いざ、部活紹介へ
部活紹介編はこれにて終了です。
次回は4月後半、ゴールデンウィーク特集の話しとかも含めてやっていきます。
よろしくお願いします!
外は生憎の曇り空。
廊下の窓から灰色に染まった雲を眺めて堪らずため息を溢す。
「はぁ……」
「もう、朝から元気無いよ俊也っ!」
「お前は朝から元気過ぎるんだよ……」
隣で激励してくる無駄に元気の良い女子高生の言葉に俺は更にため息を重ねる。朝からどうしてこんなにも元気でいられるのか常々不思議で仕方ない。
「もっとしゃんとしないと。
今日は部活紹介の日なんだよ?」
「と言われても……」
バンバンとやや強めに背中を叩かれて視界が揺れる。
香織の言葉通り、本日は部活紹介の日。
金曜日だが三時限だけの午前授業、放課後から体育館に移動して新入生への紹介式があるのだ。
だからと言っていきなり元気全開になんてなれるものでもなし。
「そんなため息ばっかりついてると幸せが逃げて言っちゃうよ?」
「あぁ、全くだ。
んな態度だと、せっかく若いのに心はどんどん老けていくぞ」
香織の言葉に同意する声がもう一つ。左隣に友人である進一がポンと肩に手を乗せてくる。
心が老けるってどんな状況だよ。
「うんうん、確かに俊也は今も昔もひねくれっ子だしねー
可愛げが無いもん」
「ま、それがトシなんだろうけどさ」
「うん。だけどね、俊也がもっと若々しい性格ならどうかな?」
「ふむ、例えばどんな性格なら若々しいんだ?」
「うーん……王道スポーツ漫画の主人公みたいに『俺について来いっ』っていう熱血タイプとか、最近のアニメとかによくある優しい草食系の男の娘タイプとか?」
どれも想像出来ない。というかそんな自分は不気味過ぎて想像もしたくない。
「まぁ、いきなりコイツがそんな性格にチェンジされても戸惑うけどな」
「あはは、それはそうかも。ちょっと他人って感じしゃうかもね〜」
当人を差し置いて好き勝手に言葉を交わす二人。
もうツッコむのも面倒なので勝手にやらせておく事に。
「けど、結局穂坂といる時のトシが一番自然だからな。やっぱりこのままが一番だな」
「そうかな?」
「あぁ、見てる方も一番しっくりくるし。付き合いが長い身としてはな」
「じゃあ、やっぱりひねくれ者の俊也が一番だね。ちょっと残念な感じで」
「そ、んでもってちょい腹立つ斜めな感じも」
二人の性格改造案は振り出しに戻ったらしい。
話が最終的に俺の悪口になっている事には気付いているのか。
ま、どうでも良いが。
(曇りだなぁ……)
再び窓の外に目を向ければ灰色の雲がびっしりと空を埋め尽くしている。
曇天も嫌いじゃない、というかそれも含めて空だから好きだ。
しかし何だか今日はやたらと眠くて元気も……
(ん……?)
不意に感じた視線。
その微かな気配を辿っていくにつれ、顔も窓の外から校舎内へ。
(あれは……)
廊下の先。曲がり角からピョコンと飛び出した黄色い髪……アホ毛だな、あれは。
先程からひっきりなしに出たり引っ込んだりしている。
「………」
「俊也?」
俺は一つ息をついて、窓側から離れてその曲がり角へ歩いていく。
そして、見覚えのあるそのアホ毛に声をかける。
「何してるんだ、白ノ宮?」
「はうぅ!?」
次の瞬間、角から黄色い髪の女の子、白ノ宮妃希が飛び出してきた。というか、倒れ込んできた。
「っ〜……はっ!?」
しかしすぐに立ち上がり、ささっと扇子を広げてお決まりのお嬢様ポーズをとってみせる。
頭の上のアホ毛がピョコンと揺れ、縦ロールがふわりと舞った。
「ここ、こんな所でお会いするなんて、奇遇ですわね藤咲さん!
おはようございますわ!」
「おはよう」
奇遇というか、思い切りこちらの様子を窺っていたようだが。まぁ本人隠れていたみたいだから触れない事にしよう。
「あ、白ノ宮さん……」
「白ノ宮?」
後ろからやって来た香織と進一が白ノ宮に気付いたようだ。
「東堂さん。おはようございますわ!」
「あぁ、おはよう」
今度はスラッと背筋を伸ばして進一にご挨拶。たった今転んだミスは彼女の中で無かった事になっているらしい。
「って、私も居るでしょ〜!」
「……あら、そうでしたの。気が付きませんでしたわ」
「むむっ……!」
香織の異議に素っ気なく返す白ノ宮。
勿論知っていただろうに、全くわざとらしい奴だ。
「それより藤咲さん、この私に会ったのですからそんなだらしないお顔ではなく、しゃんとして下さいまし」
「え……あぁ、悪い」
ピッと扇子を突き付けてくる白ノ宮。いつものやり取りに条件反射で謝ってしまったが……
「ちょっと!」
すかさず香織が腰に手を当てて白ノ宮の前に立った。
「誰だって元気の無い日はあるでしょ。そういう時はそっとしてあげるものだよ?」
お前さっきと言ってる事違くね?
