熱うつつ
メイドコスも良いけどナースコスも良いと思う今日この頃。
けど、制服が一番だと思います(笑)
5月4日。
元建国記念日、現みどりの日。または学生にとって尊ぶべきゴールデンウィークのど真ん中。
『あー、連休も後2日か……けど俺達のゴールデンウィークはここからさ!これから遊び尽くそうぜ』的な一抹の寂しさを感じつつ気を改め残りの休みを大切に満喫する5月4日。
無論、俺も例外無くそれに倣う筈だったのだが。
(あ、頭痛ぇ………)
5月4日、午前。
ベッドの上にだらしなくぐったりとしていた。
頭部からはしばしば板を叩くような痛みが訴え、目の周りはしきりに鈍痛が。度々駆け巡る悪寒と横になったまま感じる平行感覚のズレにはいい加減うんざりしてきた所だ。
かれこれもう数時間は似たような状態が続いている。
というか、短時間で目が覚める度に一連の症状は悪化していっている気がする。
まぁ、やたら大々的に言ったりしていたけど、結局何かっていえば風邪だ。結構な高熱を伴った重度の風邪、辛い症状の数々が無理矢理にでもそう認識させてくる。
咳をすれば喉は痛たむし、身体は寒かったり暑かったり。目眩はするし、食欲は無い。
風邪で寝込んでいられるなら楽で良いなんて考える時もあったが、いざなってみるととんでもない。一刻も早くこの症状から解放されたいと願うばかり。
(何だって休日なんだかな……)
よりにもよってゴールデンウィークのど真ん中に。そうそう無い長い連休期間だと言うのに。
まだ平日なら学校行かなくていいやとか考えられるけど、休日はもうどうしようも無い。あぁ、憂鬱だ。
アニメとかゲームだったなら、こういう時に女の子がお見舞いにやってきたり看病してくれて、好感度云々やドキドキ恋愛イベントなどが発生したりするものだが、如何せん現実ではそんなおいしい展開は起こる事はまず無いと言って良いだろう。
そもそも、俺が風邪でぶっ倒れている事自体誰も、香織でさえも知らないのだから。
彼女はといえば、今日は愛華や雨宮達と某日本最強の遊園地に行っている。
俺も連行される予定ではあったものの、前日の夜から咳が多く大事を取って休むという事にしたのだが。
予感的中というべきか、今朝から熱にうなされるという有り様だ。
今朝早くから出ていった香織から、何度かメールが来ていたが特に何でも無いと返しておいた。せっかく遊びに行っているのに具合悪くてぶっ倒れてるなんて知られて余計な気を回させたく無いから。それに風邪をうつしたりしたら大変だ、彼女が遊びから帰ってきたら暫くうちに来るなとメールしておこう。
それはそうと、窓から射し込む日射しが室内を照らす今日ももうお昼頃。時計に目を向ければ長針はもうすぐで11の所を指し示すだろう。
(病院行かないとなぁ……)
診断を受けて薬を処方して貰おう。一刻も早くこの煩わしい症状から解放されたい、このままただ寝続けていても治りは早くはならないだろう。
とはいえだ。熱に浮かされた身体は驚く程重く、全身からくるダルさと悪寒で布団から出る事すら躊躇わせる。頑張って少し頭を上げてみたが、途端にグラリと視界が揺れて酷い目眩に襲われる。
(午後からの診察にしようかな……)
込み上げてきた気持ちの悪さに、起き上がる事を諦め再び枕に頭を沈める。ぼんやりとモヤがかかったような視界で天井を見つめていたが、やがて
ポン、ポンポン。
ポンポンポン……
「んっ……」
何だろう、頬の辺りに妙な感触が。つつかれるような、しかし決して強いものでは無く、優しく触れられている感覚でも。うっすらと瞼を開けば、麗らかな光の共に見慣れた少女の顔が……
「あ、俊也。ごめん、起こしちゃった? 」
「………」
あぁ、何だ香織か。
今は風邪引いてんだから家には来るなとあれほど……
「な、何でお前が居るんだよ!? 」
「わわっ、急に起き上がっちゃダメだって。熱、結構あるんだから」
「いやいや……!!」
香織は今日、皆と出掛けている筈だ。だと言うのに何故、もしかしてもう翌日に?いや、そもそも俺が風邪を引いてるなんて教えてない。というかそれ以前に、どうやって部屋に入ってきたんだコイツは。ピッキング?
