屋上日和、スカートひらり
相変わらず進みが遅くてすみません。
一日目はかなり丁寧にやろうとしてこんなに長くなりました。
もう少しかかります。翌日以降もクラスの事情等を丁寧にやりたいので。
では、よろしくお願いいたします。
「ふわぁ……」
噛み殺す筈が思わず出てしまった欠伸に、仕方なく重い瞼を擦って何とか眠気を退ける。
すっかり重たくなった頭を上げると目の前にはズラリと列を成して並ぶ座椅子の数々。前だけでは無い、隣にも後ろにも椅子は羅列されている。そこに座りしっかりと前を見据える制服の少年少女達の姿。
……まだ終わっていなかったのか。この様子だとまだ暫くはかかりそうだな。
(ちょっと俊也。ちゃんと起きてる?)
ぼんやりと辺りの様子を眺めていると、真隣から小声で話しかけてくる声があった。これが寝ているように見えるとでも言うのか。
(見りゃわかんだろ。両目開いてんだから、寝てる訳筈がない)
(嘘、さっきまでぐっすりだったって顔に書いてあるよ)
(話題の時空は〝今〟だからな。さっきまで寝てようが今は起きてる)
(うわーまた屁理屈)
現在、俺達はクラシックコンサートでも開かれそうな巨大なホールで執り行われている『進級式』に出席している。このホールには学園の高等部の生徒、或いは俺達のように今日から高等部に入る生徒が集められている。入学式のようなものだ。
ホールの前列には新しく高等部になる一年生達が。真ん中には二年生、後方には三年生という配列になっている。そして生徒達の視線の先には台の上で話している初老の男性の姿。朧気にしか記憶に無いが、確かこの学園の校長だったか。
恐らく今は高等部に進級する、もしくは編入するに当たっての説明を持ち前の長話と共に語っているのだろう。尤も、この中の何人が真面目に話を聞いているかは怪しい所であるが。俺のように居眠りをしていないというだけで。
何か言いたげな様子で視線を向けてくる香織に負けじと俺も非難めいた視線を返す。
(んな事言ったって眠いものは眠いんだ。誰かさんに叩き起こされたおかげで)
(あ、それ私かも)
(何故仮定形……)
進級式の席順は固定だ。全て指定席、新しいクラス毎に分かれている。つまりこの進級式の前にクラス発表があった訳で、生徒達はそれを見て自分の席に座らなくてはならない。自由席という魅力的なシステムを知らないのかここの教員達は、アレ出席取るの面倒だから見逃されやすいのになぁ。
(新学期なら、早く起きた方が気分も良いでしょ?)
(ハッ)
鼻で笑ってやるとムッとしたような顔で睨みつけてくる。
因みに、俺の隣の席に座っている香織は同じクラスという事になる。同じハ行で出席番号も一番違いとオマケ付きだ。
(何でもかんでも新学期新学期って。昨日と今日で一体どこがどう劇的に変化したっていうんだ)
(高校生になったじゃん)
(んなもん段階的に感じるもんだろ。冬休み入った辺りから、あーもう高校生かーって口にしてんだろ皆。今日から突如何の脈絡もなく高校生になった訳じゃない。ちゃんと心の準備を踏んで漸進的に進級したんだ。今日から高校生なら、昨日どころか数カ月前からだって気持ちの上では同じなんだよ劇的でもなんでもない)
(めんどくさっ、俊也ホントに面倒くさいよ!)
ほっとけ。お前が周りと同じようにアホな
ことを口にしたのが発端だ。
(ともかく、そんな曖昧なものに早起きを強制される言われはないって話だよ)
(だったら、早起きは三文の徳って言うでしょ?毎日早起きした方が──)
(三文と一時間ならどう考えても後者を取るけどな。タイムイズマネーという名言を知らんのかお前は)
(それこそ100%ブーメランだよっ、時間無駄にしてるのそっち!)
(睡眠は三大欲求の一つだ、その観点から俺は時間を有効に活用している、人間として断じて無駄じゃない)
(あーもぅ、あー言えばこう言うっ!)
元気の塊である香織と俺の価値観はどうも正反対のようだ。こっちは彼女と違ってかなり繊細に出来ているのだからもう少し気を遣って欲しい。
小声で話せる限界の音量で止まる事を知らずについつい言い争いをしていると、目の前の席に座る女子生徒がそっと振り返ってきた。
(もう、二人とも式中だよ?)
