【番外】 妹も足らないくらいが丁度いい
「わたし、最近色々考えてみたんですけど」
「へー」
「せんぱいって、何かが足りない……いやまぁ根本的に色々足らないとは思いますけど、決定的に足りないものがあると思うんですよ-」
「それはそれは」
「すばり妹!妹が致命的に足らないと思います」
「全く意味が分からんがお前の頭が救いようがないことだけは分かった」
・・・・
世の中生きてるとたまには刺激的な体験に遭うこともあるが、そうは言ってもほとんどの日々は平穏に流れていくわけで。今日も今日とて安寧の中で時間は過ぎてゆく。夕暮れに吹く風も肌寒さを通り越し、本格的に身震いする冷たさへと移り変わり始めていた。
日が暮れるのもすっかり早くなり、新聞部の窓には薄暗い外の空がのんびりと広がっていらっしゃる。
「なんでですかー、的を得た意見だと思いますっ」
「本人が何一つ理解できてねーんだよ」
「いやいや、知らぬはせんぱいばかりなりって言いますし」
いわねーよ。
「大体何でお前いるの」
「もうその質問飽きました、同じ話何回もしちゃうとかそんなんだからせんぱいモテないんですよー」
「別に会話続ける世間話のために話してるわけじゃねーよ、むしろ部外者は出て行った方がいいんじゃないのスタンスで言ってんの」
「はぁ……これだからせんぱいは」
なんなのこいつ。俺のプロデュースでもしてるの?
「ぶっちゃけると、テストも終わって暇なんです!」
「清々しいな」
世界一どうでもいいぶっちゃけだった。そもそもテスト期間もここに来まくっていたのだが。
「つーか何でこっち来るんだよ、他の人のとこいけばいいだろ」
「だって、せんぱい以外誰もいないじゃないですか」
「皆業務でバタバタしてんのよ。俺も忙しいんだけど」
「せんぱい何もしてないじゃないですか」
心外である。静かで落ち着いた部室で、ゆったりと読書を楽しんでいたのにも関わらず。突如として来訪したこの空気の読めない後輩のせいでそれもぶち壊しである。挙げ句何もしてないと指をさされる始末、この怒りを、心を何に例えよう……どうでもいいか、テ〇ーのみぞ知る。
「もう少ししたら他のやつも帰ってくるだろ、そっち行ってろ」
「えー、暇です暇!構ってくださいよー」
「犬かお前はッ」
どうあっても読書の邪魔をしたいらしい。このままじゃ埒が空かないな……仕方ない、か。
「で、何が足りないって」
「妹です、妹」
「やっぱ帰れお前」
こいつ頭おかしいんじゃないだろうか。
「より正確にいえば、妹に接するお兄ちゃん的な優しさとか余裕とかです」
「余計分からん」
「だーかーらー、せんぱいみたいなタイプって妹がいるのがデフォじゃないですか。全然ダメダメだけどしっかりものの妹がいて、妹を守るためにたまには頼りになる、とか。すっごく生意気な妹がいるけどたまにはお兄ちゃんらしさをみせて憎めない、とか」
「お前凄い話してるって自覚ない?そろそろやばいかもしれんぞこれ」
何に対しての恐れかは全く分からんがものすごくまずい圧力に潰されそうなきがする。
「お兄ちゃん」
「はうあッ!?」
突如背後から響いてきた甘美な……じゃなかった、身に覚えのない台詞に飛び上がる。
「びっくりした……優理か」
「ふッ」
「いや何勝ち誇ってんの。つかいつからいたんだお前は、そもそも何なんだ今のは」
いつの間にか口角を曲げてドヤっている優理の姿が。ホントここの連中は神出鬼没な。
「俊也が妹好きっていう話辺りから」
「さも今聞いたように言うんじゃありませんッ、一言も言ってないからねそんなこと!もう1回言ってほしいとか全然思ってないからね!」
「ちょっと嬉しいんじゃないですか……キモッ」
うわぁとドン引きする古湊を一瞥する。キモいとか言うな傷つくぞおい。
「でも〝お兄ちゃん〟って響きは俊也には勿体ない……私のイメージする〝お兄ちゃん〟像からは1440度離れている」
「4回転とか世界レベルじゃねーか」
「優先輩はお兄さんとかいるんですか?」
「いないけど、理想は理解力があって包容力があって気配りができてスポーツ万能」
「あー、それは天と地ほど離れてますねー」
「天と地もまだぬるいレベル」
「無闇に俺を傷つけるの止めてくんない?」
「言い方を変えないといけない」
言葉の刃が縦横無尽に突き刺さる。
「兄さん、とか」
「はぐあッ」
胸を突き抜けるこの感覚はなんだろう……これほどインパクトが強く、これほど爽快で、これほど刺激的で……これは!!
