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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
1st Semester
43/91

緊褌何番







西宮(にしみや)(すぐる)……お前らが聞いた“俺の友人”だ」

「………」

「……親友だった」


 中学一年の冬。

 知り合って二ヶ月弱。何故彼が、俺にこんな話をするのだろう。


 そんな疑問を口にする事も無く、今はただ耳を傾ける事にする。目の前の墓石に立つ、進一から視線を反らす事無く。




───────────────




 小学生二年生の春、俺は剣道を始めた。元々親に何か運動を勧められていた時期、偶々近くに道場があったから程度の理由。別に剣道に興味があった訳じゃ無かった。


 その小さな道場で同い年くらいの男子と知り合った。

 よなよしていて気の弱そうな奴、それが第一印象。けれど、その癖何が嬉しいのか常に笑顔を絶やさないような変わった奴。


 それが、西宮秀。道場の一人息子だった。




 正確な年は俺の一つ上。

 気の弱いやつで、あまり剣道に似つかわしくないような、性格も極端人の良いものだったが。話してみれば優しく思いやりのある、良い奴だった。


 性格こそ正反対のようにも思えたが、波長が合ったらしい俺達は道場以外でも毎日のように会うようにもなった。



 秀は剣道が大好きな奴だった。いつも剣道の話ばかり、暇があれば剣道の練習をしたがるくらいに。

 そしてやはり、剣道はかなり強かった。始めたばかりの俺なんて、足元にも及ばなかった。

それどころじゃない、道場の中でも強かった大人達と渡り合うくらいに。

 元々運動には自信があった俺だったが、秀にだけは何度やっても渡り合えない。

 だから、俺は目標を決めた。アイツに追い付くことを、追い抜くことを。

 今はどれだけの差があっても、きっといつかは追い付く事が出来ると信じて。




 だが、その目標が叶うことは無かった。永遠に。








 二年前の五月。

 子供がトラックにはねられる事故があった。

 単なる不幸な交通事故だ。世間じゃそれで片付けられてしまう程小さな出来事だった。記事にさえならない程小さな。


 通学路の一角。

 居眠り運転をしていたトラックが歩道に突っ込んだ。近くの学校の下校時刻だったが、警察にしてみれば死傷者は二名に留まったとの事。


 それだけの話で済まされてしまう程度の、事故。




 周りの人間達も、そんな出来事は一瞬で忘れてしまった。近所の連中は数日興味本位で噂しあっただけで、学校の連中もただ数秒にも満たない黙祷に終わってしまう。



 “西宮秀”の存在は、瞬く間に無かった事になっていった。





 その日、秀はある友人と一緒に学校に向かっていた。

 道場で練習を終えて帰る途中、友人が学校にノートを忘れた事に気が付いた。そうして、今から一緒に取りに行こうとついて来てくれたんだ。


 少しの間だけだからと。 正門前に秀を待たせておいた友人は。


 一人忘れ物を取りに戻っていっている最中に、何か爆発音のような音と揺れを聞いた。

 慌てて飛び出してみると、焼け焦げたような嫌な匂いが鼻についた。それから間もなく、ざわざわとしたどよめきや、悲鳴のような声までが正門の方から聞こえてきて。


 正門から出た友人は……その場に崩れ落ちた。



 何てことはない、よく晴れた昼下がり。ずっとこんな天気が続くと良いと思っていた。それなのに……



 何の前触れも無く現れた巨大な鉄の塊が。一瞬でそれら全てを抉り奪い去っていったんだ。





───────────────




「そいつは恨んだよ。自分自身を、死ぬほど恨んだ」

「………」

「自分が忘れ物なんてしなければ、取りに行こうなんて言い出さなければ、正門で待っててくれだなんて言わなければ………」


