これからよろしく!
今回も香織視点です。
今回で切りが良いので終了という事で。
よろしくお願いいたします!
夕焼けに包まれる窓の外。鮮やかな茜色が空一面に広がっていた。
『夕焼けの空っていうのはさ……』
空が大好きな彼が居れば嬉々としてそう語り出すのが目に浮かぶ。
コツコツ。
時刻はすっかり夕暮れ、夕日に彩られた寂し気な廊下を歩けば足音がやたらと響くのが分かる。
かすみんの幼馴染み先輩、折濱先輩が部室に来てから大体20分くらい。
今は部長が部活についての説明をしている、かすみんも先輩に付き添って部室だ。
一方、私はというと未だに帰って来ない幼馴染みを探して一人旅に出た、といった感じ。
入部希望の先輩がせっかく来てくれているのに下級生がいつまでも居ないなんて。
「もう、どこほっつき歩いてるんだか……」
あの空バカは。
そう文句を言ってみても返事なんて返ってくる筈も無く。独り言はただただ廊下に消えていく。
つい先程美術室に行って来たのだが。そこには既に俊也は居らず、愛華とつぐみちゃんの話曰く『本を受け取って少し会話したらすぐに出ていった』らしい。
「帰りに何か奢ってもらわなくちゃ」
手間をかけさせる幼馴染みへの対応を考えつつ、居そうな場所を改めて考える。
空といえば屋上……には居なかったし、中庭も校舎から見たけど居なかった。
となると後は……
「学食……?」
それくらいしか思い付かない。
もし居なかったら仕方ない、新聞部お得意の聴き込みとネタを使った人海戦術のローラー作戦で徹底的に追い詰めてやろう。
「よーし、見てなさいよ俊也……」
*
で、5分後、学生食堂。
「………」
全く持って残念な事に。聴き込みも人海戦術も活用するまでも無く、俊也を発見してしまった。
「ううっ……」
学食のテーブルの一角、入口から奥のテーブルに一人ポツンと座っている。
彼の脇には山のように積まれた袋、そして黙々と何かを食べている俊也の姿。
一目瞭然、その顔色は真っ青。大分ヤバそう。
「おー、穂坂か。いらっしゃい」
「あ、藍さん。こんにちは……」
私が前方の光景に首を傾げていると、購買部のレジからひょっこり顔を出す。
「えっと、俊也は何をしてるんですか?」
「あれか、あれはなぁ……」
取り敢えず何か必死な様子の俊也について尋ねてみると、藍さんはニヤリとさも楽しそうな笑みを浮かべてレジの前に
「シュークリーム?」
「そ、試作品ってむこうさんから大量に渡されてね。特別デザート『わさび醤油シュー』」
「え……」
わ、わさび醤油……
デザートなの?それ。
「けどそんなもんいっぺんに処理出来ないしねぇ……って事で、さっき捕まえたあのバカに頼んだって訳よ」
「あー、なるほど……」
本を届けにいった俊也は偶然藍さんに出会してしまい、色々と脅されて引っ張ってこられたのだろう。それで得体の知れない食べ物の処理を押し付けられた、と。
「デザート、ですか……」
「そ、わさび醤油味。
大人の味ってやつなのかねぇ」
袋には『醤油たっぷりのクリームとわさびのツンがお酒のお供に堪らない』と書かれている。
取り敢えず不味そうには違いない、向こうで必死な様子の俊也を見れば一目瞭然だ。
仕方ない、助けてあげますか。
「あのー、藍さん。
えっと、俊也をそろそろ……」
「おやぁ穂坂、旦那が心配かい?」
「違いますっ」
確かに処理係として連行されたのは大変気の毒だけれども。
「部活に新しいメンバーが来てくれたので、俊也にも挨拶をさせたくて」
「へぇ、新入部員か。
良かったなぁ、確か昨年はゼロだったとかぼやいてたじゃないか」
「はい!ひとまず部は無くならずに済みそうです」
尤も、仮に部員が足らなくなってしまったとしても廃部なんて受け入れるつもりは毛頭無いけどね。
「ま、そういう事ならしゃあない。アイツは返してやるよ」
藍さんは二三頷くと奥のテーブルの方向に身を乗り出してみせる。
「おーい、藤咲!
