とらすとorのっと
占い。
これほど曖昧で、猫かぶりで、気まぐれな奴はいないのではないだろうか。
「あー、今日は恋愛運最高だ♪よーし、今日から占い信じる♪」とか「うわぁ、最下位とかマジ最悪、もう占い信じなーい」とか。女子の間で交わされるこれらの会話を聞いていて思う。信憑性があるか無いかも分からない結果によくそれだけ一喜一憂出来るものだ。
一般的によく見るテレビの星座占いのランキングなんかでは、そもそもチャンネルで結果が違う事もあるのだから、実はそれほど差が無いのではと思う。 よく当たると評判の占いだって、大半は当たり前のことを大袈裟に言ったり、誘導尋問でさも当てたように宣ったり。それで自分の身の上、果ては悩みをどんどん相談する人も少なくない。その悩みを、いかにもっぽく言って見せたりする訳で、いかにも解決したように感じるとその繰り返し。これでは最早占いというより人生相談である。だったらプロのカウンセラーに相談する方がよっぽど為になる気がする。
悪徳商法や団体組織、下手こじらせると途端に厄介さを増す事もあるがそれはかなり特殊な場合だ。一般的にはそこまでいく事はそうないだろう。身近ゆえの罠、という事もあるが。
等と、ここまで散々好き勝手言ってきたが、別段占いそのものを否定している訳では決してない。何千年も前から人々に伝わってきた由緒ある伝統、そこには元々、人々を信じさせる何かが確実に存在した。現実的ではないから、科学的でないから、そんな言葉で切り捨てるのはそれはまた違うと思う。世の中に、科学で説明出来ないことは圧倒的に多いのだから。
気休めとして、占いは役割を果たすことが多い。やはり自分の運勢が良いと言われれば悪い気はしないし、その後の行動もポジティブになることもあるだろう。結果として本当に良い展開になれば、それは素晴らしい事である。
敵を知るにはまず己を知るところから始めるべしという言葉があるように、占いもまた然り、
自分の事をしっかりと知ってから接っすればより有用であると言えるのでは無いか。
節度を保つ事が出来れば、これは占いに限らずどの事柄にも言える事だが……果たして。
「ねぇ、占いして貰おうよ! 」
放課後の駅前にて。
何の脈絡も無く、隣を歩く香織がそんな事を言ってきた。
「ほら、あそこ」
指差す先、広場の片隅にちんまりとした紫色の台と眼鏡を掛けた怪しげな女性が座っていた。烏帽子のようなものを被っており、台には手の何か色々な文字が書き込まれた絵やらが貼ってあるいかにもな様相。
「駅前の広場に佇む謎の占い屋さん。最近密かに話題になってるらしいの、何かとても為になるんだって」
「……だから、こんな駅前まで連れ出したのか」
「……ジャーナリストたるもの、こういう時こそ動きが大事になる訳だよ!」
「話聞けな」
ジャーナリストでもねーし。
「とにかく。
これは次回の記事ネタになりそうってビビッと来たの」
「で? 」
「なので、こちらから占って貰おうと思います」
よく分からんが、言い出したら聞かん幼馴染みなので放っておく事にする。
「……俺先に家帰ってるから、あんま遅くなんなよ。寄り道も程々に──」
「せっかくだから、二人一緒に占ってもらおうよ」
「ねぇ、さっきから話聞いてる?俺の言葉通じてる? 」
「良いから良いから」
君に届かない。
という訳で、首根っこから引きずられていくように連行。
「大体、俺占いとか信じてないんだけど」
「知ってるよ、でもたまにはいいじゃん」
「はぁ……」
怪しげな女性の前に。
女性─振り乱れた前髪にげっそりとやつれた顔付き、どんよりとした雰囲気は見た目より大分年齢を召しているように見える─はギロリとこちらを睨み付けてきた。
……あからさまに敵意を感じるのは俺だけか。
「……、迷える子羊さん、私に何かご用? 」
何か怖いんですけどこの人。
「あのー、占って欲しいんですけど」
「………」
香織全く気にしてないし。マジかよおい。
「占い……というと、お二人の相性とかですか?恋人同士の恋愛相性占いというやつでしょうか」
「え?い、いや、私達はそういうんじゃ無くて──」
「どれどれ」
有無を言わせず、俺と香織の左手をそれぞれ掴み大きな虫眼鏡越しに見つめる……もとい睨み付けられる。
が、二回も唸らないうちにすぐに顔を離した。はやっ。
「残念ですが、お二人は最悪の相性です」
「え? 」
「あなた達は絶対に、ぜっったいに上手くいかない。悪い事は言いません、お別れなさい」
随分な結果が飛び出してきた。
「ま、まさか」
「本当ですっ」
慌てたように口を開く香織に、易者は俄然強く首を横に振る。
「あなた達の周りを取り巻く膨大な負のオーラ!これはお二人がお二人でいるが為、幸せなど微塵も無い絶対的不幸がはっきりと見えていますっ」
「なっ」
「故にこのまま付き合えばお二人に待ち受けるのはとんでもない災悪のみ、最悪な相性だけに」
上手くない。
「そんな事分からな──」
「分かります。ちんちくりんの学生風情が仲良くラブラブデートなぞ言語道断っ!!あなた達は上手くいくことなぞ否、神が許されない!」
……言葉に私情が入っていませんか。大丈夫ですか。
「……という訳で、手相を見るまでもないでしょう。あなた方お二人が近くにいるだけで、長い時間近くにいればいるほどその災悪は大きくなるっ。だから今すぐ別れなさ──」
ダンッ。
身を乗り出した香織が両手でテーブルを叩いていた。
「お生憎さま!!