「どうかしたの、兄さん?」
「やめッ、ひやかすなっ」
「兄さん?」
止めろォォォォォおおおお!!何か、何かが目覚めしまう!気がする!!世にも恐ろしいそんな感覚が──
「「………」」
顔を上げると、ちょうど帰ってきたのか香織と霞と目があった。それ以上ないというくらい冷たい目で、蔑むような──いやもう素直に「死ねば?」というまなざしが。
「……俊也?」
「2人とも早くその変質者から離れなさい、今通報するわ」
「釈明をさせてくれッ!!」
当然釈明をする暇もなく、一切聞く耳を持たぬまま冷酷にも部室を追い出された。あぁ、完全にド変態の変質者扱いである。優雅な読書タイムは後輩と同級生にぶち壊された形だ。
「そーゆこともある、気にするな」
「誰のせいだよッッ」
とぼとぼと廊下を歩く
ぽんぽんと肩を叩いてくる優理の言葉には全く説得力がない。いや頭撫でられても変わらないよ?」
「残念」
なでなで。
「まー、まー。過去のことは忘れて、今はせんぱいの目的を達成しましょうよ」
「いや何しれっとついて来てるの?つーかなにを始めるの?」
「妹候補探しです」
「俺は本格的にお前が心配になってきたぞ」
本当に病院に行っ方がいいのではないか。この辺に精神科はあっただろうか。
「え!?急になんですか優しくして、もしかして妹にしようという魂胆ですか?そういう告白の仕方ドン引きです」
「こっちもオメーみたいな妹は願い下げだわ」
「なんですと⁉︎」
と言いつつ優理の方を見ると、腕を組んで何故か嬉しそうにドヤ顔をしていらっしゃった。どーでもいいが最近は専用フードを被すことが少なくなってきているようだ。
「妹選手権……面白い」
「大会になっちゃったしよ……何その世紀末な催し」
「んー、確かにせんぱいと優先輩の兄妹ペアは結構ありだとは思いますが……」
「え、そーなの?」
「でもお二人とも同い年じゃないですか。これはちょっと厳しいですねぇ」
「!?」
不覚ッ、と言わんばかりびくりと肩を震わせると、やがてフードを被りしょんぼりとしてしまった。え?ホントに何なのこれ、俺1人だけノリについて行けてないんだけど。
「というわけで、先輩にお兄ちゃんスキル獲得のために妹候補をさがしましょう」
「そーいう目的なのかよッ」
本人も知らない衝撃の目的がついに明らかに。知りたくもないしむしろ帰りたい、むしろでなくて素直に帰りたい。
「まー双子の妹というパターンもありですけどね」
「双子は微妙」
「基準が全然わからんのだが」
「と思ったんですが……今日は中等部休みでした★」
「行き当たりばったりすぎて言葉を失うわ」
「仕方ないじゃないですか、まさかテスト終わって自由登校になってるなんて思わないですよぅ」
お前中等部の人間じゃなかったっけ?
「しかし困りましたねぇ、これでは学内でせんぱいのダメ人間更生ができません」
「あーそりゃ残念だな一大事だ」
「というわけでここは──」
古湊が何か口を開きかけたとき、突如として響き渡った甲高い声がそれを見事に遮った。
振り返れば、こちらを指差して近寄ってくる女子が3人ほど……誰?
