そして彼等は……
「いや、一応めぼしい場所には無かったけど。あー、はい?こっち?えっと……こっちは、だな。んーと、まぁなんだ……その、順調だ多分。……あぁ、分かった」
いや、これを順調と言えるのか。無料通話を切ってから改めて考え直してみる。
目の前には、視線をぶつけ火花を散らし合っている問題児二人。言うまでもない、霞と向井。二人の視線は全く異なれど、それぞれ不思議な迫力を伴っている。さながらクラッ○ュギアがフィールドで死闘を演じるが如く……懐かしいなぁアレ、でもどちらかと言うとベイ○レードの方がわかり易いかもな。
なんて、馬鹿な事を考えたまま事態が収拾しないかと待っていられたらどんなに楽か。
「あー、おい二人とも。香織と一回合流することになったから……取り敢えずもういいか? 」
「……そう、分かったわ」
「なるほど」
何がなるほどなのかさっぱりだが、取り敢えず一息つけたようなので二人を連れて香織の元へ向かうとしよう。香織達は同じように別校舎を探していた——恐らく自分達より丹念に——ようだが、結局目的の手がかりも見つからなかったようだ。というわけで、一旦集まって本人を含めたもう一度意見交換、もしくは話し合いの末に方針を決めようというのだ。……まぁ確かに大事な事かもしれないが、まるで本当の組織のようだ。あいつは何故形式を仰々しくしたがるのだろう。
「あ、そういや藤咲……先輩」
「おいお前今ナチュラルに呼び捨てにしようとしなかった? 」
「いやー、まさかそんな」
「どんだけわざとらしく目反らしてるの?新手の傷付け方なの? 」
別に呼び捨てにされようがなんだろうが正直どうでも良いんだけどさ。何で呼び捨てにするに至ったかの経緯が重要な訳で、誤ってにしろわざとにしろ、何かしらの思惑が少なからずそこに介在しているとするならばその結論に至るまでの過程に何か決定的な……あれ、結局どうでもいいと思って無くね?
「いや、すみません。何か先輩と話しているとどうも年上な気がしなくて」
「あら、珍しく同感だわ。思うにそれは彼の精神年齢が実年齢に達していないからではないかしら」
「あー、なるほど。ちょいちょい痛いモノローグを挟むのはそれが原因っすか」
「さぁ、どうかしら。けれど少なくともその言動や行動に問題性が見受けられる要因であることは確かね」
「ねぇ、二人で議論を深めるのは良いんだけどさ……何で俺がどんどん傷ついていくの? 」
「「自業自得じゃないかしら(ないっすかね)」」
……何なのこの二人、この短時間でどれだけ心に杭を打ち込んでくるの?人を傷付ける事でしか暇を潰せない方々、なにその貴族の遊び信じられない。
「ま、それはさておき」
「え、おくの? 」
「先輩にちょい質問があるんですけども」
ホントに隅っこに弾かれた。
まぁそれは良いのだが、質問とはなんだろうか。サド系の質問とかは勘弁、正直心はそうもたないレベルで……
「新聞部ってどんな活動してるんですかね」
「は? 」
「単純に好奇心ですよ、好奇心」
いきなり何を聞くのかと思えば、予想外の質問に俺と霞は思わず顔を見合わせた。彼の言葉にどんな意図が込められてるのかと探るように、しかし向井はあっさりと首を振ってみせている。まぁ好奇心か……
「別に、そんな大袈裟なもんじゃないと思うけど……学校とか近隣で気になった事を記事にして張り出してくって」
「まぁ、どこにでもありそうな感じっすね」
「だろうな」
とはいえ、違うことが全く入っていない訳ではない……のだろうか。
「ただ、込み入った部分が無いわけでもない……と思う」
「というと? 」
「んー、うちには学校から正式に活動が公認されてる〝新聞委員会〟ってのが既にいるんだが」
「そういえばあったわね、そんな設定が」
「ボソッと恐ろしいことを言うなよ……」
霞の色々と破綻させてしまうような発言はさておき、思案するように顎に手をおいて考え込んでいる向井に目を向け直す。
「既に公認がいるってことはうちは非公認のグループだ。名前こそ部とのたまっちゃいるが、実質同好会扱いだな。つまり活動に対して部活動ほどの予算が貰えないし、保証もされてない」
「ふむ、なるほど……」
「ま、逆に言えば活躍を期待されてる訳でもないし、活動に制限がかかってないから好き勝手やらせて貰えるんだけどな」
