も、なんだかそんな気が致しまして」

「ありがとう白ノ宮、本当に」

「な、べ、別にお礼を言われるような筋合いはございませんわ!私、中途半端が嫌いなだけですの」

「分かってる……だから、ありがとう」

「ふ、ふん!これでお分かりになりまして?穂坂香織より私の方がトップに相応しい器であると! 」


 いつもの調子に戻ってくれた彼女の反応に安心する。冷静なつもりで多分混乱しかけている頭は、多分無意識にいつも通りを求めていたから。

 もう一度礼を言って、電話を切ると手早く支度を済ませて学校に向かった。



 休日は正門は閉まっているので、部活の人間などが利用する裏門の脇から足を踏み入れる。

 時間がない……そんな気がしてならない、けれどどこに行けばいいのか分からない。焦りそうになる気持ちを何とか表に出さないように。


「…………」


 気がつくと屋上まで来ていた。

 焦ると高いところに意識がいくのは性なのだろうか……心地よい風が頬に当たり、よく晴れた空の下、フェンス越しに広がる街並みに目を向けた。


「あら?藤咲くん? 」

「え? 」


 振り返ると、制服姿の明日菜先輩がドアを開けてこちらに歩いてきていた。


「私服登校は休日でも禁止ですよ? 」

「あ、いや……はは」


 そう、悪戯っぽく微笑んでベンチにそっと腰掛ける。

 言われて見れば、目的もなく何となく学校に来てしまったので私服のままだ。学校に残っている教師に見つかると面倒なことになりそうだ……今は少しでも時間が惜しい。


「おわっ⁉︎ 」


 と、不意に頬に冷たい感触で思わず飛びのく。見ればいつの間にか先輩が缶コーヒーを差し出してくれていた。


「どうぞ。少しは落ち着くと思いますよ」

「あ、ありがとうございます……」


 受け取って、ひとまずぐっとコーヒーを押し込んだ。ラベルに書かれた微糖という文字には似つかぬ強い甘さががじんわりと下から脳に染み込むようにして溶けてゆく。

 もう一口飲んで、大きく息を吐いた。肩の力がすっと抜けるのが分かる。


「俺、焦ってるように見えました? 」

「……少しだけ」


 焦っても仕方ないということに焦っている……のだろうか。自分でもよく分からなくなってきたな。


「……例えばの話ですけど」

「はい」

「ここにいないのに、強い思いが形になって現れる、とか……そんなことってあると思いますか? 」


 って、いきなり何を口走っているんだろう。何の脈絡もない上にこれではただの頭が湧いた人ではないか。慌てて訂正しようとしたが──


「分かりませんけれど……」


 優しく、諭すように。明日菜先輩はおもむろに言葉を紡ぐ。


「感謝とか、喜びとか。誰かに幸せを伝える気持ちであれば…………あった方が嬉しいですよね? 」

「…………」

「あって欲しい、そう思います」



 ───あぁ、そうか。

 探し回る必要なんて、なかったんだ。それは偶然だったのかもしれないけど、その偶然に一度合わさったのならば……あとは俺たち次第なんだ。



 みゃあ。


「? 」


 ふさふさ。ふさふさ。


「…………ねこ? 」


 唐突に聞こえてきた鳴き声。

 一体いつのまに入り込んだのだろうか。白くボサボサとした毛並みの猫が足にすり寄っていた。すりすりと体を寄せ、か細く鳴き声を上げてくる。



「あら、この子何か加えていますね」

「ホントだ」


 その小さな口には……赤いお守りのようなものが。

 そっと、猫の口からそれを手に取る。手の平の4分の3くらいの大きさか。お守りの裏側には金色の刺繍で「みんながついてる」、そうあった。


「…………やっぱり」


 随分遠回りを重ねてしまったらしい。けれどこうして気付いたから、こうして繋がり始めるんだ。


「先輩、ありがとうございます」


 明日菜先輩は何がとも何をとも聞かなかった。ただ優しい笑顔で、ゆっくりと頷く。今はそれが心地よく、ありがたくもあった。



 みー。

 猫はじっと、その瞳で俺を見つめてくる。じっと、何かを伝えようとするように。じっと。

 そして、背を向けるとおもむろに歩き始めた。


「…………」


 その後を無言でついて行く。一歩一歩、猫は決して振り返ることなく、確かめるようにゆっくりと歩いて行く。



 そして。

 中庭の木陰、麗らかな木漏れ日が差し込むその場所に…………その人はいた。





本当に更新が遅すぎて申し訳ございません。もう読んでいただける方がいらっしゃるかも怪しいですが、何とか更新速度を早く続きを書いていきたいと思います。

伏線だらけの今回のお話も次回でようやく完結します。で、伏線だらけの回ですのでここで折り返しです。折り返しといってもあと「すくーぷ」はあと3分の1な感じです。この伏線回をまとめられたので(ここで大分詰まってしまいましたが)あとは元々の設定していた展開に乗せるだけです。

この物語を作るに当たって、1番最初に考えた展開がようやく……前半とは180度雰囲気も変わってしまう展開もあるかとは思いますが、その先の物語に続ける大切な核になりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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