 表情が無い。語る彼の顔にはおよそ表情と言うべきものを、無理矢理に圧し殺しているようだった。淡々と機械的な、だというのに締め上げられたように苦しそうで。



「俺が……俺が秀を殺したんだ」


 曇り空からはやけに冷たい風が、静まり返った墓地へと吹き付ける。ピリピリと、嫌な風が。



「だからもう、俺には関わるな………二度と」


 彼は押し黙ったまま動かなくなった。その視線は一体どこをさ迷っているのだろう。



 それから幾分かの間を置いて。

 俺は意識的に深いため息をついていた。わざと聞こえるようなため息を、深く長々と。

 チラッと後ろの小さな林に目線を送り、やや間を空けてから、


「…………」


 押し黙るそいつに、ようやく一歩踏み出した。








***************







 ざばぁ。

 門を開けて、玄関へ向かおうとした矢先。両耳からそんな音が聞こえてきた。

 同時に、頭の中をぐるぐると巡っていた回想から、ようやく自意識が現実に引き戻されるのを感じた。



 

「こら、遅いぞ!どこ行ってた! 」

「………」


 さて。

 五月といえど、この時期の夜はまだ肌寒い。例えば水を被ったりすると、体の芯から冷えたりするんだコレが。


「……くしょん! 」


 思わず身震いをして見上げると、二階の窓から怒った香織が顔を覗かせていた。水滴の滴るバケツを逆さにして。


「……何で俺の家に居る訳? 」

「夜道に女の子を放って勝手にどっか行っちゃう奴への抗議の為」

「………」

「………」


 にしても冷たいな。

 まさか水をぶっかけてくるとは思わなかった。


「田中、ちゃんと送ってくれたろ? 」

「だね。黙って消えちゃう誰かさんと違って、優しく紳士的に送ってくれました」

「……そりゃ良かったな」


 どうも突っかかってくるような態度が気にならなくもないが、とにかく濡れた衣服が肌に張り付いて冷たいので家の中に入ろう。


「ついでにウチでご飯も食べていって貰ったんだから。お母さんも何か楽しそうだったし」

「はいはい、良かったな」

「む……」


 不満気な声を洩らすと顔を引っ込めてしまう。

 ていうか、あの窓の位置は思い切り俺の部屋なんだけど。



「ふぅ……」


 シャワーを浴びて私服に着替えを済ませると、乾燥機にぶち込んだ制服を取り出して……


「………」

「………」


 洗面所を出ると、途端に壁に寄りかかっていた香織と目が合った。これをRPG風に言うと……


━━━━━━━━━━━━━━━

カオリが仲間になりたそうにこちらを見ています。どうしますか?


たたかう

→スキル

まほう

アイテム

にげる



トシヤはとんずらをつかった!

トシヤはにげだした!


0expと0GPをてにいれた!


━━━━━━━━━━━━━━━


「さて、飯にでもするかなー」


 下らない事言ってる場合と違──


「ていっ」

「え? 」


 サプライズアタック!

 カオリの攻撃。鋭いハイキックが俺に遅いかかる。


 ってか制服姿でそんなに足を高く上げると、その短いスカートの中が見え……るかっ!!バックアタックだぞこれはっ。


「あばっ!? 」


 フローリングの床って堅いのなぁ。うつ伏せに倒れて改めて感じる。


 つーか、エンカウント逃亡してからの硬直無しバックアタックは反則だろっ。クソゲー判定確定だぞ、発売初日からスレは葬式状態に違いない。ある意味炎上だが。いやこれ特定の批判とかじゃ無いからね。


「……いきなり何なんだよ」

「別に」

「別にと言いながら人の背中に乗るのは何でだ」


 そうやって無防備に馬乗りとかされると困るんだけど。スカートだとほら、感触とか色々と意識せざるを得ないというか何というか、俺も一応年頃の男子な訳だが。


 どちらにしても捕捉されてしまった。動けない。

 

