この妄想は全てフィクションであり、作中の人物などには一切関係ありません
青少年の特権は妄想と勘違いです。
「結局、こうなる訳ね……」
「文句言わないっ、せっかく一緒に買い物に来てるんだから」
日曜日って学生にとって最も大切な休日だと思うんだ。けど、俺はそんな休日にショッピングモールで荷物持ちをさせらちゃったりしてる訳。
食材やら本やら衣服類やら、短時間ながら色々回ったので荷物は結構重くなっている。
隣を歩くのは相も変わらず元気な幼馴染みの香織と……
「ゴメンね、藤咲君。
せっかくの日曜日なのに私達の買い物に付き合わせちゃって……」
「あぁ、いやそんな事は。
今日は特に天気も良いから外に出たかったしね」
香織の隣に並ぶクラスメートの愛華も一緒だ。
彼女の存在だけで、ただの荷物持ちの休日から洒落てる素敵な休日に早変わりだ。
「本当に?退屈じゃない?」
「勿論」
申し訳無さそうな表情でこちらを覗き込んでくる、その上目遣いにちょっとドキリとしてしまう。
「それに、俺も桜さんと一緒に買い物したかったから。寧ろ嬉しいよ」
「……ありがとう、藤咲君。でも、私ももう少し荷物持てるよ?」
「大丈夫、こう見えても男だから。一応ね」
彼女に重い荷物なんて持たせられるものか。
軽い荷物だけにしないと、その綺麗な手に負担なんてかけられないから。
「ほーんと、愛華の前だと態度急変するよねー
私の時とは大違いだし……」
すかさず隣から抗議の視線が飛んでくるが特に気にはしない。ジト目で睨まれているが至って気にはしない。
「普通の対応だよ、寧ろこれが本来の俺な訳でさ」
「単にでれでれしてるだけでしょ?」
「人聞きの悪い事を言うな、俺がいつそんな態度をしたっていうんだ」
「いつもでしょっ、バカ俊也」
確かに全く無いって訳じゃないけどね。さっきも言ったけど、一応男なもので。
俺の答えに彼女はムッとしたように顔を背けて拒否の意を示した。
これもいつものやり取りであるから、やはり気には留めないでおく。
「ね、香織ちゃん、藤咲君。そろそろお昼時だけど、ご飯どうしようか?ここでご飯にする?」
「え、もうそんな時間?」
「うん、11時半かな」
時計に目を落としていた愛華の言葉通り、午前中といえどいつの間にかもうお昼手前だった。
「俺は、出来ればモールが良いかな」
この重たい荷物を置いて休めるから。
「だったら、フードコートにしよっか。久しぶりに外食ね!」
「うん、賛成」
二人もここで食べていく事に賛成のようで。
午前中のショッピングを終えた俺達は上階へのエスカレーターに乗り込むのだった。
*
フードコートはショッピングモールの最上フロアに位置している。和食、洋食、麺類、パン類、デザート等数々の店が集まった巨大なフードコートは数だけでは無く、一つ一つのお店の質も評判。
買い物に来た人々は勿論、周辺に住んでいる人々も外食代わりに食べに来る事もしばしばである。
「さてと……」
そんなフードコートのとあるテーブルの席に俺と愛華は着いていた。
香織はというと買い忘れた調味料があるからと一階に戻ってしまったので先に二人だけで入ってきたのだ。
「じゃあ、俺は皆の分買ってくるから。ちょっと待って」
「ごめんね、藤咲君にばかり……」
「そんな事ないよ。荷物見てる人も必要だから、桜さんも大事な役目を負ってる訳。盗られたりしないようにね」
「ふふ、ありがとう。頑張るね!」
俺の言葉に、微笑んで可愛らしく小さくガッツポーズしてみせる愛華。
ヤバいコレ、可愛過ぎでしょ。このやり取りも何だか仲良しの恋人同士みたいで……
(うーむ、良い休日だ)
南半球のどこぞの国に暮らしていやがる両親、今頃グレートバリアリーフを前に家で愛を語らっていやがるかも分からん父上母上よ、アンタらの息子は今とっても幸せです。
さて、半ば浮かれスキップしたい気持ちを抑え平静を装おいつつ、ずらりと並んだお店の方に歩いていく。
香織と愛華の要望は聞いてるから、俺が何を食べるかをまず決めなきゃな。
「藤咲俊也君」
「え?」
フードコート内のとあるお店─たこ焼きの有名な某老舗支店─の前を通りかかった時だった。まるで呼び止めらるかのように、名前を呼ばれたのだ。
「やっぱり、藤咲君でした」
「……あ」
