似てるんだ
「ふむふむ、それで念願の部員が一人増えたわけですか 」
「……まぁ、そうなると良いんだけど」
麗らかな昼下がり……と言えば聞こえは良いが要するに単なる放課後だ。休日の授業も一通り済んだまだ日の高い放課後。
窓ガラス越しに揺れる遠くの陽炎や木々の間を貫くように降り注ぐ陽射しは本格的な夏の到来を感じさせる。着々と気温が上がってゆく中で、ひんやりと心地良い空気を肌で感じながら、俺は何とも言えない苦笑を一つこぼしてみせた。
「なるほどなるほど、それは良かった」
「まあ、取り敢えずね……」
「そっかそっか」
パレットを片手に、軽やかに走らせていた細めの筆をそっと止めて、桜愛華は暫く考えるようにキャンパスから目を離した。
ここは美術室。美術部が主に根城(と言うと何だか秘密組織みたいだな)にしている場所である。立て掛けられたキャンパスが彼方此方で日の光をうっすら反射している光景は、ひっそりと薄暗く静けさに沈んだ額縁にはどこかミスマッチのようでしっくりとくる、興味深い。
紛いなりにも私立学校なだけはあり、教室には大体エアコン完備の恩恵を特に感じられる冬、そして夏。というわけで夏もいよいよ本気を出し始めたこの時期でも涼しい環境で過ごせるのである。勿論美術室も例外ではない。
「香織ちゃん、凄く焦ってたから心配してたんだけど……一安心だね」
「ほぼ自分で首を絞めにいったんだけどな。案の定厄介事を引っ張ってきたし、一人で処理出来ないような」
暇を持て余していた俺がふらりと美術室に立ち寄ったのが大体30分くらい前か。閑散とした室内を特に意味もなく見つめていると、隅の方に座っていた女の子と目が合った。キャンパスと向かい合っていたその少女の邪魔をするのも憚られたのだが、彼女の方がニッコリと笑みを浮かべて手を振ってくるものであるから挨拶もせずに通り過ぎる訳にもいくまい。最近の新聞部はから始まってこれまでの経緯を説明し終えたのがつい今という話になる。
「ふふ」
「ん?」
「俊也くん、顔に「ホントに良かった」って書いてあるよ」
「……ま、でないとこっちがとばっちりを──」
「心配で心配でたまらなかったんだ」とも書いてあります」
「そりゃ凄い、まるでシステム手帳だな俺の顔は」
自由自在に内容を交換可能なんだそうですよ、あら便利。
「……相変わらずだなぁ、俊也くんは」
「はて、何がでしょう」
「そういうところ、かな」
クスリと、さも可笑しそうに口元にそっと人差し指を当てて笑みを零す愛華。何というのか、どこか決まりが悪くなって思わず窓の外へと視線を逸らしてしまった。
中庭には、疎らだが生徒達が食事をとっているようだ。まぁ、今日は良い天気だからな……
「ところで、例の新入部員くんはどんな子なのかな」
「え、あ、あぁ……んーと、そうだな」
興味深そうにこちらを見上げてくる愛華、その上目遣い(に見えてるだけで多分本人にはそんな気はない)に思わずドキッとしてそのまま少女漫画風に煌びやかで華やかな恋愛の世界へと誘って欲しい神様お願いお願いティーチャー。
なんてバカな考えを振り払いつつ、脳裏に噂の奴の事を思い起こす。つまりは中等部三年向井聖麻、彼が新聞部に来てから早くもが次の週が始まっていた。
向井本人は仮入部とか何とか言っているが、満更居心地が悪いということは無さそうである。というか、彼は元々の順応性が高いのか何なのか、一人増えて部室に違和感を感じるということが無いような気がする。
「扱い辛い、という意味においては新聞部にピッタリなのかもしれないかな」
「というと? 」
「あー、性格はまぁ一筋縄じゃいかないというか、一癖も二癖もあるというか……けど、情報に対しては敏感だし、洞察力も高いっぽい」
「ふむふむ」
「っても、初っ端から部長には素直に従わないわ霞と毎回火花散らし合うわ他にも色々で……何つーか」
だからつまり……扱いを間違えなければ部としてのプラスになるとは思われる。そう愛華に伝えてみたところ、彼女はまた可笑しそうに可愛らしい(ここ重要テストに出る)笑みを零してみせた。
「やっぱり、素直じゃないんだから」
「いや、ありのまま伝えたつもりなんだけど」
「ふふ…」
ほら、流行ってるじゃん。ありのままの〜って。国内興行収入二位らしいよアレ。
「何だか賑やかで楽しそう、ちょっと羨ましいな」
「いや、それは美化し過ぎ……というか、美術部の方が羨ましいよ。桜さん達がいるし、華やかさがもううちとは全然」