「で、こんな遅くまでどこほっつき歩いてた訳? 」

「母親かよ」

「保護者とは言える、かもでしょ」


 言えねーよ。

 それはさておき。遅くは遅く、確かに1日の終了が近付いてきてはいるものの……


「高校生の外出許容時間はまだギリギリですし」

「そういう事じゃ無くて……こんな時間に」

「別に何も無いよ、散歩がてらに寄る場所があってさ」

「………」

「ちょっと野暮用も含めて、まぁ香織には関係ない事だから」

「………」


 別に黙ってる理由も無いが、わざわざ話す必要も無いだろう。こいつには余計な気とか心配はさせたくないから。

 

「そろそろ降りてくれないか、動けない」


 重くは無いが、寧ろ柔らかくて温かくて色々と反応に困るので。

 退いてくれるのを黙って待っていると、服越しに背中をキュッと摘まれる感触が。


「……行かないでよ」

「え? 」

「黙って、居なくなっちゃわないで……」


 聞き間違えか、いや空耳かと思う程か細い声だった。だが、今だけははっきりと俺の耳に届いていた。

 

「か、おり……」


 乾いた声が床を伝って響く。それが自分のものだと気付く事自体、既に自意識のタイムラグが発生していた。


 途端に、胸の鼓動が一気に高まっていく。背中に直に感じる彼女のその温もりが、柔らかさが、甘い香りが、年頃の女の子を意識させてくるのだ。


「………っ」


 そんな妙な感情を抱く一方で。彼女の言葉に、チクリと胸の奥が痛んでもいた。

 ずっと固く閉じていた蓋を、剥がれないようにと補強まで施していた胸の中の栓を、ゆっくりとだが確実に開けられてゆく感覚。

 胸が痛む。チクリチクリと、心臓に針を刺し込まれてはまた引き抜かれる。


「………」


 か弱く、儚なげで脆い感情。

 それは脳裏に、ある光景を浮かび上がらせてくる。思い出したくも無い、一面の白に囲まれた少女の……



「……え? 」


 ばしっ。

 一転して、背中に軽い衝撃と痛みを覚える。自分を現実へと引き戻してくれるには十分だった。

 そっと振り返ってみると、香織はいつの間にか立ち上がっていて。


「いつ帰って来るのか教えてくれないと、せっかく作ってあげたご飯とか冷めちゃうもん」

「え……あ、あぁ」

「それに、最近は色々と物騒だから。勝手に失踪とかされちゃったら、美奈おばさんに合わせる顔無いし」

「………」


 ……そういう事か。危うく後戻り出来なくなる所だった、かもしれない。


「そんな物騒な夜道に幼馴染みの女の子を置いていっちゃう訳ですか」

「い、いや、だから……あれは田中も居たしだな」

「じゃあ、また置いていっちゃうんだ? 」

「………」


 “行かないで”

 先程の囁くようなか弱い声が脳内にフラッシュバックする。同時に、彼女の悲しげな表情が一瞬だけ浮かび上がって。



 違う。それは違う。

 脳内のそれらをすぐさま振り払う。


俺は香織(こいつ)にそんな顔をして欲しくないんだ……ただ、俺は。

 

「ま、仕方ない。今回は許してやるか」

「………」

「ほら、さっさと起きた。ご飯食べるでしょ? 」

「あ、うん……」


 確かに、いつまでもこううつ伏せになっている訳にもいかないな。香織の機嫌もいつの間にか直っているようだし。

 だがまだ一つ、彼女に言うべき事がある。


「そんなトコに立ってると、見えるぞ」

「? 」

「スカートの中」


 藍と白の縞柄。綺麗な素足から上を辿ってゆけば、ひらりと揺れるスカートの中。

 柔らかそうな肌、太ももと女の子の下着。ロマンと言うべきか、縞柄の三角形はやはり彼女に似合って……コホン。


 全く何だってこんなに無防備なんだコイツは。

 容赦無い蹴り上げをくらう三秒前の感想だった。

 