「何でここに……」
「俊也が心配だったから帰って来たの」
「は? 」
「だーかーら、今日は俊也の看病に予定変更!
昨日から何か変だったから帰ってみたら、案の定寝込んでるんだもん……」
「………」
「そもそも、熱あるならそうと早く言いなさいよっ、心配したでしょ! 」
ベッドの横からグッと身を乗り出してくる幼馴染み。そこでようやく気が付いた。彼女のとんでもない格好に。
「いやいやいや!?
ちょっ、お前一体……!! 」
「へ? 」
「その格好……!! 」
いやいや、あり得ないだろ。だって可笑しいもの、普通じゃまずする事の無い格好だもの。
「な、ナース服……? 」
そう、有り体に言えばナース服。
ピンクカラーのナース服、左に揃ったボタンの半袖は身体のラインを綺麗に描き、ミニスカートから伸びる足もまた際どい。清楚である筈の看護服でここまで……いや、敢えて何も言うまい。
ってか、どう見てもコスプレ用のナース服ですよねコレ。あれコレ何コレどうしてこうなったいやマジで。
「これ?
やっぱり看病にはナース服かな〜って、ね? 」
「………」
「あ、これはこの前演劇部に貰ったんだ。取材した時に」
「………」
オーケーオーケー。あまりに唐突な展開に頭がついていっていなかったが、段々と事態を理解してきたぞ。
これはそう、アレだ。夢だ、夢。俺は熱にうなされるあまりにこんな可笑しな夢を見ているのに違いない。夢だ夢夢、夢意外あり得んこんなの。
しかし、何故ナース服なんだろう。特別好きとかそんな趣味は無い筈……
「ん?どしたの? 」
「あ、いや……意外な格好だなって」
「そうかもね」
そりゃそうだろ。何処の世界にナースコスプレして看病してくれる幼馴染みがいるっていうんだ。そんな事今時のアニメでも見ない。
「似合ってる? 」
「ま、まぁ……うん」
「んふふ」
はにかむ香織。悔しいが可愛い。
こ、これがナース服効果!おのれぇナース服、恐るべきは通常の三倍の性能を誇るというのか。
「さ、もう寝た寝た!
熱あるんだから早く下げないと」
「あ、あぁ……」
そういうと急かすようにして俺を横にさせた。そして濡れタオルをそっと額に乗せてくれる。ひんやりとした冷たさがぼんやりとした頭をクリアにするようで心地好い。
……や、ヤケにリアルな感触だな。夢だよな、本当に夢なんだよなコレ。
「俊也」
「……あ、え? 」
「………」
掛け布団をかけてくれると、やけに真剣な表情でこちらを覗き込んでくる。
「寝込んでるって、ちゃんと言って欲しかったな」
「……えっと」
「そりゃ、俊也が気遣ってくれたのは嬉しいよ?
