触らぬ神に何とやら
足音も疎らな放課後の廊下。日も少しずつ傾き、窓から差し込む光は鈍く床を反射している。………じっと見つめていると視界がチカチカしてきたので目線をずらす。
さて、目の前には……
「キーホルダー? 」
「は、はい……」
はてと首を傾げる香織とそれに頷くのは中等部の女の子。やや不安気に黒髪に触れる彼女、コツリと手が眼鏡に当たって揺れた。
「ネコのキーホルダーなんですけど……」
こんな感じの、手振りで説明してくれるが正直全く分からない。それまでの話を聞いて無かった為か、と言ってもそのまま口にするのは憚られるのでちょっと切り口を変えようと試みる。
「あー、もし出来たら絵とか描いて貰えると助かるんだけど」
「あ、はい! 」
予想外に早い返事。胸ポケットからメモ帳とペンを取り出すと躊躇いなくペンを走らせていった。日頃から描き慣れてるのか―そういう環境に身を置いてるのだろうか―分と待たずに完成したようだった。すぐにどうぞと千切って差し出してくる。
「わぁ!絵、上手いね」
「あ、ありがとうございます」
「それにかわいい!」
確かに、可愛らしい子猫の絵だった。黒と白の島柄が印象的な、それにしても香織の距離感を考えない対応にやや戸惑い気味の女の子。気持ちは分かる。
「じゃあ、このネコのマスコットがついたキーホルダーを探せばいいんだね!」「はい、ご迷惑おかけします……」
「そんなことないよ、困った時はお互い様!それに私達、新聞部だもん」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に香織は屈託のない笑顔で答える。本心からそう思っているのだろう………しかし、ところで。
「新聞部って、人助けの部活だったかしら」
「わざわざこっちの疑問を代弁してくれてどーも」
「アナタと一緒にしないでくれるかしら、私でも不快を露わにすることくらいあるのだけど」
「年中露わにしてんだろお前は」
鶴の一声、ならぬ香織の一声で何故か中庭に集められた俺達。
いつの間に声をかけていたのか、霞もそっと隣に立っている。
「あら心外ね。不快感、こんな感情を抱くのは俊也だけなのに……」
「乙女チックに誤魔化して傷を深く抉るのは止めてくんない。表情とのギャップで余計に傷付くだろ」
「? 」
「可愛らしく首傾げるとか追い討ちにしかならないから、何なの照れ隠し?ツンデレ? 」
「酷だと思うから言明は避けるけど、貴方に傷付く価値のある心なんてあるのかしら、という意思表示」
「避けてないから衝突してるから、狙いを済まして爆破しにかかってるからね」
本当に何なの、ツンデレなの?
霞と言葉を交わして明確に傷付いてから、俺は隣にも視線を移してみせた。
「先輩まで付き合わせて……香織がホントすみません」
「いや、構わないよ。ちょうど暇してたし、困ったらお互い様だろ」
こ、これが!先輩の先輩たる所以かと粋先輩に敬意と畏怖の念を抱きつつ。よく見たらあの女の子もうっとりとした後、慌てて頬を染めてお礼を言っていた。イケメン恐るべし。
さて、一同を見回して部長が軽く咳払いしてから口を開く。概要はさっき説明した通りです、から始まり。
「取り敢えず、彼女が今日訪れた場所を二手に分かれて捜索しようと思います!で、一応場所のリスト作ったからそこと周辺を探してみて。リスト潰し終わったら一旦ここに集合します!」
テキパキと指示を送る幼馴染み。二つに分けたリスト―女の子から話を聞いて予想した場所らしい―の片方を霞に渡していた。
「えらく張り切ってんなぁアイツ」
「頼られれば張り切るものなんじゃないか? 」
「頼られるって、何か方向が違うような気がしますけど……」
粋先輩の答えに曖昧に肩を竦めつつ、俺達はいそいそと行動に移る事にした。
キーホルダーとなると大きさも大きさだけに場合によっては困難を極めるかもしれない、ここは一つ部活としてのチームワークをみせてササッと解決をしてみせよう。
と思ったのだが……
「何でこのペアなんだ? 」
「仕方ないでしょう……じゃんけんの結果なのだから」
視線の先にはジト目を向けて来る女子生徒。翡翠色の髪が窓からの風に優しく揺れる。
「何か不満でも? 」
「いや、不満は無いけど」
「……、そう」
