気分だらだら、春うらら
第二話です。
一人称視点は難しいですね。いや、三人称視点も難しいですが。
相手の心の動きを直接描写出来ない分、今までより苦戦しております。
感想や批判、アドバイス等といったご意見があれば是非お願いします!
晴れやかな朝。雲一つ見えないその澄んだ青はどこまでも自由で見上げる者を空の先へと連れていってしまいそうだ。だから新学期は素晴らしいとでも宣う気が貴様。
にも関わらず、香織に首を絞められん勢いで引きずられていた俺は母校である『明条学園』の正門にようやく到着した。
舞い散る花びらの儚げな美しさを感慨深く眺める事も叶わず、正門まで続く桜並木の坂を引っ張られて。普通桜並木って学生の憧れじゃないの?坂道を登ってゆくその歩調は新たな物語が始まる予感を煌びやかに光らせるんじゃないの?ほら某ギャルゲーでも二人が陽の当たる坂道を登っていっただろ、あの朝が無かったら岡○は今頃どうなっていたのか分からないんだぞ。
「よし、到着!」
「けほっ、こほっ!!」
荘厳華麗な、と言えば校長もご機嫌になるであろうお気に入りの石柱の前で香織は急停車すると掴んでいた手をパッと離す。半ば放り出されるようにして俺は地面に叩きつけられる。硬い地面の痛みと相まって引きずられていた勢いで思わず咳き込んでしまう。
せっかくの新学期、心機一転新たな1日に臨むべきだと言うのに。何だってこんな爽やかな朝からコイツに巻き込まれないとならないんだ。
歩く台風だな、ホント。
「………」
いくら言っても本人に自覚が無いのだから仕方がないか。
一通り咳き込んだ後、ゆっくりと顔を上げると明条学園の正門光景が視界へと飛び込んできた。石柱の正門には明条学園と彫られており、その先には大層なオブジェが特徴的な噴水とそれを囲むベンチや花壇の並ぶ正門前広場が。
校舎は更にその奥に広がっており、遠目にいくつもの建物が見える。
相変わらず大きい学校だ。
都会の私立で中高一貫のマンモス校なのだからそれも当然といえば当然。ここに通っている生徒の中には母校に誇りを持っている人間も多いのだ。
「しかしなぁ、香織よ」
「何?」
俺は頭を掻きながら立ち上がると、早速メモ帳を開いてペンを構えている幼馴染みへと顔を向ける。
「まだ7時半過ぎだぞ?
入学式は9時なのに、こんな時間から来てる奴なんているのか?」
「俊也、本当にこの学園の生徒?」
当然の疑問を口にしたつもりだったのだが、幼馴染みは訝しげな表情で眉を吊り上げてみせた。
相変わらず失礼な奴だ。この学園の生徒で無ければこんな時間にこんな場所に居るものか。いや、幼馴染みがコイツの場合ならば学校が違っても或いは。無理矢理にでも引っ張り出されるんだろうな。
「新入生っていうのは入学式前に生徒説明会があるの。中等部の時に出席したでしょ?」
「……そうだったかな」
「ま、俊也の場合入学式ですら熟睡してたから覚えて無いだろうけどね」
ならば聞かないで欲しい。確かに入学式当日の記憶は全くと言っていい程無い。香織に半ば脅迫されるかの如く新聞部へ加入させられた事くらいか。
「んで?
その説明会とやらは何時からなんだ?」
「8時15分から。
そろそろ新入生や親御さん達が来る頃だね」
香織は口元を薄く緩めてみせる。なるほど、それならば時間帯的には頃合いか。
日本人とは律儀なもので、遅刻という概念には一際厳しい人種だ。遅れる事は即ち相手への無礼と考える。早く来て相手に気を遣わせるのは良くないと考える外国の考え方は馴染みが無いのだ。
「あ!
