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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
2nd Semester
87/91

奇妙なささくれ


  

 

 

 ……ふむ。


 目の前にそびえる白い建物を見つめて、やや顔をしかめつつ、軽く息をつく。今にも漂ってきそうなエタノールの匂いが脳裏をよぎると、若干の躊躇いが生まれる。出来ればあまり関わりたくはない感覚というか……昔からどうも病院というのは苦手だ。これと言って嫌な思い出があるという訳でもないのだが。


『桜ヶ丘総合病院』


 銀色のプレートに刻まれた文字。電車で二駅、明条よりも小さな駅の改札を出て歩くことを数分。町の中心である病院まで、何故か足を伸ばしていた。


「………お邪魔しまーす」


 誰に言う訳でもなく。

 慎重になりがちな足取りで、病院の門をくぐる。言い知れない緊張感を覚えながらも、平静を装い、上着のポケットに手を突っ込みながら、歩みを進める。

 平日ということもあって、敷地に人はまばらだ。……と、まるで遊びに来たみたいな口ぶりだが。中庭に人が少ないことにあまり休日も関係ないか。


「…………」


 病室の入り口まで続く、日の当たる並木道。暖かな陽気が頬を撫で、射し込む木漏れ日は柔らかく、先程までの些細な警戒心が少しだけ溶けるのを感じた。ベンチに腰掛けるおばあちゃんと孫の姿や、車いすを押しながら談笑する親子を横目に、歩みを進める。


「…………」


 雲一つない青空の下、のんびりとした空間なのにやはりどこやか心が落ち着かない。そわそわとして、地に足がついていない感覚のような。

 病人でも無いのに病院に来ている後ろめたさのようなものだろうか。それもちょっと違うような気もするが。



 さて、平日の真ん真ん中に学校にも行かず隣町に来ているのには……大した理由ではない。単なるサボりである。サボりの延長と言うべきか。人間万事清く正しい生き物ではない、たまには休みたくなる事だってある。常に休みたい。


 制服姿なのはアレだ、登校中にブッチしたよくあるアレ。男子高校生にありがちな「だりー、今日ふけるか」と強がって不良っぽく見せる例のアレである。まぁ嘘だが。

 と、携帯から着信音が。ディスプレイには親よりも見慣れた「穂坂香織」の文字が。


「んだよ?」

「あ、つながった」


 そりゃ繋がるわ。


「もしもーし、サボりは順調かね?」

「ご丁寧にどーも」


 時間帯を見るに……今はHRが終わった頃かな。

 香織には朝学校にいかないことは伝えてある。特段理由は言ってないが、何かを察したのか「仕方ないからテキトーに口裏合わせといてやるか」と了承してくれた……しかしわざわざ電話かけてまで確認してくるとは。


「お陰様で。悠々自適なサボタージュライフを送ってるよ」

「あーぁ、私が勉強で疲れてるのに、誰かさんは遊び惚けてるのかー」

「まだ授業始まってねーだろ」


 まぁ、学生生活で一番テンションの上がらない時間帯はHRから2時間目くらいだけどな。


「今日は部活も来れないんだっけ」

「せっかくの自主休講だしな、丸々1日使わせていただきます」

「それは……皆寂しがるねー」

「棒読みで言うのはやめろ」

 

 他に言葉が思い付かなかったのだろうか。


「それで、サボった成果はありそう?」

「さぁな、これからだ」

「うむ、しっかりやりたまへ」


 そう言って通話は終わる。あまり無茶はしないでね、というニュアンスが含まれているようだった。

 言われるまでもない。せっかくの休みなのだし、無理をするつもりも毛頭ない。




 病院へ入ると、広い待合ロビーと向かい合うようにいくつかの部門に分かれた受付があった。


「どうされました?」

「えーっと、白木光さんの病室教えていただけませんか?お見舞いで」

「白木さん、ですね……少々お待ちくださいね」


 受付の女性は何やらファイルを取り出して何やらパラパラめくり始める。サ行のブロックを手早く……


 こんこん。軽く背中を叩かれる感覚に振り返ると、車いすに乗った白木さんがこちらに向けて微笑んでいた。


「やぁ、来てくれたんだね」

「ども」


 うん。嬉しそうな笑顔で頷く彼にどこか気恥ずかしさを覚えて視線を逸らす。おいおい何緊しちゃってるの俺?いくら素敵な笑顔だならって、いくら中性的な綺麗な顔立ちだかといって、相手は男だ男。


