押し掛け看病被ります
ゴールデンウィークも今回で終了です。と言っても特に大きな展開がある訳では無いですが。
次回以降は小話をいくらか挟んで、進一中心の話にはいるかと。そこからようやく、タイトルの「すく〜ぷ」が活きる展開が始まるかと思います。
では、今回もよろしくお願いいたします!
ラーメンが食べたい。
気分的には醤油より味噌、豚骨ラーメン辺りが最適だ。炒飯や麻婆豆腐も良いかも、併せて麻婆炒飯とかなら尚のこと良い。
ともかく、何かコッテリとしたものが食べたい。風邪の時は無性にそんな気分になるのだが。
「絶対に理不尽よっ! 」
「………」
今はそんな事を思っても仕方がないな。
ベッドの脇にある小さなテーブルに置かれたお椀からスプーンを口に運ぶ。
甘い、ミルク粥のまろやかな甘さが口いっぱいに広がる。けどその甘さは身体に心地良い。
「あ、どう?美味しい? 」
「あー、うん。美味いよ」
隣からそう声をかけてくるのは香織。真っ昼間の自室で、彼女の作ってくれたお粥を食べながら、ゆっくりと首を縦に振った。
5月6日。ゴールデンウィークも遂に最終日、結局風邪のまま全ての連休が潰れてしまったな。学生にとって貴重極まりない日々が、何とも勿体無い。
「やっぱり風邪の時はこれよね。ココナッツミルクとかも良いけど」
「それ、さっきも聞いたからさ」
「もうっ、せっかく看病してあげてるんだからそういう事言わないの! 」
看病、ねぇ……
思い出されるのは一昨日の夜。自宅前で彼女に見つかってしまったあの夜の事だ。
「熱で寝込んでたのに、何も言ってくれなかったんだ」
「いや、これには色々と訳が………」
「………」
「……悪い、黙ってた」
あっさりと熱で寝込んでいたのがバレて。
彼女の有無を言わせぬ表情に抵抗の余地は無く、『さっさと寝ろ』と半ば強制的にベッドに押し戻された俺は、どんな風に怒られるのかと内心びくついていた─彼女がやけに真剣な表情をしていたので怒られると─のだが。
「はぁ………
ま、こんな事だろうとは思ったけど」
「? 」
「昨日も様子変だったもんね……」
深々とため息。
怒られる、そう思ったのだが。彼女はやれやれと肩を竦めると、ベッドの側の俺の椅子に腰掛ける。そして、いつの間に持っていたのか濡れたハンドタオルを額に乗せてくれた。ひんやりとした感触に僅かに感じていた頭痛も収まりを見せる。
「とにかく、今はしっかり食べて寝る事。でもコンビニのお弁当は無し、私が作ってあげるから」
「いや、でも……」
「良いから寝てなさいっ! 」
買ってきた弁当は取り上げられて、結局彼女が作ってくれたのだ。一度言い出したら聞かないのが彼女だから、何を言っても無駄であり。更には……
「私、今日からここに泊まるから」
「は? 」
「熱下がるまでだけど、ね」
等といきなり言い出す始末。こんな事なら怒られたり説教された方がマシだったな。
勿論俺は帰れと再三宣いうも、残念ながら彼女の性格の前には効果無しだった。
「もうっ、人を散々心配させてたんだから少しくらい言う事聞いて」
「それとこれとは……」
「あ、ほら。体温計鳴ってるよ」
これは無理矢理押し切られる流れ─過去の付き合いから分かる勘─に違いない。何としても阻止しなければと思う一方、体温計は再び9度近い高熱を示していたりして参った。下手に外出したりしたのがマズかったようだ。
「このまま放っとく訳にはいかないでしょ?