「もぅ、また俊也くんは……」
うちには無駄に喧しいやつと無駄に毒舌なやつしかいない。反面美術部は清楚で可憐な美少女達のオアシスと校内でも有名である。愛華、雨宮さんらを始め、麗らかな木漏れ日に実に絵になるメンバーが揃い踏みなのだ。
「あれ、藤咲くん? 」
噂をすれば。
ふんわりとした甘い香りが風と共に頬をかすめて、振り返ればふわふわとした栗色のポニーテールの女の子がこちらに笑みを向けてきていた。
「あ、つぐみちゃん。安藤先生なんだって? 」
「あ、うん。申し訳ないけど今日はもう終わりで良いって。残って描いてくなら、戸締まりはしてって」
「そっか、了解」
恐らく部活の会話であろうその会話を聞き届けると、こちらを見つめる雨宮と目があった。くりくりとした緑色の瞳が綺麗で、意味もなく気恥ずかしくなってしまう。
「ちょっとな、散歩中にお邪魔させてもらって」
「あ、そうなんだ。いらっしゃい♩」
「これはご丁寧に」
「と言っても、今日はもう部活無いんだけどね」
てへへと、少しバツが悪そうに頬を掻く雨宮。そんな仕草が許されるのは美少女の中でも限られた精鋭だけだろう。……ちょっと気持ち揺らぎそうになるから止めてマジで、思わずファンクラブ入っちゃいそうになるだろ、誰か入会の仕方教えてお願い。
「何か、先生の方で急用が立て込んじゃったみたいで。今日は部活無しになったんだけど……」
「もうテストも近いから、他の人は来てないんだよ」
「元々自由参加の期間だしね」
二人の話を聞いてハッとする。
そういえば、うちはいつも通り活動していたから意識していなかったが、そろそろ期末テストが近い頃合いである。ていうか、確か来週からだったからもう間近だ。
………あれ、俺勉強してたっけ?いや、来週まで迫ってるんだぞしていない訳がないすべきであるしていて欲しいしなくてはならないした方が良いかなぁもし叶うなら。おいおい仮想系にまでなっちゃったよ。
「藤咲くん、顔色悪いけど大丈夫? 」
「テストって言葉を耳にすると蕁麻疹が出る病気なんだ」
「ある種の定めだね〜学生にとって」
ワクチンが開発されることを祈るばかりである。
「でも、テストが終わったら夏休みだもん。頑張る気力にはなるよね」
と愛華。
「そうそう、海にプール、お祭りに花火。カキ氷に焼きそば、りんご飴に綿アメ!スイカにラムネにたこ焼き、バーベキュー!楽しいことも美味しいものもいっぱいだよ! 」
と雨宮。
なや
「ふふ、つぐみちゃん食べ物の方ばっかりだよ」
と愛華。えへへと照れたようにはにかむ雨宮。
あぁ……何て微笑ましい空間だろうか。ほのぼのとして暖かく、まるで陽だまりの中であてもなく浮かんでいるような心地良さを覚える。例えるなら、黄色いクマ住むあの森に入り込んでしまったような……ページの切れ端を見つけては本に潜り込むような微笑ましさと心地良さ。うちには決してない良さがある、お金で買えない価値がある、買えるものはマス○ーカードで。
「じゃあ、私も画材取ってくるね。今日中にラフだけでも完成させちゃいたいから」
「そっか、じゃあ私ももうちょっと頑張ろうかな」
結局美術部は二人だけで活動をすることにしたようだ。時刻を見ればいつの間にか2時、そろそろ戻らないと後がうるさいかもしれない。
と、恐らく隣の美術準備室に道具を取りにいこうとしていたのだろう、部屋を後にしかけた雨宮があっと、小さな声を洩らして立ち止まった。
「お祭りで思い出した!8月の下旬に私のおじいちゃんの家で縁日があるの、良かったら藤咲くんも遊びに来てね♩」
「……家で?」
「うん、多分25日から27日を予定してるから。是非是非!」
家で、お祭り?彼女の家ではお祭りが開けるほどの豪邸なのだろうか。
「あ、そっか。俊也くんは知らなかったっけ。つぐみちゃんのお母さんのお家はね、神社なんだよ」
「え、神社? 」
「そう、あの学校のずっと東の方にある大きな神社」
「あぁ……」
……思い出した。そういえば向こうの方には大きな神社があったな、そういえば。
昔両親がまだこちらにいた時に、香織の家族達と一緒に縁日に行ったこともあったはずだ。とはいえ、家とは反対方向で距離もあったから最近は全く訪れていなかったのだ。
「あの神社、親族の家だったのか」
「うん、よくお手伝いだってしてるんだよ。恥ずかしいから、あんまり周りには言ってないんだけどね」
「それってつまり……」
巫女さんのお手伝いというやつですか!
