それでも時は刻々と流れ気付けば夏も半分を過ぎている
「いち、にぃ、さん……」
おかしい。絶対におかしい。こんな事があるはずがない、あってはならない。
「じゅう、じゅういち…………」
何故、どうして、どこで俺は間違えたのか。計画に無理があったとは思わない、むしろ隙の無い綿密な計画だった。だというのに、何故なんだ……油断?過信?慢心?いや違う、違う筈なんだ。なのに、なのにどうして……
「何故なんだっ‼︎ 」
「わっ⁉︎ 」
叫ぶと同時に、何故か俺のベッドの上で丸まっていた香織が肩を震わせた。そして、くるりと反転して半目をこちらに向けてくる。
「……もうっ、驚かせないでよ。人がせっかく気持ち良く微睡んでたのに」
「いやそれよりもね、ここ俺の部屋だからさ」
「知ってるよ」
「……俺のベッドだろ? 」
「それも知ってる」
香織はそう言うと、眠そうな表情のまま枕をぎゅっと抱きしめた。……人がいつも寝てるところで、こいつはなんて無防備なんだ。
「部屋に戻ったら、いつの間にかベッドで寝ていた……これは一体どういう事だ? 」
「急に眠くなっちゃったんだもん」
「だからって、平気で男の布団に入るかね」
「んー」
答えずに、抱きしめたままの枕に顔を埋めた。ちょっと?香織ちゃん?そんなことしたら困るでしょ、俺が。寝る時とか意識しちゃうでしょ色々。温もりとか、匂いとか……待て待て平常心を保て落ち着け!
「この枕いーなぁ」
「え?あぁ……そうか? 」
「柔らかいし、寝心地が良いよ……俊也、これ頂戴」
「いやいや」
「だったら、あたしの枕と交換しよ」
ねぇこの娘どうしてそんな事さらっと言えちゃうの?女の子が枕交換するとか口にしちゃいけません。男の子夜眠れなくなっちゃうならね、色んな意味で!
「そんな事よりも」
大きく咳払い。
今はそれどころではない、そんな話はこの際どうでもいい。……いやよくないけどね?別にドキドキとかしてないからね?
「香織、これを見てみろ」
「……カレンダー? 」
「そうだ。それで、今日の日付は? 」
「17日……? 」
その通り。俺は先程カレンダーの日数を数えていて大変恐ろしい事に気付いてしまったのだ。
「それが何よ? 」
「分からないのか? 」
「だから何が──」
途中でハッとしたように香織が息を呑んだ。ようやく寝ぼけまなこから覚醒してくれたらしい。みるみる恐怖に表情が凍りついてゆく。
「ま、まさかそんな……」
「あぁ、俺も俄かには信じられないよ。けど、これが事実なんだ」
「だって、だって……」
わなわなと震えだす香織。すぐにでも慰めてあげたいが、いかんせん俺も自分のことで精一杯なのである。
バンっ。俺は思い切りカレンダーを叩きつけるようにして、カッと目を見開いた。危機感を今一度明確にする為に。
そう、俺たちは──
「夏休みがもうほとんど残って無いんだ‼︎」
どこまでもアホだった。
「振り返ってみれば……夏休みらしいこと何一つしてないかも」
これまで辿ってきた出来事を書き連ねたノートを眺め、青ざめたような愕然とした顔付きで言葉を洩らす香織。
「……夏休みらしいこと? 」
「そう!ザ・夏休みだよ! 」
「はぁ」
「んなっ⁉︎どうしてそんなやる気ないかなぁ……」
いつもの部室、いつものテーブル。P○vitaを片手にさも興味の無さそうに返事をする向井。いつものこととは言え、部長は気が削がれたようにしょんぼりと肩を落とす。
「海とかプールとか、バーベキューとかそういうやつ? 」
「そう!それです!流石粋先輩‼︎ 」
かと思えば、すぐにパッと太陽のように顔を輝かせる。相変わらず忙しないやつである。それが部のムードを作ってくれるんだろうけど。
「バーベキュー……」
つい最近、それも数日前に新しく加わったメンバー、火渡優理が部長の言葉にキランと目を光らせてみせた。
「なんだ、バーベキュー好きなのか? 」
「柔らかく高級な肉を巡って鉄串を刺し合い一つの栄光を勝ち取る暗黒舞踏会の略称──」
「血で血を洗うような殺戮場じゃねーからな」
冗談はさておいて、と溜息交じりにノートを閉じる火渡。先程から黙々と何をやっていたのかと思えば、どうやら夏休みの宿題をこなしていたらしい。……俺もそろそろ終わらせないとなぁ。
「バーベキューといえば良いお肉を使うでしょ、スーパーとかのじゃない高いやつ」
