追憶交錯
俺は帰り道でちょくちょく愛奈ちゃんと会う事が多かった。勿論、部活をサボった日だが。
「藤咲さん」
「愛奈ちゃん、今日も会ったね」
「はい、お会い出来て嬉しいです」
こんな事を言われたら嬉しいに決まっているじゃないか。帰り道のちょっとした楽しみ、みたいな感じだ。
当時愛奈ちゃんは小学生だが、俺も中学生なのでロリコンではない念のため。
「と〜しやっ! 」
「ん? 」
帰路にちょっとした楽しみを見つけたとある休み時間。
「痛っ! 」
バシンと背中を叩かれる。
トシヤは自称ジャーナリスト志望の幼馴染みに捕まったようだ。
「いきなり叩くなよ」
「お昼、行こ」
「聞いてる? 」
「学食、早くしないと席埋まっちゃう! 」
「あのな……」
開放的溢れるガラス張りのホールが我が校の学食だ。料理を乗せたトレーを持って、窓際のテーブルに二人して腰掛けた。
「俊也ってさ、最近すぐ帰っちゃうよね」
「ん、そうか? 」
「そうそう、部活サボって」
うぅ、コイツは俺を咎めにきたのか。が、何処かどうでも良さそうな香織の声からは意図が読み取れない、怒っているという訳では無さそうだが……
「色々あるんだよ、色々」
「例えば? 」
「………べ、勉強、とか」
言ってすぐに失敗したなと悟る。俺に限って勉強って、怪しすぎるだろ。
「ふぅん」
事実、香織の声色は納得しているのとは遠く曖昧なものだった。
「なるほど、勉強ですか」
「あー、えっと」
「そっかそっか、もうすぐ期末だもんね」
「まぁ、な」
どこかさっぱりとした表情、正直何を考えているのか掴めない。
「俊也、中間はイマイチだったし……うん、良い心がけだ」
「………」
「なら、今回は大丈夫だね。“家”でしっかり“勉強”してたんだもんね、外に出たり誰かに会ってたりしないで」
ちょっと待て………もしかしてコイツは。いや、絶対に知ってるなと、彼女の言葉に確信した。
「帰り道を尾けてたのか? 」
「え? 」
「昨日、いや一昨日か?どっちにしてもだな、俺は──」
「もうっ、そんな事してないよ」
香織の事だ、てっきり尾行されたのかと思ったが。やはり、彼女は何も知らないようだ。
コホンと咳払いしつつ、俺は話題を変えようと……
「じゃあ昨日だけじゃ無いんだ、商店街で女の子と会ってたの」
ずっこけた、座りながら。
「……何で」
「クラスでも話題になってたから、『藤咲が商店街で女の子と逢い引きしてた』って中谷君も教えてくれたし」
「………」
噂好きの中谷君。何でわざわざ尾ひれが付くような言い方をするのか、よりにもよって香織に直接。まるで誤解させたいみたいに感じる、気分の悪い。
まぁ別に香織に知られたからと言って問題になることは無いが。
けれど、何となく、こう……とにかく狽えてしまいそうな所を辛うじて冷静に。
「あのな、香織。それは間違った情報だ」
「ふぅん」
「逢い引きとか、そんな社交的スキルが俺にある訳ねーだろ」
正確には偶然会った、だが。まぁその偶然の確率を高めようとしていたのは否定出来ないのであるので……何とも。
「俊也だし、それは無いなとも思うけど」
「あっさり納得されるのも何だかな」
「でもさ、何か最近すぐに一人で帰っちゃうから……」
帰っちゃうから?