明日俊也の部屋行って、遺体の第一発見者なんてなりたくないよ私」
「んな大袈裟な……」
「朝起きたら高熱で溶けちゃってたりして」
「どんだけヤワなんだよ俺はっ」
全く縁起でも無い。
「とにかく、早く治さないとせっかくの連休が無くなっちゃうよ? 」
「うっ……」
「この家俊也しかいないから、看病してくれる人もいないでしょ」
「………」
この時程両親不在のこの家が厄介に思えた事は無い。
「お前、泊まるとかそんないきなり……」
「いつもの事じゃない」
「そりゃ……
だけど今は風邪引いてるし」
彼女が俺の家に泊まる。今までは大して考えた事も無かったけれど、この年になると問題があるのだと改めて感じてしまった。
彼女の無防備さに、俺も感化されているのか。どちらにしても問題だ。
「大体、そんな夕凪さんに断りも無く」
「お母さんなら良いって」
「なっ………」
いつの間にか香織は携帯をこちらに向けて差し出してきていた。熱のダルさを再確認しつつ、携帯に出ると……
『あ、トシ君。身体大丈夫?最近ひどい風邪流行ってるらしいけど、ちゃんと病院には行ってね。
それと、香織の事よろしくね♪』
「いや、あの、夕凪さんからアイツを止めて下さ……」
『せっかくだから、この機会に香織にアタックしちゃいなさい!
『もう我慢出来ない、俺の熱でお前を蝕んでやりたいんだ。愛の熱でな』みたいな……キャー、まだ早いかも♪』
「いや、だから……」
『今度会った時はお母様って呼んでね!じゃ、ね♪』
「………」
……この人を引き合いに出したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
違う意味でも言い出したら聞かないトコとか、親子だよ全く。
そんな訳で、結局押し切られる形で香織が俺の家に泊まる事になってしまったのだ。こうして何やかんやで現在、6日正午に至るのだが。
「熱、もう完全に下がったね」
「あぁ、身体も軽い感じがする」
「私のお粥のおかげだね〜」
「どうかな 」
「むっ……」
「えっと、うん。お粥の力だ……」
確かに彼女の看病のおかげで熱もほとんど下がって風邪も治りかけていた。しかし倫理的には問題があるような……いや、寧ろ逆か。彼女にしてみても、昔から何ら意識をしていなかっただろうし、今もしていないのだろう。だから、そもそも何の問題も無いと。
それが幼馴染みという存在なのだろうか。
「でね、話を戻すけど。絶対理不尽だと思うのよ! 」
「はぁ」
「もうっ、ちゃんと聞いてる? 」
「はいはい」
で、食事を摂りつつ微睡みが眠気を誘うのんびりと暇な昼下がり。香織が何やら意見を訴えてきていた。
一昨日から家にいる彼女は俺が寝ている間はテキトーに時間を潰していた─テレビ漫画やら宿題やら─ようなのだが、俺の部屋にあったとあるライトノベルを読んで『理不尽だ』と宣っているらしい。可愛らしいキャラクターが描かれた表紙の文庫本が彼女の指差す先に、俺の机の上にこれみよがしに置かれていた。
しかしかなりご立腹なご様子だな、結構面白い本だと思っていたが一体何が不満なのだろう。
「んで、何が不満なんだよ? 」
「そんなの決まってるじゃない!! 」
「分からないから聞いてんだけど……」
そもそも、それは中高を一貫とした大きな学園を舞台にしたラブコメといった内容の小説だ。因みにこれは以前粋先輩に貸して貰ったものである。
「絶対に納得出来ない! 」
「だから、何が………」
裕也とはこの小説の主人公だ。ヒロインは天才ピアニストクールな美少女転校生と彼に密かに想っている明るく元気な幼馴染みの女の子の二人。
色々あって最初は嫌われていた転校生とも仲良くなり、ヒロインはそれが好意と変わる。物語も進んで行く内に主人公は二人の想いを知ってしまい、心が揺らいで三角関係になってしまうのが主な流れとなっている。
まぁありきたりな内容だがやけにリアリティーのある心情描写や非常に緊迫感のある展開、修羅場が特徴だ。結構引き込まれるような文章で、粋先輩の薦めた点通りだったな。
「勿論、主人公の行動よ! 」
「選択? 」
「そう、この巻での主人公の行動!もうっ、信じられない!! 」
机に積まれた文庫本の一番上を手に取ると身を乗り出すように迫る。ちょっと感情移入しすぎじゃないだろうか。
