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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
1st Semester
25/91

ご機嫌時々複雑雨模様、傘をお忘れなく

何だかいつもよりかなり長くなりました。

長かったので題名が上手くまとめられませんでした。


今回もよろしくお願いいたします!

 

 

「何だって?」


「取材だよ、取材!」


「何の?」


「だから、ゴールデンウィークのスポット取材の話っ」


 昼休み。俺と香織は部室でお昼をとっていた。

 一方的に喋る彼女に俺は適当に相槌を打ちつつ、弁当を食べ進める。


「今言ったばかりでしょ?」


「悪ぃ、ボーッとしてた……」


 何て姿勢でいたら彼女が何の話をしていたのか分からなくなって怒られる始末。まぁ別に今に始まった事じゃ無いからね。


「ちゃんと話を聞いてくれないとお弁当無しにしちゃうよ」


「……へ?」


「はいっ、没収」


「わ、分かった!ちゃんと聞くから……」


 弁当を取り上げられそうになったので慌てて背を向ける。彼女が作ってくれた弁当だから主導権はこちらには無いわけで。


「で、明日のスポット取材の話だけど……」


「はぁ」


 本日は土曜日。午前授業なので実は今は昼休みでは無く放課後だったりする。


 で、香織の言うスポット取材とは来週後半から始まるゴールデンウィークのスポット(要するに遊び場)に行ってポイントやらインタビューやらを取材しまとめる事にするんだ……った筈だ確か。


「島先輩と粋先輩は北を回ってくれるから、私達は南の海浜方面を回ろうって話になったでしょ?」


「それは聞いた」


「でも、まだ俊也は決まってないの」


 今回取材する観光スポットは計五つ。二人一組で手分けをして取材するのが今回の仕事である。

 例年ならば皆で一緒に回るのだが、今回は締め切りも近く、紙面作製の関係で夕方までには戻らないとならない。だから効率的に考えた結果、このように手分けする形となっていた。

 

 しかし部員は5人なので一人余ってしまう。その役を俺は自ら買って出た訳。一人だと色々融通も効きそうだし─サボったりとか─、のんびりやれるからね。



「水族館と美術館なんだけど……俊也はどっちが良い?」


「別にどっちでも良いよ」


「またそんなっ、無関心みたいにー」


 頬を膨らませる彼女の言葉にはいはいと適当に相槌を打ち、弁当の卵焼きを一つ口に運んだ。

 うん、美味い。


「これは取材だけど、記者たるもの読者の立場になって考える事も大切なんだよ!新聞って記者だけで出来るものじゃ決して無くて……」


「だから、別にどっちでも良いって。俺のやる事は変わらないし」


「むっ……」


 あ、ヤバい。彼女が熱弁しようとしていた所だったのについつい話に水を差してしまった。

あからさまに不機嫌な視線をぶつけてくる。


「いや、あのな……」


「じゃあ俊也は水族館ね。私は美術館、はい決まりっ!」


 やや乱暴にそう言うと、まだ食べてる途中なのに弁当箱を持って椅子から立ち上がる。


「あー、香織……今のは言葉の綾というか……」


「もう良いっ」


 もう知らない、とばかりに顔を背けられてしまう。話かけようとしても無駄だという意がありありと。


「はぁ……」


 そのまま部室を出ていってしまった幼馴染みの後から、バタンと閉じられた扉を見つめて一つため息を溢す。


 ミスったなぁ、どうやら完全に機嫌を損ねてしまったらしい。

 まぁ、なってしまったものは仕方ない。後でケーキでも奢ってやれば機嫌も直るだろう。


「さて、と……」


 戻っていって改めて椅子に座ると、俺はのんびりと昼食を再開する事にするのだった。

 


 

 



 

挿絵(By みてみん)

 

 

「うーん……」


 一面に敷かれた壁紙のような無限に広がる蒼。そこに不器用にデコレーションされたクリームように浮かぶ白。


 昼食を摂り終えた俺は、食休みという事でのんびりと屋上に寝転んでいた。掲げたデジカメの液晶画面越しからも溢れんばかり広がる春の空、穏やかな心地の陽気は自然と眠気を誘う。


