葛籠の紐解き
「いやー、普段は辛辣一辺倒なのに、ホントに困ってるときはちゃんと駆け付けてくれる!流石は頼れる霞ちゃん──」
「あら、まだ動くわねこの人形……電池抜いておこうかしら」
「………」
目が据わっていらっしゃる。
下らない話であれば本当に電池、ないし生命を抜かれかねない。この女、本気である。「ちゃん」付けも今は火に油のようだ。いつもか。
「ま、冗談はさておき……本題に入りたいんだが」
咳払いを一つ。
その前に、確認させてくれ。
「なんでこいつもいるの?」
「む!」
指差す先には不満げにこちらを睨め付ける古湊の姿が。
「なんですかそのかすみん先輩と2人きりかと思って楽しみにしてたら余計な奴来やがって的な暴言は!」
「いや一言も言ってないしそんなこと」
「せんぱいがかすみん先輩口説こうと画策していたのに邪魔しやがって的な視線は!」
違うし恥ずかしいから止めてくんない?
「途中の廊下でたまたま会ったのよ」
指先でくるくると毛先を弄びながらさらりと答える霞。
「古湊さんも話を聞いた当事者の1人だし、話を聞く権利はあるのではないかしら」
「いや、まぁ……つーかお前授業は良いのかよ」
「私たち中等部はテスト前ですからね、授業は午前中だけなんです!」
なるほど……俺らと違って進路がかかった実力テストだったものな。
ドヤ顔でどうだと言わんばかりに胸を張る後輩だが──
「……勉強はいいのか?」
「…………」
かなり顔が引きつっているが……あとでまた部活が駆け込み寺になるのだろうか。まぁ、それは香織たちに任せよう。
「それで俊也、話というのは──」
「あぁ悪い、えっとだな……」
改めて。駆け付けてくれた3人にこれまでの事情を説明することにした。
自分でもどう説明すればいいのか分からなかったが、待てる情報をなるべく簡潔に。しかし省略も憶測も入れないように、ありのままを。
「……どう思う?」
「どう思うって言われても……」
困惑したような表情を浮かべる古湊。まぁ、その反応と当然といえば当然……俺だって同じ気持ちだ。
「白木さんが嘘をついている。そう考えるのが妥当でしょうね……中等部にいたことや病気のこと、もしかしたら相談自体も」
「でも……嘘をついているようには」
腑に落ちないのか言葉を濁す古湊。しかし、その言葉に霞も理解を示すように小さく頷いてみせる。
「だから、参ってるという訳ね」
「仰る通りで」
話を聞こうにもあの人に会えるすべは病院しかなかった。携帯も持っていないと言っていたし、
だが、状況の把握と整理は出来た。
「でも、だったらどういう事なんですかね」
「嘘は付いていなくとも、言ってないことがある……そんな雰囲気はあったと思うの」
「つまり?」
「例えば、学校への在籍は本当でも、卒業したとは言っていないわ」
確かに。よく考えたらアメリカで手術をしたと言ってもいた。入学自体は本当でも途中でリタイヤしていた可能性もある。
この学校に訪れていたことを考えると、少なくとも対象がここの学生であったことは間違いない。というか、それが嘘だと根底から覆る。白木さんにとってその嘘は意味があるとは思えない。
となると……
「まず、彼が在籍していた学年で知っている人を探す必要があるわね」
すぐに会える人であると思っていたが、そういう訳にもいかないようだ。何かを隠していることは間違いないとなれば、それを調べないことには始まらない。巻き込まれた以上は。
「年齢……は本当なんですかね」
「まぁ、見た感じかなり若いけどな……」
同い年、といっても違和感がないくらいには……ただ、あれで30歳以上という事は明らかにないだろう。
話し合いを進めて、大まかな役割と現状必要なことがはっきりしてきた。
……本当は〝まだ引っかかること〟もあるのだが、それはあまりに現実的ではない方向に話が飛んでしまいそうで。今は考えないようにする。
香織たちに手伝ってもらうことも勿論考えたが、まだ全く全容というか形にもなっていない上、どう転んでいくのかも分からないので様子を見ることにした。加えて、香織たちは香織たちであの後依頼ごとがあったらしい。仕事を邪魔するわけにも……仕事なのこれ?
