立ちはだかる何かアレ
先輩から後輩へ、バトンが渡る。
まだ戸惑いは残るものの、ゆっくりでも良い、自分達のペースで歩き始めようと。
決意を新たに、香織は新聞部の部長に就任したのだった。
で、その翌日。
「新聞部を、部活動ではなく同好会という枠になって貰いたい」
早速、障害がぶちこまれてきた。
「どういう事ですかっ!! 」
ダンっ、と鈍い音が生徒会室に響く。
両手を思い切り机に叩きつけた香織が、ふんぞり返るように足を組んで座る生徒会長と真っ向から対峙していた。まさに、獲物に食らい付く獣のように、互いにの視線が火花を散らすようにぶつかり合う。
「今言った通りです。貴方達新聞部を部活としてではなく、同好会にして頂きたい。これは我々は勿論学園の総意と受け取って頂きたいお話です」
「そんないきなり……」
放課後。生徒会に呼び出された香織と俺に、会長直々に言い渡されたのはあまりにも突然の降格勧告であった。室内には会長以外の姿は無く、ピリピリとした雰囲気だけが支配している。
「5月頃、貴方達がちょうど部活紹介を強行した時でしたか。本来ならばあの時にお話しておくべき内容でしたが。この話は教頭先生にも了解を頂いているものです」
「………」
「はっきり言って、お願いというよりは決定事項に近いと考えて貰いたい」
「……納得出来ません」
一歩も引かない香織。まぁ当然といえば当然か、突然そんな話を受け入れたらそれはそれで問題だ。勿論会長の方も一歩も引く気は無いようであるが。
「いきなり、理由も無しに同好会になれだなんてそんな……」
「……では、理由を述べて差し上げよう」
スッと立ち上がる会長はぐるぐるとまるで昭和の漫画のようなメガネを高圧的にギラリと光らせた。
「まず第一に、予算の問題。新聞部はこれまで、部活動の枠の規定にそった予算を毎年受けてきましたが……」
「規定通りなら何の問題も──」
「大有りです。ここで人数の問題も浮上しますね。新聞部はこれまで、部活と見なす規定最低限度の人数で活動していたようですが、今回三年生の引退ともあって更に人数が減る」
……痛い所を突いてきたな。
「そんなギリギリの集団を部活動として認定し、これまで通り他の部と然して変わらぬ予算を与えることは学園として正しいのか」
「うっ」
「それも、他の部活、特に大人数の部活では学園での予算も毎年厳しくなっている中で。本当にこのままでいいのか」
畳み掛けるように話し続ける会長。思わず小さくなる香織、苦い表情をしている辺り多少なりとも自覚はあるらしい。正直、俺もこうなる事を全く予想していなかったとは言い難い。
「しかし極めつけは、あなた方新聞部が何の成果も上げていないという話でしょう」
「それは……」
「仮に人数が規定ギリギリでも、それなりの成果をしっかりと残していれば学園全体としても今までの予算案に文句は無い」
これは一番痛い点でもある。
当たり前の話、部活動への予算の考え方は、その部活動が大会等で残した成績に関することが多い。優秀な成績を残せばそれだけ学校の宣伝にもなるのだから。他にも学校における重要性云々の理由も関係していたりする訳だが……
「しかし、新聞部は目立った成績は残していない。確かに先代である氷室会長は結果を残し、且つ必要性を証明していたが」
「………」
「近年のあなた方には、そう呼べるような結果は残していません。それに学園には新聞委員会もある、そちらの方が人数も実績も残しています」
如何せん、うちには肝心の結果が乏しい現状。加えて人数も最低限しか居ないのでは。
「これ以上無い理由だとは思いますが? 」
極めつけ、と言って良いのかは分からないが恐らくこの間の部活紹介での一件も関係しているように思える。あそこで会長に楯突いてしまったが為に、この話が一気に進められたのではないか。
でなければ、あまりに急過ぎる決定だ。
見下すようにしながら、眼鏡を片手で押し上げる生徒会長の前で、グッと唇を噛む香織。
こればかりは相手が全く正論なので言い返せ無いのだ。
僅かにだが、揺らいだその瞳からは泣きそうになるのを必死に堪えているようにも見えてしまって……
そういや、昔は結構香織もよく泣く女の子だったっけか。悔しがる時とか……特に小学生の時は結構男勝りだったので、男子に負けたりするとすぐに。
「……はぁ」
気付けば目の前には生徒会長が居て、いや俺が香織すぐ隣に近づいていたんだ。
言い分だけみればだが、確かに相手が正論なのは明らかなので、暫く黙っていようと思ったのだが……
「なぁ、新部長さん」
そっと、彼女の耳元で小さく囁くと瞳だけをこちらに向けてきた。
「このまま素直に、会長さんの言う通りにする? 」
「……絶対にイヤ」「だろうな」
キッパリと言い切りやがる………後先なんて全く微塵も考えてない癖に。
「だったら……」
暴走する前に止める役目はやはり必要な訳で。
「あー、生徒会長さん」
「何か? 」
明らかに嫌そうな目を向けてくる会長。『またお前か』とそのぐるぐる模様の眼鏡の奥は語っていた。が、こちらだって好きで関わっている訳じゃないのだ、察して欲しい。
「確かにあの、仰っている事には間違いは無いと思うんですけど」
「けど? 」
「やり方が急過ぎませんか?