「ふわぁ……」


 どうでも良いが、一般的に人間が一番眠気を感じる時間帯は午前2時と午後2時らしい。というのも、人間にとって最も体温が低くなるのがその時間帯だそうなのだ。

 なんて、昔誰かから聞いた事があったなぁ。



 がらっ。

 屋上の入口が開く音が聞こえた。もう放課後だって言うのに、香織でも来たのだろうか。


「あら?」


「あ……」


 声した方向を振り返ると意外な人物。

 俺は慌てて身体を起こすと立ち上がる。流石に彼女相手に寝転んでいる訳にもいくまい。


「こんにちは、藤咲君」


「あ、はい。こんにちは、先輩」


 東雲先輩だ。

 艶やかな黒髪を風に揺らして、愛想良く微笑みながらこちらに歩いてくる。

放課後だというのに、何故彼女はこんな場所に来たのだろうか。


「空、見てたんですか?」


「え、あぁ……」


 先に質問されてしまったので俺は暫し返しに迷った後、屋上から広がる空を見上げてみせた。


「今日は良い天気ですから」


「そうですね」


 視線を戻すと先輩は同じように空を見上げて頷いていた。この蒼は彼女の目にどんな風に映っているんだろう、ちょっと気になる。


「先輩はどうしてここに?」


「私、ですか?」


「あ、すみません。別に無理に聞くつもりは無いんです。もし邪魔だったりしたら俺は戻りますし……」


 一人、放課後にこんな人気の無い屋上に来るなんて何か用事があるのだろう。もしかしたら誰かとの約束があって待ち合わせをしていたのかも知れない。だとしたら……


「あ、いえ……!!

そんな邪魔だなんて、大丈夫ですよ。用事とかもありませんし」


「そうなんですか……それは良かった」


「ふふ、実は私も見に来たんです、今日の空」


 はてと首を傾けると東雲先輩は少し含んだような意味ありげに口元を緩めて一言。


「私も、空を見るの好きなんです」


「空を?」


「はい。どこまでも広くて、高くて、毎日毎日表情を変えててまるで生きてるみたい……」


 まさか彼女からそんな言葉が聞けるなんて。意外さと同時に込み上げてきた嬉しさは俺も全く同じ事を考えているからだ。


「はい、俺も……俺もそう思ってます」


 先程より幾分か俺のトーンは変わっていて。彼女はクスリと笑みを溢して続ける。


「昔、私にそう教えてくれた方がいたんです。今のはその方の受け売りなんです」


 そうだったのか、誰かは知らんが良い事を言う奴もいたもんだ。東雲先輩とどんな関係の方なのか少し気になったが黙っておく。

 

「よく、仕事が終わると生徒会室の窓から眺めたりしてるんですけど……」


「あ、最上階なら空も綺麗に見えますよね」


「ふふ、そうですね。でも、ついつい下校が遅れる事もあったりして」


 あるある。空に吸い寄せられていると、俺だって周りすら忘れてしまう事もあるくらいだ。


 嬉しさもさる事ながら、クスッと悪戯っぽく笑う東雲先輩がどれだけ可愛かったかはご想像にお任せしよう。


「俺も、屋上で眺めててついつい時間忘れてたりしますよ。授業時間とか」


「あら、それはいけませんね」


「あ、いや……授業時間は冗談で……」


「本当ですか?」


 おっと失言失言。

 先輩は我が校の生徒会、それも副会長というビッグポジションだったな、気を付けよう。

 

 


 さて、副会長が『空を見るのが好き』なんて一面知ったものだから。せっかくなのでちょっと空についての話をしてみたりした。


 そうしたら……


「え、俺の記事を!?」


「はい、毎回楽しみにしていますよ」


 何と先輩が俺の記事を読んでくれているという事実が発覚した。

 

 俺は毎回、最終面の一番端っこに『今月の空』っていうコラムを小さな写真付きで書いて掲載している。うちの部には皆で決めたテーマ意外に、自分で担当するコーナーがあるんだけど、そこに当たるものなんだ。


