ポイと金魚と夢花火
前回までのあらすじ。まる。
雨宮の母方の実家である神社に集まった我々新聞部メンバーであったが、開始数分で離散というチームワークを遺憾なく発揮し、俺は火渡と共にお祭りを回ることになった。甘いものの屋台にばかり立ち寄る彼女を微笑ましく見守っていた気がしないでもない俺であったが、突如謎の男が立ち塞がる。恐らくこれは主人公属性の人間が起こしやすいパターンB。そう、これから始まるのは最高に惨めでカッコ悪い、しかし通にはその渋さが分かるスーパー噛ませ犬タイムなのである」
「前回っていつ、というかそもそも誰に説明してるわけ? 」
「ガンメタで突っ込んでくんな、察しろ」
という訳で、目が合った。その男は、そのツンツン頭を軽く掻きながら考えるように俺の前にやって来た。
「えーと……あっ、もしかしてひょっとして‼︎あんた、優理のカ──」
「おっと待ちたまえ少年よ」
「へ?俺? 」
馬鹿め、そう簡単には引き下がらんわ。その前口上から潰すことで相手のリズムを崩す作戦!プラス1ポイント!
「アンタの言い分も最もだ。それは甘んじて受け入れよう」
「……いやまだ何も言ってないんだけど」
「テメーの行動もまた正しいだろうさ」
「口調おかしいよね⁉︎統一しろよどんなキャラなんだよ‼︎ 」
「それでも、噛ませには噛ませなりの意地があるってわけさ」
「話聞け‼︎ 」
飄々としていた態度を有無を言わさぬボケで鮮やかに崩していく。最近のダウナー系主人公にはピッタリの対策だ、プラス3ポイント!
「勝負だ」
「は? 」
「幸いここは夏祭り。競えるもんはいく山ほどある」
ここまでやれば名前くらい表示されるキャラになれるよねきっと。さて、あとはさっさと負けた時の捨てゼリフでも考えとくか。
という訳で、ビニールプールか置かれた屋台の前にやって来た。
「勝負はこいつ、金魚すくい! 」
「おい訳わかんねーよ、優理これは一体」
「まさか、逃げるのか?」
カチン。流石にこう言われては、男の意地が黙ってはいなかったようだ。
「仕方ない、流れが全く意味不明だけど。そこまで言われちゃ引き下がれねーな」
めちゃ主人公っぽい!
が、しかし。勝負の世界は冷徹だ。
何も知らない愚かな奴め。金魚すくい、それは俺のテリトリーもテリトリー。そんじょそこらの奴とは格が違う、長年極めてきた技と勘と経験値は伊達じゃねぇ。教えてやるよ、その真っ直ぐさが時に果てしなく無力だって事をな、小僧。
……あれ?負けるんじゃなかったっけ俺?
「女の奪い合いか……へへっ、夏祭りにゃ恋と喧嘩と花火ってな。よし、テメーらのその心意気に免じて、お代はいらねぇよ。思う存分やんな」
何か勝手にジャッジに着き始めた屋台のおっさん。でもめちゃ良い人!