そこで言い淀む香織。視線はやや不機嫌そうに、極めて不自然に反らされてしまう。
「別に女の子と何してようと、私には関係無いけどさ」
「してないからな、何も」
「部活をサボるのはどうかと思う訳……って話」
全く持って仰る通りなので。
「悪かったよ……だから怒るなって」
「怒ってないよ、聞いてるだけじゃん」
……僅かながらだが、唇を尖らせて言われても。怒ってるじゃん。
「怒ってるだろ」
「違うもん」
「だったら、何でそんな態度な訳? 」
「……分かんない」
その瞳が不安に揺らいでいるのには嫌でも気付いてしまったから、何だか無下には出来なくなって。
少なくとも、香織にそんな顔をして欲しくは無かった。いつもの通りの笑顔でいるコイツに比べたら。
何てその時は随分キザっぽい考えをしていたが要するに怒られたくないだけです、はい。
「い、妹だよ、東堂の妹さん」
「え? 」
「この間は偶々会っただけだよ、偶々ね」
「偶々? 」
一から説明をする事30分弱、わざわざ貴重な昼休みの半分をいらぬ誤解を生じさせない為にと費やした。
香織は最初、「あの東堂君にそんな妹が!?」と仰天していた。まぁ無理も無い、ああも無愛想な奴にそんな天使みたいな妹がいるなんて想像に難いからな。が、すぐに「会ってみる必要があるわね」などと宣いだした時には心底困った。
「あのな、何も会うって話にはならなくても」
「ふーん……会ったらマズイ事でもあるんだ? 」
「妙な勘繰りをいれるなっ」
まだ逢い引きしてると疑っていたらしかった。
「俊也の事はおいといても、東堂君の事をもっと知る機会にはなるでしょ? 」
「知ってどうすんだよ? 」
「友達として仲良くなります」
「で? 」
「勧誘、リベンジ! 」
諦めの悪い奴だった。新聞部的には長所なのか?
「よく言った穂坂、それでこそ新聞部だ」
「!? 」
「あ、氷室先輩! 」
先程まで空席だった後ろにいつの間にか部長の姿が。
そういえば、神出鬼没性においては今の白ノ宮など比にもならない部長に聞かれていたりもしたっけな。
「せ、先輩……いつの間に」
「愚問だな藤咲。壁と障子に氷室の影あり、という言葉を知らないのかな? 」
「知りたくもなかったですそんな監視体制」
恐いから、マジで。
「まぁこの際、彼が入部するか否かは問題じゃないが。お前の気の済むまでやってみるんだ」
「はい! 」
「ただ、礼儀は忘れてはいけない。接する相手の気持ちを考えることも新聞部では大切なことだからな」
氷室先輩の謎の激励を受けた俺達は、その日の放課後に早速商店街の方へ赴いてみた。まさかそうそう何度も、連続で出会えるのかと思っていたら案の定出会した。
愛奈ちゃんはパァっと天使のように顔を輝かせて─ごめんなさい、俺の妄想率150%発動中でした─こちらに寄って来てくれたが、隣を見てきょとんと小首を傾げて。
「もしかして、彼女さんですか? 」
「「は!? 」」
どこをどう見ればそんな回答が出てくるのか。こちらが反応する間もなく、香織が俺を押し退けて即否定にかかった。色々言っていたが、要約すると「絶対あり得ない」だそうだ。
「ふふ、ごめんなさい。お二人があまりにも自然でしたから」
「え、えっと……そう? 」
「はい、とっても」
「そ、そうなんだ……
でも全然違うからね?1%の可能性も無いから、うん」
そこまで完全否定されると、もう幼馴染みとか男としてどころか人間として複雑である。
「私は東堂愛奈です。兄さんとはお知り合いですか? 」
「あ、うん。クラスメートの穂坂香織です、よろしくね」
こうして、香織も愛奈ちゃんと友達となったのだった。
「おーい……」
因みに俺は押し退けられた時の衝撃でひっくり返ったままでしたとか。
「へぇ、じゃあ愛奈ちゃんは中学もお兄さんとは違う学校なんだ」