「やーっと見つけた!」
「げっ」
顔をしかめる古湊。どうやらこの人騒がせな後輩の知り合いらしい。赤髪のショートカットの気の強そうな女子A、茶髪ツインテールのほんわかした女子B、栗色のサイドテールのさばさばした女子C。
「まーつーりー、あんた逃げるなんていい度胸してるじゃない?」
「ここで会ったが100年目だよー」
「観念しちゃいなさいな」
3人組はじりじりとにじり寄ると問答無用で古湊をホールド。待ってくれと訴える彼女は抵抗虚しくズルズルと引きずられていく。
「せんぱーい、助けてくださいよー」
「お取り込み中すみませんけど、こいつ借りていきますね、どこぞの先輩」
「こっちも迷惑してたからな、好きにしてくれどこぞの後輩」
「はぅあっ!この裏切り者ー!!」
というわけで、古湊退場。
つーかあいつ、何をしてたんだ一体。
「とりあえず用件も終わりだな……俺帰るわ」
このまま部室に戻っても香織と霞に殺されそうだし……社会的に。
「またな、優理」
「待った」
くいっ。袖を引っ張りら引き止められる。
「兄さん、必ず左腕と右足を取り戻してあげる」
「無免許なんすけど良いっすかね」
元凶がいなくなったのにも関わらずおかしなノリは続くらしい。
『妹カフェ 喜羅輪』
「……ねぇ優ちゃん?まさかとは思うけど、ここでバイトしてるとか言いださないよね?」
「私じゃない。バイト先の同僚の姉の友達が勤めてるらしい」
もし彼女がこんな怪しげな店で働いていたら俺は毎日ドラゴンスナイパーを片手に寄り付く男どもを撃ち殺さないとならないからな、兄として。兄じゃないよね。
「ところで……ここで何するの?」
「俊也の兄力を磨く」
「おいしっかりしろ、無理して古湊のバカに付き合うことはないんだぞ」
「せっかくの暇つぶ……こほん、俊也を思う意思を受け継──」
取り敢えず両頬を引っ張っておいた。
ひとまず入店。
「いらっしゃいませー☆」
「というか、ここで磨くって意味が分からんぞ」
「妹がいっぱいいる」
「いや違うだろ、ここにいる全員が年上だぞきっと」
恐ろしくて口が裂けても言えないが。
「お客様、ご指名はございますか?」
「いやあるわけないんですが」
「俊也より年下の子お願いします、この人15歳なんでそれ以下しか受け付けられません」
「ちょっと優ちゃん?開幕出禁になるようなことぶちまけないでね?」
2度と来ないから別に良いんだけどね。
「あ!それでしたらちょうど良いかも、実はつい先ほど14歳の子が臨時アルバイトにきてくれてるんですよ〜」
「なんか会話だけ聞いてると物凄いヤバイ店に聞こえるんですけど、大丈夫なんですかこれ」
「はい、うちは健全120パーセント、全年齢対象の喫茶店です❤︎」
……本当だろうな、信じていいのかこれ。
「生憎15歳未満の子は彼女しかいなくて……よろしいですか?」
「何でもいいっす、すぐ帰るんで」
「かしこまりました!因みに呼び方サービスがありますがどーしますか?「お兄ちゃま」「お兄様」「にぃに」「兄貴」などなど、ラインナップは無限大です!デフォルトはお兄ちゃんですが」
「ふつーでいいっす」
「はい、ではお兄ちゃんで」
「いや違ッ」
しまったそうか!それがこの店では普通なのか!恐るべき異文化交流の罠、思い描いてる常識などあっさりと崩れ去る!!
「計画は順調」
「お前いつか覚えてろよ……」
満足気な優理に恨み言をぶつけつつ、店員を待つこと5分。
「いらっしゃいませー☆お兄──」
「「…………」」
俺たちの前には。
フリフリのピンクの衣装に身を包み、ニッコリときゃるるん笑顔がみるみる凍りついていく哀れな後輩の姿が……
「帰るか」
「えぇ」
さて、優理を家に送ってからさっさと帰るか。一体何をしようか。
「ちょっ、待ってくださーい!!」
・・・・・・・
「……という訳なんです」
「ま、流れから何となく予想してはいたけどな」
深々とため息をつく古湊は、俺たちと同じように椅子に腰掛けテーブルに突っ伏す。バイト中だというのに接客する気ゼロという実に吹っ切れた対応である。
「しかし、また随分な放課後だこと」
「まさかこんな仕事だとは思わなかったんですよぅ」
「ま、その点は同情するが……」
古湊によると。
先ほど彼女を捕まえにきたのは友人らしく、3人のうちどれかの姉がこの店で働いていたのだが病欠で急遽シフトに穴が。しかし3人とて面倒でバイトなどしたくないと、そんなとき課題に困っていた古湊は降って湧いたカモ。課題と引き換えに喫茶店のバイトがあると上手く誤魔化され、蓋を開けてみればこんな怪し気な店だったという訳だ。
「素敵なお友達だことで」
「ホントですよー、他人の迷惑とか全然考ええませんよね」
類は友を呼ぶんだな、やはり。確信。
「それはそうと、せんぱいはこんな所で何してるんです?」
「いや、これは優理に連れられて」
「せんぱいって妹好きでしたっけ?」
え、ちょっと待ってこの子。
「お前が妹候補だの訳わかんねーこと言い出して始まったんだろーがッ‼︎」
「え?あ、あー、そういえば暇つぶし……じゃなかった、せんぱいの人間性向上のために妹候補を探してたんでしたっけ」
「……ねぇ、あのさ、一発で良いから殴らせてくんない?お願い、痛くしないから」
「いやですー」
べーと舌を出す古湊。こいつが男だったら簀巻きにして海に沈めてやれるのに……!