でも、俊也が辛い思いしてるのに私だけ遊んでるなんて出来ないよ。凄く、心配したんだから……」
そう言って布団の中にあった俺の右手にそっと手を重ねてくれる。
あり得ねぇ……
流石夢というべきか、あの香織がこんなに風に接してくれるなんて最早怖い。普段、いや現実なら絶対何か裏があると勘ぐるに決まってる。勿論それはお互いに。
以前風邪でぶっ倒れた時だって看病してくれる家族もおらず『仕方ないから私が看てあげるよ』と渋々文句を言っている始末だ。ともすれば、ある種妄想とも言えるこの香織はかなりレアな存在といえる。
「いや、感染るから……部屋出てろって。このくらい寝てりゃ治る」
しかし、現実では無いと思いつつも。俺の口から出てきたのは恐らく素のセリフだった。我ながらつまらない奴だ。
が、返って来たのは予想だにしなかった答え。
「良いよ」
「は? 」
「だから、感染っても良い」
「……お前は何を」
「そしたら俊也とずっと一緒にいられるもん」
夢の俺に問いたい、切実に問いたい。お前は彼女に何をした。一体彼女がでれでれな性格になったのは何故だ。
つーか、夢を演出してるどっかの誰か。キャラ変わり過ぎだろ、いくら夢や妄想とはいえ原型を留めていないと後々大変な事になるんだぞ。例えば、初回こそ原作に忠実だったアニメも中盤に差し掛かる頃ストックの関係と大人の事情で脇道に逸れ、気が付けば原作と落ち合う事も叶わぬ事態に陥っているという悲しい末路を辿り……
「ね、俊也。私も布団に入って良い? 」
「はぁ!? 」
「ちょっとだけ、ね? 」
夢だ、絶対夢だよなコレ。夢じゃなきゃおかしい、夢であるべきだ、夢じゃないなんて言わせない。ってか、人の返事を待たずに何ベッドに入って来てんだこの女はっ。
「ちょっ、待てって……!! 」
「大丈夫大丈夫」
大丈夫じゃないだよあらゆる意味でっ!現実でも言ってるけどもっと警戒しろ。
「外寒かったから、俊也の熱で暖まらせて」
「アホなのかお前はっ」
「誰がよー。って、起きちゃダメだってば」
おいおい、本当に夢なのか?そもそも何で夢だなんて思えてるんだろ。夢を見ている時に夢と認識出来る状態になることってあるのだろうか。
そうこうするうちに幼馴染みは勝手に布団に侵入してくる。本気かこいつ、しかし何かに束縛されたかのように俺はピクリとも動けない。
「ふふ、俊也温かい……」
「っっ」
すり寄って来た彼女が耳元でそっと囁く。
文字通り吐息のかかる距離。ナース服の滑らかな肌触りとか、生地越しに感じる彼女の身体の感触とかやけにリアルだ。腕に押し付けられる柔らかい胸の感触、足には彼女の太ももの感触が挟み込むように押し当てられた。っていうか、ミニスカートだからそれ以上─倫理的に極めて問題のある─の感触が直に……!!
「……この前も言った短い髪の事だけど、俊也のせいなんだからね」
だから耳元で喋るな、いっぱいいっぱいなんだよ色んな意味でっ。ええい、治まれ煩悩。俺を誘惑しようなど……柔らかいなぁ、それに甘い香りもさっきからっていかんいかん!!
「聞いてる? 」
「あ、あぁ……え? 」
「もうっ、やっぱり聞いてない」
我ながら間抜けな返事だなと思いつつ、しかし先程から思うように動かない身体を何とかしようと意識は向かうばかり。
「ホント、肝心な時に鈍感なんだから………ばか」
それはこっちのセリフだ。
「仕方ないっ、こうなったら……」
「!? 」
何を思ったのか引っ付いていた幼馴染みが不意に身体を起こした。かと思えば両手をこちらの顔の側に、覆い被さるようにして顔を近付けてくる。
え、何コレやだコレ怖いんですけど。
「その鈍感さ、私が治しちゃうから……」
「か、香織さん……? 」
この体勢だと彼女はナース服なんだと改めて、とか言ってる場合じゃ無い。こちらを見つめてくるのは熱っぽく潤んだ紅い瞳、うっすらと紅潮した頬も柔らかそうな唇も、生地越しに感じる彼女の温もりも、全てが俺の前にあって、ゆっくりと優しく近付いてきて。
「俊也……したいよね? 」
何をだ!?
「私で治療してあげる……
その為のナース服だもん」
「ちょっ、おまっ……!! 」
待て待て待て待て!!どこの官能小説だよこれは!!