振り返るとこちらに微笑みかけてくる女性が一人。
「貴女は……」
腰まで伸びた艶のある黒髪、凛と澄んだ黒い瞳と綺麗な二重、誰もが目を引くであろうその美しい容姿とスタイル。
そしてよく見慣れた制服姿。
一瞬誰だろうと首を捻りかけたが、暫くしてとある人物が頭に思い浮かんだ。
ついこの間会った、それもかなり特殊な場所で。
「副会長の……えっと、東雲先輩?」
「はい、正解です」
当たり。明条学園生徒会副会長、東雲明日菜先輩。
彼女は嬉しそうにその柔らかそうな胸の前で両手を併せた。
「すみません、すぐに思い出せなくて……」
「いえいえ、覚えててくれただけで嬉しいです」
「眼鏡をかけられていたので一瞬誰か分からなくなってて」
彼女は前回と違い黒い眼鏡をかけていた。
それは更に大人びた印象を、また違った雰囲気を彼女に与えている。
といってもまだ一回しか会った事が無いけど。
「あ、眼鏡。前はかけてませんでしたものね」
今気付いたのか左手で眼鏡にそっと触れる。同時に春風が彼女の髪を優しくさらった。
……綺麗だな、本当に。
「……変、でしょうか?」
「いや、そんな事!!
凄く似合ってると思います!ますます大人っぽくて美人というか……って、すみません」
似合わないなんてとんでもない、とばかりについ余計な本音まで滑らしてしまった。
うわっ、これ結構恥ずかしいぞ……
「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいです」
「あ、えっと、はい……」
お世辞なんかじゃないんだけどなぁ。って頷いちゃったらお世辞だって言ってるようなものじゃないか。
「いや、違っ、お世辞なんかじゃないですよ!今のは言葉の綾というか……!!」
「綾、ですか?」
「え、えっと……だからつまり」
意味の無い恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じる。端からすると情けない奴に見えるんだろうな、俺。
「ふふ、冗談です」
「う………」
「ごめんなさい、困らせてしまったみたいですね」
クスリと小さくもどこか無邪気に微笑む東雲先輩。ふわりと揺れる黒髪に優しげな表情、思わずドキリとしてしまうような美しさ。
大抵の男ならあっという間に虜になってしまうだろう。
「………」
どうも調子が狂ってしまうな。
まだたった二回目、しかもまともに話すのなんて今日が初めてだっていうのに。話していると何だか昔から知り合いだったかのように思えてしまうのだ。
「そういえば……東雲先輩はどうしてここに」
取り敢えず話題を当たり障りの無いものに変えよう。
「ちょうどお昼ですから、たこ焼きでもと思って」
「あぁ、そこのたこ焼き美味しいですよね」
「はい」
辺りをよく見れば東雲先輩の前方には客の列があった。結構長い列でそれだけこの店が人気なのが分かる。
「でも、わざわざたこ焼きの為だけにここのモールに?」
「これから生徒会の仕事があるので、その寄り道というのもありますが……」
なるほど生徒会の。だから先輩は制服姿なんだな。
襟と袖のレッドカラーが特徴的な白いブラウスに胸元についたピンクのリボン、赤いラインの入った白いスカートが明条女子の制服だ。。
「実は私、たこ焼き好きなんです。父が大阪の生まれでしたから、小さい頃はよく食べさせて貰ってて」
「へぇ……じゃあ先輩は昔関西の方に住んでたんですか?」
「そうですね、一時期は大阪に住んでいた事もありました」
大阪弁を話す東雲先輩。
それは是非とも見てみたい。
「大阪弁とかって話せたりします?」
「残念ながら、住んでいたのは本当に小さな頃でしたから。その後はずっと都会で」
「そりゃ残念、そんな先輩も見たかったなんて」
「ふふ、ご期待に添えずにごめんなさい」
何か良い感じだな。
会話も弾んでるし、仲良さ気というか初めての対話としては上出来な筈だ。
「藤咲君は今日も空を撮りに来たんですか?」
「あ、今日は買い物に付き合わされただけで。でも屋上で空を見てくのも良いかもですね、良い天気だし」
「はい、モールの屋上は広いですからね」
確かにここのモールの屋上はとんでもなく広い。学校の屋上なんてそりゃ比較にならない程に。だから空もとても広く見えるのだ。
って、あれ……?