 

「俊也、大丈夫かの?何じゃえらい疲れちょるみたいじゃが……」

「………そうか? 」

 気疲れってヤツだろうか。やるせなく深々とため息をつくと、隣を歩く弦が心配そうにこちらを覗き込んできた。


 結局昨日の夜は色々あって気が休まる暇が無かった。何か香織に水ぶっかけられたり、妙な気分─恐らく俺だけだろうが─になったり、案の定のオチで気絶させたれたり……


「ま、色々あってさ」

 挙げ句、今日泊まっていくとか突然宣い始めたのだ。気まぐれだか思い付きだか知らんが、少しは思春期真っ只中の男子の気持ちを察して欲しい。一つ屋根の下、しかも同じ部屋で無防備なパジャマ姿を晒しつつ男の隣で寝るなど……今更ながら色々と大問題だ。

 昨日は変に意識してしまってか、ろくに寝る事が出来なかった。小さな寝息に何度ドキッとしてしまった事か。隣の幼馴染みはすやすやと寝てやがりましたけどね。


「はぁ……」


 つまり香織は俺に対して何の意識もしてないという事になる。それはそれで何だか複雑な気がする。


 俺としては香織の事を異性として意識はしている、いや最近になって気付き始めたと言うべきか。それは一応確かであると自覚しているつもりだ。今までいつも隣に居た奴は“女”だったのだと。

 間違っていけないのは、飽くまで“異性”という事を意識しているだけで、それが恋愛感情と言えるかはまた別の話だ。そういった感情は俺の中では確認出来ていない。



 そんな事を思っていると、何となく頭に昨夜の田中と香織の姿、並んで歩いていた光景が浮かんでくる。

 お似合い……なのかどうかは、いやお似合いだったな。躓いた時に抱き止めた場面を思い出して、顔を赤らめる二人を思い出して、そう思い直す。

 きっと、田中に対しては異性とかそういう意識を持っている。俺なんかとは根本的に違うその感情は、もしかしたら……


「………」

「ホント、俊也はため息が多いの」

「思春期っぽいだろ」

「くくっ、香織ん事か? 」


 思わず目を反らしてしまう。

 一発で言い当てられてしまった、というより何よりニヤニヤとしたその表情から一刻も早く顔を背けたかった。


「図星じゃな」

「………偶々だろ」

「段々と分かってきたわ。俊也は基本的に香織の事が気になって気になって仕方ないっちゅー事がの」

「全然分かって無いからな」

「カッカ、照れるな照れるな」


 相変わらず人の話を聞かない奴だな。

 確かに最近は気にする機会も結構増えてきたように思うが……それは純粋に幼馴染みとして気になっているだけ、の筈だ。


「それより……進一の姿が見えねーけど」

「あぁ、進一なら屋上に行くと言っておったぞ。考え事したいからと」

「考え事って……もう授業だぞ」

「のぅ」


 あと数分足らずで三時限目の予鈴が鳴るというのに。


「最近進一、ちとおかしいの。今日も何だか上の空、みたいな感じだったような」

「………」

「何か、あったんじゃろうかのぅ」


 心当たりはある……というより確信だな。昨日の今日だ、言うまでもないだろう。

 頭には昨日の夜、墓石の前での進一の言葉がぼんやりとリフレインされ始める。


「あ、おーい! 」

「………」


 と思ったが、後ろから聞こえてきた威勢の良い声にかき消されてしまった。振り返るまでも無い、香織だ。


「俊也、弦君。もう授業始まるよ! 」

「知ってるよ……つーか何をそんなに急いでんだお前」


 慌てて廊下を走って来たのか香織の頬は上気してほんのり赤く、少し色っぽくも感じる。別にそういう目で見ている訳では無い、が。


「次、化学! 」

「知ってるよ」

「宿題あったの忘れてて、急いでかすみんに助けを求めに行ってたの」


 ギリギリセーフ!