穂坂が迎えに来てるぞ!」
「………?」
ゆっくりと顔を上げて首を傾げる俊也。どうやら、たった今私に気付いたみたい。
「部活に新入部員だとさ、行ってやんな。
可愛い彼女に免じて処理係を解任してやるよ、藤咲」
「あはは……」
どうも藍さんの中では私と俊也の関係を修正する気が無いようで。
取り敢えず、心底救われたような安堵の表情を浮かべている幼馴染みを捕まえる事が出来たので良しとしよう。
*
「大丈夫?」
「に見えるか……?」
先程より茜色の濃くなった廊下を歩く。
振り返ると俊也がかなり優れない顔色でついて来ていた。
「うーん、結構マズい感じ?」
「すこぶるマズい感じだ……」
「ま、特別メニューだったからねー。藍さんも処理に困ってたし」
「つーか、可笑しいだろ。何で甘いシュークリームにあんな……うっ」
思い出しただけで気持ち悪くなってきたのか額を押さえる俊也。
私は側に寄っていって、その背中をバンと強めに叩いてみせる。
「頑張って!
もうすぐ部室だよ!」
「あぁ……ありがとう」
ゆっくりと顔を上げる俊也。ピタリと、不意に目が合った。
「不覚にもお前が女神にすら見えてきたぞ……俺も末期か」
「よし、藍さんのトコに戻ろっか。シュークリームまだまだいっぱい残ってたしね♪」
「すみませんごめんなさい、香織さんは命の恩人です。正真正銘の女神樣です」
「よろしい」
本当にいつもいつも一言余計なんだから。
「じゃあ、今日の帰りはケーキ屋に寄ってこっ」
「いやあの、その接続詞の意味が分かんないんだけど」
「私が来て助かったでしょ?」
「た、確かに助かったけれども……」
ポケットを探りながら困惑する俊也。
そんな姿が可笑しくてつい笑みが出てしまったり。
「なーに奢って貰おうかなー、シュークリームとか?」
「それだけは勘弁して下さい……」
*
「じゃあ、改めてまして。俺は折濱粋。この春からこの明條に編入してきたんだ。高等科二年で部活は今、この新聞部に入部しようかなって思ってるよ。
霞とは古くからの付き合いでね、昔は……」
「粋、余計な事は言わなくて良いの……」
さて、フラフラしていた幼馴染みを捕まえて部室に戻ってきた私と俊也。
部長の説明もとっくに終わっていたようで、改めて折濱先輩が自己紹介を─主に俊也の為に─してくれた。
「へー、成條にしては珍しい態度だな」
「黙りなさい、雑草」
「こっちに対しては相変わらずだなオイ」
ギロリと鋭い視線を俊也に向けるかすみん。
俊也が茶々を入れるから悪いんだよ。
「こぉら、霞」
「あぅ!」
と、折濱先輩がサッと右手を上げてポンとかすみんの頭に置いた。軽い手刀みたいなものかな。
というかかすみんの今の反応、凄く可愛い!
「彼も同じ部活の仲間なんだろう?だったらそんな言い方しないの」
「………」
振り返るかすみんにやんわり注意をする折濱先輩。彼女も渋々ながら俯いて口をつぐむ。
やっぱり幼馴染みなんだなーって、そのやり取りを見て改めて思ってしまう。
「それでえっと、君は……」
「あ、すみません。
藤咲俊也です。高等科一年です。よろしくお願いします」
「ああ、君が俊也君か!」
「はい?」
ポンと手を打つ先輩。俊也の事を知ってるみたいな素振り。
「霞から色々話は聞いてるよ。この前も……」
「………」
「分かった分かった」
何かを口にしようとしものの、かすみんの視線にヒラヒラと両手を振ってみせる先輩。一体何を言おうしたのかな。
と、今度はこっちに顔を向けてくる。
「確か、香織さんと俊也君は幼馴染みなんだよね?いつも一緒だって霞から聞いたけど」
「腐れ縁ですっ」
「右に同じ……」
「ははは、そっかそっか」
何が可笑しいのか私達を交互に見て笑う先輩。
でも、それ以外に表現の仕方が無いしなぁ。後は……
「姉妹関係みたいな。
勿論私が姉で、俊也が弟かな?」
「待て待て。
誰がお前の弟だ」
「例えでしょっ、例え」
「姉はいくら何でも無理があんだろ、お前普段からうるさいし」
「どーゆー意味!?」
もう、本当に可愛くないっ。
「ま、まぁまぁ、二人とも。喧嘩はそこまでにして、ね?」
「「………」」
部長が少し申し訳無さそうな表情で割って入ってきた。
何だかこちらに並々ならぬ罪悪感。それは俊也も同じだったようで、大人しく席に着く事に。
そのまま部長は折濱先輩にゆっくりと手を向けてみせた。