早速新入生見つけた!」
等と話していたら早速取材対象を香織が発見したようだ。
正門に向かって桜並木を歩いていく新入生だろう、女の子とその母親やしき人物だ。
女の子の表情は舞い散る花びらに増して期待に満ち、下ろし立てだろう、ひらりと春風に揺れるセーラー服が初々しい。彼女の黒髪のツインテールもまた、同じように風に揺れる。
「行くよ俊也!もたもたしない!」
「ばっ、だから引っ張るなっ」
香織は有無を言わせずに俺のワイシャツの襟を掴んで駆け出す。
百歩譲って無理矢理引っ張るのはまだ良いとしても何故首根っこを掴むのか、せめて腕を掴んでくれても良いのではないか。朝からコイツと腕を組んで桜並木を歩きたいとは思わないが。
「おはようございます!
明条学園新聞部です!」
「「?」」
そんな俺の思考などお構いなしに香織は晴れ着に身を包んだ親子に話しかける。いきなりそんな風に大きな声をかけたら驚くだろうに、しかし彼女は躊躇わずに話を続ける。今にもマイクを差し出しそうな勢いだ。
「新入生の方ですよね?」
「はい……そうですが」
質問に答えたのは女の子の母親であった。彼女は何が何だか分からないといった表情だったが、香織の制服を見て学園の人間だと分かったようで少し安心したように目元を和らげる。
「私達、この学園の新聞部をやってる者です。新入生のインタビュー記事を書きたいのですが、少しお話よろしいですか?」
「あ、そうでしたか……」
事情を理解した母親が良いですよと微笑む。女の子も口にはしないがこくりと小さく頷いて大丈夫だというサインを示した。
「ではまず、今日からこの明条学園の入学式に出席して生徒となる訳だけど、今の気持ちはどう?」
「え、えっと……緊張してます。だけど同じくらい楽しみです。これから色々な出会いがあると思うと、とっても」
「ふむふむ」
承諾を得た香織は早速インタビューを開始する。女の子は緊張気味に、だが新天地を前にしてやはり嬉しそうに答える。
「この学校はもう見学したのかな?」
「はい、去年の夏休みからちょくちょく」
「そっか。印象はどんな感じ?」
「とても素敵な学校だと思います。綺麗な校舎に施設、敷地も広くて景色も綺麗。校風も意思の尊重と自由を主としていて気に入ってます」
うっとりとした瞳で学園を褒め称える女の子。間もなく自分もその学園の生徒となるからか尚更、言葉には熱がこもっているように思える。
まぁ、彼女の言う事には俺も大体賛同出来る。明条学園は創設こそ古いが大型私立よろしく毎年の整備が行き届き校舎や施設等の建物は真新しく綺麗だ。敷地は広大で正門から見える噴水広場を例にとってもそれは分かる。中庭はこれより更に広い。
校風について。
これはどこも概ね同じようなものだと考えているので分からないが、彼女が主観的に良いと感じたのだろう。
「ではお母さんに。
お嬢さんをこの学園に入学させるにあたって、決め手は何でしたか?」
何て大きなお世話な質問だろうか。言い方こそまだ丁寧だが、会話の内容は主婦の井戸端会議そのものである。
「やはり、進学率でしょうか。娘にはしっかりとした道を進んで貰いたいですし」
と思いきや、この母親も意外とノリが良かった。香織のインタビューにしっかりと答えているではないか。
確かに明条は進学率が高い事で近辺では有名な進学校だ。高等部の偏差値は65以上もあるので、高校から編入してきたものはすべからく頭が良い。有名大学への進学率はほぼ彼らのおかげと言っても良いだろう。
逆に中等部の偏差値は57と落ちる。自分のような学力が平凡な人間がギリギリで通れるレベルになっている。
故に中等部からの入学者─生徒数の多くを占める─は高等部から編入してきた人間と大きく差が開き易い。尤も、中等部からでも頑張る者は勿論多くおり、有名大学への進学率も実績はある。高等部と総計すれば更に実績は上がる。
