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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
Summer Time !!
71/91

熱射線上のフローリック

夏のメインイベントといえば海。という訳で水着回です。

 


 


「なーんかタイトルが某名作科学アドベンチャーに似せようとして失敗してる感じだな」

「は?」

「いや……なんでもない」


 炎天下。

 ギラギラと、無駄に主張を強める太陽が高らかに空に君臨している。まるで玉座で威張り散らす王様のようだ。見下してくるそいつに挑み返そうとするも、眩しさに視線は1秒ともたなかった。

 ……暑い。兎にも角にもそれである。肌をヒリヒリと焼き付けるような光が照り付けてくる。露出した二の腕を着実に照り焼きにせしめようとしてくるのが、文字通り肌で感じられた。


「日焼け止め持ってくりゃ良かったな」

「開口一番気が抜けるようなこと言うなよな……」


 ついでに足元も熱い。サンダルを履いているものの、踏みしめる砂浜から立ちのぼるように熱気は伝わってきていた。今この砂の上に身を投げ出したら、皮膚は爛れそうだ……怖っ。


「トシ、この大海原を前にしたらもっと感じることがあるだろ……鬼○グループと死闘を繰り広げたいとか、伝説のルアー求めたいとか」

「俺は釣りに目覚めたりはしてないんだよ」


 グランダー武蔵とかマジで懐かしい。結局結末知らない間に離れちゃうマンガって多いよねホント。


「ま、紫外線は皮膚によくないですからね。気を配るに越したこたぁないんじゃないっすか、ガンとか嫌だし」

「向井くん……君は噂通りマイペースな奴だな」

「天下の東堂先輩にそう言って頂けるとは光栄極まりないですね」

「ふっ」


 夏も真っ盛りな8月も後半。俺は果てなく広がる水面を前に、ビーチにあてもなく立ち尽くしていた。下を向けば、白いズボンのような水着と、青いビーチサンダル。半袖のビーチパーカーは紺色だからか、光を集めて熱を帯びたまま身体を包んでいた。改めて思う、まさに海日和の格好だ。



 そう、海だ。俺は海に来ていた。夏だ!海だ!青春だ!の海である。

 8月ももうそろそろ終わりだというのに、ビーチには至る所にカラフルなパラソルが咲き、子供から大人まであらゆる年代の人々が水着ではしゃぎ回っていた。ビーチボールでバレーをする大学生、ボード片手に波に向かうサーファー、砂山をつくって喜ぶ小学生、パラソルの下でくつろぐお姉さま方。ザ・海という光景が、視界いっぱいに広がっている。


「──なるほど、その線は確かに捨てがたいですね」

「いや、君の意見も的を得ているぞ」


 隣では、進一と向井が何故か意気投合していた。赤いトランクスタイプの水着に灰色のタオルを首からかけた進一。日頃から鍛えているであろう、細くそれでいて強い筋肉をひめた肉体は流石である。

一方、アーミー柄の水着に薄い上着を羽織った向井もまた様になっていた。やや粗さを含んだラフな格好は一夏の海にピッタリだ。……先程から二人に熱視線が当たるのも頷ける。爆ぜろ☆


「獲ったどおぉぉおお!」


 馬鹿みたいな叫び声があがる。見れば、水しぶきをあげて、近藤弦が海面から姿を現していた。ツンツン頭は水に濡れてもそのままなのか、右手には……何だあれ、何か緑色をしたいも虫のようなものをいっぱいに抱えている。彼は海からあがり、そのままこちらに駆けてきた。


「うわっ⁉︎お前それ何だよ」

「……見りゃ分かるじゃろうに、ナマコじゃ」

「「…………」」


 ナマコだった。弦は満足気に頷くと、身動きをしない深緑のいも虫をペシペシと愛らしく撫でてみせた。はっきり言ってアホ以外の何物でもない光景だ。


「黄○伝説やってんじゃねーんだから、ほら戻してこい」

「食べると美味いんじゃがのぅ、せっかくじゃし、網に乗せて──」

「阿鼻叫喚を誘う地獄絵図になるから止めろ」


 これから行うイベントのことを考えると少し、いや大分不気味な光景が予想された。少なくとも、女性達は騒ぎ出すだろうな。

 弦は勿体無さそうな顔を隠すことなくトボトボと海に戻っていくと、両手いっぱいのナマコをぼとぼとと返してみせた。周りも何事かと目を丸くしている。


「はぁ……」


 頭が痛くなってきた。ただでさえこの暑さだ。クーラーのきいた部屋でゴロゴロしつつ宿題とかやりながら夕方くらいになったら散歩をしつつ、空の写真を撮ったりしてまったりする予定だったのに……なんで青春真っ盛りの連中よろしく夏の海で光合成なんてしてんだか……そもそも、原因はアイツに──