この小説は顕著になった三角関係が2巻分程つづくのだが、それが最新巻であるこの5巻でようやく変化が見える。主人公、裕也が幼馴染みの伊織から明らかに告白と分かる呼び出しをされる場面で転校生の女の子の事を優先してしまうのだ。そこで幼馴染みの女の子が主人公の気持ちに気付いてしまい、涙を流して一人そっと告白場所から去り終了という形だった筈。
つーか、こいつもう5巻全て読んだのかよ。
「伊織ちゃんはずっとずっと裕也君の事を想ってたんだよ?それを知ってたのに、行かないなんて……」
「まぁ、確かに気の毒だとは思うけど」
「あんまりよっ! 」
そんな事言われても。
「けど、どっちつかずの態度よりはマシなんじゃ」
「もうどっちつかずな態度散々してるじゃない!思わせ振りな発言とかしちゃって、それで伊織ちゃんの告白はすっぽかすなんて」
「そりゃ、まぁ……」
「絶対理不尽!! 」
グッと詰め寄られる。
俺が責められてる感じがするけど、気のせいだろうか。
「んな事言ったって仕方ねーだろ、もう書かれてんだから」
「うぅ、だって……」
「つーか、お前入れ込み過ぎ。フィクションだからな、フィクション」
「分かってるけど……」
ガタッ。
ようやく身を引いた彼女は文庫本を机の上に置くと深々とため息をついた。
「なーんかさ、毎回そうだよね……」
「何が? 」
「想いは時間は比例しないんだよね。ずっと想ってれば想ってる程報われないのって、かわいそう」
えらく捉えどころの無い話になったな。
「さぁ、どうだろうな」
「昔からずっと側にいる娘より、いきなり出てきた女の子を主人公は見ちゃうんだよね」
何ていうか、こんなどうでも良いような所にやけに固執してるけど。
飽くまでそれはフィクションの話で現実とは関係が全く無い。だからそれについていくら議論したって無駄だろう。
「はいはい、じゃあそういう事で……もう良いだろ」
「良くないっ! 」
「他人を納得させる為に書いてる訳じゃないんだから、そもそも」
「そうだけど、さ……」
これ以上ああだこうだ言っていても仕方ない、俺は早々に会話を切り上げて俺は再びベッドに横になる。尚も何やら呟いていたが、寝た振りを決め込んだ。
*
ピーンポーン……
インターフォンの音でゆっくりと頭を上げる。宅配便でも来たのだろうか、ベッドから出て一階に降りていく。香織は買い物に出掛けているので、今家には俺一人しかいない。
「よっ、トシ」
「おぅ、見舞いに来たぞ俊也」
ドアを開ければ、いきなり顔を出す野郎が二人。クラスメートの進一と弦だった。何で二人が家に……というか、今お見舞いって言わなかったか?
「さっき、学校の前で穂坂に会ってさ。この連休、お前が熱でぶっ倒れてたって聞いたから」
「暇してるかと思っての。様子を見に来たんじゃ」
なるほど、商店街は学校より向こう側にあるからな。買い物の途中で出会したんだろう。
確かに暇をしていたし、二人が来てくれたのはちょうど良かったかもしれない。この際何故進一と弦が一緒にいるのかは気にしないでおこう。
「けど、元気そうじゃないか。顔色も良いみたいだし」
「おかげ様で、ゴールデンウィークは全部潰れたけどな」
せっかくだらだらしたり、ゴロゴロしたりする連休予定がパーだ。いや、ある意味では叶ったんだけど。
「ま、良いや。
上がっていけよ、もう熱も無いし心配は……」
玄関から招き入れようと廊下に下がったが、二人は軽く首を振ってそれを制した。
「いやいや、それは遠慮しとくぜ。せっかくの二人きりを邪魔する程野暮じゃねーよ」
「そうじゃな、わしらはちょっと様子見に来ただけじゃから。」
何だ、上がらないのか。
少し残念に思いつつ、引っ掛かる言い方に違和感。
「しかし、穂坂が付きっきりで看病してくれるなんて」
「なっ……」
「聞く奴が聞いたら黙っちゃいねーだろうなぁ、田中とか」
「………」
話したのかアイツ。きっと何も考えずに口にしたんだろうが、もう少し後先を考えて欲しい。進一の言う通り他の奴等に聞かれていたら下手な勘違いされる事山のごとしだ、二人だから良かったものの。
「これじゃただの幼馴染みとか言っても、」
「違っ、これは香織が無理矢理……」
「押し掛け女房……にはまだ早いかの、カッカッカ! 」
「………」
こいつらにバレたのも色々と面倒だった。
「で、本当の所どうなんだよ?この機会に決めたりしたのか、熱で浮かされ近付く距離、みたいな」
「ゴールイン目前って事かの、披露宴には呼んどくれな! 」
ええい、もう面倒だ!