初めて話の場を設けた現段階でもう、決定事項のように説明するなんて」
なるべくストレートな言い方にならないように。だけれど遠回しに抗議の意を唱える。「そういった決定を通告する前に、最低限当事者には連絡を入れるものじゃないんですか」
「それはあなた方の勝手な都合でしょう、我々はあなた達のような部活一つ一つの都合になど時間を──」
「それも勝手な都合なんじゃないかなーって、そちらの」
「………」
思い切り睨み付けられた……ような気がするのは、メガネの奥の目が見えないから。でもあからさまに嫌そうな表情は増している。
「勝手なことを……君に生徒会の何が分かるというのかね」
「じゃあその勝手ついでにもう一つ。まさかとは思いますけど……この話って、生徒会長さん一人で決めたことだったりします? 」
「……何をバカな」
ぴくりと眉がつり上がる。良くも悪くも、分かりやすい反応だ……これなら。
「いえ、ついさっき副会長さんにお会いしたんですけど」
「何っ、東雲くんに」
「はい。ついでにと、ここに呼ばれたとお伺いしたら……さっぱり理由を知らない様子だったので」
嘘である。今日は一度だって東雲先輩には会っていない、どころか生徒会の人間一人にすら。
しかし、会長の表情は先程までとは打って変わって動揺している……気がした。正直メガネが邪魔。
「確かに、この件についてはまだ生徒会の者達には伝えていないが、しっかりと決定したらば……」
「単純な一般論で申し訳ないですけど、それってどうなんでしょうか? 」
「さっきから君は何だね、私は生徒会長として正しい判断を──」
「生徒会長は生徒会という組織の中でトップの人間だという事は知ってますけど。だからって事後承諾を促す決定を毎回されたら他の方々は面白くないんじゃ」
押し黙る会長さん。
まさかとは思ったが……あながち的外れな意見では無かったらしい。この様子だと、今回の事に限らず他のことも押し通していそうだ。
生徒会の人達の苦労を思うと同情せざるを得ない。
「……つまり、何が言いたいのか? 」
「………そうですね」
大きく咳払いを一つ、無駄に背筋を伸ばしてこちらを見下ろそうと、気丈な振る舞いは変わらず。
ただ、話は聞いて貰えそうな雰囲気にはなったようだ。
「取り敢えず、同好会への移行はもう少し待って頂けませんか」
「もう少し?」
「予算の件は確かに仰る通りだと思いますから、その話については何も言えませんが……」
だからといって、何も決定した事(しかかっている事)を白紙に戻せなんて大それた事を宣うつもりは毛頭無い。予算の件と同好会の件、両方とも何とかしろとも言わない。ここは話を少しでも考え直して、最低でも先送りして貰えれば十分。
「同好会への移行の件はもう少し待って頂けませんか」
「待つ、とは具体的に? 」
「例えば、夏休み開けとか。夏季休業期間に、先輩方のお仕事の合間にほんの少しでも皆さんと話し合って下されば、と」
表面だけみれば譲歩しているようにも見えるが、実質生徒会に話を通せという訴えでもある。決して無茶な話でない、だから会長だって無下には出来ない筈……
「………仕方ない、今回の件についてはもう一度再考しましょう」
「本当ですか!? 」
「ただし……条件があります」
と思ったが……そうきたか。
やはり一筋縄ではいかないようだ。
「まず、同好会の件に関してですが……人数の問題、これを何とかしなさい」
「「? 」」
首を傾げる俺達の前に会長は指を三本立ててみせた。
「現状部活としての規定ギリギリの人数、これでは部として相応しい活動が出来ているか疑問が上がります。ですから、最低でもあと三人。今の部員の倍以上の人数を確保すること、これが条件です」
「いや生徒会長、流石にそれは……」
「分かりました!」
「ちょっ、香織」
待ったの声をかける前に隣の部長さんが大きく頷いてしまった。
条件提示とはいえ、内容如何によっては無理難題、譲歩したようにみせる罠だぞこれは。本気か、こいつ。