「そ、それより……穂坂達はまだかな」


 後ろからまた違う声が。振り返ると、隣のクラスの田中が、落ち着きのない様子で辺りをキョロキョロしていた。


「おー、最近全く出番が無い上に存在も怪しくなってきて、元々無かったことにしちゃおうかポジションにいる田中康太くんじゃないか」

「誰に言ってんの?つーか紹介に悪意ない? 」

「気のせい気のせい」


 不満気な表情を浮かべるも、すぐにまた辺りを見回し始める。時間が経つにつれて落ち着きがなくなる、まぁ田中はソレが目的だからなぁ。


「それより……」

「はいはい、君の待ち望んでる香織ちゃんね」

「お、おい!声が大きいって」


 大慌てで口元に人差し指を持ってくる田中。……なんか、あいつよりよっぽど乙女なんですけど。彼は香織が好きで好きで仕方がないという事情がある。だから田中も俺たちについて来たのだろう。



 海に行こう。一昨日の部活で夏後半の予定をたてた直後、香織が明日にでも出掛けようと言いだした。流石に翌日はアレなので、中1日で今日海へ繰り出すことになった。

 新聞部で出かける予定だったのだが、帰り際に剣道部のメンバーと会ってあれこれ話すうちに、丁度休みだから一緒に行こうという話になったのだ。そんなこんなで、今に至る。



 朝から皆で自転車を走らせ、観光客で賑わう近場のビーチへ。俺たちは更衣室で手早く着替えを済まし、「海だー!」と砂浜へと駆け出していった(主に弦が)。が、女性たちは色々用意があるのだろう、彼女らが出てくるのを待っているという現状である。

 というわけで田中はソワソワしているのだが。


「けど、先輩残念だったな」

「実家の用事だし仕方ないさ」


 粋先輩は家の方で用事が出来てしまったらしく不参加だ。また日を変えて、遊びに行けたら良いけれど。……良いなぁ、俺も涼しい部屋に帰りたいなぁ。


「おーいっ‼︎ 」


 と、帰宅願望に思いを巡らしていると、底抜けに明るい声が飛んできた。ようやく着替えが終わったか……


「としやー! 」


 人の名前を大声で叫ぶな、小学生か。

 いつも通りのセリフで呆れようとして、振り返って…………


「…………」


 そのまま固まってしまった。


 毎年の事だ。幼馴染に海に連行されることなんて、今に始まった事じゃない。だから見慣れたはずの、香織の水着姿……だった筈なんだが。今回は全く予想外だった。



 香織も薄手のビーチパーカーを羽織っていた。白く薄手の長袖を、裾と袖を余らせた少しアンバランスな上着で。胸元で結ばれたような作りの、明るめの赤いホルターネックのビキニに目が奪われる。下はデニム生地の短めのスカートタイプの水着だ。ダメージ加工がされたラフなデザインで、それが上半身とのギャップで余計に強調されて見える。