 最終面のしかも端、毎回誰も読んでないものと思って書いていたけど……まさか読者がいてくれた事に、それも東雲先輩がそうだった事には本当に驚いた。嬉しかった事は言うまでも無い。



「そろそろ時間ですね」


「あ、すみません。こんな話にお付き合いさせてしまって」


 せっかく空の話が出来たけど、楽しい時間は経つのは早いものだ。

 先輩は午後から仕事で生徒会室に戻らないといけないそうで、生徒会の人は大変だねホント。

 

「いえ、とっても楽しかったです。またお話したいですね」

 

「ええ、是非」


 社交辞令ではあるだろうけどね。


 先輩と一緒に屋上の出口へ。そろそろ部室に戻らんと幼馴染みさんに文句を言われかねないから、さっき機嫌損ねちゃったし。



「あ、やっぱり居た」


「………」


 なんて思っていたら。ドアに近付いた瞬間いきなり開いて、その幼馴染みが顔を覗かせたではないか。

 

「えーっと、俊也。さっきは……」


 彼女は屋上に出てくるとこちらに歩いてきたが……


「あれ……?

あの、東雲先輩?」


 途端に困惑したような表情に変わった。隣に気付いて、まさか生徒会副会長がここにいるとは思わなかったのだろう。


 対して先輩はいつも通りの優しい笑顔で一礼してみせる。


「こんにちは、穂坂さん」


「あっ、はい。こんにちは」


 慌ててお辞儀を返す香織の髪がふわりと揺れる。


「新聞部はどうですか?お変わりありませんか?」


「はい、お陰様で順風満帆です!」


「ふふ、それは良かったです」


 何故か自信満々に頷く香織を見て可笑しそうに微笑む東雲先輩。他にも二三言葉を交わしていたが、会話の終わりは鳴り響いたチャイムだった。

 平日ならば授業が開始されるチャイム。


「では、私はこれで。

藤咲君、今日はありがとうございました」


「はい、こちらこそ」


 小さく手を振りながら扉から屋上を後にする先輩に軽く会釈をして見送る。

 勿論、屋上に残されたのは俺と香織の二人だけ。


「で、何しに来」


「部活」


 だろうな。

 改めて聞くまでも無くピシャリと返されてしまったので、黙ったまま彼女に続いて屋上を後にする。




「東雲先輩と居たんだ」


 階段を下る途中、前を歩く香織が不意に立ち止まった。振り返らずに背中を向けたまま、仕方ないので俺も歩みを止める。


「あぁ、偶々な」


「…………」


 その返答が気に食わなかったのか、彼女は黙ってそっと爪先で地面を蹴った。

 不満を示す時の無意識に出る彼女の癖。


「………俊也って、いつの間にか先輩と仲良しだったんだね」


「そうか?」


「屋上で二人きりだったもん」


 振り返ってこちらを見つめてくる香織。やや探るような視線に俺は呆れたように首を振ってやる。


「だから偶々な。俺が先に屋上にいて、後から先輩が来たんだよ」


「何をしに?」


「空を見に、だとさ」


 取り敢えず先程の屋上での話を簡単にしてやった。この微妙な感じ、この想像し得る面倒な流れに、その行為に何ら意味を持たないことは分かってはいたが。


「ふーん……」


 小さく頷いた香織は視線を外して再び背を向けた。


「まぁ、別に良いんだけどさぁ……」


 気だるそうな声だった。

 どうでも良さそうな声色、しかしどこか引っ掛かりを含んだような。台詞とは裏腹に不満が込められているのをありありと感じ取れる。

 このまま話が終わってしまえば後々が面倒だ。

 

「言いたい事があるならはっきり言えよ……」


「………」


 やや俯き加減に、でも何気無い風を装って彼女は再び振り返った。その表情までは読み取れない。

 