「はい、私の学校は高等部まで付属してますから。多分、高校生までそうなると思います」
「そっか〜」
近くの喫茶店へ。
流石香織といった所で。会って間もないクラスメートの妹とつい先程自己紹介をしたかと思ったら、もう友達のように互いの状況を話し合う仲になっていた。
「でも女子校か〜、何だかちょっと羨ましいな」
「そうですか? 」
「うん!女の子達だけでワイワイするのも、やっぱり楽しいんだろうな〜って」
愛奈ちゃんの学校は女の子のみの所謂女子校らしい。
因みに、その時の俺はドラマに影響を受けて百合と嫉妬と階級差の醜い学園模様を頭に思い描いていたのだが。
「今、六年生なんだよね? 」
「はい」
「やっぱり、大人っぽいよね、愛奈ちゃん。とても小学生には見えないよ」
「そ、そうですか? 」
それは俺も言おうとしていた台詞だ。
「ね、俊也。私達よりしっかりしてるって感じちゃうよね」
「確かにな」
「可愛いのに気品があって、清楚でおしとやか」
「全くな」
「……私より全然大人っぽい、かも」
「発育的な意味でな」
直後頭がテーブルにめり込んだのは良い思い出だ。めっちゃ痛かった、マジで。
「そういえばさ、えっと、あれ……そう、ランドセルは無いの? 」
「ランドセル、ですか? 」
「そ、ランドセル!小学生の代名詞」
よく考えれば俺らもついこの間まで背負ってたなぁと妙な感慨に耽る話題である。
「私達の学園は指定の学生鞄ですから、これ」
「あ、なるほど」
「だから、ちょっとだけ“ランドセル”って憧れちゃったり」
「ふむふむ」
そう言って微笑む愛奈ちゃん。やはり一度もランドセルを使った事が無ければ、確かにそういう感情もあるのだろうか。
「俊也、血出てるよ? 」
「お前は数秒前の出来事を記憶から抹消する能力があるの? 」
「あ、ほら頭から」
「聞けっ! 」
「ふふ……お二人は本当に仲良しなんですね」
等と言った、他愛も無い話を暫く続けた後。ようやく話題が進一の事に少しずつシフトしていった。
この頃の香織は、何というか今以上に面倒な性格で、一度気になる事があるとまるで後先を考えずにとことん突っ込んでいく性格であった。その為、進一の話になる際に無神経な質問をぶつけてしまうのではないかと内心冷や汗ものだったのだが。
「やっぱり、愛奈ちゃんお兄さんの事が好きなんだね」
「え、べ、別に」
「話聞いてれば分かるって、顔真っ赤だよ♪」
「あ、あぅ……」
今回に関してはそれは杞憂だったらしく。両者とも楽しげに会話を弾ませながら話を進めてゆこうと考えていたようだ。普段からそれだけ気を利かせて──
「でも、お兄さんって不思議な感じだよね? 」
「不思議な感じ、ですか? 」
「うん、やたら寡黙というか無愛想っていうか、そのくせ頑なっていうか」
ストレート勝負だった。ちょっとでも信じた俺が馬鹿だと思った。
「そ、それは……」
あからさまに視線を泳がせる愛奈ちゃん。
「クラスの皆とも距離を取ってるというか、頑なに避けてるみたいで」
「お前な……」
本人の妹─それも見た所兄の事が好きな─を前にしてこんな質問をぶつけるなんて。だが、香織の目が真剣なものに変わっているのを見て、口をつぐんだ。長い付き合いだ、本気でクラスメートを心配する気持ちがあるのが分かったから。
とはいえ、空気の読めないお節介さが全盛期なこの頃は特に、なぁ……隣に居る俺は気疲れしてならないのである。
「ごめんね……いきなり変な事言って」
「い、いえ……そんな」
「何だかね、ちょっと気になるんだ……東堂君の事」
「「え……? 」」
気になるって……もしかして異性的に気になるとかいう例のアレか。いやいや、まさかそんな、香織に限って……けど、進一は態度はともかくイケメンだしなぁ。転校生とのボーイミーツガール的な出会いにコイツが期待していたとしたら或いは。
「え、あっ、違うよ!?