 デニムタイプの水着から覗く生足はすらりと伸びていて、その綺麗なラインを視線はどうしてもなぞってしまう。


「……俊也? 」

「え、あぁ……」


 怪訝そうな表情でこちらを覗き込む香織に、思わず我に返った。暑さのせいか、頬が赤らんでいる彼女の表情さえコーディネートの一部に感じてしまった。


「ふーむ……」


 香織は自分の足先や背中を見ようとしてみせる。


「感想は?」

「いや……水着短め過ぎねぇか」

「うわっ、いきなりエッチなとこ見てるし」


 そんなこと言われても困る。

 スタイルが良くないととても着こなせないようなコーディネートだ。去年まではごく普通、と言ったらアレだが平凡な水着だったような気がしたが……


「いや、去年とかと全然違うからさ」

「んー、皆と買い物行ったら何か盛り上がっちゃって。あはは」

「はぁ」


 ついつい奮発してしまった、と言ったところか。何となく分かる。

 よく見れば、香織は恥ずかしいそうだ、顔が赤らんでいるのもそのためだろう。恥ずかしがると余計に恥ずかしいから、無理して強がっているのかもしれない。


「後になって恥ずかしくなっても知らないぞ」

「うぐっ……どーせ似合ってないですよ」

「いや、似合ってないとは言ってないけど……」


 とは言ったがしかし。ここまで似合うとは思いもよらなかった。口が裂けても言えないが……正直目のやり場に困る。

 先ほどから周りを通る野郎共がジロジロと気安く視線を向けているのも、何か気に入らないくらいである。いや、これはほら老婆心的な、ね?


 進一と向井がニヤニヤしながら物言いたげな視線を送ってくる。くっ、いつの間にこいつら結託しやがったんだ……田中は側から見ても即気づくくらい(香織は気づいてないが)彼女をガン見しているし、弦に至って浜辺でナマコと戯れていた。テメーは一生そこにいろ!



 そうこうするうちに、他の女性陣も姿を現した。

 ええい!こうなったら、某司会よろしくパロディー感溢れる感じで紹介していこうじゃねーかっ!


 さて!エントリナンバー1!

 剣道部のクールビューティー代表こと相良由美選手!長く艶やかな髪を靡かせて今登場です!純白!純白といえば正義!その純白のビキニを見事に着こなしております!部活で鍛えられたグラマラスな身体は流石というべきでしょう。強くしなやかで、そして美しいとはまさに彼女のことを──」

「俊也くん、声出てるわよ」

「おっと失礼」


 いつから漏れてたんだろう。とりあえず隣の幼馴染があからさまにこっちを睨んでいるっぽいのでもう止めておこうと思う。ごめんなさい。


 話を戻すが、由美が香織に続いてやって来た。白のビキニはシンプルだが、だからこそ目立つのは難しい。が、由美は見事に着こなしていた。剣道着で隠れているが、スタイルの良さは折り紙つきである。ワンポイントの黒い羽のイラストもカッコいい。髪にさしたサングラスもまさにビーチにピッタリだ。


「良かったな進一」

「何が」

「お前白好きだったろ、いやというか由美が──」

「やかまし」


 小突かれた。いやはや、素直じゃないねホント。

 と、また一人後ろから小走りでやって来た。何か順番に来る流れてなってるのこれ?パリコレ?


「皆ごめんね、遅れちゃって」


 ……なんだ、ただの天使だったか。道理で可愛くて美しくて清らかで癒されるわけだ。

 愛華の登場である。まず一言、可愛い。それからついでに一言、可愛い。最後に一言、可愛い。なんだろうこの気持ちどうしようそうだ告白して振られよう……振られるまでがセットなのね。


 愛華もビキニだったが、周りのとは少し違うタイプだった。胸元を隠す水着は、輪のようにひと続きになった形のビキニで、フリルのついた非常に可愛らしい水着だ。トロピカル柄が本当によく似合っている。

 胸の形が目立たないものだが、彼女のふくよかなバストはふんわりと強調されている。下もフリルのミニスカートからビキニが覗くタイプで、可愛らしいさの上に短めの強気な魅力をみせる。スラリと伸びた足は結構際どくドキドキしてしまうし、胸元を隠す可憐な華のような水着にもどうしても目がいってしまう。活発そうなトロピカル柄、なのに控えめさを残した、それでも愛らしくも可憐な彼女の水着姿にどうしても視線は引きずられてしまう。

 ヤバイな、ガン見なんてしてたら嫌われるから止めろと理性か叫ぶが止められない止まらない……スーパードンキーコング3の雪のステージ並みに止まらないどうしよう。

 おまけに反則なのが愛華の表情だ。慌てて出てきたのか、ほんのり上気した頬。落ち着かないのか、少し恥ずかしそうに身体を抱く仕草もまた可愛らしい。

 って、目が合ってしまった。愛華は少し驚いたようだったが、やがて赤らんだ頬のままはにかんでみせた。それ反則だからさホント。


「へ、変……かな? 」

「いや、そんなこと全然!に、似合ってると思う、よ」


 熱くなる顔を意識しながらなんとか答える。

 そうかな、と。やはり恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに─見えたのは俺の願望かもしれないが、いやきっと照れてくれたんだ、そうであって欲しいと切実に願う─胸の前で手を合わせてくれた。天使。確信。

 

「素直に可愛いって言ってやりゃ良いのにねぇ」

「ねー」


 すぐ近くで進一と香織がコソコソと結託しながらこちらを見ている。いや十分素直だからね、可愛い愛おしい愛らしい美しい見目麗しいという言葉しか思い付かないんだよ、やだいっぱいあるわ!