結局、努力している生徒達のおかげで総合的に高い進学率を保っている訳だが、やはりその例外になる者も多いのは事実だ。自分のように運と行き当たりばったりがモットーな勉学をしている例外者もまた然り、だな。
「貴重なお話ありがとうございました。
これから同じ学校になるから、よろしくね」
「あ、はい」
俺が下らない思考を巡らせている間にもインタビューは続いていたようで、いやたった今終わったらしい。香織が二人に一礼して女の子に微笑みかけて別れた。親子はそのまま正門へと入っていった。
「よし、次行くよ!」
「まだやるのか……」
「当然。
まだ始まったばかりよ」
すぐに辺りを見回して次なる対象を見つける香織。早くも飽きを見せた俺だが彼女は全く取り合おうとはしない。
辺りには次々と親を連れた制服の生徒が増えてきていた。制服からして中等部からの新入生徒が多いようだが、中には高等部の生徒もちらほらと見られた。彼らが編入生だろう事は親を連れていなくても何となく想像出来る。
高等部は入学式は無いが進級式というものが執り行われる。時間は確か入学式と同じ9時からだが、説明会が無い分、こんな早い時間帯から来る高等部生は恐らく編入生に違いない。中等部からの在校生はまだ自宅か通学の準備中だろう。
俺達くらいなものだ。初日からこんなに早く登校しとくる在校生は。自宅が近く無ければこんな所業は真っ平ご免である。
……そういえば愛華とも通学路で会った筈だが。香織に引っ張られ途中で別れたとはいえ、そろそろ来てもおかしくないのだが。
「ようやく追い付いた、藤咲君」
「あ、桜さん」
噂をすれば何とやら。
ゆったりとした歩調で、舞い散る桜と共にウェーブのかかった髪を揺らしながら、何とも幻想的な美しさを身に纏い正門までやって来る。浮かべられたその優しい微笑みは見るもの全て癒す程の魅力があった。
愛華は側まで来て立ち止まると両手で持っていた鞄をスカートの後ろに持ち直して、俺より更に後方に視線を向けた。
「香織ちゃん、本当に楽しそうだよね。部活してる時が特に」
「ん?」
ふと気が付くと、つい今まで隣に立っていた筈の幼馴染みが見当たらない。
一体いつ、瞬間移動等という超能力を身に付けたのか。クスリと微笑む愛華の目線の先にいつの間にか彼女の姿があった。
香織は既に次なるターゲット、制服姿の男の子とその母親にインタビューをしていたようで、こちらに気付くと中断して大きく手を振ってくる。
「俊也ー!
早く来なさいってば!!」
……なぁ、香織よ。
頼むから周りに多く人間が居る時に大きな声で名前を叫ぶのは止めてくれ。
見ろ、周りの新入生達やその親御さん達がこちらに視線を集中させ始めてきたじゃないか。
「藤咲君、呼んでるよ」
「……分かってる」
愛華の隣にいてお話していられたらどんなに楽しくて有意義だろうか。しかし、このまま香織を放っておいたら更に目立ってしまうに違いない。今は大人しく従っておくしかないか。
「もう俊也!!
何ぐずぐずしてるのよー!」
「クスクス」
時既に遅し。先程より大きな声に新入生達だけで無く、木々に止まっていた鳥さえも自分を凝視しているかのように思えた。
可笑しそうに笑う愛華に半ば後押しされるように、並木坂の途中で親子と向かい合っている幼馴染みの元へ足を進める。自ずと早くなる歩調を意識しながら。
「では、お話ありがとうございました」
香織の側まで寄っていくとちょうどインタビューを終えたのか、親子にお礼を言って別れを告げていた。二人は周りの人々と同じように明条の正門に入っていく。
「ねぇ、学園の正門を撮ってくれない?」
「あん?」
そんな後ろ姿を見送ると香織は唐突にそんな事を言ってきた。指差す先には舞い散る桜の雨の中に荘厳佇む石柱の門。
「この桜並木から見える正門を撮って欲しいの、記事の写真に使いたいから。タイトルはそうね、『春麗ら、新たな仲間を迎える明条桜並木』ううん、もう少しシンプルに……」
「はぁ、分ァったよ」
「ちょっと!