そうは言っても、やっぱり身体は動かない。いくら止めさせようとしても言う事を聞かない。
「んっ……」
彼女の甘い吐息が唇に触れる。それ程に俺達の距離は近くて、もう意識は香織の事にいっぱいいっぱいだった。このまま彼女の言う通りに身を任せてしまおうか、そこまで考えて気付いてしまう。
あぁ、そうか。“動かない”じゃない、“動かしたくない”の間違いなんだ。口では止めようと言っていても、結局は彼女の事を受け入れようとしている。判断が付かない、これが一時期な気持ちなのか或いは……
気付けば彼女は目を閉じていた。互いの距離はもうほとんど無くて。まるで操られた人形だ、俺は成されるがままに目を閉じた。
「俊也……」
暗闇の中でも感じる温もり、香り、思い、それら全ての存在。
もう一度吐息が触れ、そして柔らかい感触が唇をなぞるように重ねられた。
“これは酷い”
瞼を開いた俺の頭に第一に浮かんできた事がそれだった。
「あ〜……」
目の前に広がってきたのは残念ながら見知った天井。引き伸ばされた空が清々しいくらいの青を視界いっぱいに主張している。つい今まで俺の側にいた(気がした)幼馴染みなんて勿論何処にもおらず、一人ベッドに横たわっているのみ。横に転がっていた目覚まし時計は1時過ぎを指していて、窓からは忌々しいくらい麗らかな陽気が射し込んでいる。
「……」
思い切り自己嫌悪だ。
むっくりと身体を起こすと、その言い知れぬ自己嫌悪感に思わず頭をもたげた。
心情としては頭を柱に叩き付けたいような、そんな感覚。居ても立ってもいられないようなもどかしさ。
頭が熱くガンガンする、目眩もする、悪寒も相変わらず。熱は今朝より更に悪化しているようだ。しかし今はそんな事はどうだって良い。
(何だってあんな夢見るかなぁ……)
俺は夢の中で何を思っていた、ダメだ思い出したくない。
由々しき問題である。
このままでは俺がいつも幼馴染みをそういう目で見ていると勘違いされかねないではないか。何か理由がある筈だ、熱に浮かされていたとしても何か理由が。
幼馴染みがコスプレして出てくるようなものを妄想してしまうような要因が。
「ん? 」
何とはなしに辺りを探っていた手が枕の下へ。硬いものに当たったので引っ張り出すとそれは文庫本だった。
『ある日ツンデレ幼馴染みがナースコスプレしてデレデレになっていた件1』
理解した。このライトノベルの長々しいタイトルを見て大体の事情を察してしまった。
そういえば昨日の夜読みながら寝落ちしてしまったんだっけ。いつの間にか枕の下に潜り込んでいたらしいが、まさか夢に影響を及ぼすとは。借りた本だから何とか自重したものの、所有物なら壁に叩きつけていたところだったな。
半ば呆れたようにため息をつくと、風邪による具合の悪さが込み上げてきたので再び横になって枕に頭を乗せる。
(けど、ナース服か……)
ぼんやりとした頭に浮かんでくるのはあの夢に出てきたナース服(コスプレ用)だ。
いくら幼馴染みとはいえ中々の攻撃力だった、あの格好は。清楚である筈の看護服にも関わらず、際どいスレスレのミニスカートの色気が互いの効力を何倍にも向上させている。
(これが例えば愛華だったら……)
特にする事も無い、というかそもそもベッドから動けないので天井を見上げたまま目を閉じた。
『ど、どうかな……? 』
ふわりと軽くウェーブがかった紫陽花色の髪に澄んだ藍色の瞳。気品のある顔立ちに優しく笑みが特徴的な愛華。
初めて会ったあの時からずっと憧れていた、そんな彼女が今目の前で普段からは想像出来ない、ナースコスプレの格好をしている。
『こういうのって初めて着るからよく分からないけど……』