 可愛らしくセーフサインを作る幼馴染みを前に、俺と弦は曖昧な表情を作って顔を見合わせる。


 ……宿題なんてありました?


「……しゃあない、屋上に行くか」

「え? 」


 次の授業は青空教室だな。

 気になるヤツの様子も見てきたい頃合いだし。


「弦、先生に適当に言っといてくれ」

「お、おう? 」

「ちょっ、ちょっと! 」


 キュッと裾を摘ままれる感触。昨日と全く同じ感覚。


「俊也? 」

「屋上だって、空見てくる」


 服の裾がそっと緩む。

 何だか踏み留まってしまいそうで、わざとらしく肩を竦めると、そのまま廊下を後にした。


「………」

「香織、大丈夫か? 」

「え? 」

「いや、何だか元気が無いように見えての」

「あ、ううん!大丈夫!いつもの通り元気元気♪」

「なら、ええんじゃが……」

「さ、早く教室入ろ。俊也なんて放っといて」







 屋上は風がやや強く、当たり前だが授業が始まっているので人っ子一人居なかった。


「………」


 いや、一人居た。

 ベンチの真ん中に腰掛けて、フェンスの向こう側をぼんやりと眺めている友人が。鐘の音が聞こえていないのか、その視線は宙にふらふらとさ迷っている。


「おい、そこの不良A」

「……何だよ、不良B」


 特に気にした素振りも見せずに、東堂進一はゆっくりとこちらに振り返った。

暫くこちらを見つめていた瞳は再びフェンスの向こう側へ飛んでゆく。こちらとしても気にせずに、隣に腰を降ろした。


「東堂進一ともあろうお方が白昼堂々授業をサボるとは」

「授業? 」

「おいおい、予鈴鳴ったろ」

「……聞いてなかった」


 そりゃ重症だな。

 次の授業は化学。進一はどうだか知らないが、俺は出来れば関わり合いたくない科目の一つなので、サボっても良心はさっぱり痛まない。


「………」

「………」


 これといって気の効いた話題も出来そうに無いので、適当に空を見上げて緩やかな雲の流れを楽しむ事にした。


「秀の親父さんさ、とにかく剣道に熱心な人でさ」

「? 」

「道場の稽古は勿論、大会も毎回見に行ってはいつも息子を叱咤激励してて」


 流れる雲の速度が少しずつ速まっている気がする。


「……」

「……」


 切れ切れの雲から覗く蒼が統一性の無い模様を頭上に描いてゆく。


「本当に剣道が好きだったんだろうな……」


 けど今は。

 そう言って進一は表情を一層しかめて俯いた。


「親父さんは、もう剣道から離れて……道場も畳んでしまった。

取り返しのつかないあの事故のせいで」


 何か言ってやらなくては、そんな衝動に駆られた自分に期待をしておいても、結局何も出来ないであろう自分しか俺は知らない。



「これは、けじめなんだ。俺にとっても、(あいつ)にとっても……きっと」

「………」

「いつか必ず、過去とも自分とも向き合う事をしないとならない。そうじゃなきゃ、誰だって前に進めない」

 