そういう意味の“気になる”じゃなくて!私の勘がこう、ビビっとくるっていうか」
「………」
「ビビっと、ね? 」
関係ないが、こいつの言い回しの馬鹿っぽさは昔も今も変わらない。ビビって何だよ。
「そ、そうですか……」
「愛奈ちゃん、大丈夫か? 」
「だ、大丈夫です……!! 」
どこかホッとしたような愛奈ちゃん。タイミング良くいつの間にか香織と愛奈ちゃんが注文していたデザートが運ばれてきて、すっかり女の子らしい会話に変わったこの日はその後解散となった。
が、その二日後の放課後。
「……あの、ご相談したい事があるんです」
「「え? 」」
商店街で、やはり偶々会った愛奈ちゃんに俺達はそんな話を持ちかけられたのだ。
例によって、この間の喫茶店へ。窓際の席に向かい合って座り、取り敢えずコーヒーを注文して待つ事に。彼女は暫く黙ったまま、さも申し訳無さそうに俺達を見つめていた。
「えっとね、愛奈ちゃん。相談って話だけど」
「………はい」
「何かあったの? 」
香織の言葉に俯いてしまう愛奈ちゃん。明らかに悩んでいる様子、こんな姿を見ては相談に乗る以外の選択肢は考えられる筈もない。
「ひょっとして、イジメにあったとか? 」
「え? 」
なるほど、愛奈ちゃんの可愛さを妬んでの醜い性悪女の嫌がらせか。十分あり得る話だ、小学生だけど。
「それともまさか、ストーカーとか!? 」
「あ、いえ……!! 」
なるほど、愛奈の可愛さに付け狙う輩か。あり得るな、小学生だけど……ってか、それは警察沙汰だな。
「あの、実は……兄さんの事でお話が」
「え、東堂君の? 」
「はい……」
……まぁ、そんなこったろうかと思ったが。この間からどうも兄についての話題には気になる様子や不安気な態度が見えていたからな。
「お二人は……兄さんの事を気にかけて下さっていましたし、心配もして下さいましたから……」
「「? 」」
「本当の兄さんの事を、知って頂きたくて……」
愛奈ちゃんの表情は至って真剣、しかし何か助けを求めるような眼差しを俺達に向けてきていた。
「本来なら私が出しゃばるのは違うのではと思いもしました。ですが、藤咲さんと一緒にいる兄さんをお見かけしてから……やはりどうしても」
「愛奈ちゃん……」
「すみません……こんな事でお時間を取らせてしまって」
本当の兄さん。愛奈ちゃんは確かにそう言った。俺は今まで何となく進一に感じていた違和感を想起する、同時にこれまでの愛奈ちゃんの態度も。
「ううん、私達の事は気にしなくて大丈夫だから。愛奈ちゃんの気の済むように話して良いよ? 」
「………」
優しく語りかける香織の言葉に、俯き加減であった少女は恐る恐るといった様子で口を開いたのだった。
「兄さんは……本当のお兄ちゃんは今とは全然違うんです。本当は明るくて優しくて、皆から頼りにされていて……だけど、今のお兄ちゃんは……」
「………」
橙色が徐々に蒼に溶け込んでゆく。薄黒く染まる雲にも橙は覆い被さるように広がっている様、いつも優し気な橙色はどうしてか今は不安に見えて……
「……ねぇ、としや」
「ん? 」
自宅近くの坂道、隣を歩いていた香織が足を止めてこちらを見つめてきていた。
愛奈ちゃんから聞いた話を思い返してか、その表情はいやに硬い。言わんとしている事は分かっている。
「東堂君のこと……」
「………」
「何とか出来ないの、かな」
そう言うと思った。
「こればっかりはな。東堂自身の問題だろ」
「……そうだけど、さ」
「そんだけだよ」
俺は今どんな奴に見えているのだろう。飽くまで他人であるからと、素っ気ない態度をとる冷たい人間に映っているのだろうか。
「………」
だが、実際に他人事だ。それもちょっと前に転入してきた、仲も良いとはそれ程言えない程度のクラスメートの。
だからどうしてか、告げられた事実を単に箇条書きのように思い浮かべる事しか出来ない。妹が話した兄について。頭に浮かんできては、シャボン玉のようにすぐに消えてゆく。
明るく気さくな性格であったという事も。
剣道を習っていたという事も。
成績もよく学校の人気者だったという事も。
そして、
友人を亡くしてしまったという事も。
いや、こればかりはすぐには消えてはくれなかった。少しの間、頭の中をぐるぐると回ってまとわり付く。
穏やかな話では無いから、それも当然か。
「……愛奈ちゃん、辛かっただろうね」
「だな」
友人の死。