巫女さんつまりは巫女服、あの神聖な職業の代表格とも謳われる彼女達のエンブレムとも言うべき白く澄んだ和服。清らかな乙女のみが着用を許された聖なる装備。それが巫女服。それを彼女は度々着用しているというのかそれは学園の男達が黙っていないのではないか否、黙っていないはずがない。
「これは騒動になるな……」
「藤咲くん? 」
「いや、こっちの話」
知らない方が良いこともある。
「もちろん遊びに行く」と伝えると彼女は笑顔で頷いた後、美術室を後にしていった。良い子だなぁ……とつくづく思う。愛華といい雨宮といい、こういう良心の女性成分が新聞部には絶対的に足りてないと思うのだ。それはもう絶対的に。
「じゃあ、俺もそろそろ戻ろうかな」
「あ、ごめんね。ちょっと長く引き留め過ぎちゃったよね」
「いや、本当はもっとこっちにいたいくらいなんだけど」
「もう、また俊也くんは……」
クスクスと口元に手を当てて笑う愛華。柔らかい木漏れ日射し込む室内、絵になるような風景の中で男女が二人きりの談笑。
あれ、これいい雰囲気じゃね?いやいや落ち着け、こうやってすぐ勘違いするから男って生き物はいつも痛いめをみるのだろう。自分の都合のいい解釈は大抵外れるものだ、とはいえ……まぁこの暖かい空間にもう少しだけ留まること自体は悪くは───
「お楽しみ中のところ申し訳ないのだけれど」
「? 」
「白昼堂々サボりだなんて……あなたもいい御身分ね」
一気に冷え込んだ……気がした。
「………霞さん? 」
「流石、人生寄り道ばかりの人間は違うのね。あら、でもあなたの場合、そもそも本筋が無かったわね……ごめんなさい、謝るわ」
「散々言いたい放題言った挙句に謝るときまで傷つけるとか、切れ味鋭すぎんだろ」
もう第一声よりも、背中に感じた冷たい視線がもう何者であるかを俺に物語っていたと言って良い。偃月刀並みに心を切り刻んだ張本人、成條霞が案の定こちらに冷ややかな視線を浴びせながら立っていた。
「あ、霞ちゃん」
「こんにちは、愛華」
愛華も気付いたのか笑顔を向ける、霞は軽く会釈気味に挨拶を返すと再び呆れたようにこちらにちらっと視線を向けて。
「ごめんなさい、これが迷惑をかけたみたいで」
「煩わしそうに指さすな傷ついちゃうだろ」
「随分扱いに困ったでしょう、特に家に帰ったら手洗いうがいは丁寧に」
「ちょっと?人をバイ菌みたいに言わないでくれませんかね」
「ワクチンがまだ無いから」
「俺は新型かよ」
いつも以上に絶好調なんですけどこの人。千本ナイフレベル。
「あ、はは……そんな迷惑だなんて、引き留めちゃったのは私だから」
愛華まで若干困ったように苦笑してみせているではないか。
しかしそう語る彼女の内心はようやく厄介払い出来て安堵しているように──」
「おい恐ろしいモノローグを捏造するな」
隣でボソッとつぶやく霞に待ったをかける。
本当にそうなのかと思ったら泣きそうになっちゃうから止めてホント。え、女の子の内側と外側ってそんなにギャップあるの?