「せっかくだから、外で話そうか」

「あ、はい」


 白木さんについて病室を出る。

 先程来た並木道を再び歩く。爽やかな秋晴れが心地よい、こんな日に外を散歩するのであれば極めて有効な心の療養になるのではないだろうか。


「今日はどうして?学校は?」

「サボりっす」

「そっか、それはそれは……不良なのかな」

「ま、善良な学生とは言い難いですけど」


 くすくすと楽しそうに笑う白木さん。まぁ思考が不良品ないし粗悪品であることは否定できない……自覚あったんだ何これ。


「それで、何が聞きたいのかな?」

「え」

「気になることがあったから、来てくれたんでしょ」


 お見通しのようだ。

 受付で思い切り名前聞いてたしそれも……つか、受付に断るの忘れてたな。まぁ仕方ないか。


「えっと……昨日の話の確認つーか、意思確認をしたいと思って」

「うん」

「友達を、探しているって。その出会った日からの事、色々教えていただきましたけど……」


 引っかかっている事があったのだ。一つという訳ではなく、いくつか気になる事は勿論あった。が、それらを考える前に一つ、どうしても確認しておきたい事があった。昨日からずっと気になっている、引っかかっている最も根本的な部分。



「……本当に、探しても良いんですか?」


 きょとんと。目をパチクリして、白木さんはこちらを暫く見つめていたのだが。


「やっぱり……面白いことを言うね」


 そう言って──笑ってみせた。




「…………」


 さてさて。

 病院を後にした俺は、学校の正門の前に立っていた。自主休講と宣ってサボった挙句、のこのこと学校に戻って来た訳だ……が、別にクラスに戻るつもりもない。授業を受けるつもりも……サボることはサボる。


 制服姿とはいえ、手ぶらのまま校舎へ入ると、まっすぐ図書室へ向かった。明条(うち)の図書室の良いところはとにかく広く、書物が多いところだ。私立だけあって、割と設備もしっかりしているのも好ポイントだ。

 

「……っと、ここか」


 まぁ今回は優雅に読書ともいかず。

 室内の奥の方に位置する本棚へと向かうと、そこには分厚い茶色の背表紙がズラリ。その中の『三十六期高等部卒業生』と書かれた一冊を手に取る。パラパラとページをめくり、もう何年も前にここを卒業された先輩方の顔を眺めていく。簡単に流し見て、元の場所に戻した。

 そう、ここは学園の卒業アルバムが保管してあるスペースだ。高等部の何十年分と中等部の何十年分と。結構古くからある学園なので、中高一貫という事もありその分量はかなりのものになる。


「………」


 中等部高等部と分けられた中で、高等部アルバムの方へと視線を走らせる。

 そう、ここに来た目的は白木さんの人探しの件だ。……白木さんのクラスは分からないが、ここの在校生ならば5、6前付近のアルバムには名前が載っているはずだし、そこから特徴に沿った人物の目星をつければいい。

 俺らが63期で今高等部1年だから……58や57期に


「……ん?」


 ずらりと並ぶ背表紙を、年代順に追っていって……ふと指先を止めた。あれ?


「抜けてる?」


 綺麗に並べてあるはずなのに、何故か足りない。第56期から62期までがすっぽりと抜けているのだ。その中にちょうど目当てのアルバムである、当該時期も入っているのだ。どこかに紛れているのか、中等部の第1期から一つ一つ確認していくが……確かに途中欠けているものはあった。例えば15期、35期など。しかしそれらは必要ないものだ。問題なのは今、タイミング悪く当該期がない事で。


「……なんで」

「どなたかが借りていらっしゃるのではありませんか?」

「あ、なるほど」


 それもそうか。

 一応ここ図書室だしな、いやでもアルバムは持ち出し禁止のはずだが……


「持ち出しは禁止ですが、それは飽くまで学校外の話ですの。教室ならば借りるのは大丈夫ですわ」

「そっか。教えてくれてさんきゅな、白ノ宮」

「御礼には及びませんわ」


 …………


「って‼︎何故⁉︎

「ひゃ⁉︎」


 お互い肩を震わせて距離をとる。まさか後ろを取られるとは……気配遮断、だと?