「俺を困らせたいだけなら良いけど」


「……困るんだ?」


「このままじゃ一方通行だからな、俺は」


 言葉にしないと、余計に。いや、ある意味では言葉にするから余計になのかもしれない。 ただ、確かに言葉というものは必要だった。こういう場合は特に。


「何かズルいよね、はっきりしないし……」


「そりゃお互い様だろ」


「………」


 はっきりしない。

 それは彼女の不満の所在そのものなんだろう。

 何かもやもやと霧がかった中から辛うじて見つけられた言葉、それ以上でも無くそれ以下でも無い。

 ただ、はっきりしないだけ。俺に対しても、そして彼女自身に対しても。


 多分それは立場が逆でも同じ事で。だからこそ分かってしまうって話なんだけど。


「えっと……だから、うーん……」


 香織は腕を組むと、横を向いて腑に落ちないようにトントンと爪先で床を叩く。ああでもない、こうでもないと思案を巡らしているようにも見えるが、同時に自分自身にイライラしているようにも見える。


 普段の彼女から考えると、こういう態度で不満を引きずる事はかなり珍しい。

 だから多分、これは俺のせいだ。昼間に彼女を怒らせてしまったから、それがまだ引きずられているんだろう。


 タイミングが悪かった。お昼の感情と今の感情がぶつかって、余計に訳の分からないごちゃごちゃになってしまって。それを、彼女は無理矢理結論に結び付けようとしてしまっているのだ。それが意味を成さない事を分かっていても。


 皮肉にも、どちらもはっきりしないという点においては同じなのだが。


 

「あーもうっ!

なしなし、やっぱり無し!この話は終わり!」


 暫く爪先で床を叩いていた香織だったが、不意に大きく頭を左右に振ると両手の人差し指でバッテンマークを作ってみせた。

 そしてため息を一つ。


「あー、もう……。

ごめん、何か変にイライラしてたみたい……」


「だろうな……」


 その件に関しては俺にも非がある訳だから。というか多分それが原因の一端を担っているであろう事はまず間違いない。


「いや、昼間は悪かったよ」


「あー、ううん。そう言う事を言いたいんじゃなくてさ……何て言うのかな……えっと」


 尚も彼女は何か適切に思える言葉を探してしまう。でも、これ以上考えてもきっと堂々巡りだ。答えが出るとは思えない。

 このまま言葉にしても、結局は不確かなものに変わりないから。


「取り敢えず、早く部室に行こう。もう皆待ってるだろ?」


「うーん……」


 香織はやはりまだ難しい表情をしていたが渋々と先に歩き始めた。黙ってその後に続く。


「んっ」


「?」


 しかし二三歩歩くと、ピタリと立ち止まってやっぱりもう一度振り返り、いきなり両手で俺の右手をとった。

 

「おわっ!?」


 そのまま勢い良く振り上げられ、すぐに思い切り振り下ろされる。繰り返しブンブンと右手を上下に振られ始めた。


 視界がグラリと揺れて、彼女の勢いに身体のバランスも揺らいでしまう。


「ちょっ……!!

何?何なの、一体?」


 思わず声を上げると、返事の代わりにトンと両肩を突っぱねられてようやく解放された。


「これでよし!」


「何が」


「何でも良いのっ」


 そう言い残して、彼女は背を向けるとスタスタと先に行ってしまう。


 何なんだかな一体。結局機嫌が直ったのかさっぱりだが。


「ま、良いか……」


 その日、俺達はいつも通り部活を終えていつも通り帰路に着いた。

 交わした言葉数はいつもより少なかったけど。


 因みにしっかりとスイーツ屋で奢らされた。


 

 

 


で、翌朝……


「あら〜、トシ君おはよー♪」


「おはようございます、夕凪さん」


 俺はすぐ隣、香織の家の前に来ていた。

 2時間前、海岸で朝日を撮っていると幼馴染みから電話が。無視しても出るまでいつまでも鳴り続けるもんだから仕方なく。

 ご丁寧に『朝8時に起こせ』とのお達しが、拒否する間もなく切られて今に至る。


 玄関からさっと顔を出した香織の母親、夕凪さんに挨拶をして家の中に。


「ホントにごめんね〜、またあの娘のわがままで」


「まぁ、いつもは俺が起こして貰ってるんで……」


「ふふ、二人の将来が楽しみね〜

あ、でもトシ君のお嫁さんになったら私とは別居しちゃうのよねぇ、それはちょっと寂しいわ」


 何故か嬉しそうに頬に手を当てる夕凪さん。

 ってか、今さらっととんでもない発言をしなかったか?