「で、折濱君なんだけど。作家を志望しているんだって、原稿をよく書いてるらしいんだよ」
「へぇ……!」
先輩も夢があるんだ。それってとても素敵な事だと思う。やっぱり夢は人間の原動力だもん。
「まぁ、飽くまで志望だから。言うだけなら誰にでも出来るしね」
先輩は少し気恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言った。謙遜している事は一目瞭然。
「そんな事は無いよ、さっき見せて貰ったんだけど、パソコンのタイプ、凄く速かったからね〜
見ないでも打てるなんて、驚いちゃったよ」
「そんな、別に大した事じゃないですから……」
「いやいや、僕なんてカタカタ打ちだもん。凄いよ本当に」
のほほんとした表情で驚いたと部長。全くその驚き振りが表現出来ていない。
でも、ブラインドタッチは確かに凄い。パソコンを上手く使いこなせるんだから。
「彼が入部した暁にはパソコンの執筆を担当して貰う……きっと作業効率が上がるわ」
「そうだね、パソコンのタッチが速い人がいると私達も助かるもんね!」
かすみんの言葉に私も大きく頷く。パソコン関係は皆そんなに得意という訳では無いので、パソコンの出来る人が居てくれると本当に助かる。
「そっか、だったら少しは力になれるのかな、安心したよ」
「勿論だよ折濱君。ね、香織ちゃん?」
「はい!」
ニコニコと微笑んで尋ねてくる部長に私は間髪を入れずに同意する。
折濱先輩は二三軽く頷いてみせると立ち上がって辺りを見回し……
「じゃあ、皆。
まだ仮入部っていう形にはなってるけど、これからよろしく!」
本当に嬉しい事に、入部を決めてくれた。
その瞬間、私は隣のかすみんを両手包んで喜びを表現したのだった。
*
「良かったーーっ!」
「だから、声がでかいっての」
バス組のかすみん達と別れた帰り道。
私は通学路でもある商店街を歩きながら、グッと両手を伸ばした。
隣には並んで歩く俊也の姿。相変わらずデジカメを掲げて薄暗くなってきた空を見上げている。
「だって、念願の新入部員なんだもん!嬉しいに決まってるじゃない」
「まぁ去年はゼロだったからなぁ……」
「そ、そういう事は思い出さなくて良いのっ」
部員ゼロは言うまでも無く過去最低記録。
因みに私達以外の部活は最低な所でも二人は入部したらしいので、新聞部は学内でも最低の成績という。
「でも、折濱先輩は良い人だったよね」
無理矢理話題を変える。
「ああ。それに、男手が増えるのは助かるな」
「うん、色々頼りになりそう」
俊也は撮るのを止めたのかカメラをケースにしまって鞄に放った。
そんなに上ばかり見ていると危ないっていつも言ってるのに。
「それにしても、かすみんは幸せ者だよね〜
あんな格好良くて誠実な人が幼馴染みなんて」
注意する代わりにわざとらしくそう声をかけてみる。
「それに真面目だし、夢もあって」
「………」
「俊也とは大違いだね〜」
「へーへー、どうせ俺は夢の無いひねくれ者だよ……」
ソッと顔を背けてしまう俊也。そんな仕草が何だか可愛くて、クスリと笑みが溢れてしまった。
何だかお兄さんと比べられて拗ねる弟みたい。
「ほらっ、拗ねない拗ねない」
「だあぁ、やめいっ!」
俊也の髪をくしゃくしゃとちょっと乱暴に撫でてやる。元からの茶髪はさらさらしていていて気持ち良かった。
彼は嫌がって逃げようとするが、そう簡単には逃がさないよっ。
「じゃあ、ケーキ屋さん寄ってこっか。俊也の奢りで」
「まだ覚えてたのか………つーか早く手を退けてくれ」
「ダーメ!」
何とか新入部員を確保して五人になった新聞部。
これで胸を張って生徒会に部の存続を宣言出来る。
でも、まだまだ!
何だか今年は今まで以上に色々な事がありそうな気がする。そう考えただけで、私は無性にこれから毎日が楽しみになってくるのだった。
「シュークリームにする?」
「何の嫌がらせだっ!」
幼馴染みってホントに難しい。
特に俊也と香織の関係は中々苦戦してます。
ちょっと近すぎるんですよね、二人は。昔からずっと、すぐ側に居る。だから難しいです。
さて、今回で新入部員を一人ゲットしました。これで部が解散する事は無くなりましたね。
今後メンバーは増えていくのか否か。
次回からはまた俊也視点に戻ります。
よろしくお願いいたします!