「霞ちゃん、俊也くんが心配で探しに来たんだよね」
と、優しげな笑顔に戻った愛華が俺たちを交互に見てそう口にした。
「誤解のないように言っておくけれど、この男のことはどうでも良いとして」
「のっけからぶん投げられた……」
「香織が心配していたから来ただけよ。私個人としては煮られようが八つ裂きになっていようが構わなかったから」
八つ裂きって。こんなセリフ例え頬を染めながら言われたら逆に恐ろしい。そもそも霞にいたっては愛想の無いままなので余計に物騒だが。
そんな様子を眺めていたのだろう、愛華が不意にクスクスと口元に手を当てて笑いを零した。
「なるほど……似てるんだ、二人って」
「「は? 」」
顔を見合わせていた俺たちは思わずそのまま聞き返してしまう。似てる、彼女はそう口にしなかったか今。
「似てるって……俺と霞がか? 」
「もちろん」
「………」
ニッコリと頷く愛華。再び霞の方を見るとちょうど目が合った、がすぐに反らされてしまう。
「愛華、私でも怒ることくらいあるのよ?
どんな根拠の元に言っているのか分からないけれど、これと一緒にされるなんて屈辱の極み」
「これ? 」
霞に指さされた方向を見て(サッと避けて)小首を傾げてみる。特に何かある訳でもなさそうだが……
「つまらないわ、3点」
「おいっ、せめてツッコめよ。無愛想なまま切り捨てるとか──」
「じゃあ2点」
「点数の問題じゃないから」
しかも下がってるとか、多分これは10点満点の採点ではなく100点満点の採点だろう。それはさておき、問題は何故かこちらを微笑ましそうに見つめる彼女だ。
「やっぱり、似てるよね」
……そうなのだろうか。
「いや、それはないと思うぞ……」
「確かに……仮に占いの相性の話なら、私が火で俊也がチリ紙とか、まだ分かるのだけれど」
「それは相性の暴力と言うんじゃないのか」
「あら、いつでも様々な用途に使える臨機応変さは貴方にピッタリだと思うけど」
「それ、使い倒された挙句に捨てられる都合のいい存在とも言うんだが」
最終的に燃やされる末路が目に見えてはっきりしてしまっていますがそれは。そんな物騒な占いの結果があるのかはこの際置いといて……
「きっと、二人は相性も良いと思うんだけどなぁ」
「ないわね(ないな)」
「ほら、ね? 」
案の定笑顔の愛華、霞は何か口にしようとするものの、思い付かなかったのかそっぽを向かれてしまう。
「具体的には? 」
「……そうね、曲がり間違ってそんな側面が浮上する可能性も無きにしも非ず、世の中絶対な事なんてありはしないもの。興味が完全に無いと言い切れない部分もあることは認めるわ」
霞のえらくひねくれた言い回しはそれとして、今一度愛華の方へと尋ねてみる。
「具体的に? 」
「うん、まぁ簡単にでも良いけど」
「それはもちろん──」
彼女は自信満々にこちらを見つめて──
「えーと、うーん……うん? 」
「あれ? 」
「……ふむ、なんとなく、かな? 」
思い切り首を傾げていらっしゃった!
いやしかし待たれよ、この仕草の可愛さに比べたら他の事なんて全てどうでも良いのではないか。故人曰く「可愛いは正義」、故に
これが正義であり真理ということに──」
「分かってはいたけれど、本当に救い様がない頭なのね……馬鹿なのかしら」
「………」
思い切り口から漏れていたのか、蔑むような視線が遠慮なく注がれていた。まぁいつも通りと言えばいつも通り……いや、心なしか視線の温度がいつもより極端に冷たい気が。なに凍てつく波動?呪文効果消し飛ばされちゃうの?