「で、ご注文はどーしますか?お兄ちゃん?」
「止めろ、寒気がする!鳥肌鳥肌!」
「ちょ!なんで優先輩と180度違うんですかっ!不公平です!」
「俊也は照れてるだけ、ツンデレ」
「違うわっ」
「ははーん、可愛いとこあるじゃないですか、お兄ちゃん?」
「あッり得ないね!こんな万年脳内お花畑のぱっぱらぱー女が妹なんて太陽が西から昇ってもごめん被るわ!」
「どーゆー意味ですかこの自堕落の塊が!万年ヘタレの空気読めないちょー面倒人間に言われたくありませんっ」
「よーし面出ろ、決着つけたろーじゃねーか」
「やってやろーじゃないですかっ!」
その後もあれこれ騒ぎ。取っ組み合いにすらなりそうなくらい騒ぎ。「中学生相手にみっともない」と無慈悲に切り捨てた優理の言葉にガックリと膝をつきしかし煮えくり返ったはらわたは意外なことにかなり美味しかった料理のおかげで落ち着いた。値段は割高だが、しかしホントに美味かった。だからこそ店長に言いたい。普通の喫茶店としても出してほしいですお願いします。
「ご利用ありがとうございましたー、お兄ちゃん☆」
「あの……見送りとか結構ですから。つーか人の目が、ね?」
見送り専用なのか女性店員に何故か「お兄ちゃん」呼ばわりされて店外へ。明らかにこの人の方が◯歳くらい年上なんだが……
「そんなこと言わずに、また来てくださいね、お兄ちゃん☆」
「いやだから──」
外だと周囲の目が……はっ⁉︎
「「…………」」
心臓がみるみる冷えていく感覚が全身を襲う。前方から歩いて来た香織と霞、目が合ってから冷や汗が止まらない。
ヤバイ、2人の目がヤバイ。最早人を見る目を通り越してゴミを見る目だ。あんなに冷たい視線は生まれてこのかた見たことがなかったです。まる。
……泣きたい。
「そーゆこともある」
「ホント、せんぱいの間の悪さは芸術的ですねー」
「……お前ら影で腹抱えて爆笑してやがってたくせに」
釈明する間も無く2人は無言で去っていった。しばらくは声もまともに聞いてくれないだろうなぁ……無駄だろうけどあとで可能な限り弁解しておくか。
「はぁ……もう気がすんだろ、帰ろ帰ろ」
「それなりに暇はつぶれた」
「もう隠す気すらないのね……」
なんかドッと疲れた。もうどうでもいいか……さっさと休──
「あ、せんぱい」
「んだよ?」
「帰る前に、優香さんの所に寄ってくれませんか?」
実は、明後日ひまわりでパーティーがあるんですけど。その飾りとかの備品を届けなきゃならないんです。
急遽バイトとなってしまったが本当はひまわりに向かう予定だったのだそうだ。古湊はともかく、ひまわりの人達に迷惑がかかるのは忍びないし……
「分かったよ……頼まれた」
荷物を受け取り、カゴになんとか載せる。ここから目的地へはそれなりに距離があるから早いとこ出ないとな。
「私も仕事終わったら行きますので、よろしくでーす」
「はいはい、ごゆっくり」
「ごく稀には頼りになりますねー」
「やかましっ、さっさと仕事に戻れッ」
しっしっ。手を振ると古湊はべーっと舌を出して店の奥に引っ込んでしまった。ったく、調子の良いやつだ。
「……意外と」
「ん?」
「俊也は良いお兄ちゃんになるかもしれない」
「何だそれ」
おかしな事を口にする優理に肩を竦めてみせると、ひまわりに向かうために自転車に──
「れっつごー」
「ちょっと待て、何故俺の自転車の後ろに乗っている?」
「漕ぐのめんどい」
取り敢えず両頬を引っ張っておいた。
唐突に番外でごめんなさい。
特にこれと言って意味はないのですが、今書いてる本編で書き直しの連続で少し詰まってしまってその息抜き的な意味で書いてしまいました。テキトーに放置しておく話です。気が向いたら目を通して頂ければ幸いです。本編はもう少し頑張りますm(_ _)m