「ラブコメの波動がするわ」

「波動っすね」

「波動……」


 慌てて振り返ると向井に続いて、霞と火渡がこちらに視線を寄越していた。


「二人ともいつの間に……」

「あら、ちゃんと来ていたわよ。誰かさんは愛華に夢中で気付かなかったみたいだけれど」

「…………」


 棘がある言い方のようか気もしなくもないけど……気のせいだよね☆


 霞は大人びた水着だった。ブルースカッシュの夏っぽい爽やかな色合いが特徴的。ホルタータイプの胸元の水着は……まぁ控えめだが明るめの雰囲気を受ける。

 特に印象的なのが、腰に巻かれた長く薄い布地……パレオだ。ひらりと夏風に靡いて揺れる様は綺麗で大人びていて、普段の立ち振る舞いとよく合っている感じだ。……まぁ、性格はともかく、美人だしね。うん、実年齢より控えめな箇所も目立つけど、まぁ、アレですね……似合ってると思います。


「何かしら? 」

「いや、まぁ似合ってはいるよなと」

「そう……別に、貴方に感想を聞いたつもりはないけれど」


 相変わらずである。人がせっかく素直になっているというのに、ツンと顔を背けられてしまった。……たまには素直にお礼を返してくれてもバチは当たらないだろうに。


 一方の火渡はまず前提としておかしい。この炎天下だというのに、フードを被っているのだ。フード付きの黒い長袖、流石に普段着ているものよりは薄手なのだが、そのフードがやたら目深だ。最近フードを外している機会が多かっただけに、少し不思議な感じもする。


「……暑くないか? 」

「慣れてるから平気」

「……そか」


 フードをとれば……いや、周りに人も多いしあまり見られたくないのだろう。火渡も可愛いから、周りの野郎共がそういう視線をぶつけてくるに違いない。だったら、フードで防御の方が良いかもしれないな。

 上着の下の水着も黒が基調のシンプルなものだ。飾り気のない、といってしまえばそれまでだが、だからこそ本人の良さがそのまま試される難しいものだ、と昔香織から聞いたことがある。が、黒という色もデザインも、火渡にはとてもよく似合っていると思う。


「へぇ!ナマコさんって食べられるんだ」

「そうじゃ。日本や中国の方で、盛んに食用にされたんじゃ」


 霞といい火渡といい、本当にいつの間に。今度は雨宮が浜辺でナマコを興味深そうに眺めていた。誰も相手にしていなかった弦を気の毒に思ったのか声をかけてあげていたようだ。天使。確信。


 雨宮はワンピースのような可愛らしい水着だ。ピンクと赤のパステルカラーは活発感が溢れる、彼女の笑顔によく似合う色合いだと思う。頭に被った麦わら帽子も彼女らしい。その大きな麦わら帽子には、ハイビスカスの華がアクセントについている。あどけなさを残しつつ、夏の浜辺にピタリと絵になるような清楚さと可憐さといえよう。周りの男共が見惚れたりしているのも無理はない……が、


「酢漬けにするのか定番じゃが、中には干物にして薬用なんかに使うこともあるんじゃ。わしの爺ちゃんも、漢方だがなんだかにナマコを干して使ってたのぅ」

「干しちゃうんだ⁉︎ 」


 なーんか会話の中身はズレてるんだよなぁ。(場所としては)海らしいけど、(学生の青春としては)海らしくない。


「よし!皆揃ったね! 」


 香織の一声に注目が集まる。


 お約束の水着紹介も終わったことで改めて皆が揃ったようだ。まぁ、揃ったところで何を始めるという訳でもなく──


「じゃあ早速、海といえば──」

「屋台の準備始めますか」

「違うよ⁉︎ 」


 屋台設営に乗り気な後輩だった。


「海で一儲けしにきたんじゃないんすか? 」

「全然違うから!遊びにきたの!第一勝手にやったら怒られるよっ」


 怒られるで済めば安いものだが。


「とにかく!夏の思い出作りに、皆で沢山遊ぼー!」


 おー!

