それでもやっぱり
「よしっ、これで完璧! 」
これで最後の一枚。
職員室の向い壁に、ぺたりと貼り紙をした香織が満足そうに微笑んだ。
「どうかな、俊也? 」
「ま、一夜漬けにしては良く出来たポスターだと思うぞ」
「ふふん、だよね! 」
何故か自慢気に胸を張る。
「描いてくれたのは雨宮だから、褒められるのも得意気になるのも彼女なんだけどな」
「勿論、分かってますって」
そう言いながら、それでも笑顔を絶やすことなく、貼り付けた紙を、そこに書かれた優しい文字を、そっと撫でる香織。
───今まで本当にありがとう。最後にどうか、食べてほしい。
町外れにある小さな駄菓子屋。客足はすっかり遠のき、忘れ去られてしまったように、残された少ない日々を……閉まる時を待つばかりである。
お婆さんは笑っていた。駄菓子を見て、手にとって、ワイワイと騒いで。そんな景色を本当に嬉しそうに眺めていた。
お店を前に、何とかしたいと香織は言った。閉めることを止めることは出来なくても、何か最後にできることはないか。
それに、捨て猫の依頼を解決してかれたのはお婆さんだ。そのお礼をしたい気持ちだって強くある。
異論のある者はいなかった。
だから、昨日の夜。あれから集まって話し合った。そして、決めた。
最後の週、少しでも多くのお客さんに足を運んで貰おうと。俺たちなんか比じゃないくらい、いっぱいのお客さんを……あのお店に。
新聞部として、出来ることをしよう。
「……よし」
ポスターはその一つだ。昨日、雨宮に協力してもらい原画を完成させた。
いきなりの頼みだったのに、二つ返事で引き受けてくれた彼女には頭が上がらない。
今は、部のメンバーと美術部の愛華、雨宮、弦や椎名先輩、進一や由美にも協力してもらい、ポスターを貼って回っていた。明日菜先輩が生徒会に即日許可をとってくれたのである。
「あとは号外だね! 」
「あぁ」
生き生きとした幼馴染の表情を見ていると、こっちまで自然と元気になる気がする。普段やかましいとか言ってるけど……やっぱりコイツはこうでなきゃ、な。
「その前に、手伝ってくれた皆にお礼を言わなきゃ!俊也は先に部室戻ってて」
「はいよ」
「あ、かすみんと先輩戻ってたら先に進めとくように言っといて。あと、後輩は待つように釘を刺しとくのもついでに。それから、ユウちゃんには──」
……何だかんだ言っても、部長らしくなってきたな。まだ危なっかしい所もあるけど。まぁ、褒めたりするとすぐ調子に乗るから黙っておくけど。
因みに、号外は二つ目の手段。少ないページ数のチラシのようなものだが、駄菓子屋に関心を持って貰うために急ピッチで記事を書いてまとめているのだ。新聞部らしい。
スカートを翻しながら、駆けていく香織を見送って。一息つくと、部室の方へとのんびり歩き出す。
窓の外はさも蒸し暑さをうかがわせるように、空気がゆらゆらと蠢いている。見るだけで茹だりそうだ……けれど、空は今日も蒼く広がっている。
「…………」
窓に手をかけて、ゆっくりと音を立てないように開いていく。クーラーのきいた廊下に、むわりとした熱気が雪崩れ込んできた。肌に張り付くような感触に一瞬顔をしかめてしまうが、目に飛び込んでくる空に自然と頬は緩んでいた。昨日よりやや薄い水色、入道雲は少しぼんやりとしているが、それもまた良い。夏は空がより一層近くに感じられて、気持ちも弾む。
カメラを取り出して、シャッターを────
「誰だぁ、勝手に窓開けてるやつはぁっ! 」
「…………」
「ホントに良いのか? 」
「えぇ」
二日後。無事に号外も完成し、午前中に学校や近隣に配ることになった。