それに一刻を争う話でもない。テストが近いということもあるので、霞や古湊も時間が空いている時に各自で動いてみる……中身は違うもののペース自体は昨日と同じだ。
「ところで、ここは貴方持ちで良いのよね?わざわざ学校を抜け出させられたのだから」
「え、まぁ……」
「マジですか!じゃあ私はこれとこれと──」
「お前は少し遠慮しろっ」
「むー」
サボりに明け暮れた平和な日も、太陽が沈み夜となり。つまり明日から学校という憂鬱なことこの上ない時間帯を迎えているのだが。
「なーんか妙な事になってるみたいだねぇ」
リビングのソファーにだらけている香織が漫画を読みながらそう感想をこぼした。事のあらましをちょうど香織に伝えた所だった。
「なってるなぁ」
「大丈夫、手伝おっか?」
「そうは言ってもなぁ……つか、そっちも依頼あるんだろ?」
うーむ。香織はページを閉じると、漫画をテーブルに置いて思案顔で起き上がる。
「依頼、藍さんからなんだよね」
「え、マジ?」
「マジ、探しものだって」
意外な人物の名前に思わず身を乗り出した。
「どんな依頼だよ、恋人探してとか?」
「……それ、藍さん聞いたら殴られるよ」
「軽率な発言には気をつけて生きるようにする」
顎を砕かれかねん。
「なんかね、お守りなんだってさ」
「お守り……?」
「うん、昔作ったものらしくて。詳しくは教えてもらえなかったけど、とっても大切なものみたい」
……香織のことだ、大切なものと聞いたら絶対に見つけないとと意気込んで依頼を受けたに違いない。いや、藍さんが依頼ごとを持ち込むというのも想像出来ないし……困ってた所に香織が通りかかって、依頼として無理矢理受理したとか、そんな所だろう。
「お人好しだことで、飽きもせず昔から」
「それ、俊也には言われたくないよ」
くすくすと笑う幼馴染。また漫画を手に、ソファーにだらけ始める。
そんな様子を軽く息をついて見届けると、俺は晩飯の支度を始めようと…………その前に
「……何でウチいるの?」
「ふっ……居たい所にいる。そんな当たり前のことに、理由なんていらな──」
「帰れ」
結局。
幼馴染が帰ったのは晩御飯を食べて更に数時間後であった。今更だけど、あいつの家はそれでいいのか。あといい加減うちも保護者が戻ってくるべきなのではないだろうか。
「……収穫なし」
家庭菜園の話ではない。白木さんの依頼の件である。どうでもいいが、家庭菜園にハマる中年男性が近年増加傾向にあるという。近隣の住宅でも最近よく話に聞く。命を育み、慈しむ喜びはどんな時代にもおいても尊い達成感をもたらしてくれるらしい。そのまま人の腹の中に入っていくと考えると、ちょっと恐ろしい話でもあるけどな」
「……アンタ、相当疲れてるだろ」
テーブルに向かい合った藍さんが憐れみの視線を送ってきていた。
「失敬な、頭はまだそこそこ健全ですよ」
「見たまんま疲弊してるだろうに」
「…………」
放課後になってもう2時間くらいが経過しようとしていた。学食のガラス張りからは柔らかい夕日に滲み込んだ紫色が射しこんでいる。もう日も落ちかけているとあって、学生の姿もない。
そんな場所で何故だらけているかというと、話せば長いようで短いのだが、聞き込みの成果が皆無で落ち込んでいるというだけの話だった。まぁ落ち込んでいる訳ではなくて、正確に言うとこれからどう動いていこうか途方に暮れているのであるが。アテがあまりにも無さすぎる。
霞たちと相談してから3日が過ぎていた。
今の18歳の先輩方への聞き込み、アルバムから青い髪の女子生徒を連絡先を調べる、どちらも全く進展がなかった。加えて、病院に行っても白木さんは姿を現さない。あちこちの病室を覗いてみても……あの日以来会うことが出来ない。
霞も古湊も言葉にはしなかったが、少しずつ手詰まり感が出てきていた。
「ほら、もう閉店だ。さっさと帰って勉強しな、もうすぐテストだろ?」
「マークテストだから勘で何とかなるよ……ある程度は勉強したし」
「はぁ……私のときは記述だったから近くなると叫喚ものだったのにね」
その分マークは解答のズレに気付きにくいという致命的な欠点もあるが。あれ、最後までやって終わる寸前とかに気付くと物凄くテンパるんだよね……マークだけにまだ間に合うかもという淡い期待もあいまって。
「そういや藍さん、お守り探してるんだって?」
「あぁ、香織に聞いたの?」
「そんなとこ」