普段からの彼女の美しさは勿論、豊かな胸は服越しに余計に強調され、短いスカートからは柔らかそうな太ももから足先まで、その綺麗な生足が否応なしに目を奪ってくる。そして全体を見てのナース服というコスプレ自体の破壊力も相まって、もう見惚れるしかない。
恥ずかしそうに反らす視線やもじもじとする仕草は反則的に可愛い。
まさに白衣の天使!(白じゃ無いけど)
『結婚してくれ! 』
『え、えぇ……!? 』
あぁ、多分俺がその場にいたらそう言うだろうな。それ程に彼女が魅力的なのだから。
そして彼女の返事は……
『えっと……うん、私で良ければ』
頬を赤らめながら小さく、だが嬉しそうに頷いてくれる愛華。こうして、二人は晴れて結ばれ
(ねーよ)
ま、所詮全部妄想だからな。
そう考えた途端、全ての感覚が元に戻ってきた。開けば視界にはいつもの天井が広がってくる。しかし、いくら妄想だとはいえかなりのクオリティー、永久保存版ものだったな。
(うーん……)
相も変わらずする事も無く、ただ熱にうなされ眠るというのもつまらない。病院はもう午後の部、3時以降から受け付けになっているので夕方で良いだろう。
という訳で具合は悪いがまだまだ暇な訳になる。せっかく頭にあのナース服のイメージがあるのだから、もう少し色々と考えてみようか。
(例えばそうだな、霞とか……)
『………』
翡翠色のショートヘアに小柄な身長に残念ながらまだ発展途上の体型─そういう需要もあるのだろうが─が特徴的な霞。
そんな霞だが、あのナース服姿になればまた印象が全然違う。スラリと細みの身体にピンクの衣装はよく合っている。先程の愛華に比べると胸の強調は極めて乏しいが、清楚な雰囲気の服装はやはりかなり新鮮だ。
『……これは何? 』
『見ての通り、ナース服だ』
間違いなく美少女の類いに入る霞だが、無愛想な表情は相変わらず。寧ろ不機嫌そうなもので、せっかくのナース服なのに何だか勿体無いな。
『なるほど、相変わらず救いようの無い雑草ね』
『相変わらず辛辣だなお前は』
『藤咲俊也っていう名前だけには厳しくするって決めてるの』
『…………』
妄想の中なのに何故こんなに辛辣なのか。俺に対してそんな風になったら香織の時以上に警戒するけど。
『それにしても、貴方にこういう趣味があったなんて』
『いやいや、熱で寝込んでる時とかって変なこと考えちゃったりするだろ? 』
『変態ね、どうしようも無いくらい』
……否定出来ねぇ。
これ以上霞と話していると心にダメージを受けそうなのでもう止めておこう。
(……他には、東雲先輩とか)
『あれ?藤咲君?』
『!? 』
霞に代わり、唐突に現れた東雲先輩に思わず息を呑んでしまった。そのあまりの光景に
(こ、これは……!! )
艶やかな黒髪と澄んだ瞳がよく似合う美人。そんな彼女のナース服姿からは彼女の美しいプロポーションが露に。極め付けは彼女の掛けている眼鏡である。
眼鏡の似合う女性って素晴らしいですよね。
『えっと、私は何故こんな格好に? 』
『あ、いや、あの……!! 』
『? 』
黒髪、眼鏡、ナース服、何と言う破壊力か。
っと、思わず見惚れてしまっていたが。これ以上は先輩に申し訳無い、というかそもそも俺の精神が耐えられそうに無い。
『先輩、失礼しました! 』
『え、ふ、藤咲君? 』
本当に申し訳ございませんでした。
内心で全力で頭を下げると、慌てて巡らされた想像を振り払った。
(………白ノ宮、は無いよなぁ)
『なっ、お待ちなさいこの無礼者!!』
『おわっ!? 』
何かいきなり出てきたぞコイツ。
『何故私だけ考えないんですの!!不公平ですわっ』
『そんな事言われても……』
『美しい衣装は美しい者にこそ相応しい、それがこの世の摂理ですのよ!