「あらあら、私ったら。

恋人同士になるのが先よね」


「いや、もう何もかも間違ってるというか……」


 リビングに入っていく夕凪さんと別れて階段を上がって二階へ。そのまま一番奥にある彼女の部屋の前に。


「入るぞー」


 軽く二三回ノックを─どうせ起きてないだろうから意味が無いけど─ノブに手を掛けそのまま部屋の中へ。


 ここでド定番の展開として幼馴染みの女の子がちょうど着替えの真っ最中で、下着姿のままバッタリみたいなお約束が……


「あるわきゃ無いっと……」


 そりゃそうだ。


 ピンク色の壁紙が基調の一応女の子らしい部屋、綺麗に整頓された机の隣にあるベッドには幼馴染みの女の子がすやすやと横になっていた。

 俺はベッドの側へ、寝ている彼女の肩を揺すってやる。


「おい、起きろ。来てやったぞ」


「んっ……」


 微かに零れる吐息、いや寝息。起きてはいないな。

 ならば今度は頬を小突く、やや強めに。


「起きろお前はっ、朝っぱらから人の携帯鳴らし続けやがって」


「んんっ」


 でも少し反応を示しただけで、すぐにすやすやと小さな寝息を繰り返す。


「はぁ……」


ホントに起きる気があるのかコイツは。俺は膝を付いて姿勢を低く、ため息を一つ。



 香織の寝顔が近付いた。

 そっと手を伸ばすと、触れたのは彼女の髪。さらさらと滑らかで柔らかい、蒼く澄んだ綺麗な髪。


 何気なく髪に触れていてふと思い出す。

 そういえばコイツの髪って……


「昔はもっと長かった、よなぁ確か」


「んー、腰くらいまであったかな……小三くらいまで」


 あぁ、そうそう。そのくらいまでは今よりずっと長かったっけ。肩までの長さが定着してるけど、当時はポニーテールとかもしてたっけか。

 って、待ておい。俺は今誰と話している?