渡されたポイ─金魚をすくう例のアイテムのことをそう呼ぶ─はたったの1つ。ここから死合いの開始である。
さて、まず確認するのは紙の厚さと種類だ。こいつは……6号か、一般的だな。ウエハースではないな。良いお店だ。しかし、厚いからと言って慢心してはならない。水圧によって紙は簡単に破けるのだ。次にポイの表と裏を確認する。これは怠りがちだが、実は大切だ。裏のまま始めると、それだけ破けやすくなる。お店によっては裏返して渡してくるから注意するように。
ポイの質、向き、耐久をざっと確認したらようやく入水だ。闇雲に入れてはいけない、入水角度をポイの耐久性によって微妙に調整していかなくてはならない。角度を慎重に吟味しながら、しかし滑らかに素早く入水。この時動きをやたらゆっくりにしたり、止めてはならない。その静止挙動にも圧力がかかり、紙へのダメージは蓄積する。
入水が完了したら、慎重に、ポイを水面と平行にする。水圧のコントロールは、こちらから仕掛けることが重要だ。後は獲物を狙うだけ……だが。
「よし! 」
「……凄い」
狙うのは水面付近にいる金魚だ。動きか遅くとも深水の獲物を狙ってはいけない。深い所にいる奴らはスタミナがあり、元気が有り余ってる場合が多い。下手に手を出すものなら、一発で紙を食い千切られてしまう。反面、水面付近の奴らは酸欠気味なものが多い。要するに弱っている連中だ。
「よっと」
「こいつぁ……まさか、最近界隈を荒し回ってると噂の〝金魚すくいのテツ〟⁉︎ 」
弱っている魚を狙うのは酷かもしれない。それでも、勝負というテーブルに乗せられている彼等にはその運命がのしかかる。金魚すくいは文字通り、人と魚の死合いなのである。
……因みに俺にそんな通り名はない。ただの一般人です。
素人が陥りがちなミスとして挙げられる例がもう一つある。それは、こちらから無理に金魚を追いかけることである。愚行である。時間制限がないこのお祭りの金魚すくいにおいて、自ら死を近付けることほど愚かな行為はない。玄人は待つ。機を逃さず、ゆっくりと圧をかけながら獲物を水面に近付けるのが鉄則だ。待てぬ者に勝機はない。
「俊也……凄い、もう10匹以上も」
「まだまだ」
まだウォーミングアップ。
伊達に金魚すくいに身を置いてきたわけじゃない。その辺の奴とは踏んできた場数が違うのだ。
幼少期。親が部屋で涼みたいという理由だけでほとんど夏祭りに連れていってもらえなかった幼少期。一人でお祭りに行っても大したお金はない、貯めてきたお小遣いなんて雀の涙。そんな僅かな軍資金で、いかに楽しく時間を潰せるか。食い物だと一瞬で消える。買い物でも一瞬だ。第一、お祭りで買ったものなんてすぐに使わなくなる。