少なくともついこの間までは。報告書を提出するだけで、内容と違う活動をしていても構わない(バレなければ)……予算は相応になるのだが。しかし予算見直しの件で生徒会に目をつけられてしまったから、これからはそうはいかないのかもしれない。あの予算案を受け入れれば話は別だが……部長は一歩も引く気は無いみたいだしなぁ。
「なんつーか、ゴシップ記事書きまくる雑誌みたいっすね」
「それ、絶対に香織に言うなよ……騒ぎ出すからな」
それはまぁ大変なことになる……後始末兼当人を宥める役の俺が。何この管理職みたいな仕事、やだもう社会的に自分の立ち位置考えてるとか精神年齢が高い証拠だな、マジ実年齢以上の価値観の持ち主流石俺」
「そうやって無駄に根に持つ所とか、まさしくね」
「お前どんだけ俺の心読みたいの?実はクーデレ属性アピール? 」
「そのおめでたい空っぽの頭をシュレッダーにかけてあげたいだけよ今すぐに」
やだ怖いこの娘。人体の不思議展を開くつもりか。ここは頬の一つでも染めて「……関係ないでしょ」の一言に尽きるのではないのかっ…………俺も大分脳をやられてるのかもしれない。
「……なるほど、通りで」
「ん? 」
「あなた方新聞部が何だな面白そうな境遇にいる理由が分かったって話です」
面白いのは傍から見た部外者だけだと思うが……てかほとんど部外者か。
「いや、つーかお前何でうちの境遇知ってるわけ? 」
「あぁ、情報収集は趣味の範囲内ですから。新聞部の噂とかもちらほら聞きます」
「何の為に」
「他人の弱みを握る為……」
ニヤリと、その整った顔立ちの口元が釣り上がる。
やだ怖いこの子。やっぱりSなんだろうか、霞とはまた違う方向性を有しているらしい。と思えば、向井は軽く息をついて小馬鹿にしたように首を振った。
「何て、冗談ですよ」
「それ絶対セリフと仕草合ってないよね」
げしっ。
いきなり霞に小突くように右足を蹴られる。早く行けこの愚鈍と目が語っていた。
このドS二人を引き連れるこの構図、どういう力が発生してるんだこの空間には。これが磁力?S共を惹きつけるN極なんですか?ならば磁石はN極の苦労を考えるべきだ最低限公的扶助を安定させて欲しい。しかし磁力ならばあの鉄人が思い浮かぶ、どうせなら三回転を決めたい。投げキャラと言えば三回転だろやっぱり。
✳︎
「遅いっ」
「最速で来たつもりだから勘弁してくれ」
勿論嘘である。
多分のんびり来た方だが、しかし待たれよ。この自由奔放なドS二人を引き連れるだけでも一苦労なのだ、疲れるし。
なんやかんやで、香織達のグループと中庭に合流したのは捜索開始から実に一時間半程経っていた。結構過ぎてたんだな……楽しい時ほど時間の経過が早いというがそれは迷信である。
「というか、何故君がここに? 」
「え?あぁ……」
粋先輩の手の指す先には当然ながら向井の姿。最初からいたような気がしていたが、そういえばこいつは分かれた後にいつの間にかいたんだった。
「もしかして‼︎やっぱり新聞部に興味を持ってくれたの⁉︎ 」
「いや、それは……」
俺の言葉を待たずに隣の幼馴染はバッと向井の方へ。目を輝かせて彼の両手をとろうとするが……
ひょい。軽やかなバックステップで避けられる。当然彼女は前につんのめってバランスを崩してしまう。
「あ、わわわわ⁉︎ 」
また比較的短めのスカートだから、そんな体制だと俺の方からは色々と見えてしまうものが……
「……今日は緑のストライプか」
得した気分の呟きをそっと口にしつつ、「何で避けるのよーっ」とか喚いている部長さんを呆れた様子で眺める自分に戻る。霞も同じようにやれやれと肩をすくめ、粋先輩はどこか微笑ましそうに頷いている。距離感を考えない彼女の行動力も流石だが、向井の方が一枚上手らしい、暫くあーだこーだとやり合うも結局肩を落としてトボトボこちらに戻ってきた。
「としやっ、あの後輩可愛くないよ! 」
「それより、これからどーすんだ? 」
「うぐぅ、俊也まで……可愛くない」
可愛がられても困るのだが。
すっかり膨れた彼女をまぁまぁと宥め、作戦会議の指揮を取らせることに。
「えー、こほん。探索の結果は不発に終わってしまったので、もう一度再考してみたいと思います! 」
「もう一度と再考意味被ってるからな」
「そこっ、細かい事には突っ込まない! 」
ビシッと人差し指を突きつけられて口をつぐむ。故人曰く、細かいことにこだわる男はもてないらしい。