「お前らなぁ……! 」
「おわっ!?
落ち着けトシ! 」
「いだだだっ、首締まるが……」
結局冷やかしに来ただけ─まぁ無駄な話題で元気付けてくれようとしていたのは分かっていたが─の二人とドタバタやって何やかんやで追い返し、数分後に香織が買い物から帰ってきた。
「あれ、東堂君達来なかった?行く途中で会ったんだけど」
「来たけど、風邪うつすと悪いからさっき帰えした」
「あ、そうなんだ」
スーパーの袋をキッチンに置いて、食材などをてきぱきとしまってゆく。
まるで我が家並みに手慣れているなと感心する一方、
「って、寝て無きゃダメだよ俊也」
「もう平気だよ、寧ろ寝てる方が疲れる」
「そう? 」
もう三日は横になりっぱなしだから、体の節々が地味に痛かったりするんだよな。
ん、香織はじーっとこちらを覗き込んできているな。
「……確かに、私の診察によると治りかけてるみたいね」
「何だよ診察って」
「うーん、何となく見た感じ? 」
とんだ診察だ。
「ま、私の看病のおかげだよね!」
「あー、はいはい。そうですね」
「気持ちが込もってないー」
実際に彼女のおかげであの高熱からここまで早く回復したんだ。
「分かったって、本当に感謝してるよ。この熱が続けば学校も休めるのにとか思ってないから」
「うわっ、俊也ズルい……」
「冗談だよ」
高熱で苦しむくらいなら学校に行く方がマシだ。とは言っても、微熱くらいなら休める上に、漫画やゲームなんかも出来て極楽浄土なんだけど。
しかし、もうすっかり平熱だ。これでは明日はほぼ確実に学校に行かざるを得ない。結局、ゴールデンウィークを丸々無駄になっただけだったな……
「でも、風邪治ってるならもう大丈夫だよね。まだぎりぎり間に合う、かな」
「間に合う?何が? 」
「何って……」
ふとやな予感が。それを裏付けるかのように、振り返った彼女が口にした言葉は。
「宿題、ゴールデンウィークの」
Shukudai?Homework?
何それ美味しいの?
「あー、やっぱり何だか頭が痛いな……このままじゃ明日は行けないなー
宿題も無理……」
「ちょっと待った! 」
「………」
二階に戻ろうとしたが肩を掴まれて阻まれる。
おのれェ、
「そうだ、せっかくだから俊也の宿題の方も看病ってあげるね」
「い、いや、それは遠慮したいな、また具合が悪くなってきたし……」
「へー、具合がねぇ」
香織相手に嘘は通じないよなぁ、やっぱり。ならば……
「じゃあ、宿題に対する解答という事で、お前の解答を見せ……」
「俊也?今何て?」
「……何でもないです」
笑顔がかなり怖かった。
「………」
その後、連休最終日が幼馴染みの監視の下、宿題で埋まってしまったの事は言うまでもない。
全く、踏んだり蹴ったりのゴールデンウィークだ。
看病イベントでした。
幼馴染みに看病とかして貰いたいな、とか常々思ってたりwww
どうでも良い話ですが、アニメやゲームとかでも幼馴染みキャラクターってメインヒロインになれない場合が多いですよね。幼馴染みキャラが好きな自分はもっと幼馴染みがメインになる風潮とかあったらなと思ってたり。
SHUFFLE!のアニメ版を見てトラウマになったりする今日この頃の心情でした。
では、次回もよろしくお願いいたします!