中等部の校舎周りは俺と霞とのペアであった。じゃんけんでテキトーにペア分けをしたらこの結果、不満は無いが不安は残る。
何故か少し意外そうな表情でこちらを見つめてくる霞。
「どした? 」
「別に」
かと思うと、ふいっと顔を背けてしまう。何か気に障ることでも言ってしまったのか。更に尋ねようとしたが、それは敢えなく遮られた。
「で、取り敢えずどうします? 」
「あ、あー……そうだな」
彼女が回った場所を出来るだけ再現するべく順番に回るのがいいか。いや、別に順番はそんなに大事ではない気もするが――
「そうね……まず、職員室に行くべきではないかしら」
「職員室? 」
「落とし物として届けられているかもしれないわ。放課後なのだし、これから届けられる場合もある。教員に伝えておくのは合理的だと思うけれど」
あぁ、なるほど。
「職員室って教師に絞られる為だけにある場所じゃなかったんだな」
「それはあなたの星の常識でしょう」
「俺はUMAかよ……寧ろ俺は被害者だ」
加害者は全面的にあの部長様である。今日1日だけでどれだけ怒られたと思ってるんだ。
「そんな部長さんが先輩は放っておけない訳っすか、いやはや一途というかなんつーか」
「いや、そんな話してないんだけど」
「あら、相変わらず照れ隠しが下手なのね俊也は」
「してないけど」
おかしいぞ。どうやって落とし物を探すかを検討しようとしていた筈なのに。
「取り敢えず職員室、さっさと教員に聞いてみよう」
何だかよく分からなくなってきたので、とにかく行動しよう。
と、クイッと制服の裾を霞に引っ張られたので足を止める。
「ところで、さっきから貴方の隣にいる彼は何者なのかしら? 」
「え? 」
右隣は霞。では左隣は……いた、掴み所の無い様子で壁に寄り掛かっている青年が。
……またかコイツは
「……後輩、多分」
「ども」
ツッコむのは取り敢えず置いといて、俺達“三人”は職員室へと向かった。
*
「うーん、今ある落とし物はこれで全部だなぁ。一応今日の午前中までのだけど、また届いたら連絡するから」
職員室の落とし物ボックスには取り敢えずキーホルダーの類いは一つも無かった。どこかの担任教員が申し訳なさそうに頭を下げたが、こちらこそわざわざ確認して頂いてありがとうございますと会釈し後にする。もとい中等部の職員室は先程怒られた先生とかも結構いるのでさっさと退出したかったというのが本音。
「無いみたいだな」
「えぇ……では、彼女がこの校舎での行動を元に辿ってみましょうか」
その前に、と霞はやはり隣に立っている男子生徒に目を向ける。言うまでもないか、いつの間にかずっとついてきている彼、向井聖麻である。
「えー、アレだよ。香織がしつこく勧誘しようとしてた新入部員候補の後輩。候補っつってもアイツが勝手に決め込んでるだけたけど」
「……なるほど」
「お陰様で彼と自分は迷惑千万って訳だよ」
向井も軽く肩を竦めて面倒臭そうな表情をしてみせた。霞は彼とこちらを交互に見て何か思案するように唇に人差し指の背を当てていたが。
「けど、その割には必ずついて来てましたよね」
「別に必ずって訳じゃ――」
「要するに彼女の事が心配で心配で居ても立ってもいられない」
「そうじゃなくて、こっちに火の粉がふりかかってこないようにしたいだけ」
「あーはいはい分かってます、つまりさっさと式挙げてどうか末永くお幸せになればいいんじゃねーって話っすね」
「話じゃねーよ」
さながら論理の棒高跳びである。窓の外に投げやりな視線を飛ばしつつもニヤリと口元を歪める後輩。
勘弁してくれと逃げるように霞の方に向き直ると、彼女は人差し指で髪をくるくると軽く弄っていた。微妙に不機嫌な時や少し苛立っている時にみせる仕草……早く行動に移れということか。
「俊也の事はどうでもいいのだけれど……職員室に無いなら彼女の立ち寄った場所を探してみるしかないわね」
「だな、ぱっぱと済ませるか」
「幸いこの校舎で彼女が立ち寄った場所は少ないようだから。早く香織達と合流してしまいましょう」
心底どうでもいいと思っているのだろう、相変わらずの霞はフイッと顔を背けてさっさと歩いていこうとする。が、その足はすぐさまピタリと止まった。彼女の目線の先には――
「……なるほどなるほど」
ニヤリとまるで弱みを握ったかのように口元を歪める向井が。何かに障ったのかピクリと口元を反応させてジト目を向ける。