「で、もう一回彼女の足取りを辿り直してみたいと思うだけど……お願いできるかな? 」
「は、はい! 」
非常に申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をして前に出る依頼人の女の子。引き受けたのはこちらなのだから、そこまで申し訳無さそうにしなくても良いのに。育ちが良いんだろうなぁ、そういえば愛華と初めて会った時も………とかしみじみと思っている間に話は終了していた。
あれ?どんだけ回想に浸ってたんだ俺は、動画編集のようにカットだなカット。カットって超便利もっと機能を高度化してくれ。
「……ということなんだけど、皆は何か引っかかることはない? 」
香織に主導権が戻り、話の内容を一同に問い直していた。……ここでもう一度話してと口にしたらぶっ飛ばされるだろうか。
「……アンタの話は午後から始まってるよな」
「え、あ、うん」
思案の沈黙の中で向井が不意に口を開いた。てか苗字くらい呼んでやれよ、同じクラスだろうに。
「午前はクラスから出てないから」
「3限目からは移動教室やら何やらで色んな教室校舎を回った」
「う、うん」
まぁ、教室で落としたなら気付くわな。自分でなくとも周りの人達が、授業に入れば皆席に着く訳だし。まさか高校生にもなって窃盗目的に隠したということも考えにくい、一見した彼女の人柄を考えてみても。
「だったら、昼も教室で食べたのか? 」
「え……あ、屋上だけど」
「屋上……中等科のだろ? 」
そういえば屋上は探していない、そもそも屋上自体今出てきた場所だしな。
「でも屋上はベンチしか無いし、物が落ちたら気付くと思うけど」
「は、はい……無かったと思います」
香織の言う事も最もだ。だからこそ彼女も可能性から除外していたのだろうが。しかし探していないので無いとは言い切れない、行ってみる価値は……待てよ、落とした?
「あのさ、屋上のベンチって屋上の端寄りに並んでいるよな」
「うん、そうだけど」
「もし落としたら、それって屋上からそのまま落下しないか? 」
あ。一同がそれに気付いたように声を洩らす。
「確かに、ポケットに入れていたりしたのなら立ち上がった拍子に落下する可能性はあるかもしれないわね」
「風もありましたからね、確かに正午辺りは」
「なるほど、上から下だね」
優しさの塊である粋先輩はともかく、あの二人にも同意を得られたのはちょっと意外だ。話を全く聞いていなかったとは口が裂けても言えないな。
「よしっ、じゃあまた二手に分かれよう!
屋上組と下組で、もう一度探索開始! 」
おーっ!と掛け声は香織だけ。「皆もやってよ!」との彼女の嘆きは置いといて、一同は今一度行動に移るのだった。
屋上は霞と粋先輩、そして落とし主もとい女の子が向かった。一応どの辺で座ってたのか直接聞く為に、故に残りは下の捜索になる。俺と香織、そして向井の三人である。
さて、言い出した手前ではあるが、いやしかし……
「探すっても、茂みだらけだったなここ……」
「ま、中庭っすからね」
ぎっしりと並んだ、手入れも行き届いていない無造作な茂みが中庭の雑木林の奥、つまりは屋上の真下にずらりと広がっていた。
「意外と範囲があるな……」
「うん、この位置だともしかしたら上の木に引っかかてるかも」
「ま、どやって落ちたかは分からねーっすからね」
風があったのなら落下位置も直線的に落ちるとも限らない。雑木林の下の茂みに行き着く前に木の枝に引っかかる可能性もあるだろう。かなり高い位置にある場合は厄介だ。
「仕方ないか……二人は茂みを探してくれ」
「としやは? 」
「木の上探す、ちょうどカメラあるし」
ポケットから普段から持ち歩いているデジカメを取り出してみせた。
手の届かない上の方はズームを使えば良い、こんな時に自分のデジカメが役に立つとは思わなかったが。
「そっか、じゃあそっちはよろしくね」
納得したように頷くと香織はにじゅにずらりと並ぶ茂みに目を向ける。高さも彼女の胸の辺りまであるからここから探し出すのは根気がいりそうだ。木をなるべく早く調べて手伝ってやろう、あまり無茶もさせられない。
「………」
「ん?」
「いや、ここは木に登って無理して探すも落下して記憶喪失みたいな展開が良いかと」