だから金魚すくいと出会った時、直感した。こいつなら、俺は長くお祭りの雰囲気を楽しみながら、過ごせるんじゃないか、と。貰えるポイはせいぜい二つ。破けたらすぐにおしまい、だけど破けなければずっと挑戦できる。儚く消える可能性の中に、無限の可能性を秘めたこいつなら……‼︎
俺は、その日からありとあらゆる書物を読み耽り、名人と名高いプレイヤー達の技を現地で盗み、香織のご両親に連れてきてもらっても、頂いたお小遣いの多くを金魚すくいに注ぎ込み、お金が無い時も足繁く縁日に通い詰めた……ただ、少しでも長く遊ぶために」
「……なんて気の毒な幼少期なの」
「な、何て泣ける話じゃねーか」
✳︎嘘です
「しまっ⁉︎ 」
破けたポイの紙。その後も、テンポ良く放り込んでいたはずが、僅かな軌道のズレが生じていたらしい。
くそっ。油断した、俺ともあろうものが。こんな些細なことに動揺するなんて、まだ目標の半分もいってねーぞ。
「あ、紙が……」
「おっと、ここまでか……けどよくやったよ坊主。間違いなくうちの最高記録だ」
ここまで?何を言ってんだよ、おっさん。
「まだ、こっからだ……」
「何⁉︎馬鹿なっ、もう紙は──」
「紙が破けようが……すくいを終わらせる理由にゃならねーよ」
一瞬。金魚が通ったその僅か一瞬、格ゲーでいうならばそう、4フレームにも満たないその瞬間を確かに捉え、俺はポイを真上に弾いた。
「な、何だと⁉︎金魚が⁉︎ 」
ポイのフレームの部分と僅かに張り付いた紙が、金魚の体を押し上げ宙に舞う。すかさず、タライを出して金魚をキャッチ。
「あ、あれはぁぁああ⁉︎
天駆金龍‼︎‼︎伝説の金魚ハンターしか使ったことのない、あの技が……まさかぁ‼︎‼︎ 」
まだだ!このポイは比較的小さめ、大きな金魚を力業で押し上げれば──
「ま、まかさ巨神聖歌⁉︎あの伝説の金魚ハンターが使ったあの技までも、お目にかかれるとはぁぁぁ⁉︎ 」
紙が破けようが、魂が破けない限り、金魚すくいに終わりはない。
で、肝心の勝負だが。
「……負けた」
僅か一匹差で敗けちゃった☆
あれ?俺は今地面と睨めっこしてるよ、しかも、霞んでよく見えないや。
「いやー、まさかこんなに釣れるとは。金魚すくいなんてホント久々だったけど、案外イケるもんだな」
「………」
何だろう、なんか、あれ、変な気持ち。他に足がつかないような、実際跪いてるからついてないけど。フラフラする。死にたい。何かもう、死にたい。恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。もう無だわ、無我の境地。恥ずかしい死にたい全然無我じゃないよ☆
「……ご愁傷様」
「………」
ポンと、肩に手が置かれて。火渡の気の毒そうな瞳が向けられる。
そうだよね。泣いても、良いよね。今日くらい、泣いても良いんだよね?