(愛華……)
(桜さん……)
クスクスと可笑しそうに口元に手を当てるその少女は愛華だ。ふわりと揺れた彼女の髪からはほのか甘いシャンプーの香りがした。
目の前の席という位置からして彼女も俺達と同じクラス、一年C組である。
朝早くから叩き起こされて厄日この上無いと思っていたが、彼女と再び同じクラスになれた事は今日唯一の幸運ではないか。彼女の笑顔を見ているとそう思えた。
(二人とも、あと少しだから。喧嘩しないで、ね?)
(すまん、俺が悪かったと思ってる)
(切り替え早過ぎ……本当に馬鹿なんだから)
愛華にそう諭されては謝るしかないだろう。やれやれと呆れたようにため息をつく隣の声に聞こえない振りをして、俺はホールの舞台で話す校長と思わしき人物に視線を向ける。
しかして二分後、意識は闇の底に沈んでいった。
高等部の屋上は思った以上に広かった。
中等部と違って校舎も一回り大きく為か高さもあり、遠くにそびえる山々もよく見渡せる。
「………」
人っ子一人居ない屋上、第一校舎の最上階で俺はこっそりと横になっていた。
午前中にたっぷりと太陽の光を浴びたのか、寝転んだタイルには春の暖かさが肌まで感じられる。
第一校舎とは文字通り校舎の呼び方だ。
明条学園高等部の校舎は三つ存在する。これら三つは各階の長い長い渡り廊下で繋がっているのだが、それぞれ学年に分けられた第一校舎、第二校舎、第三校舎と呼称されているのだ。
まあ、そんな話は置いといて。何故俺がこんな場所に居るのか。無駄に格好を付けたかのように床に寝転がっているのか。
「ふわぁ……」
理由は至って簡単、眠いからだ。自分に今何より必要なのは睡眠だと悟ったからだ。
故に学園の中でも静かなこの空間で横になっていたという訳だ。床に寝転がっているのはベンチだと背中が痛くなるから、という間抜けな理由だ。
この学園の屋上はベンチや自販機が設置されている事からも分かる通り、生徒が出入りする事を許可された屋上になっている。
最近は屋上に出る事を基本的に禁止する学校が多いらしいが、この学園は違う。故に生徒の中には屋上でお昼を済ませる者も少なくない。中庭や学食の方が圧倒的に人気なのは言うまでも無いが。何にしても、屋上で横になり、昼前の春の陽気に微睡みを誘われている現状は中々に心地良い。時折吹き抜ける春風はますます、何処までも高く突き抜ける蒼天は、見る者の心すらもその先に連れていってしまいそうな程広々として美しい。
「あ、やっぱりここに居た!ちょっと俊也ー!!」
「………」
屋上で一人空を眺め、これから不十分だった睡眠時間を補おうと思っていた矢先だ。突然聞こえてきた活発な声に意識は一気に現実へと引き戻された。
「はぁ……」
ため息を吐くと間もなく、見上げた視界に映っていた空が幼馴染みの姿に隠される。
彼女は腰に手を当てて少し怒ったような視線で見下ろしてきた。
「もうっ、今は教室で待つように言われてるでしょ?もう少しでHR始まるよ!」
「………」
そう、今は授業中では無いが休み時間でも無い。進級式を終えた生徒は新しいクラスの集まる教室に移動してHRを行うのだが、教職員の会議などに時間がかかるため暫くは教室で待機していなければならない。その時間が今という訳だ。
「ふら〜っと居なくなったと思ったら、やっぱりここか。どうせ空でも見てたんでしょ?」
そう言うと香織は呆れの中からも少しだけ可笑しそうにクスリと口元を緩めてみせた。
「………」
ふわりと小さな風が彼女のスカートを揺らす。スラリと伸びた彼女の太ももがチラチラと見えてしまう。というか、一瞬だけ太ももの先まで見えたな。
事故だ、故意じゃない。
しかしこの体制はまずいだろう。まだ自覚していないようなので忠告しておいてやろう。
「見えるぞ?」
「何が?」
ここまで言えば大体分かりそうなものだが。彼女はきょとんと首を傾げるばかり。
仕方ない、直球で伝えるか。
「スカートの中」
「っ!?」