「あらあら、貴女は朝から無駄に元気ですわね〜
悩みなんてさっぱりの能天気、ある意味羨ましいですわ」
「な、私だって悩みくらい……」
あるのだろうか。
「あら、そうは見えませんけれど。
まぁ私程忙しい身になりますと、色々と悩みはありまして……」
白ノ宮はクスリと悪戯っぽく口元を緩めて腕を組んでみせた。その動作に彼女の豊満な胸囲が思い切り強調される。
「これのせいで、最近やたらと肩が凝ってしまって困っていますの」
確かにかなりのサイズだな、あれは。
Fカップもあるとか、男子の間では噂になっていると聞いた事がある。
「その点貴女は良いですわね、そのサイズではそんな悩みも無いでしょうから」
「な、ななっ……!!」
「あらあら、動揺がお顔に出てますわよ香織さん」
たちまち顔を赤くして言葉を詰まらせる香織にパタパタと扇子を扇ぐ白ノ宮。
一体何の勝負をしているんだ、コイツらは。
「ふぅ……」
仕方ない。本来ならば関わるのは一切御免だが、今回は特別に仲裁に入ってやろう。
俺はポンと香織の肩に手を置いて……
「安心しろ香織、お前だって標準サイズだと俺は思っ……」
「フォローになってないっ!」
あっさり裏拳で返された。
鼻っ面に直撃した痛みに堪らず涙が浮かぶ。
「……せっかく止めてやろうと思ったのに」
「トシ、かける言葉が間違ってるぞ……」
ポンと肩に手を置いてくる我が友人。あれ、優しい言葉なのにその目は哀れんでいるように感じる。
「で?
一体何の用なの、白ノ宮さん?」
「あら、別に私は貴女などに用なんてありません事よ。偶々通りかかっただけですから」
「………」
再び睨み合う二人。
少しは互いに歩み寄ろうという気持ちは無いのだろうか。
「けれど、先日新聞部が本日の部活紹介のプログラムに載っていないのを見まして……」
そう言って白ノ宮がサッと差し出したのは部活紹介のプログラム冊子。
彼女も新聞委員会なので取材の為に貰っていたのだろう。
「とうとう部の解散を決意したのかと……」
「お生憎、部活紹介にはちゃんと出るよ!」
「?」
頬に手を当てる白ノ宮に香織はこの前の出来事を説明してみせた。生徒会に直談判をして部活紹介の参加を許可して貰った事を。
「そうでしたの。
相変わらず諦めが悪いというか、しぶといというか……お見苦しいですわね」
「むー、良いの。
勝利は勝利なんだから」
呆れたような声色で扇子を扇ぐ白ノ宮。
「ま、それに関しちゃ俺も白ノ宮と同意見だけどな……」
「もうっ、俊也まで!!」
諦めが悪いのはコイツの長所であり短所でもある。その辺は俺もしっかりと心得てるけどね。
「まぁでしたら、今日の部活紹介が楽しみですわね。
一体どんな失態が見られるやら」
「その心配は無用だよっ」
ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる白ノ宮に香織も腕を組んで受けて立つ、といった態度で返す。
「まぁ、私達新聞委員会の活動が始まれば、貴方など目でも無くなるのですけれど」
「何の、委員会が始まる前に私達新聞部がスクープを出し抜いてみせるんだから!」
「非公式の存在がよく言いますわね」
「非公式って言うなー!」
このやり取りももうお決まりだよなぁ。
二人の話を聞いててぼんやりとそう思っていると、授業開始5分前のチャイムが鳴る音が聞こえてきた。
「さて、これ以上貴女方と無駄話してもいられませんわね。
では、ご機嫌よう藤咲さん、東堂さん。それと標準……あら失礼、香織さん」
「んーっ!」
再びわざとらしく胸を強調させた後、くるっと華麗にターンしてみせる白ノ宮。何か言い返したいが何も言えないのか悔しそうに地団駄を踏む香織。
「何よー!