火渡は製作の所から手伝ってくれて─人手が少ないので非常に助かった─配分作業まで協力してくれるというのだ。彼女にも都合があるだろうに、申し訳無い気もしたのだが。
「元々、私の頼みから始まったのだし……それに」
「それに? 」
「……皆を、手伝いたい」
お店へ思う所があったのか、或いは新聞部に対して思う所があるのか。何はともあれ、その一言で十分だと思った。
「二人とも、ポスターの時もそうだけど。ホントにありがとね! 」
香織に手を取られてお礼を言われているのは愛華と雨宮。この間から俺たちを手伝ってくれている。
「ううん、私も何か協力したいって思うから。こんな事しか、出来ないけど」
胸に手を当てて微笑む雨宮。
慈愛の女神。或いは天使。確信。
「皆のやろうとしてる事、凄く素敵なことだと思うよ。そのお手伝いなら、いくらでもやるからね」
同じように笑う愛華。
その優はイデア。その美はアフロディーテ。確信。
進一や弦達は都合がありこの場にはいないが、是非駄菓子屋に足を運んで欲しいとの旨を伝えた。
刻々と日は迫り、来週がいつの間にか今週に、もう数日も時間が無くなっている。それでも、香織は言った。──出来ることがしたい、と。
彼女のそのまっすぐな思いは、何か得体の知れないパワーを秘めている。そんな気がした。
「おーっほほほほ‼︎ 」
一通り、学内での記事を配り終えて。集合場所である部室の前に、香織と一緒に戻る途中だ。三階の廊下から、聞き覚えのありまくる高笑いが一つ。
「むっ、この癪に障る笑い声は……‼︎
確認するまでもないが一応振り返る。
「お機嫌麗しゅうございますわ、藤咲さん。そして、穂坂香織! 」
「あ、あなたは……白ノ宮妃希ちゃん! 」
くどいようだが、こいつらのやり取りにツッコんでいるとキリがないので割愛する。
二人はいつも目と目で火花を散らし、お互い余裕があるような口調で牽制しあい、でも結局白ノ宮の豊満なバストと香織の……まぁ白ノ宮に比べたら残念なバストに負けを認めることにぐらばぁ⁉︎
「なーんか失礼なこと考えてたでしょ? 」
「滅相もございません……」
華麗な回し蹴りに軽々ノックアウト。
鳩尾を摩りながらなんとか立ち上がる。因みに思い切りスカートがめくれて見えた。今日はピンクのストライプ……今度はローキックが炸裂した。しまった口から漏れていたか、つーか痛い。
「それより、一体何の用なの? 」
「あら、それはこちらのセリフですわ。この間から、一体何をコソコソと画策していらっしゃるのかしら」
むっ、とやや言葉に詰まる香織。たゆんと揺れる彼女の武器に気後れしている感は否めない、頑張れ夢はいつか叶う!
「べ、別に妃希ちゃんにはカンケーないでしょ!」
「何ですの⁉︎やはり、新聞部は良からぬことを企んでいらっしゃるのですね!やはり私の勘に間違いはございませんでしたわっ」
「失礼なっ、企んでなんかないよっ」
「どうかしら、日頃の行いを振り返ってご覧なさいな」
「何ですってぇ! 」
顔を合わせればコレだ……まったく。
「いや別に悪いことをしようって訳じゃないだ、そうだ白ノ宮も協力してくれないか? 」
「ちょっ、俊也⁉︎ 」
「まぁまぁ、多いに越したことはないでしょ、この場合」
「むぅ……」
何故か悔しそうに唇を噛む。まぁライバルとして気持ちが分からない訳ではないが、本来の目的も忘れてはならない。
「何なんですの? 」
一体全体どういうことか、首を傾げる白ノ宮に俺はなるべく分かりやすく事情を話してあげた。
一通り説明をし終えると、白ノ宮は心底呆れたようにため息をついてみせた。
「まったく……何をしているのかと思えば」
「なっ、どういう意味よっ」