少しの間を置いて、香織はバッと勢いよくスカートの裾を押さえた。そして羞恥からか、みるみる真っ赤になった顔で睨むようにこちらに視線を送り──
「ばかっ! 」
彼女が思い切り手を振り上げたのと同時に、水色のストライプが目に飛び込んできた気もしたが……すぐに目の前は真っ暗になった。
*
「おい、大丈夫かトシ?」
「ん、あぁ……」
一年C組の教室。黒板の正面である真ん中の列、その一番後ろが俺の席になっている。名前順で窓側の端から座っていく事になっているので、ハ行の俺はちょうど真ん中─正確に言えば真ん中よりやや廊下側─の席となった。
何も書かれていない黒板を見つめてぼんやりとしていたのだが、いつの間に戻ったのか先程まで空席だった隣から話しかけられた。
振り向くと一人の男子生徒が半分心配そうな、半分面白そうな表情でこちらを見ている。
「何だ、戻ってたのか」
「たった今な。もうすぐHR始まるしよ」
東堂進一
灰色の単髪にキリッとした細い目、凛とした顔立ちのその青年はニヤリと笑みを浮かべてみせた。
彼は中等部からの知り合いで昨年も同じクラスであった男である。
今は座っているが高身長で筋肉質な体つきながら体格はスマート。顔付きからも何となく察する事が出来るがバリバリの体育会系だ。
総合してルックスの非常に高い男で周りには男女共々集まりやすい。
自分のような然したる特徴も無いような人間とは正反対に位置している。
今でも自分が知り合いになれた事が不思議なくらいだ。
「しかし、また派手に殴られたもんだな。
真っ赤な手形がくっきり頬に付いてるぞ」
進一はこちらを指差して興味深そうに、やはり何処か可笑しそうにそう口にした。曰く頬に手形がついているらしい。
「色々あってな」
「似合ってるぜ」
「そりゃどうも」
手形が似合う顔というのはどんな奴だ。
進一の可笑しそうな誉め言葉に皮肉めいた返事をすると、俺は黙って後ろを振り返る。抗議の視線を混じえながら
「で、どうしてひっ叩いたんだ穂坂?」
「何でもないわよっ」
進一も一緒に振り返り、後ろの席の香織に訊ねた。
彼は手形の理由を香織がつけたものだと断定していたようで、実際それは当たっている。
これも長い付き合いという奴か。
「ま、どうせいつもの痴話喧嘩だろうけどな」
「勝手な想像をするな。
俺はれっきとした被害者だ」
プイッと顔を背ける香織にやれやれと肩を竦めておどけた仕草をとる進一。
しかしその言葉は頂けないな、喧嘩では無くこちらが一方的にやられたのだから。
その旨を伝えると、後ろの香織は某裁判ゲームの如く異議ありとばかりに身を乗り出した。
「何言ってるのよっ!
俊也が悪いんでしょ、この変態!!」
「事故だってんだろっ!!
大体なぁ、お前が考え無しに近付くから……」
そりゃ少しは得した気分にはなったけどさ。だからと言って変態呼ばわりは頂けない。
こちらも事故だと主張して立ち上がろうとするが、目の前に出てきた進一の手にそれを留められた。
「はいはい分かった分かった。どっちも悪いって事で良いだろ、切りがない」
「「………」」
確かに、このまま彼女と言い争いを続けても不毛な時間をとられるばかり。
友人の助言を聞き入れ、俺は大人しく席に着き直す。彼女の方も納得はしたのか渋々と席に座った。
「はい、では高等部最初のHRを始めますよ」
数分後。
やって来た新担任の男性─名前は忘れたが─の言葉でHRは始まった。
先生の言葉に今更ながら自分は高校生なのだと実感させられた俺は、まだ見ぬ新しいハイスクールライフの希望を胸に、明条学園高等部という意味と責任を意識してHRに臨む事にした。
1分後、意識は闇の中に落ちた。
進級式、屋上、HRでした。
タイトルの意味は、まあアレですね。ラブコメに欠かせないお約束のハプニング、いやはやかなり羨ましい。
主人公は全く気にしていないようですね(笑)
次回はようやく部活です。仕事を少々、メンバーやライバル等々も登場するかもです。
結局主人公は香織に引っ張り回されるでしょうが。
次回もよろしくお願いいたします!!