 女の子達はテンション高く─霞と火渡を除く─手をあげて、俺たち男子は暑いなぁとぼんやり空を見上げて……


「俊也!テンション低すぎだから! 」

「…………」


 俺だけでした。

 という訳で、まず荷物置き場を作る。パラソルだのシートだのを借りてきて、拠点を設営するのである。ついでにビーチボールだの浮き輪だのを膨らませたり、クーラーボックスを組み立てたりと準備をしていく。

 場所作りは田中や進一、浮き輪関係は香織や雨宮達に任せて、俺と愛華は飲み物の調達に向かった。


「こうやってアレコレ準備してる時が何だかんだで一番楽しかったりするんだよな」

「そうかも、なんかワクワクするよね」


 愛華と一緒に準備してるから余計に楽しい。おかしそうに笑う彼女の表情を見ただけで、もう来て良かったねっていうか生きてて良かったね☆

 楽しいけど同時にハラハラもする。何でってアレですよ、ほら、彼女は水着姿だし。香織にパーカーを借りてそれを羽織っているのだが、それが余計に普段の愛華とはちょっと違ったラフさを醸し出していて……うん、可愛い。だから、上着から覗く水着というのはこれほど破壊力があるのかと、いやもう……目のやり場に困る。えーと何を言ってるんだろう俺はさっきから。

 あとアレだ、周りを行き交う男共がチラチラ彼女を見てるから何とかしなくては、許すまじ。


「レーザーポインターとか持ってる? 」

「え? 」

「いや何でもない」

「ふふ、変な俊也くん」


 変な人って思われた。いや今更か……何それ悲しい開き直りなんですけど。


「おーい!あいかー!」


 誰だ気安く愛華の名前を呼ぶ輩は。ま、まさか彼氏⁉︎お父さんは許しませんよ‼︎誰だよ。

 まぁそんなはずもなく、香織が遠くのパラソルからブンブンと手を振っていた。ついでに「喉かわいたー!」と叫んでいる。


「……小学生かあいつは」

「それが香織ちゃんの可愛い所だよね」


 さて、どうでしょう。


「じゃ、少し急ごう、あい……桜さん」

「ん? 」

「え? 」


 口が滑った。

 あいつにつられてつい……名前で呼んでしまいそうになった。


「今、名前で──」

「あー、〝あい〟つに怒られないようにって……言おうとしたけど、」


 何ですぐさま否定してしまうのか。これではよっぽど嘘をついているみたいではないか。いやそもそも、何で言い直したんだろう。


「ホントかな」

「いや、えっと……」


 途端に彼女の表情がどこか悪戯っぽいものに変わった。うわー、この顔見たことあるなぁ、古湊とかがよくやってるアレだ。いやしかし!奴は小悪魔的で下心見え見えな感じが寧ろ可愛いと思わせてしまうのも計算にいれたような表情なのに対し、愛華の何と可愛らしいことか!悪戯っぽいのにこんなに可愛いとか反則ですよ、わざとらしくなく天然の可愛らしさとは!店長、革命です。さっきから可愛い可愛いしか言ってないな、女子かっ。


「んー? 」

「…………」


 口元をうっすら緩めたままこちらを覗き込んでくる愛華。いや、あの、えっと、そんな仕草されたらデスネ、胸とか胸とか胸が……あの、視線どうしよう、何て男性殺しのこの仕草!エク○ディア並みに封印しないとダメなレベル。どーでもいいけどブリュー○ク解除ってマジですか?


 半分パニックで訳の分からないことをつらつら考えていると、クスクスと愛華がおかしそうに小さな笑みを零してみせた。え?ひょっとして声に出てた?