「なんとなく、雰囲気だよ。二人が二人でいるときの雰囲気というか、やり取りというか」
「うーん……えらく抽象的だなぁ」
「でも、こういう時の私の目って確かなんだよ」
「こういう時って……」
どんな時なんですかね。
そんな至極曖昧な感覚の割にはっきりとした口調でやや自慢気に話す愛華。……どこにそんな根拠があるのだろうか。
はぁ、と小さなため息が隣から聞こえてくる。見れば霞が疲れた顔でその翡翠色の髪をその小さめの手で弄んでいた。
「取り敢えず用件は伝えたから、私はそろそろ戻るわ」
「え、あぁ、なら一緒に──」
「結構よ」
ドライに素早く返されてしまう。
「あ、霞ちゃん」
「またね、愛華」
軽く会釈をして、霞はジト目をこちらに向けてきた。
「先程も言ったけれど、寄り道は程々に。早く部室来ないと心配するから、香織が」
「倒置法で自分は違うことをアピールしなくても分かるからな」
「勘違いされても困るから念のため」
わざわざだめ押しのダメージを加えてくるこの徹底さよ。流石我が新聞部のサディスト枠は一味違うな……可愛い顔して切れ味抜群ダヨネ。
クルリと背を向けて美術室を後にした彼女を見送って暫く。愛華は「行っちゃったか」とやや残念そうに笑って、再び何かを考えるように頬に手をやっていた。
しかし、そろそろ帰らないとな。霞に迎えに来させてしまったのだから、何か礼を持って行ってやろう。まぁ、何だ……テキトーに、な。
「じゃあ、俺もそろそろ」
「あ、うん。──って俊也くん、部室反対方向だよ? 」
美術室から右手に出ようとしたところを呼び止められる。確かに部分に向かうなら左手に出て行くのが普通であるのだが。
「あー、ちょっと学食にでも寄ろうと。ほら、わざわざ探しに来させちゃったから。ご機嫌取りに」
「なるほど、霞ちゃんにお礼だね」
「まー、そうなんだけど……」
言い淀むと彼女は不思議そうな表情で小首を傾げてみせる。
「あいつの事だから、お礼って言っても素直に受け取らないだろうから」
「裏がありそう」だの「口止め料か」だの憎まれ口を叩くに違いない。
「お詫びってことにして、全員分に買ってけば受け取ってくれるだろ」
「何も、そんなに回りくどいことしなくても。素直に──」
「良いんだって、このくらいが丁度良いんだよ……多分」
どうせ学食だし、そもそも大した話ではない。
愛華は再び思案するように口元に人差し指を当てていたが、やがて何かに納得したように頬を緩ませた。
「そっか、そういうことか……」
「どうしたの? 」
「ううん、何でもない」
「? 」
一体どうしたと言うのだろう。
気になるのは勿論だったが、しかし何故だが聞くのが躊躇われた。それがどんな内容なのかも分からないのに。
「あー、じゃあ戻るよ。長居してしまって申し訳ない」
「ううん、こちらこそ楽しかったよ。香織ちゃんによろしくね」
「りょーかい」
ひらひらと手を振って美術室を後にすることに。何だかんだで随分居座ってしまったな……やけに居心地がこれが愛華の成せる空間演出なのだろう。桃色のアルティメット・ゾーン……いや意味違うしそれ。
✳︎
「だーかーらっ!こんなデタラメなもの記事に出来るわけないでしょー!」
「いやいや、分かってないっすね部長。これは生徒の総意、言わば民意。望まれているニーズには応えるのが生き残る為の──」
「ニーズでも何でもっ、嘘は書けないに決まってるじゃない!とにかく却下! 」
「書き直しっすかー」
「当然っ」
新聞部の部室は打って変わっての賑やかさに包まれていた。あの美術室、愛華のほんわか空間がまるで白昼夢のように思い返される程に、喧騒が飛び交う室内。
「うーん……でも内容は面白いかもなぁ」
「でしょ? 」
「ダメですって!粋先輩も乗らないで下さい! 」
「冗談だって、冗談」
「もぉ……」
夏休み前の新聞までそろそろ時間が無くなってきた今日この頃、部員達はそれなりに忙しなく動いていたりいなかったりしている。ま、ほとんど脱線するか果ては墜落したりしているばかりな気もするが。
「かすみーん、こっちの空いた枠に何か良い案ある? 」
「……そうね、コンセプトはまとめた方が良いとは思うけど。少し難しいかしら」
「むむぅ」
学食の方に寄ってから戻った俺はそんなドタバタした室内を若干遠目で、入り口付近に突っ立ったまま何となくボーっとしていたのだが。
「あっ、俊也! 」
部長さんに早速発見される。どうでもいいけど分かりきってるのに指をさすな、指を。