……てか、負けたから結果オーライじゃね?結構惨めな感じだし、うっかり首吊って死んじゃうくらい恥ずかしいレベルだし、捨てセリフ吐いて早くおウチに帰ろう。老兵は去るのみである。お布団被ってぬくぬくしたい。泣きたい。
「……で、アンタ何しに来たわけ? 」
火渡が、しかめっ面のままそう口にする。
何だか普段と雰囲気がまた違うような気がする……彼とは付き合いが長いのだろうか。
「遊びに来たんだよ、せっかくの夏祭りだしな。家に居るのも勿体無いだろ? 」
「……一人で? 」
「あぁ、誰かいないかなって」
……おや?これは、あれ?これはもしかしなくてももしかして。そういう感じ?
「えっと……つか、お前誰?」
「遅くね⁉︎ 」
かくかくしかじか。
「いやー、何だそういうことか」
「大変ご迷惑おかけした」
謝罪。
とんだ勘違いをしていた私めは深々と頭を垂れて謝罪をした。いやー、お恥ずかしい限りでございます。
水原秋斗。明条学園の高等部一年、俺らと同学年だと彼は名乗った。因みに自己紹介を返すと、「藤咲俊也か……俊也でいいよな、よろしく。俺の事も秋斗でいいぜ」とアメリカ人ばりのフレンドリーさでファーストネームを呼んできた。
なので俺は水原と呼ぶことにした。
「いや、まさか俺が〝絡まれている優理を助けようとして入ってきた〟って勘違いしたなんてな」
「いや、正確には〝火渡が絡まれてると勘違いしたお前の顔を立てる為にわざと得意な金魚すくいで負けて惨めな演出をしようとしていた潔い青年〟だ」
「細かっ!どんだけ金魚すくい根に持ってんだよ⁉︎ 」
恥ずかしいから火渡にあんず飴買ってあげてた辺り以降の記憶は消しておこう。今日はたまたま調子が悪かっただけだ、俺の金魚すくいの戦闘力はこんなものではない……しかし死ぬほど役に立たない能力である。
「ともかく悪かったよ、早とちりしてたのは事実だから」
「……いい、秋斗が悪い」
「いや違うでしょ⁉︎ 」
あっけからんと言い放つ火渡にすかさずつっこむ水原。手慣れた連携だ、会話の内容から知り合い以上、親しい仲なのは何と無く分かる……にしては火渡は実に面倒そうな表情であるが。
「ていうか、何で一人なの?田中さんとかから誘いとかあったでしょ? 」
「いや、まぁそうだったんだけどさ」
彼は考えるような顔付きをした後、面目無さそうに髪を掻いてみせる。
「なんか、怒らせちゃったみたいで……」
「は? 」
「いや、裕二とかからも誘われてたからさ。皆で回った方が楽しいって思っただけなんだけどな、何が気に障ったのか」
「はぁ……」
うーん、なんの話だろうか。
と、火渡がそっと顔を近づけて耳打ちをしてくれる。
「女の子から誘い受けてたのよ」
「へぇ、そりゃ羨ましいな」
「で、アイツは馬鹿だから『だったらクラス友達と行こう』みたいな事言ったわけ」
「あー」
なるほど。これはアレだな、巷で噂の鈍感系男子ってやつかな。そうだ、モテ鈍感系男子だ、なるほど滅べ☆
「それに、それ話したら裕二も『テメー一人で行ってろ』とか言われちまうし、何なんだかなぁ一体」
「ホント馬鹿よねアンタって」
「馬鹿って言うなよ、テストの点数は俺のが高いだろ」
「そーゆうとこが馬鹿なの」
「ひどっ⁉︎ 」
……何と無く香織に似ている感じがする。だとしたら相当に厄介な奴であることは間違いない。俺の警戒レベルも上昇である。
「いやでもさ、驚いたよ」
「「? 」」
「まさか、優理に彼氏が出来ていたなんてなー」
間。
「まぁな」
何と無く頷いておいた。
「いって⁉︎ 」
右足に激痛。
思い切り足を踏まれていた、容赦無しである。
「やっぱりな!通りで最近付き合いが悪かった訳だな、いやいやしかしめでたい。二人の出会いは?あ、つーか付き合ってまずどのくらい──」
「……」
「痛⁉︎ 」
水原にいたっては鋭いローキックを受けていた。脛に直撃したのだろう、痛みにのたうちまわる。
「はぁ……」
心底呆れたようなため息。
つーか、いつもと違ってかなりアグレッシブだねお父さん嬉しいよ。誰だよ。
「冗談が通じない奴等だな」
「こいつはね、自分のことは疎い癖に他人のことは首を突っ込みたがるという……」
「うわぁ」
ますます香織っぽい。
暫くもんどり打っていた水原が、ようやく立ち上がった。酷いぞと視線で訴えてきた。が、火渡はそれを一蹴する。
「彼は部活の同級生よ」
「なんだ……部活かぁ」
間。