「いや、主催者によりけりなんじゃないか? 」
「いくらバイトして愛想笑いをしても滅多にお目にかかれないような柔らかい霜降り肉が調理前にパイナップルで更に柔らかくし下ごしらえされて、燦々と照りつける真夏の太陽の下、熱した網に───」
「火渡、よだれよだれ」
「──っ」
何だかバーベキューについて、随分偏った絵を想像しているようだが、あまりそういう事をする機会が無かったのだろうか。因みによだれが口元から垂れそうになっていた事を指摘すると、たちまちフードを目深に被って俯いてしまった。僅かに覗く頬は赤らんでいるようで……あらやだ可愛い。こういうニット帽とかフードキャップとか、被り物から覗く照れというのはホント素晴らしいよね。可愛い強い美しい!分かるかね諸君理解せよ諸君」
「性癖をひけらかすのはそのくらいにしておきなさい、訴えられても文句は言えないわよ」
「そんなことはない俺の心は純粋さで満たされている」
「どうやら一刻も早く法刑罰に処した方が良さそうね、後で何かしでかす前に」
「ちょっと霞ちゃん?文字通りゴミを見る目付きなんですがそれは」
相変わらず当たりが強い霞ちゃん。どうでもいいが、霞ちゃんと言ったら思い切り足を踏まれた。
「あと2週間しかないけれど……」
「だからこそ!だからこそ、夏の思い出を作らなきゃ! 」
新聞部で!
夏の陽が射し込む部室に、部長の高らかな宣言が響き渡る。要するに、皆で遊びたいらしい。
「つーわけで、あと2週間で出来ることをリストにまとめました」
「早っ⁉︎ 」
「いつの間に……」
向井がどこからともなくA4の日程表を取り出してみせた。取り敢えず皆は集まってそのリストを覗き込む。
8月18日 夜から部室で百物語 計3回
8月21日 地元の霊スポット探し 計4回
8月25日 夏祭り
8月26日 夏祭り
8月28日 廃墟マンション散策
8月29日 廃墟病院散策
8月30日 まとめ・考察
8月31日 レポート提出
「却下! 」
「えー」
即効で部長がノーサインを出していた。
「ほとんど怖いのばっかじゃん!こんなの認められないよ! 」
「部長が怖いからっすか? 」
「ハッハ」
乾いた笑いが木霊する。
「何を馬鹿な──」
「んじゃこの日程で」
「ダメだよっ⁉︎ 」
悲痛な叫びも木霊する。
「おやおや」
「わ、私はほら、全然全くちっとも大丈夫だけどもね!さっぱり問題ないわけだよ、私はね!全然!一切! 」
全て否定形で使う副詞なんですがそれは……
「た、ただほら!ユウちゃんとかかすみんとか、怖いの苦手かなーって?女の子だし」
「あら、私は結構好きよ。幽霊とか妖怪とか、科学で説明出来ないものって、夢があるじゃない? 」
「かすみん⁉︎ 」
涙目になる香織。それを見つめる霞ちゃん、ちょっと嬉しそう。なんと言うドSちゃん☆
「ゆ、ユウちゃんは……苦手だよね、ね? 」
「私はそういうの気にしないけど。うるさいのは嫌いだけど、そういうとこって静かだから……たまには良いかも」
「えぅ………」
更に涙目になる香織。それを見つめる優理ちゃん、小首を傾げている。なんというニブチンちゃん☆
「というわけで、女性メンバーもOKらしいのでこの日程で」
「却下!否決!拒否! 」
「えー」
「とにかくダメなものはダメ!考え直し! 」
「自分が怖いなら参加しなければいいじゃないっすか」
「怖くないもん!この日程だとこの先悪い未来しか見えないって感じたのっ、だから部活の為に──」
もうヤケだなこの部長さん。……仕方ない、助け船を出してやるか。
「ま、ホラーづくめってのも芸がないしな。
夏らしいことは他にもあるだろ」
「と、としや〜」
ヘロヘロとすがるようにこちらに向かって来る香織を軽くいなしつつ避けて、
「ひどっ⁉︎ 」
改めてリストに目を向ける。つーかまとめ考察ってなんだよ、レポート提出って大学のカリキュラムか。
「ま、ほとんど軽いジョーク何すけどね」
「全然軽くないよ‼︎ 」
「あ、でも廃墟病院ってのはマジです」
「しかも一番ダメな奴だ⁉︎ 」
ギャーギャー騒ぐ部長はさておき、俺は向井のリストを書き直すことにした。取り敢えず理由は分からんが、病院はマジらしいので残しておく。
「夏祭りって、アレか?向こうの神社でやってるってやつ」
「えぇ。てか、この間先輩が言ってたじゃないですか、知り合いの神社だから遊びに行こうって」