「あぁ、おかえり俊也くん」
粋先輩はキーボードを軽々と打ちながらにこやかな爽やかスマイルを向けてきてくれる。……これが根本的な差なのか、勝てないっす諦めよう。
「先輩部室にいらっしゃらなかったんすね」
「おい丁寧に俺の存在価値を揶揄するのは止めろ」
最近入ったばかりの後輩枠。向井は原稿を前に退屈そうにクルクルとペンを回している。
「あら、いつも以上に間の抜けた顔をしてどうしたのかしら。人生の目標でも見失ったの? 」
「どんな顔だよそれ」
「けれど、貴方の場合、目標とするもの自体無いかも知れないわね。配慮が足らなかったわ、ごめんなさい」
「その笑顔、辛辣な言葉とのギャップで余計傷つくから」
流石の斬れ味、ハンターランク半端ないわー。
ため息を吐きつつ、購買の袋を手に持った
ままソファの方へ。何か今更疲れがドッときたような気が……
「俊也、今からこれの裏取りお願い! 」
「…………」
「サボってた罰だよ、ほらそんな嫌そうな顔しない! 」
それを言われると反論し難いので、せっかく腰を落ち着けたソファから立ち上がる。
……ついでに、隣にある机に白い明条のロゴが入ったマグカップを置く。机に座っている霞の方へ、そっと差し出すように。
「………」
すぐに気が付いたのか、それ、キャラメルマキアートのカップをまじまじと見つめる霞。暫くして意外そうな表情でこちらを見上げてきた。
「賄賂かしら」
「そうだな、万が一選挙に出る機会があったらその可能性はあるかもな」
「では……口止め料? 」
全く予想通りのリアクションである。俺が一体どんな弱味を彼女に握られていると……いや、心当たり結構あるなぁ。
「そうじゃねーよ、サボってご迷惑をおかけしたお詫び。皆にも買ってきたから……香織! 」
ひょいっと香織の方へ袋を投げ渡す。
「わっ、パンナコッタだ。俊也にしては珍しく気がきく!ありがとー!」
「一言余計だからな」
男子には栄養補給も兼ねた某モンスター的な炭酸飲料。
アレって実は色んな種類あるんだよね、ウルトラレ○ドとかグリー○ティーとか。
「俊也くん、わざわざ悪いね。ありがとう、今度何か奢らないとな」
優しさこの上ない先輩。
「ども。しかし先輩も大変っすね。流石の底辺根性、憧れねーけど感心します」
生意気極まりない後輩。
……何だか、新聞部もまた少しずつ賑やかになってきたなぁ。妙な感慨に浸りそうになりつつも、部長さんのご命令通り仕事をしに行くべく部室を後にしようとして──
くいっ。服の裾を引っ張られる感覚。見れば裾を掴んだ霞がジト目でこちらを見上げていた。
「別に、貴方にこんなことをして貰う理由も……そもそも、気を遣われるとかえって不気味」
「いや、俺ほど周りに気を遣って生きている人間もそういないはずだ。10段階中9以上は硬いレベル」
「嫌な絶対評価ね……」
おい待て落ち着け。俺がいかに深慮で且つ多様な視点を兼ね備えた人間かを説明を一から説明して……いたらいつまでも終わらなそうだ。流石にそろそろ働かないと怒られる。
呆れたような霞にコホンと一つ咳払いをして、間を立て直す。
「あー、じゃあお礼ってことにするか。わざわざ探しにきてくれた──」
「そう、〝皆へのお詫び〟という事なら仕方がないわね」
「そりゃどーも」
やれやれ……全く。
「一応……ありがとう」
さも素っ気なく。そう付け加えられた言葉にしかし思わず身構えてしまった。
なん……だと?
霞が素直──ではないな、うん。しかし何やかんやでこちらにお礼を言うだなんて、ナチュ○ルがコーディ○ーターに同じ機体で勝つくらいの確率をも上回る、なるほどこれがツンデレ──痛っ⁉︎」
右足の甲に強烈な痛み、それもそのはず思い切り踏みつけられていたのだから。
「頭の悪いことを口走っていないで早く仕事に行きなさい」
「目が怖いです目が……」
殺意すら思わせるそのプレッシャーに敵わず脱兎のごとく部室を後に。痛む足を引きずりながら。
……やっぱり似てない、よなぁ。
先程愛華に言われた言葉が何となく思い返されたが、やはりどうして首を捻らずにはいられなかった。
あけましておめでとうございます。
新年最初の投稿が8日目というスローペースで発進しました2015年でございます。
今年はどこまでいけるか分かりませんが、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m