「俺をどんな数奇な運命に巻き込みたいんだお前は」
そんな展開はどんな手段を使ってでも回避しなければならないな。
「うーむ……」
探すこと……何分だ?よく分からないが取り敢えず雑木林の列は一通り見たのだが、それらしきものは一切見当たらなかった。というか引っかかっているもの自体無かったのだが。幹の付近や下の枝にも何も、ということは茂みか。いや、そもそも屋上から落ちた保証はどこにも無いけれど。仕方ない、向こうを手伝うかな……
「……って、香織? 」
「んーーっ」
何て間抜けな光景だろうか。
何と言えば良いのか、茂みの真ん中に上半身から突っ込んでいた。つまり腰から下のみが茂みの外に出ている……あまり現実には見れないだろう事態である。考えるより前に俺はとある有名な物語を思い出していた。その黄色いクマはハチミツが好きなあまり、木にハマって抜けなくなってしまったという。
「香織、何してんのお前」
「んー、んーーっ! 」
「…………」
何かモゴモゴと奥から聞こえるがよく分からない。隣で探していたであろう向井も呆れたようにその間抜けな光景に対しどう対処してよいものかと考えを巡らせていた。
「あんまり動くとスカートの中見えるぞ」
「——み、見るなっ! 」
ガバッと香織の上半身が茂みから抜けてきた。心なしか顔が赤らんでいるようだが、まぁ実際には見えていないので無問題だ。ついでにさっきもう見たしね。
「つーかお前、何やってんの? 」
「もちろん、探してるんだよ」
「いや、何も頭から突っ込まなくても……」
手間はかかるが茂みの枝をめくって奥を探していくしかない。
香織は頭から突っ込んだから髪に小枝や葉っぱが刺さっていたし、掠ったのか頬にも軽く擦り傷が出来ていた。
「怪我すんだろ、あんまり無茶すんなよ」
「大袈裟だなぁ、ダイジョブだよこのくらい」
「あのなぁ……奥にガラスの破片とかあったらホントに危ないから」
「もー、心配性だな俊也は」
全く聞く耳を持たない幼馴染。
これだから下手に野放しにしておくと不安なのだ、心配性と言われるがこれはむしろ自分の為。後始末させられることになる場合は大体俺だったし……昔から。
「それに、早く見つけてあげないと可哀想だもん!そろそろ日も暮れてきちゃうし、急がなくっちゃ」
「……はぁ」
……ったくこいつは。
俺が口を開く前にもうひとつ隣から声が洩れた。
「何でそこまでして、探そうとするんです? 」
「え? 」
「赤の他人、それも事情もよく知らないような立場なのに」
質問の意図が分からないのかキョトンとしたまま向井を見つめる香織。彼は何を考えているのか、口元に手を当てたまま言葉を探しているようだ。
「それに、キーホルダーでしょう。それほど緊急性を伴うものでもなさそうだ。また後日にして貰ってもーー」
「それはダメだよ」
考える間も無く香織が首を振ってみせる。その表情は真剣そのものである。
「単なるキーホルダーじゃないよ、あれだけ真剣に探そうとしてるんだもん。それに怖がってる」
「怖がって? 」
「うん、見つからないのをすごく怖がってる……きっと本当に大切なものなんだよ」
恐らく本人に直接聞いた訳では無いだろう、香織は彼女をしっかりと見ていたのだ。元々勘の良い彼女のこと、特に対人になると(自分に対する恋愛以外)
それに基づいて彼女なりの信念を持って行動していたのだ、だから一刻も早く探してあげないと、か……
「………」
「ほらっ、とにかく今は急いで探さなきゃ! 」
何か言いたげな向井だったが、香織は手を動かせとばかりに俺達二人を急かしてきた。俺と向井は一瞬目を合わせて、軽くため息をつくと本格的に茂みに手を突っ込むのだった。
再び頭から突っ込もうとする幼馴染は止めておいた。
✳︎
「本当に、本当にありがとうございました! 」
日も暮れ始め、辺りは薄暗く時刻は6時半ともなっていた正門前。
女の子が深々と、本当に深々とお辞儀をこちらに向けていた。彼女の手には絵にあった通りのキーホルダー、大切そうに握られている。
茂みの探索を始めてから40分くらい、二列目のそれも最も奥の方に隠れた小枝にネコのキーホルダーが引っかかっていた。なんとか手を伸ばして、目的を達成することが出来たのだった。
「良かったね、見つかって。大切なものだったんでしょう? 」
「はい、おばあちゃんの形見なんです……」
「……そうなんだ」