不意に過る違和感。今彼女は何て言った?
『今日“も”空を撮りに来たんですか?』
俺が空撮ってるってどうして知っているんだ?
少なくとも、彼女に自分の趣味を話した覚えはない。だが、今の言い方は明らかに知っている風な口振りで……
前回会った時に何となく感じた気持ち。以前面識があったような。それも、ずっと昔に……
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。何でも」
俺は頭に過った考えを振り払った。
あり得ない。こんな綺麗な人に会ったのならば流石に覚えている筈だ。
東雲先輩はこちらを見て暫し考えるように頬に手を当てていたが……
「あら」
「?」
不意に視線を時計に落とした。そして少し申し訳なさそうにこちらに顔を向け直して。
「そろそろ、列に並ばないと学校に間に合わないかもしれません」
「あ、そうですか。それは残念」
「はい、私も藤咲君ともう少しお話していたかったです……」
社交辞令か、或いは本当に残念と思ってくれていたりするのか。どちらにしても彼女からそんな言葉をかけて貰っただけで、モブキャラクター的位置の男子生徒Aとしては嬉しかった。
「では、また学校で」
「先輩も仕事頑張って下さい」
たこ焼き屋の列に行ってしまう先輩との別れを惜しむも、何だか仲が近づいたような気がして純粋に嬉しかった。勿論、単なる先輩と後輩の仲でという意味だけれども。
「藤咲君……」
「へ?」
再び俺を呼ぶ声。東雲先輩ではなく別の声が後ろから聞こえてきた。
「桜さん……」
声の主は愛華。すぐ後ろに立っていた彼女に俺は驚きつつ、すぐに当初の目的を思い出して申し訳無い気持ちに包まれる。
そんな俺にもニコニコと笑顔を向けてくれる彼女は、まさしく女神を彷彿とさせる……
「中々戻って来ないから心配して探しに来たんだけと、“綺麗な”女の子と“とっても”仲良く話してたみたいだから、“余計な”心配だったみたいだね」
「………」
あ、あれ?
何だろう、気のせいか言葉の端々に結構鋭い棘があるような。
よくよく見れば彼女の表情も笑顔なのに笑っていないような気が。
普段の彼女からは中々想像出来ない、珍しい雰囲気。
「あ、あのー……もしかして、何か怒ってたりする?」
「ううん、“全然”怒ってないよ?」
「………」
これは……これはもしかして。もしかしたら、もしかするとだ。
マンガとかゲーム(ギャルゲー)とかにしか存在しないと言われ、現実世界では愚者達の妄想の中でしか発生しないとされる伝説の反応……『美少女の嫉妬』というやつではないか?
嫉妬、つまりはJerousy。
嫉妬、つまりは焼きもち。
彼女は一体何に嫉妬している?