「三人集めたら部活として続けるのを認めてくれるんですよね!」
「まぁ、それだけいれば」
「よしっ!! 」
本気のようだ。
「それから、予算の件ですが……百歩譲って、これも条件にしてあげましょう」
「それって、どんなですか!? 」
ぐいぐい身を乗り出す香織。内容聞く前から意気込み過ぎたお前は。
「ずはり、結果です」
「え、結果? 」
と思えば、きょとんとした顔でこちらを振り返る。
「元部長だった氷室悠妃先輩は部活でも相当優秀な成績を残していた。だからこそ今の待遇があるわけですが、今は成績は愚か人数もまともに揃っていない始末」
「ううっ……」
大会も人数制限等があるからな……氷室先輩がいた時とは勢力的に違い過ぎる。
「そこで、条件の2つ目として部活に相応しい成績をおさめること。今回でいえば、この提示された予算に相応しい功績を」
「「………」」
はっきり言ってしまえば、現状ではほぼ不可能な条件を突き付けられた。流石生徒会長、どうあっても自分に有利な展開を作っていく。
……初めからこうなることも予想していた、とか。
「分かりました!その条件、のませて頂きたます!」
「良いでしょう、交渉成立だ」
「条件を満たしたら、今回の話は無しにしてくれるんですよね!」
だというのに、この新部長さんときたら。思い切りガッツポーズをしてやる気全開自信満々の姿勢。そのくせ、宛も考えも多分無い。
「仕方ありません、そういう話ですから」
「約束ですよ!」
まぁ、問答無用で推し進められてもおかしくない状況だったから条件で交渉してくれただけでも良かったと考えるべきか……或いは余計厄介事が増えてしまったと考えるべきか。
とにもかくにも、今回の生徒会長に呼び出された件については、現状ひとまず保留となった訳だが。
「なんか、大変な事になっちゃったね」
「一件落着どころか、余計面倒な展開になってるかもな」
「うむむ……」
あごに手を当てて考え込む香織。
「誰かさんがあんな条件あっさり快諾しちまうから」
「あ、あれは……!!
だ、だって、このままだと無理矢理で決められそうだったから……」
「ま、確かにね」
最初から崖っぷちだった訳だし。いきなり追い込まれれば誰だって焦るだろう。
「でも、ありがと」
「? 」
「さっき。俊也が助けてくれなかったら……」
「………」
口を挟んだばっかりに余計事態が複雑化したとも言える気が。まぁでも……
「別に。ただ流石にあの場で泣かれたら困ると思って」
「なっ!?泣かないよ、この歳になって!! 」
「どうだかな」
「むーっ! 」
取り敢えず今は、やる気になってくれるだけでも良かったのかもしれない。
「ちょっとでも俊也を見直したあたしがバカだったよ……」
「そりゃ残念だったな」
「もう、バカ! 」
香織には落ち込んだり、悲しい顔をして欲しくない……させてはならないから。
「さ、早いとこ部室に戻ろう。今のこと皆に話さねーと」
「言われなくても分かってるよっ、俊也も全力で協力して貰うからね! 」
「全力って……」
無茶だと分かっているこの状況だが……さて、どうしたものか。
「ほらっ、のろのろ歩いてないでちゃっちゃと走る!! 」
「今走ったって変わらな──」
「走るのっ、バカ俊也!」
有無を言わせず腕を掴まれると、そのまま思い切り引っ張られていく。
この先一体どうなるのか、そんな予感さえままならないこの状況。この無鉄砲な幼馴染が突き進む先に良い答えが待っていると良いのだが……
一瞬、壁の端から飛び出している金髪を目にしたが。ため息を一つ、天井を見上げるに留めておいた。
すみません、ちょっと間が空いてしまいました。
色々と先の展開を試行錯誤していたら現状をすっかり忘れてしまっていて。
次回、多分新キャラを出す予定であります。部員増員というそれっぽい名目も作りました故、これから投稿して頂いたキャラがいっぺんに登場の予定です!
夏休みに突入していく中で、様々な試みもしていきたいと思うので、これからもよろしくお願いいたします!!
 