「なっていませんわね。あなた方、そんな行き当たりばったりの活動でよく新聞部などと名乗れますわね」
カチン。こっちにも分かるくらい、頬をひくつかせる香織。しかしそこにはしっかりと怒りマークが……
「計画性のない行動が周りにどれだけ迷惑をかけているか、少しはお考えになったら如何かしら。大体、御節介も度がすぎると凶器になりますわよ」
……それについてはまったくの同意見なんだよなぁ。と、コレ以上怒りマークが増えないうちに退散させるか。
「さて、と。んじゃそろそろ俺たち行くから……行くぞほら」
「ふしゃーっ‼︎ 」
「暴れるなって!し、白ノ宮も、気が向いたら声かけてくれな。それじゃ」
無理矢理腕を掴むと、いまにも飛びかかりそうな香織を何とか押さえつけるように引っ張っていく。白ノ宮が何か言いかけたようだが、今は話を聞く余裕も無さそうなので退散を決め込んだ。
「ガルルル……っ」
「どうどう」
「うぅーっ」
「ほら深呼吸、ゆっくりな」
何とか部室の前まで引っ張ってきて。息を巻くコレを宥めるのにそれなりの時間を要した。俺は猛獣使いかよ。さぁて、次回の明条サーカスの公演は?……アホか。
「ま、アレはほら、白ノ宮なりのポーズというか。立ち振る舞いの一種だろ、一々そんな気にするなって」
「………」
「なんだよ? 」
「……ん」
ようやく沈静化したかと思えば、今度は目を細めてこちらを見てくる。何か言いたげなので、促してやる。
「俊也ってさ、妃希ちゃんには毎回甘いよね」
「は? 」
「今だってちゃっかり庇ってるしさ。この前だって──」
「……あのな。自慢じゃないが、お前には一番甘いと思うぞ」
本当に自慢じゃない。
「ぐぬぅ」
「なんだその変な声は」
香織は何とも言えない表情で唇を噛んでグッと顔の前で拳を作って見せた。
むしろ甘やかし過ぎるとブレーキが効かなくなるから、もっと厳しくいかなくてはならないのだ。中学の時の被害から、それを肝に銘じたはずなのに。
「は⁉︎もしかして、妃希ちゃんの事好きだったりして……若さゆえの過ち⁉︎」
「一番の過ちはお前の頭だからな」
「ぐぬぅ……」
別に白ノ宮に甘い訳じゃない。ただ、アイツは素直じゃないというか、なんだかんだで人の事を考えてくれるお人好しなのだ。気の毒な事に、その度難儀な性格が災いしているが……
その後、外で号外を何とか配り終えて。気が付けばもう夕方だった。この炎天下、外回りは流石に申し訳ないので新聞部メンバーだけで行った。その足で駄菓子屋に向かったが、お客は俺たちだけだった。
「……いない」
ガッカリしたように肩を落とす火渡。純粋に人が集まってる光景を楽しみにしてたのかと思うと、可哀想になる。
「だ、大丈夫だよユウちゃん!まだ始まったばかりだもん、きっと明日はいっぱい集まってくれるよ! 」
案の定、香織が無駄に根拠のない自信で励ましていた。
「まぁ、知らせたばかりですからね」
「あと俺たちに出来ることは、信じて待つことだけだしな」
たった6人の俺たちを、それでもおばあさんは笑顔で迎え入れてくれた。何とかしてこの数日だけでも、賑わって欲しい。押し付けがましい事なのかもしれないが、ついそう思ってしまった。
二日目。この日は由美達、女子剣道部が来てくれた。
「貴方達らしいわね、こういうこと」
「そうかね」
「ふふ、そうよ」
都合がつく6人くらいしか来れなかったが、それでもありがたかった。
三日目。明日菜先輩と生徒会のメンバーが顔を覗かせてくれた。いくらか面識がある方々もいたが、生徒会長の姿はなかった。
「会長は、甘いものが苦手なんですよ」
「ほほぅ、それは良いことを聞きましたね」