胸がそんなに大事な訳!?わ、私だって去年よりは……」
「まぁまぁ……」
それを宥める進一。
「………」
俺はというと、彼女が消えていった廊下の角を見つめていた。
そして微かに、苦笑の意も込めて息をつく。
相変わらず素直じゃないな、白ノ宮も。
本当はプログラムに新聞部の名前が載っていなかったのを見て、“心配”でこっちに来たんだろう。彼女の性格を考えると何となくだが分かってしまう。
ま、彼女には人一倍高いプライドがあるから黙っておくのが優しさなんだろうな。
「俊也!
部活紹介、絶っっっ対に勝つからね!!」
「何と勝負してるんだよ……」
怒りを気合いに変えたのかやる気十分の香織。
発破をかけるのも成功しているみたいだね、これは。
*
「随分人が集まってるな……」
「今更何言っての、毎年の事でしょ?」
「……だな」
体育館のステージ裏。
そこから体育館内を覗けばずらりと並ぶ生徒の波。
200人程の新入生の数に俺はまじまじと声を洩らすも、香織の声にそういえばそうだったと思い起こす。
『えー、我々山岳部は清く正しい登山活動をモットーにしておりまして……』
現在、ステージ上では山岳部の部活紹介が行われている。やたらと体格の良い男子生徒達が登山についての魅力をひっきりなしに語っている。
これは本来予定されていた前半最後のプログラムであり、これが終われば休憩時間の予定であった。しかし、直談判の結果修正されたプログラムで我が新聞部が休憩時間の5分だけ頂ける事となったのだ。
結果、次は新聞部の紹介の番となる。そんな訳で俺達は今、ステージ裏で待機しているのだ。
「皆、もうすぐ出番だよ。準備は良い?」
「勿論!」
「上等……」
「どんと来いってな」
部長、島先輩の言葉に香織達三人は気合い十分な返事を返している。
俺は敢えて答えずにもう一度、そっと館内の様子を窺う。
(ありゃ、結構退屈してるなー……)
体育館内は私語を交わしている生徒や眠っている生徒などがよく見受けられる。
結構時間も経っているし、花形の部活は頭と尾っぽだからな。その反応も納得だね。
「俊也!ちゃんと聞いてる?」
「はいはい……」
香織の注意に俺は渋々と館内からステージ裏に顔を戻した。
準備と言ったって、俺達はそう何をする訳でも無い。新聞部に与えられた時間はたったの5分。ちゃんとした説明はほとんど出来ないと言って良い。
ならばどうするか、昨日話し合って出た結果が“インパクト”だ。
5分という短時間で少しでも多く、生徒達の印象に残るようにと。
因みに話すのは島先輩と香織だけで俺は一切話さない。
「はい、俊也」
「どーも」
香織から何十枚もの紙が丸められた束を受けとる。束を纏める紐は今にも解かれてしまいそうな程弱々しい。
同じように霞、粋先輩もその束を受け取っている。
『続いて、前半最後のプログラム。新聞部の皆さんです』
ステージから聞こえてくる司会者のアナウンス。
これから俺達の紹介が始まるようだ。
「じゃあ、行こうか」
「おー!」
島先輩の言葉に思い切り拳を突き上げてゴーサインを出す香織。
相変わらず無駄に元気な奴だ、自分みたいな人間にはついて行くだけでも結構大変なんだけどな。
「雑草、干からびてないで……」
「はいはい……」
メンバー達が歩き出すのをボーっと眺めていると、ジト目の霞に叱咤されたので渋々立ち上がる事に。
さて、ステージに出てきた俺達。島先輩と香織はそのままステージ中央に、自分を含めたその他はステージから降りて並んでいる生徒達の前に。
『はじめまして、僕達は明條学園新聞部です。自分は僭越ながら部長をさせて頂いている島孝太郎です』
まずは島先輩が初めの挨拶を始める。そのまま彼は自己紹介をさらっと加え続ける。
『新聞部は創立こそ他の部活と比べると短いですが、毎日楽しく賑やかに活動をしています。僕も部室に行くのが毎回とっても楽しみなんですよ』
島先輩の優しく穏やかな口調は見る者を安心させ、心地好い状態で注目させていく。
『では、活動内容の方を香織ちゃんに紹介して貰いたいと思います』
『はじめまして、穂坂香織です!
私達新聞部はこの明條学園のみに限らず、周りの地域に関するニュースを取材、記事にして皆さんにお伝えするのが一番の目的となります!