「なんでお前がここにいるんだよ」

「図書室は公共の場ですわ!いてはいけない理由なんてありませんの」

「いやそうじゃなくて」


 何故俺の後ろにいるんだという話でさ。つかこいつは毎回変なところで現れるのだが……


「え、何?俺なんか気になることしてた?」

「な、なななな何をおっしゃっているんですの⁉︎藤咲さんごときをこの私がき、気にするなんて、自意識過剰も良いところですわ!飽くまで私たちと敵対する組織の人間として警戒しているだけですのよ!藤咲のこと自体どうこう思っているとかそんな訳ではありませんのよ!勘違いしないで下さいましね!」


 意訳:気になったのでついてきましたわ!


「分かった分かった、特に何も怪しいことねーよ」

「ふっ、誤魔化されませんわよ!貴方が不審なそぶりで図書室に入っていくのを目撃しねいましてよ、さぁ何を企んでいるのか話して頂こうではありませんか」

「………」

「な、何故そんな嫌そうな顔をするんですの!」


 何故そんな不安そうな顔をする。

 黙っていると白ノ宮はしょんぼりとして肩を落としてしまう。


「はぁ……」


 ……罪悪感が少なからず。仕方ないので、掻い摘んで事情を話すことにした。飽くまで俺らが頼まれた話であって、新聞部で企んでいることは何もない、と。


「なるほど……その方のお約束を果たすために」

「そゆこと、分かったら……」

「し、仕方ありませんわね、藤咲さんだけでは心配ですし、ほんの少しですが特別に私も手伝──」

「いらん帰れ」

「ひどすぎますわ⁉︎」


 面倒事に巻き込むのは気が引けるのだが。

 しかし白ノ宮は離れるつもりはないらしく、ついてくる彼女を無理やり追い返す訳にもいかないので放っておくことにした。

 図書室の受付で当該のアルバムを誰が借りているのかを確認することに。




 しかしそれは、意外な人物だった。


「えーっと、そのアルバムは……生徒会が借りてますね」

「え」

「借りに来たのは、東雲さんということになっているみたいですが」


 明日菜先輩が?

 思ってもみない名前に首をひねる。何故、彼女がそんなものを借りていったのか。もしかして白木さんに会っていて人探しに協力しようと……まぁゼロではないだろうが、飽くまで会っていればの話だ。他に何か……って、深く考えすぎかな。多分なんて事はない、生徒会の用事があるのだろう。


「アルバムですか?」

「はい、えっと……大体5、6年前の高等部の」

「57……」


 昼休みの生徒会室には、会長は不在だったが、役員の何人かが残っていた。明日菜先輩もその1人、突然の来訪にも笑顔で廊下に出て来てくれた。


「あぁ、生徒会の仕事で。データベースの作成でアルバムを使っていたんです。それでい何回かにまとめて借りていまして」


 合点がいったように手を合わせて微笑む明日菜先輩。

 ホントにただの生徒会の用事だった。あれ?こういうのって隠された裏事情とかに絡んでくるもんじゃね?きっと何でもないってしっかりフラグまいといたよ?


「えっと、もし差し支えなければ、そのアルバムを少しだけ貸していただけませんか? 」

「はい、構いませんよ。ちょうど終わった所なので……」


 明日菜先輩は室内を振り返る。どうやら作業用の資料としては仕事を終えたらしい。


「もしもう必要ないのであれば、生徒会が借りていた分もこちらで全て返しておきますよ」

「え、でも……沢山ありますし」

「大丈夫ですよ、そのくらいは」


 と、横から半目を向けてくる白ノ宮。


「……藤咲さん、何だか私の時と態度が違い過ぎませんこと?」

「そんなことはない」


 では、お言葉に甘えて。

 くすくすと可笑しそうにそう口にすると、明日菜先輩は室内に戻って行く。書記……と思わしき眼鏡をかけた女性と何やら会話を交わして。やがて、いくつも重なった分厚いアルバムを3人がかりで持って来てくれた。