この場で考えられる選択肢は一つ、俺が知らない女性と仲良く会話していたから嫉妬している。つまり彼女は……
いや、待て待て待て。
早まるな、落ち着け、とにかく冷静になって考えるんだ藤咲俊也。
確かにこの反応は嫉妬に近いもののように感じられる。
しかし、しかしだ。
先程も述べたように美少女の『嫉妬』とは現実で起こる事は希有、愚者達の妄想の中で発生する事がほとんど。
浅はか且つ希望的観測で浮かれた挙げ句、結局は勘違いで破滅していった愚者達を俺は何人も知っている。
つまり、恋人でも無い異性に対し『これは嫉妬かも?』と考える事は愚者である証に他ならず、故に今俺という愚者の中で繰り広げられている哀しい妄想でしかないのだ。
自分自身をよく見ろ、身の程を弁えて考えろ。
片や学園でも有数の美少女に間違いなく入るであろう愛華、片や何の変鉄も無いただの凡人、いやそれ以下かもしれない自分。
特別な好感度アップイベントも無しに、こんな自分を果たして彼女が好きになるだろうか。
残念ながら、それは夢見がちな妄想で現実からは程遠いと考えるのが一般的である。
結論として。
彼女は嫉妬で怒っているのではなく、俺が率先して食べ物を取りに行ったにも関わらずすっかり忘れてお喋りに興じていたからその無責任さに怒っていると考えるのが妥当だろう。
ただ、彼女は優しいから無責任な俺への気持ちを顔や言葉になるべく出さないようにしてくれているというだけで。
「その、ごめん。
お昼の事、忘れてて」
「………」
こういう時は言い訳せずに素直に謝るのが正しい。悪いのは一方的にこちらなのだから。
「とにかく、香織ちゃんが戻ってくるまでに用意しちゃおう?」
「分かった」
話はそれから、という事だな。
ってか、あいつはまだ戻ってきてないのか。何やってんだか、俺も全く他人の事は言えないけど。
*
「それで、さっきの女の人は?」
一通り料理をテーブルに運んで来て席で向かい合う俺と愛華。
何だか若干空気が重いような気もするが………これは何なのだろう。
「あの人は生徒会の東雲明日菜先輩。」
「え、あの東雲さんだったの?」
愛華は純粋に驚いたような表情をこちらに向けてくる。
「知ってるの?」
「うん、有名だよ。中等部で生徒会に勧誘されるくらい優秀な人だって」
「中等部で……生徒会って基本皆高等部だよね」
「そうだね。でもたまに例外もあって、東雲さんは一昨年に中等部ながら生徒会に入って、確かの去年は補佐に抜擢されたんだって」
全くの初耳だった。驚いたのは彼女の経歴にではなく、そんな凄い人物を今の今まで知らなかった自分にだ。進一にも言われたが、ちょっと学園事情に無頓着過ぎやしないだろうか。
しかしなるほど、通りで生徒会が手慣れている筈だ、あのぐるぐる会長よりもよっぽど優秀なのだろう。
「それにとっても美人で成績も常に最優秀、ファンクラブも沢山あるんだって。この間クラスの女の子が話してたよ」
それは納得。あれだけ美人なのだから、寧ろファンクラブが無い方がおかしい。女子が話していたという辺り、男子は勿論女子からの支持もかなり強いのだろう。
「へぇ、そりゃ凄いな」
「うん、本当にね。同じ女性なのに憧れちゃうな」
彼女は柔らかく微笑んだが、すぐにまた表情を真面目な表情─いつもと違ってちょっと怖い─に戻りこちらに視線を向けてくる。
「でも、知らなかった。藤咲君がその先輩とあんなに仲が良いなんて」