「あー」
そういえば。雨宮のご両親の実家(要するに祖父の家)らしいということをこの前聞いて、そのまま皆にも話していたんだっけか。その神社のお祭りは、毎年2日間も続けてやるくらい規模の大きな縁日だったりする。
「あ、そっか!つぐみちゃんの家のお祭りだね、これは絶対行こう! 」
「夏祭りなら、確かに夏らしいことね」
「お祭り……」
女子三人、顔を見合わせるとそれ口を開いて夏祭りに思いを巡らせ始めた。
「ユウちゃんは縁日とかあまり行かない? 」
「ほとんど……小さな頃は行ってたけど、多分」
「けれど、そんなものじゃないかしら」
「確かに……だったら今年は皆でパーっと行こう!せっかくだから浴衣とか着て、本格的に夏へ乗り込もう‼︎ 」
「……浴衣」
「あの歩きづらいことこの上ないただ暑い衣装のことね」
「いきなり情緒のないこと言わないでよかすみん⁉︎ 」
ガールズトーク。こういう時、男子はあまり居心地が良くない。よって、野朗同士で固まる。
「あの神社、かなり大きかったよな。ってことは、雨宮さんはかなり良いところのお嬢さんになるのかな」
「あ、そうなるんすかね。でも母方の実家とか言ってましたから……どうなんだろ」
「親同士が神社で熾烈な地主争いを繰り広げた悲惨な過去を総じた結果とか」
「どこまで遡る気だよ、どこの陰陽師? 」
「ということは、彼女は巫女さんなのか」
「いやいや、話の流れぶった切らんで下さいよ粋先輩……確かに巫女さん最高ですけど」
「藤咲先輩ってそっち系なんすか? 」
「そっち系? 」
「コスプレとか」
確かに。巫女衣装なんてのは、今のご時世で言えばコスプレにも等しく感じる。神聖な生業の装束も一度ビッ○サイトにいけば人々を楽しませるエンターテインメントに早変わりだ。白衣の天使ことナース服も、教職の女神こと女教師服も、そこに無限の可能性を見出すべく、男たちは夢を描きロマンを求める。パジャマでさえ、てか見方次第でもう着るものは何でもそうなっちゃうよね。要するにコスプレとは心の持ち用だと思います。コスプレ?大好きだけど?しかし今回はまた状況が違う!
「バッカお前、コスプレとかそんなん関係ねーよ。服は服だろ」
「はぁ」
「今回重要なのはギャップだ、ギャップ」
特に興味無さそうに曖昧な返事をする後輩と、考えるように顎に手を添える先輩。たがそんな反応など気にしない、もう口をついてしまったから話し続ける。世界の終わりが来るその日まで。
「普段は笑顔の眩しくて可愛いながらあどけなさの残る女の子が、巫女装束を身に纏い美しさと神聖さの出で立ちの中にも可愛さを忘れない姿に変貌を……あれ?結局どっちも可愛くね?」
20秒くらいで終わった。
「まぁ格好のギャップで情けなく速攻で落ちる奴ってのは多いっすよね」
「……何で俺見て言ってんの? 」
「「いやいや」」
首を振るけれど、二人ともこっちガン見してるんですけど。てか気付けば女性陣もこちらをガン見していた……いや軽蔑の眼差し100パーセントで睨みつけてきていた。盗み聴きは良くないぞ?
「……あの男は参加させない方が良いわね、雨宮さんが危険だわ」
「だねー、暫く俊也は縛りつけといた方が良いかも」
「…………」
三者三様の罵声が遠慮なく突き刺さる。心底呆れたようにため息をつく霞。目を細めて意味ありげな視線を送ってくる香織。火渡に至っては呆れ果てたのか、言葉を発してはくれない。
「──コホン」
取り敢えずリストに戻る。雨宮の親族の神社で行われる夏祭りには参加、と。
「この百物語とかスポットとかはいなそうだなぁ」
「廃墟もいらないよっ‼︎ 」
無視する。
「まぁその辺は冗談なので、適宜変えちゃって下さい」
「そうさな……よし、皆でテキトーに夏らしいことを考えてみよう」
こうして、行き当たりばったりすぎる夏休みの計画が始まった。……あと二週間しかないけど。
8月19日 夏だ!海だ!バーベキューだ!
8月20日(夜) 人生に一つ花火を咲かせよう
8月25.26日 飲めや歌えや夏祭り
8月28日 廃墟病院調査
宿題は各自頑張って☆
「……おい何だ最後の不穏な一行は」
「廃墟だけ飾り気がないよ!不気味だからっ‼︎ 」
……こうやってダラダラ考えてわーきゃー言うのが夏休みらしいんだと思いました。まる。