「糖分テロでも起こす気かお前は」
明日菜先輩を始め、会長を除いた生徒会メンバーは皆を元気付けてくれた。
三日目。
「ふっ、童心に返ることも戦士の休息には必要なものだ」
駄菓子屋の中なのに、さながらブロードウェイの舞台のようにしてポーズを取る椎名先輩の姿があった。駄菓子一つ一つ取っては、『過ぎ去りし(パッスィング)夏影』だの『一粒の(アルトレ)痛み(ペイン)』だの訳の分からん命名を付けていく。
「……相変わらずっすね」
「えぇ」
ドン引き気味の向井や霞だが、なんというか俺は若干慣れてきてしまっていることに気が付いた。……適応力が高すぎるのも困ったもんだね☆
ただ、最後に頑張れ的な事を(短く10分の1くらいにまとめると)言われて肩を叩かれた。心配して見に来てくれたのかもしれない。
そして、4日目。
「………」
駄菓子屋の最後の日だ。昨日の帰り際、改めてお婆さんがお礼を言って来た。
「皆には気を遣わせてしまって悪かったねぇ。明日で最後になるけど、皆に会えてあたしもこの店も幸せだったよ………ありがとう」
そして、皆で食べて欲しいと駄菓子を袋いっぱいに詰めて、手渡してくれた。
結局、力になれたかと言えば残念ながらという感想だった。いくらか人は呼べたが、期待していた数には程遠かった。だから、お店へと向かう俺たちの足取りも重かった。
「皆、最後だから、あたし達だけでも精一杯笑顔でお店を見送ってあげよう! 」
部長さんは空元気でもなんでも、メンバーにむかって鼓舞をする。
火渡も浮かない表情だったが、それでもコクリと頷いてみせた。
「みゃー」
俺はと言えば、猫の丸まったダンボールをかかえていた。最終日に、お婆さんに受け取って頂く約束だったからだ。
猫は黄色い目をこちらに向けてきて、不思議そうに首を傾げてみせた。
……今度はきっと、優しい飼い主に恵まれるぞ、お前。
お店について、猫を託して、少し談笑して、優しく静まり返った最後のお店を見て回って。そんな想像をしていたから──
「え?」
お店の光景に、俺たちは唖然としてしまった。
「あ、ずるい!それあたしが食べたかったのにー!」
「へへーん、早い者勝ちだよ!」
「おばちゃん!もっと水あめちょうだいよー」
「おれ、このお面付けてくぜ!」
「だっせー、こっちのがカッコいいもんねー」
「うっさい男子!お店で騒ぐなー!」
「おまえのがうっさいー」
「ぼく、ぼくこのゼリー食べる! 」
「はいはい」
お菓子やおもちゃに群がるのは沢山の子供達。男の子も女の子も、皆笑顔でこれでもかというくらい楽しそうにはしゃぎ回っている。
子供達だけじゃない。
「懐かしー!これってうちが子供の時になくなったお菓子だよー」
「あ、これ人参じゃん!人参人参! 」
「うまい棒とかさ、昔と違って今は全部の味帰るべ!食べ比べしようぜ!」
「……ブタめん、学生時代食に飢えていた日々を助けてくれた、至高の品」
「ボタンあめ、懐かしいなー。昔おばちゃんとよく買いに行ったよー」
「へへっ、何か良いよな。童心に戻るっつーかさ」
「相也はまだ子供ですけどね」
「あ、ミヤミヤ!これ、クッピーラムネだよクッピーラムネ‼︎ 」
「おまっ、テンション上がるのは良いけどくっつくなって⁉︎ 」
「兄さん?どうしてニヤけてるんですか? 」
「違っ、静これは誤解だっ‼︎」
「店で騒ぐな、全くお前たちは……」
俺たちより少し年上だろうか、大学生くらいの人達も楽しそうに、駄菓子を眺めていた。
「……凄い」
香織が思わず呟いた一言。それが、俺たち全員の、言いたいことを表していた。
大勢だ。大勢の人達が、絶え間ない笑顔で、お店の中で外で、笑い合っている。