「あー、いや、それは……」
敢えて否定はせずに、取り敢えず彼女と知り合った経緯を簡単に説明する事に。
「つまり、ただの先輩と後輩ってだけで。別に何かあるとかじゃ全然無いから」
「ふむ……」
こういう言い方は誤解を受けやすいと思うけど、これだけはちゃんと言っておかないとね。
「でも、何だかとっても楽しそうだったみたい。特に藤咲君は頬緩みっぱなしだし……」
「あれは……そう、生徒会の方だからさ。折り合いは良くしないと、部活の事もあるし」
お、今のは結構説得力がある気がする。正直新聞部の行く末なんて考えた事も無いけど。
「本当に……?」
「う、うん。本当に」
じとーっとこちらを見つめる愛華。
うん、こんな表情の愛華は滅多に見れないけどこれはこれで可愛いな。
それにしても、何故彼女未だにこんな表情をしているのか。先程はあり得ないと追っ払ったが、今一度考えてみよう。
もし万が一、億が一、地球が反転するくらいあり得ない事だとして、彼女の気持ちがソレに相違ないものだとしたら。
───────────────
以下妄想。
『あのさ、やっぱり何か怒ってる?』
と俺が訊ねれば、
『………』
愛華は釈然としない表情で俯く、或いは頬に手を当てて考え込む。
暫く黙った後、おずおずと顔を上げてこちらに目を向けてくる。
『あのね……』
『ん?』
『藤咲君には、その、あまり他の女の子に目移りしないで欲しいの』
『え、それってどういう……』
俺の声は最後まで続く事は無い。何故なら目の前で何かを口にしようとする彼女の言葉を今か今かと待っているから。
『だって藤咲君には……』
頬を赤らめて、こちらを見つめながら、おもむろに口を開く愛華。
『わ、私がいるから……』
───────────────
あり得ねぇ……
まさしく妄想、青少年の特権をフルに行使した妄想全開にした訳だが。流石にそんな展開はご都合過ぎる。
どこぞのギャルゲー展開ならまだしも、これは現実。コントローラ一つで女の子と仲良く出来るものとは訳が違う。
そもそも世界をゲームに置き換えたとしても、俺は主人公なんて高尚なポジションでは到底無い。
せいぜい主人公の教室にいるモブキャラ同士の会話に参加しているかいないかの存在程度だ。
これは決して自分を卑下しているのでは無く、飽くまで客観的な視点で自分を見た時の評価である。
「あの、やっぱり何か怒ってる?」
とはいえ、だ。
話は戻るが、やはり愛華の態度の理由は明確にしておきたい。彼女とは何の後腐れも無く接したいから。
愛華は暫く何かを考え込むように黙っていたが暫くしてゆっくりとこちらを見つめてくる。
「あのね、藤咲君」
「うん」
ここまでは先程の妄想通りなんだよな、なんて馬鹿な事を考えながら俺は努めて平静に応える。
「藤咲君にはね……」
「ん?」
「他の女の子に、あまり目移りしないで欲しいの」
つもりだったのだが、彼女のその言葉に思わずポカンとしてしまった。
あれ、これって夢か。それともまだ妄想の中?
「それって、どういう……」
うわっ、同じ台詞言ってるよ俺。一体何を期待しちゃってる訳だか。
「だって、貴方には……」
「………」
まさか、ね。
いや、無い無い無い。それは無いな、何かオチがつくに決まってる。
いや、しかし万が一……いや、それは無いだろ。でも、もし……もしかしたらの可能性として……
「香織ちゃんがいるんだから」
ずるぅぅーっ!