主な活動内容は……』
続いて香織にバトンタッチ。
元気良く、二人の緩急で生徒達の視線をどんどんと引っ張って部活動の紹介へ持っていく。
主な目的を掲げた上で普段の活動内容等を端的でいて分かり易く説明する香織。プレゼン用のパワーポイントも無いので、口答ながらどれだけ伝わりやすく出来るか考えて話しているのがよく分かった。
『……以上が主な説明となります』
短くまとめる口答説明。
見易くとも長くダラダラとパワーポイントを使うよりは遥かに生徒の集中も受けられるし効率が良い。
さて、そろそろ4分くらいは経つ頃。自分達の仕事の出番だ。
少し離れてはいるが隣の霞に目配せをすると、軽く頷いて返してくれた。
『では、最後に……』
マイクからの言葉に俺達は天井を見上げて、手に力を込めた。
手にあるのはB4の小さな紙が纏められた束。これは昨日までに急いで完成させた一面だけの小さな小さな新聞である。
表題には『ようこそ、明條学園へ!』だ。
そして……
『是非、私達新聞部をよろしくお願いします!!』
その言葉と同時に、俺達はミニ新聞の束を思い切り宙に放った。
三つの束は暫し宙に浮いた後、弱々しく縛られた紐から解かれる。
次の瞬間、ミニ新聞の一枚一枚が空中に分散した。
そしてあっという間に体育館の宙を埋め尽くし、さながら雪のように舞い始めたのだ。
『おぉ……』という声が新入生のあちこちから洩れるのが聞こえる。
が、俺達はその反応を気にする間もなく体育館から退場していくのだった。
*
「やった!
上手くいったね!」
「うん、例年より良かったと思うよ」
部室に帰った俺達。
まず香織が満面の笑みでガッツポーズ、島先輩もホッと胸を撫で下ろしながら答えてみせた。
「上手く短時間を利用した紹介だったな。俊也の作戦通りだ」
「別に、俺は何も……」
確かに島先輩から香織への調子の緩急や短時間での印象を提案したのは自分だが、実行に移したのは彼女達だ。
「けど、最後のアレは先生達に怒られるわね」
「それは、何とかなるよ多分、大丈夫!」
最後の新聞ばらまき。
提唱者は言うまでも無く香織だ。
インパクトはあるかもしれないが、アレでは体育館を散らかしたに過ぎない。
ま、
「ともかく、部活紹介も無事に終わったから。後は新入部員を待つだけだね!」
「っても、上手くいったからって部員が増える訳でも無いんだけどな」
「う……」
実際、部活紹介がどんな内容であれ新入部員が沢山入るのはサッカー部や野球部、テニス部等の花形の部活であるのは変わらぬ事実。逆に部活紹介で上手く生徒の印象に残ったとしても自分達のようなちっぽけな部では『あの部活も紹介面白かったよな〜』程度の話ですぐに終わってしまうのが常なのだ。
故に例年新入部員は一二名で、しかも最近数年では新入生からの部員は一切無し。ほぼ上級生の途中入部というパターンで収まっていた。
しかも去年に至っては新しい部員自体がゼロという不名誉極まりない結果。
今年は粋先輩が入ってくれたけど、それも上級生の途中入部であるから。
ま、俺自身は正直どうでも良いのだけれど。
「もう、どうしてそんな事いうかな〜。せっかく上手くいったのに」
「あまり期待し過ぎるなって事だよ、ダメだった時に落ち込まないように」
「このひねくれ者ー!」
頬を膨らませる香織に俺は肩を竦めるだけに留めた。一々言い合ってても疲れるだけだし。
「けど、ひとまず部活紹介を無事に抜けたから。部員の事はこの際置いといて、良かったって事でね?」
最もな島先輩の言葉に頷く一同。香織はまだ何か言いたげな視線をこちらに送ってきたいたが、渋々引き下がった。
「じゃあ、今日も普段通り部活しようか」
そんな訳で、テーブルを囲んでいつも通り部活を始める俺達。といっても、新聞はまだ暫く先なので次回の記事について考えたり、話し合ったり、全く関係ない事を談笑したりするだけだが。
「あ、部長。次回は来月ゴールデンウィーク特集ですけど、出掛ける場所どうしましょう?」
「うん、そうだね。今度ちゃんと案をまとめた上で集まろうか」
「じゃあ、来週の週末辺りに俊也の家に集合するとか?」
「いや、勝手に決めるなよ」
「了解。俊也の家にガサ入れに行くわけだな」
「先輩、俺は何の犯罪者なんですか?」
「ベッドの下には欲望を抑えきれない思春期男子特有の本がいっぱいあるはずよ………」
「それって摘発事項か?」
「あ、俊也のエッチな本なら机の裏側と引き出しの底にこの前……」
「お前はどさくさに紛れて何言ってんだっ!」
いつもと変わらず今日も色んな意味で平和な部活だった。
「因みに、俗物のその本は度重なる欲情によって『幼馴染み』関係のタイトルにまみれている筈……」
「その誤解を招きかねない発言は止めろ」
「あら、どんな誤解?」
「………」