「……起きてたのか」


「ちょっと前に、ね」


 先程まで確かに寝顔だった香織は薄く口元を緩めて、その藍色の瞳でこちらをしっかり見つめていたのだ。


 要するに思い切り狸寝入りしていやがった訳だこの女。


「始めから言え」


「うーん、ちょっと驚かそうと思ってたんだけど……」


 質の悪い。という事はアレか、寝ていると思い込んで柄にも無く彼女の髪に触れたりしていたが実は起きて一部始終を見られていた、と。それはかなり恥ずかしい。


「まさか、俊也が寝ている女の子の髪に触れるなんて珍しいなって……少し成り行きを見守ってたの」


「お前なぁ……」


 クスクスと可笑しそうに微笑む香織に俺は思わず視線を反らした。何だか弱味を握られたみたいで恥ずかしくも悔しい。


「やっぱり俊也は変態でしたって事で……」


「ちょっと待て、髪を触るのがどう変態なんだ」


「うーん……寝てる時にこっそりだったから?」


 ……否定出来ない。いや、だけど別に下心なんて無いし。

 って、話が逸れてる。起きてんならさっさと降りて来いって話だ。


「夕凪さんの朝御飯出来てるぞ。早く起きて来いよ」


「ん……分かった」


「はぁ………」


 まだ少し眠たそうではあったが了解したという事で、役目は終わりにさせて貰おうと部屋を出る。


 あの調子ならば昨日の機嫌もすっかり治っているのだろう。ついでとはいえ少し安心しつつ、俺はリビングに戻り……


「トシ君!」


「おわぁ!?」


 いきなりエプロンを着けた夕凪さんが俺に詰め寄らんばかりに。


「もう、ダメじゃない。せっかく部屋で香織と二人きりだったのに」


「は?」


 夕凪さんは年甲斐も無く─見た目的には年相応だが─目をキラキラさせて俺の両肩にポンポンと手を置く。


「でも良い雰囲気だったわよ、特に髪に触れた時の雰囲気とか」


「いや、ずっとリビング居ましたよね?何で知ってんですかっ」


「女の勘よ」


 恐るべし女の勘。いやいや、普通に恥ずかしいんだが。


「でも今一つ決定打にはかけてたわね~」


「いやいや」


「こういう時はね、『俺、今日はお前を抱いて眠りたい気分なんだ……』って耳元で囁きながら強引に服を脱がせ……」


「あんたホントに人の親!?」


 発言の無責任さは多分俺の母親と良い勝負だ。







「ほら、ユメー!

回れ回れ、運動しろ〜」


 9時ちょい過ぎ。

 香織と俺が朝御飯を頂いている間に夕凪さんが仕事に出て行き、今はリビングで彼女と二人。


 俺は食後のコーヒーを啜りつつのんびりと、香織はゲージの前でハムスターのユメと戯れている。


「なぁ、待ち合わせって……」


「10時!正門前に集合!」


「あぁ、そうだった」


 今日はゴールデンウィークの為にこの街のスポットをピックアップして取材して回る日である。メンバー五人─島先輩と粋先輩、香織と霞、そして俺の割り振り─、回る場所は違うが一旦メンバーが集まる事にしている。

 だから今日は寝坊しないよう休日に見合わない早起きだった訳だ。


「ほら、ユメ!ジャンプジャンプ!そのままターン!」


「芸でも仕込んでんのかお前は?」


「俊也に向かって“いかりのまえば”!」


「ポケ○ン!?」


 香織が動かす猫じゃらしのような玩具でチョロチョロと戯れるユメ。ああ、物凄く可愛いな。


「はい、よく出来たね〜

これで俊也スライムの脅威は滅びたよ」


「未確認生命体か俺は」


「スライム可愛いじゃん」


「……可愛いか?」


 香織は猫じゃらしを手放して両手をお椀のようにしてゲージに入れる。ユメはその中にちょこちょこと移動した。

 ハムスターの手乗りだ。両手に乗るユメはちょこんと腰掛けるように座り、彼女の手の中を安心しきっているように思える。


「俊也も手乗りさせてみる?」


「可愛いすぎて持ち帰っちまっても良いならな」


「ダーメ!」


 ふるふると大袈裟に首を振る香織。同時にユメもふりふりと頭を振っているように思えて、そんな様子が可笑しくも微笑ましかった。



 ぷるる、ぷるる。

 聞き覚えのある電子音、彼女の家の電話の音だ。


「あ、電話。

ちょっと待ってて」


「あぁ」


 香織は両手に乗せたユメをそっとゲージの中に返して受話器の元に。

 俺はゲージの側に寄って姿勢を低く、ユメを見つめる。


「香織の親父さんかな?」


 訊ねるとユメはちょこんと頭を傾げる仕草。


 確か彼女の父親は今は関西の方に単身赴任中だ。新聞記者の仕事で、一昨年までは東京の本社にいたが今は関西の支社の方にいるそうだ。社会部のデスクをやっているそうで、まだ若いのにかなり優秀らしい。

 何といったって、香織の自慢の父親だからな。

因みに夕凪さんは雑誌に関わるの仕事をしているそうだ。月刊の某女性誌の企画等を担当していると聞いた事がある、あまり詳しくは知らないのだけれど。

 穂坂家はメディア一家で、一人娘の香織がメディア系の道に憧れるのはある種必然だと言えた。


 それに比べてうちの両親ときたら……今頃どこをほっつき歩いてるんだか。


「あ、美奈おばさん!」


「!?」


 なん……だと?