いやはや見事なオチだねホント。思わず席からずっこけてしまった。
「藤咲君?」
「い、いや……何でも無いよ」
言われてみれば頬も顔も赤くなったりして無くて、努めて真剣な表情だったな彼女は。
やれやれ、分かっていても危うく哀れなピエロになるところだった。恥ずかしさを隠そうと一つ咳払いをして席に着き直す。
「藤咲君はしっかり香織ちゃんを見てあげて?他の女の子にばかりでれでれしてたら、悲しんじゃうから」
「………」
「彼女だけは裏切らないであげて、ね?」
本当に、愛華は香織の事が大好きなんだな。そう微笑ましく思う反面、その誤解を一体どう訂正すべきかと困惑してもいた。
「あのさ」
「ん?」
「毎回言ってるけど、俺と香織は付き合ってもいないし、お互いをそういう意識も持ってない訳で」
彼女にこれを説明するのは一体何回を数える事になるのか。けれど黙っていたら肯定的と取られかねない。
「うん、今はまだね」
「これからそうなる、みたいに聞こえるなぁ」
「勿論」
そこまで自信満々に言い切れる根拠は何なのか。毎回不思議で仕方がない。
「だから、香織ちゃんの前ではあんまり目移りしてちゃダメだよ?」
「………」
まるで子供を諭すような優しい口調。そして今度はちゃんと微笑んでくれる。
言われた側から既に彼女に対して頬が緩みそうになるのを抑えるのに必死で、返す言葉なんて考えちゃいなかった。その沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は小さく頷いてみせる。
「あ、藤咲君」
「っ!?」
それと同時、ちょうどそのタイミングで。出口の方から声がかかってきたのだ。
今日よく名前を呼ばれるな、うん。
「先輩……」
少し距離はあったが、東雲先輩がこちらに向けて小さく手を振っているのがはっきりと見えた。手にはたこ焼きのビニール袋、買い終えて戻る所だったのだろうか。
「また、学校で」
「え、えっと……はい」
せっかく手を振って下さっているのだ、無視する訳にもいかずに俺もそっと振り返って手を振り返す。
しかし、内心はそんな余裕などまるで無かった。
何故ならば、俺のすぐ後ろからは、未だ感じた事の無いようなただならぬオーラをひしひしと背中に受けていたからである。
「………」
ゴゴゴ、と。擬音に例えるならばそんな雰囲気がすぐ後ろから迫っているかのような。
自然とひきつる笑みを意識しながら、出ていった先輩を見送る。振り返るのがちょっと怖かった。
「あ、愛華ー!それから俊也!」
それから間もなく、香織が片腕に荷物を下げて小走りにテーブルにやって来た。
どうでも良いが、俺はおまけか。
「ごめん愛華、ちょっともたついちゃって」
「ううん、大丈夫。冷めないうちに戻って来て良かった」
顔の前で軽く手を併せると、香織は愛華の隣の席に腰かける。
ふと向かいである俺と目が合った。
「俊也、二人きりだからって愛華に変な事してない?」
「人聞きの悪い事を言うなっ」
「本当に〜?」
クスリと悪戯っぽく笑う香織。ちょっとわざとらしいぞ。
「普通に話してただけだよ」
「例えば?」
「え……」
いつに無く突っこんでくるな、テキトーに聞き流してくれて構わないのに。
「例えば、ね」
代わりに愛華が引き受けてくれたのだが。
「藤咲君は香織ちゃんが居ないとダメなんだね、って話とか」
「私?」
「うん、香織ちゃんが側に居ないと」
「まーね、俊也のお母さん公認のお目付け役みたいなものだし」
んな話一言も言していないから。
因みに香織の話も眉唾だ。一体いつそんな役職についたというのか。
「香織ちゃんも俊也君がいないとダメだよね?」
「そんな事ないー」
「そう?」
今度は愛華が悪戯っぽく首を傾ける。やや不満気に口を尖らせる香織を微笑ましそうに見つめながら。
「………」
香織と愛華が女の子同士な会話に華を咲かせる中、俺はぼんやりと外の景色を眺めながら
「なーに黄昏てるのよ」
「いや、別に」
「……変な事考えてない?」
不躾な奴だな。
「やっぱり、藤咲君が考える事は香織ちゃんの事だよ。ね?」
「ま、保護者としてはそろそろ大人しくして欲しいとは常々考えてるけどね」
「ふふ、本当にそれだけ?」
その後、幼馴染みの『私が保護者だよ!』なんて抗議を軽く流しつつ昼食をとるのだった。
今回で大体ヒロインがちゃんと出揃いました。
幼馴染みの香織、友人の愛華、毒舌な部員の霞、お嬢様キャラな妃希、先輩で生徒会の明日菜。
こんな所だと思います。
恋愛要素はまだ少ないのでどういう風になるかはまだ未定ですが。
ツンデレ要素と妹要素が足りん!!って思う今日この頃だったり。
これからもよろしくお願いいたします!