立ち竦んでいると、近くにいたのか進一と弦が口元を緩めて近づいてきた。
「何とか間に合ったようじゃのぉ」
「進一、弦……お前らなんで、いやこれは一体」
「いや、俺も驚いたよ」
「じゃな」
二人の後ろから、雨宮と愛華もひょっこり姿を現した。
「皆と協力して、部活のOBOGの連絡先を集めて連絡をとってみたんだ」
「急だったから、今日までに間に合うか分からなかったんだけど」
先輩達、来てくれたよ。そう言って、嬉しそうに笑う愛華達。
「でも、そんな連絡なんてどうやって……」
「生徒会。実はこれ、東雲先輩の提案なんだよ」
「明日菜先輩の? 」
愛華は頷いて続けてくれた。卒業しても、この付近にいた学生だったら、この駄菓子屋さんを知っている人もいるだろう。だから、進一や愛華、弦にOBOGの連絡をしてみたらどうかと進言してくれたのだそうだ。連絡先を斡旋までしてくれて。
「フン、連中の手に平で踊らされてやるのも、たまには悪くないだろうと思ってな」
「椎名先輩……」
「だが、勘違いするなよ。この私が考え無しに行動する訳がないっ、策を弄さずして角が折れた負け犬と誤認させておくのも良かろう。今は、牙を潜めている次期に相違はないからな」
だから、明条の卒業した先輩達があんなに集まってくれていたのか。
皆の力が……こんなに人を集めてくれたのだ。
「……ありがとう、皆」
と、火渡が小さくお辞儀をしてお礼を述べた。香織達は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに同調するように頷いてみせた。
「進一くん、愛華、つぐみちゃん、弦くん、椎名先輩……本当にありがとう」
皆がいてくれなかったら……そう続けようとした香織に、進一達は嬉しそうに首を振った。
「それもこれも、お前達の声があったからこそだよ」
「え? 」
見てみなよ、と。
店の方にもう一度目を向ける。誰もかれもが笑顔で、楽しそうで、皆が子供のように目を輝かせていた。
「お前達の思いが、皆の行動を起こしたんだよ。俺たちも、その1人ってだけだ」
「……」
「来てみて、驚いたよ。先輩達だけじゃなくて、在校生とか、他の高校からも人が沢山集まってるんだからさ」
「同じクラスの子とかも、ポスター見たから来たとか、新聞見たから来たとか、言ってくれたんだよ」
……だとしたら、本当に良かった。賑わうお店を見て、眩しく輝くお店をみて、皆の笑い声を聞いて、その真ん中でニコニコと微笑むお婆さんを目にして。多分、俺たちは皆同じ気持ちだと思う。
「そっか……」
ふと、火渡が、優しく微笑んだ。
「……私達の声、届いてたんだ」
フードはいつの間にかなくて、素顔の彼女の笑顔がそこにあった。こんな表情も出来るんだなって。優しくて、嬉しそうで、可愛い女の子の笑顔を───
「くーっ‼︎これだぁぁああ‼︎ 」
……そんな感慨をぶち破るのがこの幼馴染だが。
「道端で発狂しないで下さい部長。ただでさえ不審なのに、本当に110番されますよ」
「失礼なっ!発狂じゃないよっ、嬉しさに打ち震えてたの! 」
つとめて冷静につっこんで、ペースを引き戻してくれる向井。
「それじゃ、俺たちも童心にかえりますか」
粋先輩は安堵の表情と優し気な眼差しで、お店の方へと歩き出す。向井もわざとらしく気だるい感じで背伸びをしつつ、進一や弦達とその後に続く。
「香織、優理……行きましょう」
霞も、香織と火渡の手を引いて。愛華と雨宮と並んで、お店の方に向かって歩き出した。昨日とは打って変わって、微笑ましい光景だ。……さりげなくハブられてることには突っ込まなくていいのかな?