「はい、借りていた57期から62期までです」

「どもども」


 ずしり。重ねられた7冊の重みをしっかりと両手に感じて……いや、思ったほどは重くないな。


「私もお持ちしましょうか?」

「いいよ、白ノ宮に渡すとなんか無くしたりしそうだ」

「なっ、なんですってー‼︎」


 くすくすと、再び微笑む明日菜先輩。


「藤咲くんは白ノ宮さんを心配しているんですよ」

「ははは、先輩のジョークは面白いですね」

「和やかに言うことじゃありませんわっ⁉︎」


 とはいえアルバムを入手。返却する前に、目的だけ遂げてしまおうか。


「そういえば、アルバムがいっぺんに借りられていたのって56期からではありませんの?」

「だっけか」


 言われてみれば……まぁ、他にもぽつぽつと抜けていたようだし、それは他の誰かが借りているんだろう。取り敢えずアルバムを持って図書室の端の席へ。


「………」


 表紙に手を置いて、どきりとした。

 ……開くのが、どうしてか憚られる。見ないでそのまま返却した方が良いんじゃないか。そんな気持ちが、本能的に足元から湧いてきたのだ。


「藤咲さん?」

「あ、あぁ」


 隣に座る白ノ宮が怪訝そうな表情で覗き込んでくる。

 悟られまいと、首を振って1ページめくる。1ページ、また1ページ。更にめくる。




 白木さんへの問いかけを思い出す。


 ──本当に、探しても良いんですか。


 本能的に出た言葉だった。ずっと引っかかっていたから。腑に落ちないことがあったから。つい、そんな言葉が出てきてしまったのだ。



 確証があった訳ではない。それでも、考えていたその予想は当たった。



 

 目当てのアルバムには、どのクラスのページにも白木さんの名前も、顔もなかった。

 試しに62期、61期、60期、59期……直近の過去に遡って他のアルバムにも載ってはいなかった。


 別にそこまで不思議なことではない。本来ならば。白木さんが間違った情報を教えていたのであれば……例えば、ここの生徒では無かったとか。


「けど……」


 あの人は多分、何一つ嘘を付いてはいない。これも確証はないが、何故かそう断言してしまえるほど、自信があった。

 つまり……



「悪い、ちょっと出てくる。これ、元の場所に返しといてくれ」

「出てくるって……もうお昼休み終わりますわよ?」

「今日、自主休学なんだ」

「へ?」


 ぽかんとしている白ノ宮を残して、再び学校を後にした。

 電車で二駅の隣町。駅から徒歩数分にある、町の中心のその病院に再び足を踏み入れる。確かめないといけない、出来るだけ早く。


「あの、お見舞いに来たんですけど。場所を教えて下さい」

「面会ですね、お名前は?」

「白木光さんです」


 受付は先程とは違う女性だった。先程と同じように、冊子をぱらぱらとめくって探していく。が、やがて女性は、予想通り困ったような表情をこちらに向けて来た。





「……そのお名前の方は、こちらには入院していませんよ」


 




 外に出た。

 おもむろに携帯を取り出すと、ワンタッチで電話をかける。3回ほどのコールの後、ようやく主は応答をしてくれた。


「……サボりの貴方と違って忙しいのだけれど」


 開口一番、いつものように皮肉が飛んでくる。そのいつも通りさに、今は少し安心していた。


「霞、悪いんだけど今から学校抜けられないか」

「あと5分で本鈴が鳴るのに?」

「……ちょっと、参ってて。力を貸してほしいってか、整理する相手が欲しいなって」


 はぁ。ため息が聞こえて来た。

 それを了解の意ととって、俺は今いる場所を伝えた。駅前商店街の喫茶店で落ち合うことに決めて、通話を終える。


 ぐっと伸びをする。まだ空に高く登っている太陽の光が、眩しく降り注いでいた。

 

 さて、何からどう伝えて良いものか。俺は必死で頭をひねりながら、病室を後にするのだった。



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