 香織から聞こえて名前に思わず面倒臭いリアクションを内心でやってのけてしまった。

 後ろを振り返ると、楽しそうに笑う香織とちょうど目が合った。


「はい、お陰様で元気です。母はさっき出掛けてしまって……あ、そうなんですか。

はい、勿論。任せて下さい!あ、今ちょうど居ますよ」


 電話の相手、少なくとも香織の父親ではない。何故なら彼女が受話器を差し出してきたから。

 誰に?勿論俺に。


「俊也。美奈おばさんから」


「………」


 美奈おばさん、藤咲美奈。そう、俺の母親だ。


「もしもし」


『愚息』


 実の息子への第一声。


『何でアンタがここにいんの?』


「居るんだから仕方ねぇだろ」


『不法侵入?』


「な訳あるかっ」


 寧ろ半強制的な呼び出しだ。


『で息子、元気にやってる?』


「お陰様で」


『まぁどうでも良いか』


 なら聞くな。皮肉すら軽やかに流される。


『年賀状で見たけど、香織ちゃん、大きくなったね』


「だろうな」


『本当に綺麗に、ますます可愛くなって。あー、私も娘にしたいくらい。さぞかしモテるでしょう?』


「らしい」


 割りとどうでも良い話だった。

 そういえば、俺は香織の母親を『夕凪さん』と呼ぶが、香織は俺の母を『美奈おばさん』と呼ぶ。母親は『おばさん』と呼ばれる事に抵抗が無いらしい、寧ろ『お姉さん』なんて呼ばれる方が嫌らしく年相応に呼ばれた方が良いという。その辺の気構えは嫌いじゃないんだがな。


『アンタ、悩みとか聞いてあげてる?』


「あ?」


『もう女子高生、一番年頃の女の子なんだから。色々悩みとかあるでしょ、恋の悩みとか気になる男の子とか恋患いとか』


 全部そっち関係じゃないか。ホント女ってのは幾つになってもそういう話好きな。

 