まだ途中なのに!」
彼女の話を遮るように鞄を開けてデジカメを取り出す。抗議の色の彼女は頬を膨らませてこちらを睨むが、構わずその顔の前でヒラヒラと手を振ってみせた。
「記事はまた明日で良いだろ。それよりさっさとインタビューしたらどうだ?」
「あ、そうだった」
口にした通りあっ、と手を当てる香織。
全く切り替えの早い奴である。
慌てて次なるターゲットに向かって駆けていく彼女を横目で見ながら、俺は小さなため息と共にカメラの電源ボタンを押す。
間もなく広い画面越しに見えた並木坂を
写真を撮る事は好きだ。
それは別に空に限らず、撮影をする事自体楽しいと感じる。
連なる山々、無限に広がる海、何気無い日常の風景だってそこに何かを感じる事が出来れば良い写真になると思う。
ただ、空を撮る事には人並み以上に拘りが強いというだけの話である。その拘りはちょっとしたもののつもりだ。周りからは苦笑が飛ぶ程度、に。
「………」
画面に映る桜並木とその先に立つ正門。時折ひらりと舞い散る花びらが画面の端を横切る。続々と期待に胸を踊らせる新入生達が明条の入口をくぐってゆく。
ひらり。
落ちてきた綺麗な桜の花びらが数枚、散り際の最後の抵抗か、正門を彩るかのように宙に舞う。
その瞬間、シャッターを切った。
「ふむ……」
画面に再生された画像を見て思わず頷く。良い写真が撮れたと思う。
それも個人的に、という枠内での話だ。
写真の撮影についてあれこれと語れるノウハウは自分には無いに等しい。
この道で食べていっている人間からしてみれば、自分の写真等見るに堪えない子供のお遊びに過ぎないだろう。
それについては深く考えなくても良いだろう。趣味として楽しんでいるのだから、全く持って申し分無い。
親父のようにはいかない事など百も承知だ。
「うん、こんなものかしらね」
30分後。
ある程度取材を終えた香織は満足そうな顔でパタリとメモ帳を閉じていた。
俺はというと、正門の柱にぐったりともたれ掛かって空を見上げている。少しずつ出てきた雲が泳ぐ青を、片手で掲げたカメラに映る画面に通して。
「お疲れ様、香織ちゃん」
「大丈夫、まだまだ元気よ愛華」
一仕事終えた香織を労う愛華。
全くだ、香織は元気だけが取り柄なのだから心配なんてする必要は無い。その華奢な身体の何処にそんな元気があるのか是非とも知りたい。
俺は幼馴染みに叩き起こされるという苦行に早くも無駄な疲労感を隠せないというのに。
「そろそろクラス発表の紙が出る頃ね。
行きましょ、愛華」
「うん、同じクラスだと良いね」
新入生以外の生徒の姿も坂の前に見え始めてきた。互いに微笑み合うと正門の内側へと歩みを進め始める香織と愛華。
黙っていれば香織は美少女、愛華は言うまでも無く。隣合い歩く様は儚げに舞う桜がとても良く似合っている。
いや、誉め過ぎたな。愛華の方に実によく似合う、香織の方はそのついでとでも言っておこう。
「ほら、アンタも行くわよ!」
「っ!?」
いきなり襟を掴まれキュッと首元が絞まる感覚。何故頑なに首根を引っ張るのか。俺はお前程丈夫では無いと………最早決まり文句と化したな、これは。
新学期早々、これで三度目だ。成す術無く可愛らしい(?)女の子に引きずられるという何とも情けない醜態を晒すのは。
在校生がまだ少ないのがまだ幸いだ。
俺は一刻も早く校舎に辿り着く事を願うばかりであった。
進みが遅くてすみません。
まだ最初なのでかなりゆったりですが、これからどんどんテンポを上げていきたいと思います!
次回もよろしくお願いいたします。