やはり大切なものだったのだ。それもかなり、訪ねた香織の表情も女の子の表情も穏やかなものであった。
女の子は相当な感謝を表すようにぺこぺこと何度も何度も頭を下げて、正門で俺達と別れることに。これにて無事に解決……といったところかな。
「皆ありがとう、それからすみませんでした」
「「え? 」」
さて、女の子を見送った後、自分達の方に振り返った香織は頭を下げた。その意外な行動に俺と霞は思わず声を洩らしてしまう。
「私の勝手なわがままで皆を遅くまで付き合わせちゃって、本当にごめんなさい」
少々驚いてしまった。こいつが自身の行動を素直に反省して謝るだなんて、いや反省はするのはいつもの事で結局またすぐに首を突っ込むのだが。しかし自分から反省するのはやや珍しい、もしかしたら部長としての意識が出てきているのかもしれない。これは進歩なのだろか。
「……なんか、凄く失礼なこと考えてない? 」
「気のせいだろ」
流石というべきか、すかさずジトめを向けてくる幼馴染をかわしつつ、一つ咳払いをして場を誤魔化す。
「いや、香織ちゃんのお陰で彼女も大切なものを取り戻せたんだ。君の行動力で一人の人間が救えたんだから、むしろそれに協力出来て良かったよ」
「まぁ、そんな所も含めてついて行ってるのだから……あまり気にしないで」
「粋先輩、かすみん……‼︎ 」
優しい二人(霞の場合は香織にのみだが)
「っても、周りの人は堪ったもんじゃないっすよね」
「だろ、分かってくれるかこの苦労」
「そこは二人とも乗っかってよ⁉︎ 」
しかし薄情な二人。酷いと喚く香織には申し訳ないが、つい隣の呟きに同意してしまった。これまでの苦労を思い出したらなぁ。
しばらく不満そうな表情をこちらに向けていた香織だったが、やがて隣に突っ立っている向井にその視線を移した。
「今回の件、向井君が差し金だよね? 」
「へぇ、部長さんが気付いてるとは思いませんでしたけど」
「ふふん、あまり舐めないで欲しいわね。あれだけ執拗に追ってたし反撃も予想はしていたよっ」
執拗という自覚自体はあったのか。自信満々に言うべきセリフでも無いし、大体予想していたなら周りの人を巻き込まないで欲しい。流石負けず嫌い……
「つまり、私達の勝ちだね!」
「結果的にそうなりますかね……」
やれやれと肩を竦めてみせる下級生の彼の方がよっぽど大人っぽく、自慢気に勝利宣言をする幼馴染はやたら子供っぽく見えて何だかこちらまで恥ずかしい。ねぇ香織さん、もうちょっと上級生のように振る舞えないものだろうか。
「きっかけを作ったのは俺だし、皆さんにもご迷惑おかけしたお詫びに……何か手伝える事があれば協力しないこともないですよ」
「本当に⁉︎ 」
「ま、俺に出来ることであればっすけど」
やや諦めたようにそう口にする向井。
根は真面目な奴なのだろう、迷惑をかけたという意識はしっかりと持っていたのだ。そもそもの非を考えるとこちら(というか香織)のしつこい勧誘から事が始まったのだとも言えるし。
ともあれ、目を輝かせ始める彼女に言っておかねばならぬ事もある。彼にも限界というものが——
「胸を大きくして欲しいとかそういう願いは無理だと思う——ぐあぁっ」
次の瞬間放たれたハイキックが胸部を捉えていた。衝撃のあまり蹲らざるをえない、つーかめっちゃ痛い。
「流石にそれは……そういうのは整形外科でどうぞ」
「しないよバカっ、ていうか必要ないよっ」
「無念ですが」とわざとらしくため息をつく向井と赤くなって必死に否定する香織。呆れを通り越し蔑むような視線が後ろの霞から俺に向けられていた。
「そうじゃなくてっ……えっと、私達の部活に入ってみないかな? 」
「………」
「あ、でもこれは強制とかでは無くて!嫌だったり忙しかったら全然——」
いいでしょう。
香織の弁解のような言葉は彼のはっきりとしたその一言でピタリと止んだ。暫くほうけるようにしていた香織だが、慌てて聞き返す。
「えっと、ホントに⁉︎ 」
「何となく、面白そうっすから」
「ホントに⁉︎ホントに良いの? 」
「その代わり、当面仮入部という形に。いつ気が変わるかもわからねーっすから」
「うん、ダイジョブだよ!大歓迎だよ!」
おいおい、最後の最後に意外な急展開だなこりゃ。大逆転のサヨナラホームランがスタンドに叩き込まれた。え、ツンデレだったの、実は?