『アンタみたいなモンでも彼女の話し相手くらいにはなるでしょ』


「ひでぇ言われ様」


『せっかく幼馴染みっていう縁があるんだから、ちゃんと話聞いてやんなよ』


 香織が恋愛相談ねぇ。今のところ全く想像出来ないんだが、まぁどうでも良いか。


「はいはい分かったよ、そん時になったら聞くよ」


『あー、全くこの愚息は。呆れるくらいおざなりな返事だ』


 そりゃこの会話自体がもう面倒だからな。


『あ、ひょっとしてアンタ………』


「あん?」


『あー、あー、なるほど。

だからそんなどうでも良さそう声色な訳か、裏側にある不満や嫉妬を隠そうとして……』


 何か勝手に自己完結してる訳だが。


『でも止めときな、アンタじゃ無理だ』


「いや何の話?」


『香織ちゃんとアンタじゃ流石に釣り合わないからねぇ。可哀想だけど、ここは男らしく現実を見な』


 何か勝手に暴言吐かれてる訳だが。


『ま、多少でも良いから香織ちゃんの力にはなりなよ。アンタ自身はどうでも良いから』


 よくもまぁ自分達のDNAを受け継がせた実の息子にこんな事を言えるものだ。


『実を言うと、アンタは私達とは血が繋がっていないのよ』


「心読むなよっ」


 つーか新たな裏設定を捏造するな。


『あぁそうだ、後恋愛相談はちゃんと聞いてあげるとして……変な男とかも心配ねぇ。夕ちゃんにも言っとかないと、最近日本は物騒らしいし』


 夕ちゃんというのは夕凪さんの愛称だ。二人は個人的によく連絡を取り合ってるらしいが。


『変な男からは身体張って守ってやんなよ。』


「はいはい……」


『よし、じゃあもう良いわ。香織ちゃんに』


 結局久しぶりの息子への電話は終始香織の事で終わった。これが全く気にならないのは問題なのか。


「あ、ちょっと待って。親父は?居る?」


『お父さんならまだ仕事』


「……あぁ、そっちは夜か」


 南半球は今は夜だったな。普通に電話してたから忘れた、と思いつつ受話器を放り投げる。


「香織、パス」


「ほい来た!」


 ナイスキャッチ。

 香織は再び楽しそうに話し始めた。俺がどうとかこうとか、大方ダメ出しで盛り上がっているのだろう。


 のんびり朝のワイドショーでも眺めながら時間を潰す事にした。







「よし、皆いるね」


「はい」

「バッチリです!」

「ご覧の通りよ」

「敬語使えな」


 10時ちょい前。

 新聞部のメンバー5人は学園の正門前に集まっていた。


「じゃあこれから取材を始めようか。

今日は各組で決めた場所を二つ回って取材を、それを明日の部活で報告をして貰うね。だから今回は終わりの集合は無しにしよう。

終わり次第自由行動で、取材をまとめても良いし、まとめ終わっていたら遊びに行っても良いよ」


 島先輩の説明に一同はコクコクと頷く。

 しかし、部活の仕事が終わったら自由行動というのは嬉しいな。例年ならば終わり次第部室に集まって全員の帰りを待っているというスタンスだったから。まとめもすぐに終わって結構暇を持て余したものだ。


「じゃあ今日は一日中デートだね、かすみん!」


「ふふ、なら今日はちょっと豪華にしてみる?」


「えへへ、エスコートよろしくね」


 仲睦まじい女性陣。周りに薔薇でも飾ったらどんな絵になるのだろうか。

 末永くお幸せに。



「僕達はどうしようか?

多分取材自体はそんなに時間はかからないと思うから」


「そうですね……ただ帰ってしまうのも勿体無いし。せっかくなら先輩とお話もしたいですね、俺はまだ入ったばかりなので」


「あはは……ありがとう。そうだね、僕もそう思うよ」


 男性陣も平和な感じで微笑ましい。二人とも結構違ったタイプのように思えるが波長は合っているみたいだ。


「俊也はどうするの?」


「別に、終わったらとっとと帰って寝るつもりだよ」


「うわっ、寂しい答え」


 逆に一人で何をしろと言うんだ。


「まぁ、後は公園で空でも撮ってるかな」


「うーん……」


 何故か腕を組んで考え込むようにこちらに近付いて来る。


「合流出来ないかな、かすみん」


「そうね、水族館からはどちらとも比較的近い場所だから。寂しい独り身さんを助けてあげる事は出来るわね」


 霞もひょっこりと俺の側から顔を出す。怪しげな笑みを浮かべながら。


「いやいや、良いから別に。そもそも今日は寝たいんだよ、俺は」


「そう?」


「あぁ、誰かさんのせいで朝寝られなかったからな」


 それは結構事実だったりする。人間に必要な三大欲求の睡眠欲を満たす事のだから有意義な時間と考えて良い。


「まぁ、だったら……」


 未だに腑に落ちないような表情の香織だったが納得したものと見なす事にしよう。何を企んでいたのか小さく舌打ちした霞も無視だ。



 さて、一通り話も済んだ所で俺達は部活動を始めた。

 島先輩と粋先輩は正門から左側へ、香織と霞は右側へ。俺も方向的には途中まで彼女達と同じなのだが、一人なのでのんびり行くとしよう。


(水族館、か……)


 休日の午前中、家族やカップルが楽しむレジャー施設を一人で回るのか。これは客観的に見たらかなり可哀想な奴に見えるんじゃないか。


(やっぱり美術館の方が良かったかな……)


 ん?

 何だろう、今ちょうど後ろの方から視線を感じた気がする。

 取り敢えず振り返ってみるか、せーの。


「はうぅ……!!」


「………」


 一瞬人が見えた気がしたが、目の前にはただの通学路が広がるのみ。

 しかしアレだ、やけに聞き覚えのある高い声だったな。


(…………)


 誰だか何となく予想が付いたのだけれど、気のせいだったという事にしよう。

 俺はそれでもゆっくりと、歩みを目的地へ進めていくのだった。






ちょっと喧嘩(?)みたいな感じになったり。

いい加減に対応した俊也に原因がありますね。

単にそれだけとは言えない所が複雑なんですが。



香織の父上はかなり優秀な新聞記者、因みに母上が女性誌関係の仕事(といっても今は副業なのですが)をしています。


電話に出てきた俊也の母親は、良くも悪くも自由放任主義な人ですね。



次回は水族館へ。

果たして俊也は一人寂しく水族館に行くのか、或いは……


次回もよろしくお願いいたします!

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