藍さんは店も放ったまま、椅子に腰を降ろす。まだ閉店はしていないだろうに。
「たまたま香織がね。自分で探すから良いって言ったんだけど、一刻も早く見つかるからって」
「ま、重度のお節介病ですからねあいつ」
「なんか、あの子のこと見てると……色々と懐かしくなるよ」
何かを愛しむような、優しげな目で窓の外を見つめる。
懐かしくなる……香織のような知り合いがいるのだろうか。
「昔、あの子に良く似た重度のお節介がいてね」
「……それって、藍さんの」
「あぁ、腐れ縁やつ」
たまに話に出てくる友達だろうか。それにしては、ちょっと話す時の雰囲気が違う気もするな。
「誰かが困ってたら後先考えずに助けに行くし、拒絶されてもその殻ごと破って手を差し伸べて……どんな無理難題にもとにかくやってみなきゃ分からないって聞かいんだ。お節介でお人好しで強情で」
「本当に香織そのものですね」
「それに」
よく笑うやつだったよ。屈託無く、悩んでるこっちがバカらしくなるくらい。
藍さんはそう言って、呆れたように口元を緩めてみせた。
「…………」
この人がこんなに昔の話をしてくれるのは初めてだった。中等部からの付き合いだが、初めて聞く話だ。どうして今日に限ってこんなに……
「そいつらと一緒に作ったもんなんだ、そのお守り」
「そいつら?」
「前に言ったろ?部活みたいなことしてたって……ま、アンタらと同じように同好会扱いだったけどね。そのメンバーでね」
大切なものだと聞いた。
それは、そのメンバーで作ったからなのだろう。話す口ぶりから分かる、それがどれだけ彼女にとって大切な思い出で、どれだけ支えになっているのか。それはとても羨ましいことで、とても尊敬できることだと思った。
「だったら……何としても見つけないとね」
「藤咲?」
「思い出の証なんだろ?」
そう言うと、何故か藍さんは暫く驚いたような表情でこちらを見つめていたが……
「痛っ⁉︎」
「格好つけてないで、さっさと帰った帰った。学生は逃げずに勉強する!」
「厳しいなぁ」
バシバシと力強く背中を叩かれた。確かにちょっとキザったらしい言い方だったかもしれない。反省。
「あ、そういえば」
「ん、ニジパンの残り全部買ってくって?」
「まだ人生を謳歌したいからそれは遠慮する」
残機が足りない。
そんな事を書きたいんじゃなくて──
「何でお守りを作ったの?」
「何でって?」
「その同好会のお守りってこと?」
質問の意図を理解したのか、藍さんは頷くと口元に手を当てる。
「……クラスメートに身体の弱い子がいてね、そいつに渡すため」
「…………」
どきりと。アルバムを開こうとした時よりも、強い緊張が自分の中で走るのを感じた。
「それって……」
「入院生活が長かったから。って言っても私達には何も出来なかったからね……お守りって。中々可愛げがあるだろ?」
引っかかっていた〝何か〟が、少しずつめくれていくような、そんな感覚を今、じりじりと感じていた。
「……けど、結局渡さず仕舞いでさ。完成する前に、手術で日本を出たんだって…………それっきり、ね」
いつか──渡せる日が来ると信じて。
「と、忘れた忘れた。そんな残りものでも、今じゃ願掛けのお守りとして役立ってるからね、早く見つかって欲しいものだけど」
「…………」
バツの悪そうに笑うと、藍さんの赤みがかった綺麗な緋色の髪がゆれた。
追い立てられるように学食を出ると、辺りはすっかり薄暗闇に覆われていた。校舎は職員室を始め、まだポツポツと明かりが漏れている。
携帯を取り出すと、通話アプリにいくつもメッセージがたまっている。最新のものは香織から、「先に帰ってるよ?」とのこと。15分くらい前だ。「今から帰る」と返信をして校門を出る。
中身の分からない大きな葛籠がある。
綺麗に結ばれた紐を解いてしまいたいと思うのは性なのだろうか。
竜宮城で一生分の幸せを与えられた浦島太郎は、「決して開けるな」と言われて葛籠を渡された。けれど彼は、欲求に負けてその葛籠の紐を解いてしまった。
開けるなという約束を破った浦島太郎に非はあるのか。であれば、何故竜宮城は彼に葛籠を与えたのだろう。
中身が分からない。
だからこそ、葛籠の中は誰しも興味を引かれる。だからこそ、その内と外を繋ぐ結び目に手をかける。
中身が分からない。
故にかける手は慎重でなければならない。解く結び目には注意を払わなくてはならない。
紐を解いてしまってからでは、もう遅いのだ。