わーっと、両手いっぱいにお菓子を抱えて。お店の方から駆けてきた男の子に、ちょっといいかと手を振った。小首を傾げてこちらを見上げてくる。
「何、お兄ちゃん? 」
「君は、このお店のこと昔から知ってたの? 」
「ううん、今日初めて知ったよ」
……ふむ。
「どこで知ったのかな? 」
「んーとね、がっこうでぽすたーもらったの」
「ポスター?それを見てきたの?」
うん!と元気いっぱいに頷く男の子。俺たちは小学校には足を運んでいなかった、人員と時間の問題もあって、尚且つ少し距離があったからだ。もらったということは、誰かが配っていたということ。それを尋ねると、男の子は思い出そうと首をひねっていたが。
あ、と思い出したように笑顔になった。
「あのね、お姉ちゃんがぽすたーをくれたよ」
「お姉ちゃん、か」
どうしてか、すぐに彼女の顔が浮かんできた。
「お姉ちゃんの髪は何色だったかな?」
「きいろかったよ」
「そっか……そのお姉ちゃんは綺麗だったよな 」
「うん、べっぴんさんだった」
「おいおい」
別嬪なんて言葉、一体どこで覚えてくるんだか。ついつい笑みが零れる。
「それにね、やさしかったよ」
「そっか」
「やさしいお姉ちゃんがね、『お菓子がいっぱいありますから、いらっしゃいな』って」
おーい!こちらにかかってくる声に、男の子が慌てて振り返った。お菓子をいっぱい買って、これから皆で遊びに行くのだろうか。
「ありがとな。あと、そのお姉ちゃんに会ったらお礼を言っとくんだぞ」
「うん! 」
「よし」
ポンポンと頭に手を乗せて、解放してやる。男の子は楽しそうにトテトテと走っていってしまった。
さて、と。これでようやく後ろの電柱から飛び出している髪の理由が分かった。
「白ノ宮」
「ひゃうわっ⁉︎ 」
可愛らしい悲鳴をあげて飛び出してきたお嬢様。目が合う。パチクリする。オロオロする。キョロキョロする。
「あら、ご機嫌よう。藤咲さん」
品を作って挨拶をしてきた。中々の精神力である。
「そんなトコから覗いてないで、店入れば良いのに」
「な、なにを仰いますのやら。私はたまたまここを通りかかっただけですわ!帰り道ですのよ!」
「……家、反対じゃなかったか? 」
「そ、それは!たまたま、本当に、数ある可能性の中でも奇跡的に本日は遠回りしようと思いましたの!別に新聞部が気になったとか、そんなことでは全然ありませんのよっ⁉︎ 」
大体後半で説明してくれる辺り、人が良いというか何というか。……やっぱり難儀な性格だな。気が付けば、勝手に笑いが洩れていた。
「な、ななな何を笑っていらっしゃるんですの貴方は⁉︎ 」
「いや、悪い」
「本当に悪いですの!何なんですの⁉︎ 」
ブツブツと文句を言いながらも奔走してくれた彼女が容易に想像出来て。それが何だか妙に可愛らしかったのだ。口にすると怒りだすので、呑み込んでおくが。
「全く、本当に藤咲さんは……
で、では!私はこれでお暇いたしますので! 」
「……寄ってかないか? 」
「遠慮いたしますわ。私、帰宅中なのですから! 」
では!勢いよくくるりと背を向けて、去っていこうとする白ノ宮を呼び止める。彼女は目を細めて訝しげな表情を向けてきたが、
「ありがとな」
「へ? 」
途端に目を丸くして、ポカンと瞬きをする白ノ宮。
「い、いきなり何なんですの? 」
「言っておかなきゃならないと思って」
「貴方にお礼を言われる筋合いはございませんわ。私は白ノ宮、つねに己が正しいと思った道を自身で判断するのが信条ですもの」
「だろうけどさ」
とか言いつつ、何故か機嫌良くなっている様子。ホント、何というか……白ノ宮らしいけど。
ご機嫌よう。
今度こそザ・お嬢様風に髪をかきあげ、目一杯品を作りながら去っていった。執事の気配もしたような……気のせいだな、うん。
子供や学生達と入れ替わるかのように、夕方になると社会人の方々が懐かしさを各々呟きながら訪れてくれた。昔、このお店に遊びにきていた子供達。すっかり大人となった今でもそれは楽しかった思い出として残っているようで、お婆さんは何度も頷きながら楽しそうに微笑んでいた。
「皆さん、皆さんの記事を見たって生徒会に連絡をしてくれたんですよ」