 それから、コホンと何故か軽く咳払いをして向き直る。


「えっと……名前で良いよ」

「いや、その……」

「あ、もし俊也くんが嫌じゃなければ……だけど」


 嫌な訳があるかっっ‼︎

 

「私もね、俊也くんのこと勝手に名前で呼んじゃってたから……」

「え?あれ? 」


 そう言えば……以前は「藤咲くん」と呼ばれていたような……でも待てよ?辿ってみるともう随分名前で呼ばれていることに気付く。すんなりし過ぎていて、マジですか。それに気付かないとか極刑レベルなんだが。いやでも死にたくない。


「だから、ね? 」

「…………」


 恥ずかしそうに小さく舌を出してみせる。

 そこでそんな表情されたら勘違いをしそうになる……のをすんでの所で回避する。戒めろ自分を、落ち着けクールになれカームダウン、OK?

 彼女は友人として、親しみを込めて距離を縮めてくれようとしているのだ。ならばそれを無下にすることはしてはならない。頑張って!俺!


「あ……愛華? 」


 疑問形になってしまった。やだ死ぬほど恥ずかしい。


「ん。これでおあいこ、だね♩」


 だが、彼女は満足そうに微笑んでくれた。

 

 名前とは不思議なもので、意識して口に出すだけでも距離が縮まったような気がする。 出会ってからもう一年……もっと早く、呼んでも良かったかなと、その笑顔を見て思った。




「よーし!じゃあ準備も整ったことだし、今から──」

「帰るか」

「帰らないよっ⁉︎ 」


 提案したら悲痛な部長の叫びが返ってきた。


「何でナチュラルに帰宅を提案出来るの!まだ何もしてないじゃん!」

「いやもう十二分に楽しんだ。思い残すことはない」

「海にすら入ってないし! 」


 実際海に来ての楽しみは大体満喫した。愛華の水着を目にすることができたし、あまつさえ名前でも呼べた。もういつ死んでも悔いはない。いややっぱ嫌だ。生き残りたい。がけっぷちでも。


 と、霞がこめかみに人差し指を当てたまま呆れたようにため息をついた。


「そうやって淀んだ貴方の心を浄化するためにも、太陽光は必要だと思うけれど」

「俺はグールかよ」

「どっちの? 」

「僕○の太陽の方」


 その化け物たちは、太陽の力を借りた銃で浄化されてしまうという。


「ファランクスがいい感じなんだ」

「ファントムの方が好き」


 火渡らしいチョイスだな。俺はヘビー系でガンガン攻めるスタイルなんだ……何の話だ。


「帰るの禁止!

とにかく、ご飯までいーっぱい遊ぼう! 」


 曰く、海は人の心を解放的にしてくれる。羽目を外しすぎて怪我や事故が起きないように気をつけなくてはならないな、と。真面目に考えつつ、荷物置き場のバーベキューセットを振り返った。

 そう、海といえばバーベキュー。本日のメインイベントの一つでもある。たらふく遊んだ後、たらふく食べようという至極学生らしい一日なのである。


 バーベキュー用のボックスは俺たちの管轄だ。用意から管理まで、不備がないようにしなくてはならない。クーラーボックスに入っているはずの結構上等のお肉─香織のお母さんが用意してくれた─を……おいおい、ボックスが開いているじゃないか、無用心だな。


「ばうっ」


 ん?隣で肉をたらふくくわえた犬がこちらを睨んでいた。なんだこの犬……まぁいいか、クーラーボックスを閉めて……


「え? 」


 ボックスの中を見る。ドライアイスやらが大量に詰められた、簡易冷蔵庫の中をだ。目をこらす。瞬きをする。無い、無い、無い……お肉が無い。


「ばうっ! 」


 振り返ると、犬が元気よく駆け出していた。4匹に増えていた。4匹ともお肉をたらふくくわえたまま、浜辺の向こうへ、消えていった。


「…………」


 息をつく。深呼吸、首を回す。辺りを見回す。状況を整理する、何と無く理解する。

 浜辺へ、熱い砂浜で小走りになりながら向かっていく香織達を見る。楽しそうだ。


「おい?どうしたトシ、俺たちも行こうぜ」

「…………」


 進一の腕を掴んだ。驚いたように目を丸くするやつに構わず、落ち着いて口を開く。


「男共を呼び戻してくれ」

「は? 」

「緊急事態だ……」


 

夏といえば海。

海といえば水着。

水着といえば恋。……違うか。


という訳で、男子が管理していたはずのバーベキューセットで事件です。次回もよろしくお願いします!

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