バッといきなり香織が俺の両手をとる。
「俊也っ、遂に心を開いてくれた‼︎私達の戦いは無駄じゃなかったんだね!」
「いや間違いなくあれは無駄だったと思うが……」
「私達の思いが届いた結果だよっ、やっぱり」
聞いちゃいないなこいつは。
まぁ嬉しそうだからそれは良いのだが……
「いやー、盛り上ってるとこスミマセンが」
「ん? 」
「入部(仮)の動機は多分部長さんが想像してるのとは全く違うと思いますけど」
「えっ」
ここまでが香織のターン。しかしここから俺のターン‼︎……じゃねーや、向井のターンか。
「新聞部の現状、公認されたもう一つの新聞委員会があると。委員会の方は学園から活動を公認されたグループ」
「う、うん……」
「反面、こっちは同好会みたいな扱いが現状」
「うっ……い、今はね。でもこれから活躍を——」
香織の言葉を待たずに、というかそもそもそんな話にはさっぱり興味がないように軽く首を振ってニヤリと、あの悪くどい笑みを浮かべてみせた。……あ、これは何か来る。何だか頭を悩ませるであろう問題を持ってくる予感のような——
「仮にも情報を扱う部なら学園内外の情報も集めやすい」
「ま、まぁ……」
「だったら、周りの顔色を伺う事も無しに色んな奴の秘密や弱みや妬み嫉みを手玉に——っと」
明らかに恐ろしい本音が見えたよ今。ちょっと、向井くん?
「つまり、えーっとアレだ、様々な人と関わってその思惑や考えに触れたり、解釈を通して自分自身を高めていきたいなーと思いまして」
「「………」」
よくもまぁ熱意と意欲のあるような言葉を咄嗟に口に出来るものである。頭の回転が早いのか、口が達者なのか、何というか……
困ったように笑顔のまま頬を掻く粋先輩。その隣で心底呆れ果てたようにため息を霞。まぁ俺も大体そんな感じ、二人の半分くらいの態度でいるのだろうか。
しかし香織は間逆の反応。いつの間にか腕を組み、
「フッフッ、流石は私が見込んだ人材だね!言動はさておき、その機転の良さと鋭さは可能性を感じる」
口調すら、どこの社長なんだお前は。そもそも見込んだのは白ノ宮であってお前ではない。
「まぁ、俺を引き込んだことが裏目に出ないといいっすね……せいぜい後悔しないように」
そしてお前は悪ノリが過ぎる。わざとらしく挑発するような笑みは今の香織には烈火を勢いづける油でしかない。明らかに事を面白い方向へと転がしたがる傾向にあるようだ。
「上等よっ、絶対にこの部の良さを分からせて貢献してもらうんだから! 」
ビシッと指を突きつけ高らかにそう宣言してみせる部長さん。
これが夕方だったなら青春マンガの1ページに出てきそうな光景にもなっただろう、主人公とライバルも顔負けの。
「「………はぁ」」
目の前の光景を眺めながら。
無意識についたため息が重なる。ふと横に目を向けるといつの間に移動していたのだろう、隣の霞と目が合った。
「一難去ってまた一難、まるで終わらない綱渡りね……」
「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」
「そうね、貴方の場合人生が毎日綱渡りだものね。流石、経験者は説得力が違うわ」
「………」
……本当に前途多難である。
やるせなく空を見上げるともう夜空には星がこちらを見下ろすように輝き始めていた。
取り敢えずまぁ、部員が一人増えた。
新入部員勧誘の話は取り敢えず終了です。後半はやや慌ただしくなってしまいましたが、何とか終わりまで漕ぎ着ける事が出来ました。
次回からはまた新しくなった部活の様子を描きつつ夏休みに突入していく予定です。現実は最早冬休みが迫って来ている現状ではありますが。
では、次回もよろしくお願いします!