おーっほほほほほ!! 』
などと勝手に宣いながらお嬢様らしく華麗に一回ターンをしてみせた。するとどうだろう、白ノ宮の身に付けていた服装は例のごとく綺麗なナース服に成り変わっていた。
『いかがかしら藤咲さん?似合っておりますこと? 』
『白ノ宮、お前……』
『あら、見惚れてしまって声も出せませんか? 』
ただでさえ大きな胸囲を更に強調させるようにふんぞり返る白ノ宮家のご令嬢。その仕草は様になっているが……
『いい年して恥ずかしくないのか? 』
『何で私だけそんな反応ですのーーっ!! 』
『すまん、つい本音が』
『貴方は私の事を一体何だと思っているのですかっ!! 』
掴みかからんばかりの勢いで迫る白ノ宮。
ううっ、まるで本当に叫ばれたように頭がガンガンしてきた。意識も薄らいで、頭に浮かんでいたイメージが徐々に消えてゆく。
『なっ、逃げる気ですの!? 』
そんな叫び(飽くまで妄想です)も聞こえた気がしたが、間もなく全ては暗闇に戻っていった。
*
「んっ……」
暗いな。
目を開いたのに辺りは薄暗かった。僅かに感じた光が窓から射し込む月明かりだと気付くのに時間はかからなかった。
「………」
どうやら既に夜になっているらしい。
おかしな想像をしているうちにかそのまま寝てしまったのか、時間が随分進んでしまっていたようだ。
もうとっくに病院は閉まっているな。
起き上がろうとして、いつの間にか結構な汗をかいている事に気付く。このままだと気持ちが悪いな、シャワーでも浴びようか。
(……10時、か)
布団から出ると時計が指している時刻は10時23分。
頭は痛む、だが今朝程じゃない。身体は幾分か軽くなっておりダルさも少ない。汗をかいて熱が下がったのか、ともかく動けるうちに動いてしまおう。
俺は部屋を出て一階へ、そのままシャワーを浴びると手早く着替えを済ます。
まだ少しふらつくものの、取り敢えず人並みには動けることは出来る。
(腹減ったな……)
そういえば今日は昼も夜も食べていない。流石に空腹感が否めない、とはいえ食欲があるのは良くなってる証拠だしな。
「コンビニでも行くか」
厚手のコートを羽織って財布を片手に家を出る。
自宅のすぐ後ろには香織の家があるのだが、更にそこから上に登っていくとすぐに左手にコンビニがある。坂と言っても傾斜はかなり緩やかで徒歩2分程度なので自転車を使うまでも無い。
因みに穂坂家とは逆方向の下り坂を進んでいけば商店街やスーパーの方向だが、如何せん結構距離がある(学園よりずっと先)ので歩きで行くのは厳しいのだ。
徒歩2分、だけどちょっとふらついたので大体3分くらいか。コンビニで適当にご飯を買った俺は早々に店を後にして道を戻る。少し早足になってしまったのは外に出ている間に再び具合は悪くなってきたからだろう。ズキリと痛む振り払うように首を振ると、もう自宅を前にしていた。
(けど、そろそろ香織達が帰ってくる頃だよな……)
もう10時も半分過ぎている。もしかしたら彼女達はもうここに帰って来ているかも知れない。ドアの前まで来た時に、ふとその可能性に気が付いた。この状況でばったり、なんて事も考えられる。それだけは何としても避けなければ。だって
「熱で倒れてたなんて知られたらなぁ」
「なるほど、熱ね」
「あぁ、きっと面倒な………」
おいマジでか。
「やっぱりね、午後に電話してもメールしても返事無いから変だと思った」
「………」
振り返ればそこには。
ただただ真剣な表情でこちらを見つめている彼女が。その紅い瞳は真っ直ぐに、まるで射抜くかのように向けられている。
咄嗟のことに、俺の口からは言い訳の言葉も無く見返すのみ。端から見ればまるで睨み合っているようにとれるかも知れない。
「…………」
「…………」
あぁ、これは面倒な事になったぞ。
本当に久しぶりに見た彼女の表情に、思わず頭を抱えそうになるのだった。
男が一人熱にうなされるというしょうもない回でした。でも、ナースコスプレって良いですよね。
さて、せっかくのゴールデンウィークも熱で寝込んでしまった俊也。香織にバレてしまいましたね。さてはてどうなるやら。
どうでも良いですが、書き方をちょっと変えました。
セリフとセリフの間の空行を無くしました。まだ地の文とセリフの間には空行はありますが。そこはどうしようか考え中です。
因みに今までの話も空行を無くす為に編集中です。
では、次回もよろしくお願いいたします!