愛奈ちゃんがその華奢な身で精一杯に告げてくれたその事実だけで十分だ。それ以上、俺達から聞く事は無い。あってはいけない。
彼女もずっと悩んでいたのだ。急に態度が変わってしまった兄の事を、胸の内を明かさない兄の事を、詳しく聞く事の出来ない自分を、昔を思いながら。
形はどうあれ、こうして気にかけてくれるクラスメートが二人居た。だから居ても立ってもいられなくなったのかも知れない。本当の兄を知って貰おうと、だから今の兄を嫌いにならないで欲しいと。
そんな事、彼女は一言だって口にはしなかった。本当に兄想いの優しい妹だと思う。
だから、ただ話しをさせてあげる事で、少しでも気持ちを落ち着かせてあげたい、というのも勿論あった。
ごちゃごちゃになってしまったら、一つ一つ丁寧に整理してゆくのが良い。絡まった糸をほどいてゆくように。
「東堂君も………って、あたしが言う事じゃないんだ」
そこで、香織は小さく首を振って口をつぐんでしまう。だから俺は敢えて先を続けた。
「長い付き合いだった、らしいからな」
「……そう、だよね」
小学校に入った頃からの仲だった友人。愛奈ちゃんはそう教えてくれた。
「……大切な」
「さぁな、それは俺達には分からないだろ」
敢えてその先の言葉は遮った。
今それを考えたところで、俺達がどうなる訳でもない。
その友人の死にどう関係しているのか、どんな影響を与えたのか、何故あんな性格になってしまったのか。
愛奈ちゃんにすら、彼はその胸中を明かしていないのだ。俺達に何が出来ようか。
「帰ろう」
「………」
だから、取り敢えず手を差し出してそう言った。もうこの話はこれでおしまいだ。早く家に戻ろう、と。
だが、案の定彼女は頷く事も手を取る事もしなかった。
「やっぱり……」
「? 」
「愛奈ちゃん辛そうだった……口に出さなくても、きっと助けて欲しいと思ってるよ」
「……だとしたら? 」
「やるべき事は一つ! 」
……またコイツは。
「よし、決めたっ」
「おいおい………」
「私達にも、きっと出来る事がある筈だもん」
グッと両手でガッツポーズ。先程の落ち込みはもうすっかり見る影も無い、本当に良い性格だ。
こうなったらもう誰にも止められない。いつの間にか私“達”と俺までひとくくりにされているのも、恐らく言った所で無駄だろう。
「さて、明日から戦闘開始じゃ! 」
「何と戦うんだよ……」
「者共出合えーっ! 」
何やら張り切り始めた幼馴染みを横目に、俺は大袈裟にため息をついた。当人に意を汲んでくれとばかりに、勿論無駄だったが。
「それはそうと。戦の前には腹ごしらえ、俊也今晩何食べたい? 」
「ジャーマンオムライス」
「よし、任せとけ! 」
香織の作ってくれる料理の中でも好物の一つだ、今でも。
さて、宣言通り翌日から香織は早速行動を開始した。呆れた行動力である。
取り敢えず進一と顔を合わせれば、『部活とか決めてる?』とか『一回新聞部に来てみない?』など強引にアタック。曰く、「まずは環境を変えてみるのが一番だと思うの!」だそうだ。だから部活に勧誘するという結論に至ったのは謎であるが、彼女の試みは勿論上手く運ぶ筈も無かった。
それもその筈、行動を始めてからの三日間、進一は彼女の勧誘など全く相手にしていなかったのだ。初日から無視をするか呆れたようにため息をつかれる始末。良くて一言二言返ってくるのみ、拒否の返事が。
そんな態度相手に三日間も粘る香織もまた一筋縄にはいかないという事か。単に鬱陶しいだけか。
「うーん……」
「お前さぁ、いい加減諦めろよ」
「諦めたらそこで試合終了です! 」
「ワンサイドゲームな訳よ」
四日目の昼休み、またしてもあっさり振られた香織が部室のソファーで唸っていた。
「けどやっぱり、新聞部はダメかぁ」
「まぁ……そうだろうな。アイツはどっちかつーと体育会系だろ」
「だったら、やっぱり剣道部かな」
愛奈ちゃんの話からその考えを導き出したに相違ない。
「それこそお前の範疇じゃないだろ」
「うーむ……」
「分かったろ、余計なお世話なんだって」
「ぬ……」
それでも思案に耽る幼馴染みは放っておいて、俺は弁当をつつく事に。
「それより、昨日貸した500円返せよ」
「うーん……」
「500円、ほら」
「ふむ……」
「おーい」
進一の方から俺に話かけてきたのはその日の放課後だった。内容は勿論、香織の事だ。
「……何とかしてくれ」
その時に限ってはそのシンプルで手っ取り早い物言いで助かったと思う。