 けじめ、向き合う、前に進む。それがどれ程大変なことなのか、脆弱な俺などには想像に難い。頷くだけが唯一の手段だ。


「だから、俺は今回……ご両親に会いに行った。剣道の県大会に、二人揃って来て欲しいってな」


 命日とちょうど被る剣道大会に、か。

 偶然としては出来すぎているから、予めこの時を待っていたとも考えられるが。


「これは、俺の役目だと思ってる」

「お前は……」

「……自分だけを責めてるつもりはもう無いよ。お前にも言われたしな」

「ぅ……こんな時に人の傷口を抉るなよ」

「感謝してんだって、ホントだよ」


 コツンと頭を軽く小突かれる。そんな彼の態度とは裏腹に、頬を撫でる屋上の風は妙にひりひりとした。そう、何かあの痛痒い感じ。


「ともかく、これは俺の役目だから。それはきっと、今しか無い」

「……」

「上で見ててくれてるアイツの為にも。必ず何とかするって、約束したからな」


 進一はちょっと間を開けてゆっくりと立ち上がる。


「時間はどのくらいかかるか分からない。もしかしたら、ご両親にもっと不快感を与えちまうかもしれない」


 その可能性の方が高いかもな……


「……怖いよ、正直な話。だからいつも以上に焦るし、変に力も入る。皆にまで迷惑かけて」

「それでも……」

「あぁ、もう後には退けない。どんな状況でもさ。やるしかないんだ、今回だけは、絶対に」


 屋上から見渡せる町並みを映しているであろうその瞳は、一体どれ程の強さが秘められているのか。俺には想像もつかない。


「まずは、俺が頑張る。秀と一緒に歩んだ剣で、最高の結果を残す。それを……見ていて欲しい」


 ここ最近、進一が異様なまでに無茶をしていた理由。愛奈ちゃんを心配させてもなお、止まる事をしなかった理由。


 それが“けじめ”なんだ。

 過去ともう一度向き合う為に。向き合って貰う為に。これまで積み重ねてきたものを、単なる思い出に留めてしまわない為に。


「アイツの、秀の想いは無くなった訳じゃないんだって……知って欲しい」


 だから……こいつはこれだけ頑張ってきたんだ。

 人の何倍も頑張って、怪我をおしても無茶をして、倒れるまでひたすらに突き進んでいた。その胸の内を誰にも明かすこと無く。


「……やれるトコまで、やってやるさ」




 授業の終わりのチャイムが鳴っているのに気付いた時には、既に進一の姿は見受けられなかった。俺はといえば、ただポーッと空を見上げていたらしく。


「まーたこんなトコでサボってるっ」

「………」

「もう昼休みだよ」


 次の瞬間、視界に飛び込んできたのはよく見慣れた女の子の顔だった。


「空ばっか眺めてないで、そろそろ学生らしく黒板でも眺めたら? 」

「黒板を眺めて何が面白いんだ」

「皆やってる事じゃん」


 呆れたようにため息を吐きつつ、こちらを覗き込んでくる香織。風に揺れるスカート、もう少しで中が見えそうで……しかし残念ながらその少しが遠い。だがそれはそれで良いと……コホン。