「ぶ、部活⁉︎優理が部活だって⁉︎ 」
「……文句ある? 」
そこで驚く理由も、火渡が少しだけ躊躇した理由も俺には分からない。
「いや!寧ろ逆だよ優理‼︎やっと帰宅部続きから一歩踏み出したわけだ!」
「……」
「いやー、これはめでたいな!パーティーを開くレベルでめでたい」
「秋斗の葬式? 」
「違うでしょ⁉︎パーティーすんの⁉︎俺の葬式で祝いをあげんの⁉︎ 」
「湿っぽいのは嫌いという配慮よ」
「人の死を口実に楽しむ外道だそれは‼︎ 」
鬱陶しそうに表情をしかめる火渡と、それに構わず笑ったりツッコんだりする水原。
何だろう、構う兄とそれをいなす妹、という感じがしなくもない。にしても、普段と違ってホントよく喋る……これが彼女の素なのかもしれない。
「……で、結局二人はどういう付き合いなんだ? 」
「腐れ縁」
「親友だ! 」
見事に一方通行同士である。
「なるほど、じゃあ合わせて腐った親友ということにしよう」
「とんでもねぇ意味になってるから‼︎どえらいコンテンツ出来上がる‼︎ 」
「腐友」
「語呂が良いだけだからなそれは! 」
連発する水原の叫びに周りの人達も足を止めて何事かと視線を寄越していた。
「……秋斗うるさい」
「原因お前‼︎ 」
しかし、親友か。
随分あっさりと。特別な感慨などはそこに介在していないように感じる。ここで、火渡が「た、ただの腐れ縁なんだからね! 」とか頬を赤らめたら、あー実は恋人とかになりたいのかな、微笑ましいな☆となる所なんだが……」
「何でこんな奴と恋人にならなきゃいけないのよ」
「こんな奴って言うなっ」
ご多聞に漏れず。
「っと、もう行かなきゃ」
「? 」
「いや、クラスメートが店出してるんだ。だからその様子見と……大変そうだったら手伝い」
そのクラスメートが女の子な可能性に10ペソ賭ける。俺なら絶対無理だ。くっ、この行動力が戦力の決定的な差なのか。
「残念ね、それじゃさよなら」
「全然寂しそうじゃない‼︎ 」
「しっしっ」
「ひどっ⁉︎ 」
当然のように手を払う火渡にショックを受けつつも。水原は時計をもう一度目にしてから、サッと手を挙げた。
「じゃ、またな!優理、俊也! 」
「「それが、彼の最後の言葉でした……」」
「殺すなハモるなっ‼︎ 」
今度こそ祭りの人混みに消えていったよく喋る男。その後ろ姿を見送りつつ、
「はぁ……」
疲れ切ったようにため息をつく。
「けど、驚いたな」
「トラブルメーカーを絵に描いたような奴だから、ある意味」
「いや、そうじゃなくてさ」
小首を傾げて見上げてくる火渡。
「お前の素、見たの初めてだったから」
「………」
「部活以外だと、あんな風に喋るんだな、ってさ」
パチクリ。二三回瞬きをして、ハッとする。慌てて両手を後ろにやるも、空を掴むのみ。暫く宙を探り、やがて諦めたのか俯いて黙ってしまった。
フードを探してたのかな?あらまぁ可愛い。
「……素じゃない。偶々よ」
「はいはい」
「偶々」
こうして見るとかなり小さいんだよな、30センチくらい差があるから、同級生というより妹のようにも感じてしまう。
あれ……そう言えば俺妹いないや。設定見直せ、寧ろrewriteしてマジで。
「……」
自分の失態を悔やんでいるのか、ややキツめの視線でこちらを睨んできた。そんなに照れなくても良いのになぁ、と微笑ましく思っていると、火渡がボソリと一言。
「金魚すくい」
「ぐはっ‼︎ 」
言葉が胸に突き刺さる。胸というか全身に突き刺さる。脳内でデリートしたはずの記憶が、恥という波を伴って押し寄せて来た。
「〝紙が破けようが、すくいを終わらせる理由にゃならねーよ〟」
「止めろぉぉぉおおお」
崩れ落ちる。やだ恥ずかしい死にたい☆
結構カッコイイ決め台詞だと思ったのに、今聞くと全然カッコ良くない痛い恥ずかしい死にたい☆
くっ、火渡貴様……恨みがましく見上げると、仕返しを出来て満足なのか口元を緩めて嬉しそうな表情をなさっている。
ちょっと可愛いと思ってしまった自分がとても悔しかった。悔しい!でもエターナル!
「俊也、あっちに黒糖綿菓子がある」
「綿菓子ならさっき食ったろ──」
「〝金魚すくいはな──」
「綿菓子だな!よし行こうすぐ行こう忘れるまで食べ続けよう!今日は甘味祭りだ‼︎どれだけでも奢っちゃうぞ☆ 」
「甘味祭り……‼︎ 」
俊也はレベルが1上がった!〝くろれきし〟を手に入れた!