もう俊也とは12年以上の付き合いになるんだから!家も隣だし、クラスも10年間ずーっと同じだし、もう手遅れです!」
「あぁ何と嘆かわしい……!!これ以上災いを拡大させない為にも今すぐ別れなさい、今すぐこの場でっ!」
「ぜーったいにそんな事ないっ」
「確実にそんな事ある!!この私ですら32年間出会いの一つもないのに、学生風情のそんな夢物語が罷り通る程現実は甘くないのよちんちくりんのお嬢さん!!」
本音出ちゃったよ……苦労、してるんだな。
「もう結構です!!
帰ろっ、俊也!」
「お待ち。占い料金、二人分1500円」
「あー、もうっ、持ってけドロボー!」
台に1000円と500円玉を叩きつけた様はさながらの時代劇のように見事な動きであった。
なんて言ってる場合じゃなくて、肩を怒らせてさって行く香織を追わなくては。
「うーっ」
「ほら見ろ、易者なんてあんなもんだよ」
「うーっ」
怒れる犬のように唸っている幼馴染み。大変ご立腹である。
「つか、一々真に受けてたらキリないだろ。大体、カップルですら無いし」
「それは……そうだけど」
というか、そもそもあれは占いですら無かった気がするが。
「あれは流石に納得いかないっていうか……何も知らない人にあんな風に言われたら──」
「占いってそういうもんだろ」
「うぐっ」
反論出来ないのか足を止めてしまうので、その脇を通りすぎる。
「……当たってるのかな、あの占い」
「いや……多分占いじゃないからなアレ」
「でも……当たるって噂になってるし」
「………はぁ」
つい今までの怒りはどこへやら、声のトーンが段々しょんぼりしてきた。
「その噂、直接話聞いたことある? 」
「そういう訳じゃないけど……でも為になるって」
「多分あれだ、『為になる』ってのは反面教師的な意味じゃねーのか」
占いが当たるから為になる、というより寧ろ逆。さっぱり的外れだから反対の意味で捉えれば良いとか、そもそも占いについて考えさせられるとか。
そんな下らない噂なんじゃないかと、あの易者を見ていて思った。きっと色々苦労してるんだろうなぁ。
「大体さ」
「んっ」
「そんだけ相性悪けりゃ、今の今までこんだけ長い付き合いにならないんじゃないか? 」
ちょっと考えれば分かる話であるわけだが。
「そ、そうだよ!それそれ!
やっぱりあんな──」
「まぁ、その他例外かもしれないけどな実は」
「んなっ、人がせっかく持ち直そうとしてるのに……どうしてそういう事言うかな俊也は」
「痛っ」
学生鞄で思い切り背中を叩かれた。思わずつんのめる。
「じゃあ、相性が良いか悪いか確かめよっ」
「は?」
「ほら、駅前の『スワン』で。俊也くんがデザートをご馳走してくれるか否か♪」
「……ちゃっかりしてんな、お前」
ささやかな八つ当たりかもしれない。
因みに翌日の放課後。
「のぅ俊也!この駅前に最近話題の易者がおるっちゅー話聞いたことあるがか? 」
「え、」
「お、アレじゃアレ! 」
たまたま弦と一緒に下校していたら……
「わしらも占って欲しいんじゃが──」
「えぇいらっしゃい。今日は大変気分が良いから無料で良くってよ!」
「え……」
昨日と同一人物とは思えないくらい明るい表情の易者が。20歳くらい若返ったかのよう……
「何を占って欲しいのかしら迷える子羊さん」
「そうじゃな──」
「いいえ分かっているわ、言わずとしれた相性占いね。任せておいて」
口調まで違うし。ていうか相性って一体誰の………って、俺と弦しかいないじゃんここに。
「素晴らしい!!これほど素晴らしい相性を見たのは生まれて初めてだわ!!」
「は?」
「友情を遥かに飛び越えた強い愛の糸で結ばれること間違いなし!」
「は!? 」
「まるで私と初めて出来た恋人が天の道を約束されているように……貴方達二人の将来はバラ色間違いなし!寧ろ周りに薔薇が添えられる!」
結論。占いとは、定められた運命など無意味だと、己が力で精一杯抗う為の布石として利用するのが最も良い。それが、生きていくという事なのかもしれないと、人生の意味を教えてくれる一つの在り方であると思う。
「さぁ手を取り合い、旅立ちなさい新たな世界への扉へ」
……占いは信じない。絶対に。
あといくらかは時間軸も気にしない小話が続くと思います!
よろしくお願いいたします!