後から来てくれた明日菜先輩はそう語ってくれた。ちゃんと声が届いてたことに、香織は勿論、感情を爆発させていたし、霞と粋先輩はそんな様子を微笑ましく、向井はため息をつきつつ満更でもなさそうに、火渡も嬉しそうに目を細めていた。
夜になって、お客さんがいなくなると、ゆっくりシャッターが閉められた。長い間、もう何十年も様々な人々の思い出に優しさと楽しさを残して…………町外れの小さな駄菓子屋は店じまいをした。
お婆さんは最後まで笑顔だった。
お店を続けてきて良かったと、残った俺たちに、穏やかに語ってくれた。無駄じゃなかったと、改めて感じた。こういうのも、悪くないのかもしれないな。
「また、この猫の顔でも見においで」
「みゃー」
火渡がお婆さんに猫を託して。俺たちは、お店とお婆さんに別れを告げた。きっと、今度猫に会いに来た時は、人間が好きになって迎え入れてくれるはずだ。
夏だというのに、帰路に着く頃には日は完全に落ちていた。
随分長いようで、短かったが。火渡から始まった捨て猫の依頼は、これにて終幕となったのである。
「先輩、その袋いっぱいの赤いの何ですか? 」
「……かば焼き」
「…………」
これでもかというくらい、駄菓子に触れていたのに一向に飽きない。やはり駄菓子は偉大である。
そして、翌日。一仕事終えたというのに、案の定部活はあった。
「なーんか、最近バタバタしてたからのんびりすんのも久しぶりだな」
テーブルに突っ伏して思わず息をもらす。
「あら、永眠ならしっかりとった方が良いわよ」
「その場合、火葬ですか?土葬ですか?」
「……そうね、土の扶養を考えたら、土葬かしら」
「灰をかけるっていう手もありますけど」
「勝手に俺の死後のシミュレートすんの止めてくんない? 」
平穏で物騒な、いつもの部室。と、勢いよくドアが開いた。
「おっはよー! 」
どこに行っていたのか、いつもより遅れて部室に入ってきた香織が、何やら嬉しそうに俺たちの前に立った。
「今日は皆に発表があります! 」
わざとらしい咳払いをして、注目を集める。……何だ一体。
「実は──」
「ようやく釈放っすか、おめでとうございます」
「お陰様で保釈金が揃って──って違うよっ!そもそも捕まってないから!縁起でもないこと言わないっ‼︎ 」
当然のようにノリツッコミまでするノリがノリノリである。ノリでツッコミをいれるからそりゃノリノリじゃないと出来ないが、しかしノリノリ言ってて何が何だか分からなくなってきた海苔食べたい。
仕切り直して──
「なんと実は……新入部員を連れてきましたーっ‼︎ 」
ジャーン!元気いっぱいにドアの方に手を向けると、ゆっくりとらフードを目深に被った女の子が姿を現した。
「火渡? 」
「香織ちゃん、これは一体……」
これは流石に予想外だった。粋先輩もパソコンから目を離し、理解を追いつかせようと香織の方をみる。何故か、彼女は自信満々な様子で胸を張っていた。
「昨日、あの後ユウちゃんと話したんだよ。それで、色々あって!こうして入部が決定さたのです! 」
……確かに、二人で何やら話し合っている様子だったが。
火渡と目が合った。そういえば初めて知り合った時も、こんな風に彼女のフードから覗く目にぴたりと合ったんだっけか。
「香織に無理矢理引き込まれたのか?脅されたとか、断れなかったとか」
「んなっ、失礼な!あたしそんな事しないよ!……多分」
部長としてそこは完全否定してくれ。
火渡はフルフルと、首を振る仕草をしてみせた。
「私からお願いしたの」
「…………」
「皆を見ていて思った。ひたすら何かに打ち込めるって……凄いなって。真っ直ぐに向き合って、ぶつかって……よく分からない時もあるけど」
ぶつかってばかりの気もするけど、ね。
「何か……一生懸命見つけようとする姿が……羨ましいのかもしれない」
一生懸命。そこがやけに強調されて聞こえた。
「そんな風に……なりたい」
だから。そこで、火渡は言葉を区切ると、おもむろにフードに手をかける…………まだぎこちない、はにかんだ表情で。
「皆と一緒に、ここで見つけていきたいなって」
言い終わらないうちに、香織が抱きついていた。ありがとー!と感激を大いに爆発させている。
室内に広がる声は、外のセミの合唱にも負けじと廊下いっぱいに響いていたという。
また少し、賑やかになりそうだ。