「何とかってもなぁ、出来るならもうやってるよ」
「付き合い長いんだろ」
「幼馴染みだよ」
「………そうか」
しかし進一の表情、何を考えているのかよく分からないな。
「ともかく、部活なんかに入るつもりは毛頭無い」
「俺に言われてもな、香織に直接言ってくれ」
「何度も言ってる」
分かってはいたが。
「お節介の塊みたいな奴だからな、暫くは無駄かも知れないぞ」
「理由は? 」
「そんなの、愛奈ちゃんの話が……」
………やべぇ、驚く程自然に口が滑ってしまった。
「……なるほどな」
「? 」
怒られるかと思ったが、意外にも彼は小さなため息をついただけで。
「明日、東野台にある寺に来い」
「は? 」
「正午に」
「おい、一体……」
くるりと背を向けてしまう進一。その背中に慌てて立ち上がるが……
返ってきたのは更に意外な言葉だった。
「大体知ってはいる」
「え? 」
「あの喫茶店、俺も時々利用するからな」
「あ……」
「偶々、席が後ろだったりする事もあるかもな」
………聞かれていたのか。愛奈ちゃんが話してくれたあの時の話を。あの喫茶店で。
じゃあ進一は知っていて、それでも何も言わずにここ数日ずっと平然と。
「それにしても、いい加減うんざりだ」
その言葉に嘘偽りは一切無かった。
「だから今後、俺にもう関わるな」
「お、おい」
「明日の正午」
『それで最後だ』
そう言い残して、彼はそのまま去っていってしまったのだ。
「………」
翌日、結局俺はお寺に向かった。
突然の話だ、別に律儀に従わなくても良かったのだが。間接的にとはいえ、他人の事情を勝手に知ってしまった後ろめたさというものがあったのかもしれない。
こうなったら仕方ない。どうせなら、徹底的に引き出してやろうか。
お寺に向かう前に、ちょっとした寄り道をした。きっと俺なんかよりもっと、聞くべき人がいると思ったから。
余計なお世話だ、全く香織の事を言えた義理じゃないと苦笑しつつも……それは多分必要だと感じていた、互いの為にも、今後の為にも。
だから……
「…シ、……てるか? 」
「………」
「おい、トシ」
……え?
ぐらぐらと揺すられる感覚に意識は引き戻された。例えて言うなら、ジェットコースターの落下の時のような……いや、やっぱ違うかな。
「大丈夫か? 」
「あ、あぁ。悪い、ちょっと考え事を……」
「そか」
目の前の墓石に手を併せたまま、暫く閉じていた目をようやく開ける。隣にはいつも通りの進一がこちらを覗き込んできていた。
思い出に浸ることはよくある方だが。随分と長かったような、あっという間だったような、妙な気分だ。
「なぁ、トシ」
「ん? 」
「………」
パンパンっ。進一は墓石に向かって手を叩いて立ち上がる。
「お前、お参りじゃないんだから……」
「呼んだんだ」
ゆっくりと鞄を肩にかけると、彼ははっきりとそう口にした。
ピタリと手が動かなくなるのが自分でも分かった。
「明後日の大会に、秀の両親を」
「………」
「だから、今回だけは負ける訳にはいかない」
「お前……」
立ち上がろうとしたが、片手を挙げた後ろ姿に何と声をかけるべきか分からなかった。
何か言うべきだったのかもしれない。安易な台詞でもなんでも、選択肢はいくらでもあっただろうに。
それでも耐えるような表情に、間違いなく俺は躊躇ってしまった。
「また明日な」
墓石をじっと見つめる。
西宮秀。彫られた名前を、今はいない進一の親友の名前をじっと目に焼き付けるように。
「………」
明日は金曜日、今週最後の学校がある。
詳しい話聞く最後のチャンスでもある。だが、聞いた所で俺なんかに一体何が出来るのだろう。
「……帰るか」
取り敢えず、今は家に戻って少し頭を整理したい。
立ち上がる際に吹き抜けた風は、五月の癖に生暖かく感じた。
次回で一応回想は一段落です。が、回想はそれで全部ではないです。
最後の回想、進一が今の性格に戻るきっかけの話はこの長編のラストに予定してます。なので、それまでは少し説明不足感もあるかと思いますが、ご了承下さい。
中学の頃の香織は今以上に良くも悪くもお節介な女の子でした。俊也もそんな彼女に振り回されていた訳ですね。
それから愛奈ちゃん、回想の設定は小学生という事ですが……あり得ねぇwww
こんな出来た小学生いねーよっ、と自分で書いている癖に思いました(笑)
相変わらずツッコミ所が満載な内容で連載してしまっていますが、次回もよろしくお願いいたします!