「……何を納得したのか知らないけれど、何故こちらを見て含んだ笑みを浮かべているのかしら」
「その表情からして大体察してるもんだと思いますが」
「どういう意味かしら」
「そーっすか、まぁ良いんすけどね」
バチバチと、霞と向井の間に火花の如き視線がぶつかっては弾け飛んだ。つーかまんま火花だった気すらするんだが……何だろう、何がこの二人を反発させ合っているんだろう。
気になることは山ほどあれど、尋ねようとした矢先に霞にキッと睨まれたので止めておいた。彼女に逆らうのはやはりどうしておっかないのだ。
「……ここにも無いわね」
「ここなら一番可能性高いと思ったんだけどな……」
中等部の校舎、落とし物をした女の子が今日立ち寄った場所をかたっぱしから当たってみたのだが………結果は空振りの連続。とうとう最後のひとつとなった中等科資料室にも
キーホルダーの落とし物はなかった。それほど苦労せずとも見つかるだろうと、安易な気持ちで始まった落とし物捜索だっただけに困惑、不安にも近い疲れを感じ始める。……本当に見つかるのだろうかと。
「どうしてここが一番可能性があると? 」
「いや、なんか資料室ってごちゃごちゃしてそうで落とし物しても———」
気が付きにくい、と言う前に口を閉ざしたのはあからさまなため息が二つ聞こえてきたからだ。しかも二つとも俺の真ん前から。
「貴方、それだけの論拠でよくも堂々とそんな事が言えたわね……」
「いかにも思案にふけってるような仕草で言うあたり、中々痛いっすね」
「そもそも、中等科の資料室は綺麗に整頓されているのはわかっているでしょう」
「大体、彼女が立ち寄ったのは管理担当の先生に鍵を返す為ですしね。室内をそこまで動き回ったとも考えにくい」
ばっさりなんてまだ生温い表現だ、文字通り粉々である。絶妙に息の合った、もとい毒の合ったコンビネーションでいとも容易くこちらの心を砕きにきた。
ていうか何なのねぇ、そこまで言う事ないんじゃないんですか酷すぎるんじゃないですか。
硝子細工を床に叩きつけられるかの如く、多分もう修復不可能な状態にまで陥った淡く脆い我が心を確認する為にも取り敢えず風に当たりたい。別に泣いてなんかいない、冷たい風を頬に感じて感傷に浸りたいだけで別に——」
「馬鹿なことを言っていないで、早く香織に連絡しなさい」
「これ以上グダグダやってんのもアレですしね、色んな意味で……もう半年近くこの状態だし」
「心を読むな哀れみの視線を向けるな恐ろしい発言をするな」
取り敢えず二人ともサドだって事がよくよくわかった、というか同じタイプって反発し合うものじゃないの?何で俺に対する時だけこんなに台本みたいに叩きつけてくるの?
「あら、貴方に憐れみを向ける要素なんて皆無に等しいのだけれど」
「そうっすねぇ、どちらかと言うとそういうものに見せかけ——」
「貴方とは、一度よく話し合う必要がありそうね」
「そいつはどーも」
またもや視線に火花が散る。結局反発し合うのかどっちなんだ一体。
……これ以上やっていると永遠と堂々巡りになりそうなので。ていうか何か話しかけ辛い雰囲気なので。どっと疲れを吐き出すようにため息をひとつ、さながら助けを求めるように俺は携帯端末を取り出すと無料会話SNSから【穂坂香織】を軽く叩いてコールするのだった。
気が付けば最後の投稿から半年近く経ってしまって。本当に申し訳ございません。
月日が経つごとにペースがどんどん遅れてしまい……本当に年をとるのは怖いです。本当です。
余談ですが二カ月前からスマートフォンに買い替えてしまいました。このなろうにやって来てからずっと愛用してきたガラケーから遂に新世界へと羽ばたきました。新世界です。
新世界は困難を極めました。フリックにはまだ慣れません。強敵です。
何とか様になってきたと思いたいですが、まだまだ不慣れで文字を打つのが遅いです。言い訳です、本当にすみません。
本編ですが、次回で一旦一区切りだと思います。何とか一気に夏休みに入っていきたくスマートフォンとの戦いを続けます。夏休みでは更に投稿して下さったキャラクターを登場させていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。