夜空に木霊する爆発音。少し遅れて、雲の流れる紺色の中に、黄色い華がでかでかと咲き誇った。
「たーまーやー‼︎‼︎ 」
花火の音に負けず劣らず。香織の声が神社の裏庭に響き渡る。相変わらず声でかい。
「部長うるさいんで地面の中でやってもらえます?埋めるの手伝いますから」
「埋まらないよっ‼︎
何言ってるかなー!花火といえばコレでしょ!たまやだよ!ほら向井くんも一緒に──」
「いや……同じだと思われたくないんで」
「なっ⁉︎ 」
関係者以外立ち入り禁止の区域。
雨宮の友達ということで、特別に神社の裏庭に通して貰った一同。少し木に隠れはするものの、花火がよく見えるスポットである。今日は、お祭りと同時に河川の方で小さな花火大会が行われているのだ。
「綺麗……」
「うん、やっぱり花火を見ないと夏じゃないよね! 」
天使、もとい愛華と雨宮の二人も夜空に咲く大輪の花に見惚れているようだ。祭りの運営を手伝っていた疲れも、この光景を前に一瞬で癒えてしまうだろう。
「かすみん!あの後輩やっぱり可愛くないよ‼︎ 」
わーっと泣きつく香織を優しく慰める霞。実に百合百合してますね、こっちにも大輪の花が咲き誇りそうである。
で、俺はといえば……
「……気持ち悪い」
「大丈夫か? 」
胃もたれを起こしかけていた。甘味祭りとかテキトーなことを宣ってしまったが為に、後に引けず火渡と怒涛の甘味屋台制覇という愚行に走ってしまった。
「何でお前平気なわけ? 」
「甘いものは別」
「別なのもか、着実に」
しかし澄まし顔でどこ吹く風。
血糖値上がり過ぎて後で後悔するがいい。……人間ドック行こうかな。
「……そうか、大変だったんだな、お互い」
「お互いって……粋先輩も? 」
「………」
黙って遠い目をする先輩。何があったんだろう、凄く気になる。多分原因は霞なんだろう。
「はい、皆注目!」
かと思えば、いつの間にか香織が皆の前に立って何やら手を挙げていた。いつも通り突飛である。
「お祭りの思い出の締めに、皆で毎年やってる気合いの掛け声をしたいと思います! 」
メンバー見事にバラバラだったんですがこの夏祭り。因みにそれを始めたのは香織で、去年も一昨年も香織しかやっていない掛け声である。
「おー!だよ、皆で一緒に拳を上げて、おー!だからね? 」
互いに顔を見合わせる。今年は新メンバーが多い
「では、明条学園新聞部の前途を祝して‼︎
ファイトー‼︎ 」
おー‼︎‼︎
高々と打ち上がった花火と共に、香織が飛び上がらんばかりに拳を上げて叫んでいた。香織だけ。
「………」
一同それを静観。
「もーっ‼︎皆やってよぉ‼︎ 」
悲痛な叫び。例年通りである。
クスッ。そんな時、小さな笑いが零れた。見れば、火渡が口元に手を当てていた。
「ユウちゃん、今笑って」
「……笑ってない」
ハッとしたように首を振る。ついフードに手をやろうとして、再び無いことに気が付いたようだ。あら可愛い。
「笑ったよ!ユウちゃんが‼︎ 」
恥ずかしそうに俯いてしまう彼女にとても嬉しそうに抱きつく香織。ちょっと?百合百合フィールドを広げるていくスタイルですか?百合ヶ丘学園花園部なのん?
「よし、皆でユウちゃんを笑わせてあげよう!さて、トップバッターは誰かね? 」
「部長は存在そのものが珍妙なんでトリで」
「ひどっ⁉︎ 」
わーわーきゃーきゃー。
香織が喚き、向井が鼻で笑い、霞がゾクゾクして、愛華が困惑して、雨宮が微笑み、粋先輩が宥める
そんなまとまりのない喧騒の中に、彼女の小さな笑いを一滴。そんなささやかで小さな変化でも、きっと大切な一歩なのだろう。
「ね、皆揃ったし、水飴パーティーでもしよっか! 」
「水飴パーティー……‼︎ 」
「優理は乗り気なのね……」
「水飴かー、梅肉とか混ぜるとまた美味いよな」
「冷しても美味しいですよね」
「こう見えても、水飴アートなら一芸ありますよ」
「凄い!私見てみたいよ、向井くん!」
夏の夜。浴衣と花火と甘いお菓子。甘い思い出。
「…………」
それでも僕は。
青春も夏祭りも、しょっぱいくらいが丁度良いと思いました。まる。
話の大部分が金魚すくいに割かれました。アホな主人公がキャラを立たせようと必死にあくせくするお話でした。お付き合い頂きまして、ありがとうございます。
そんな馬鹿はともかく。
今回登場した水原秋斗くんは、優理ちゃんを投稿して下さった黒野正也さんのもう一人のオリジナルキャラクターです。天才肌の彼に無事名前を覚えてもらって、俊也もそれなりに満足です。
さて、次回な夏の終わりに相応しいイベントで夏休みを締めくくりたいと思います。
何回に分けるかは……未定ですが。では、次回もよろしくお願いします!
 