「はぁ……」


 再び小さな息を一つ、彼女は隣にそっと腰を降ろしてきた。そよ風に揺れる彼女の蒼い髪が日の光に当てられキラキラと輝きを溢す。


「さてさて、何かの悩み事があるって顔ですな」

「どうだろうな」

「そんな時は、優しくて頼りになる幼馴染みに相談してみてはどうかね? 」

「へぇ、そんな奴がいるなら是非紹介して欲しいもんだな」

「ほほぅ」


 ニヤリと何か言いたげな笑みを浮かべつつ身を寄せてくる幼馴染み。まぁこの際だから、頼りになるかは置いておいても話くらいは聞いても良いかもしれない。


「なぁ、例えばさ……」

「ん、可愛い幼馴染みに相談する気になった? 」


 自分で可愛い言うな。

 ………可愛いのは、まぁ認めない事も無いけど。


「もし、お前の友達が何か悩みを抱えてたとして」


 飽くまで、もしもの話だ。


「それを黙って一人で解決しようとしてたら……お前なら、どうする? 」

「そりゃ……」


 ちょっとでも考える素振りすらも見せず、グッと両手でガッツポーズを作ると一言。


「助ける! 」

「即答……」


 まぁ、予想してたけどさ。


「もうちょっとこう、悩んだりしない?迷惑にならないか、とか。相手の事も考えなきゃ、とか」

「勿論、それは考えるよ」

「で? 」

「考えて、助ける」


 それは考えていると言うんでしょうか。


「分かったよ、聞いた俺がバカだった。後先考えないで突っ込んでくのは昔からだもんな」

「ちょっと!人を迷惑の塊みたいに言わないでよ」

「みたいじゃ無くて、そのものだろ」

「む……」


 頬を膨らませて、こちらを睨みつけてくる香織。曖昧に肩を竦めて話を続ける。


「一般的に余計なお世話と言われるかもしれないぞ? 」

「うーん……でもさ」

「?」

「……やっぱり、放っておけないもん」


 やはり、彼女は昔のままだ。同じような言葉を、もう幾度と無く聞いてきた。


「何もしないで友達が苦しんでるのを見てるだけなんて……絶対にイヤ」

「それでもし状況が悪化したら」

「もっと頑張る! 」

「………」


 こいつの場合、突き進む以外に選択肢があるようにも思えないが。まさに猪突猛進。


「自分に出来る事が少しでもあるなら、出来る限りやらなくちゃって思っちゃうんだよね」

「まるでMOTTAINAI精神だ」

「何かカッコ悪いなぁ……」


 世界平和賞にも貢献した名誉ある言葉であった筈だが。まぁ良い、聞きたい事はそれだけだ。


「で、どうしてそんな事聞くの? 」

「いや別に。単なる気まぐれ」

「ふむ……気まぐれ、ね」


 何故か納得したような表情で頷く幼馴染み。彼女を横目に立ち上がると、両手を空に突き上げるようにして大きく伸びをしてみせた。長いこと座っていたせいか背中が地味に痛い。


「昼はもう食べたのか? 」

「もう12時半だよ」

「うぇ……」


 昼休み半分終わってやがった。マズいな、早いとこ昼飯を済ませよう。


「学食でさっさと食べてくるかな」

「あ、私も行く」

「もう食べたんだろ? 」

「相談乗ってあげたじゃん、お礼のデザートを要求するよ」


 何と恩着せがましい相談役だろうか。


「正直全く参考にならなかったからな」

「うわっ、そこは嘘でも役に立ったって言わない? 」

「俺は嘘が付けない性格なんだ」

「嘘つき」


 会話自体が矛盾してるな。


「とにかく、デザートは無しな」

「むぅ……」

「じゃ、また教室で」


 適当に手を振って、校舎へと繋がるドアへ。ノブに手を、冷たい金属の感触に軽く身震いしてふと思う。


 屋上に来たタイミングといい、さっきの納得したような表情といい、何となく見通されていたのかな。


「あ、俊也! 」

「あん? 」


 後ろから声。振り返ると勿論、幼馴染みが居るのみだが。


「頑張れ」


 そう一言。

 力強いガッツポーズを作って。



「……やなこった」



 やっぱり。

 背中を押したつもりらしい。本当にお節介が好きな幼馴染みだと、ため息は風と一緒に屋上の空へと消えていった。



 明日はきっと快晴だ。



長い事期間が空いてしまい申し訳ございませんでした。



本編の時間軸や話が飛び飛びな状況で、分かりにくいかもしれません。本当に申し訳ないです。

簡単にまとめると、今回は


・回想(俊也視点)

・回想(進一独白)

・回想(俊也視点)

・本編(本時間軸の続き)


という構成でした。

結構何度も練り直して作成したつもりなのですが、まだ至らない点は数多くあるかと思います。ご指摘などありましたら、是非お願い致します。




さて。

次回からようやく大会です。この長編も残すところあと数回の予定。一気に突っ切りたいです、はい。



回想の進一の告白(?)に対する俊也の対応は、まだ明かしてません。二人の関係を決めた大事なお話だったりするので。



今回の中盤、香織ちゃんと俊也の戯れ(?)のシーンは微妙に伏線だったりします。香織ちゃんの過去がチラッと。

まだまだ先の話ですが。



では、次回もよろしくお願いいたします。

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