心機不転な新学期
今回は純粋な学園ものの小説です。
慣れない一人称視点で進める事にしました。
これからよろしくお願いいたします!!
新学期。
春爛漫。木漏れ日に光り輝く露と桜の花びらが彩る通学路。暖かい春一番がぴゅーっと吹けば、心も身体も快晴のあの空のごとく澄み渡る。気が付けば君の足は正門に踏み出していて、顔を上げれば光が散りばめられた校舎が君の目の前に広がっている。
故に学生は目を爛々と輝かせて言う。
「何てワクワクする響きだろう」
故に新任教師は拳を作って言う。
「何てエネルギーが湧く響きだろう」
だが現実は酷である。
そんな学生は夢しか見ていない年中頭が春休みの奴だし、そんな教師はまだ社会の理不尽さを知りもしないレベル1の冒険者だ。
新学期になって変わる事なんて微々たるものだ。人格が丸々変わるわけでも、容姿が骨格から変わるわけでも無い。だから環境も変わらない。周囲の面子が違うから、場所が違うから、自分が変わったと信じたいから、大きく変わったように見えるだけ。実は根っこは何も変わらないのだから結局以前と同じ繰り返し。
いくらもがいてみた所で世界線は変わらないのだ。
だからそんなものは幻想だ、虚構だ、気休め以下だ。
何でもかんでも「新」と付ければ取り敢えず上手くゆくと思い込んでいる連中への警鐘ですらある。もっと現実を見ろと他でもない「新学期」が訴えている。
と、まぁ。
散々下らない御託を並べてきて、つまるところお前は何が言いたいのかと自問自答してみるが何も結論が出ないことに、しかし呆れすらしない。別にどうでも良い、深く考えもせずにテキトーにグタグタ言っているだけなのだから。
要するに、俺は抵抗したい、いや抵抗している。心地良く堕落の一途を辿らせてくれそうなこの惰眠から、煩く面倒な空間に引っ張りだそうとするこの〝凶悪な揺れ〟に対して。精一杯の抵抗を試みる最大の努力をしているに過ぎないのである。
「起きろーーー!!」
つんざくような大きな叫び声。しばらくしてか直後かも分からない中、暗闇に溶け込んでいた意識が一気に弾け飛ぶ程の衝撃が奥の方に響き渡る。
「っ!!」
どんよりと沈んでいた暗闇に鋭い勢いで光が射し込む。
それに驚いたかと思うとすぐに嫌な浮遊感に包まれる。続けて、頭に大きな衝撃とずしりとした痛み。
ひんやりとした冷たい、それでいて硬い感触。これは床だろうか。だとすれば先程まで柔らかい感触はベッドに違いない。
ぼんやりとした視界が少しずつ定まってくると、案の定目の前にはフローリングの茶色い木目。なるほど、どうやらベッドから転がり落ちたらしい。
いや、訂正しよう。転がり落とされたらしい。
「っつつ……」
ずきずきと痛みを感じる頭部を丁寧に擦りながら。
俺はまだ微睡みが残った目をゆっくりと上にあげる。
「全く、相変わらず寝る事だけは一人前なんだから」
「………」
寝ること以外は半人前という意味だろうか。そもそも睡眠は人間の三大欲求の一つとして保障されるべきものでありこれに一人前とつけられる俺の人権とは如何ようであるか考えるのも面倒だ。
それはさておき、俺の睡眠欲を剥奪しにかかってくる目の前の少女を見上げた。言うまでも無い事だが、この少女、穂坂香織がたった今俺をベッドから転がり落とした元凶である。
「おはよ、俊也」
「………」
徐々に覚醒してゆく視界に映る少女はフッと軽く息をついて挨拶をしてきた。
取り敢えずそいつをまじまじと見つめる。
綺麗なサファイア色の髪を肩にかからない程度に伸ばした少し長めのショートカット。澄んだ赤色の瞳は綺麗な二重に少し幼さも残るも整った顔立ち。まぁ、美少女の概念についてとやかく論ずるつもりはないが多分これも相違ない部類に入るのではないだろうか。
長い付き合いのせいか、こんな言い方をすると「お前は素直な見方が出来ないのだ」とと周りから言われることがある。近すぎて見えないものか、そんなドラマのようなカッコイイものじゃない。単純に、長い付き合いだからこそ周囲には見えないものが見えるのだ、周囲が知らない苦労を知っているのだ。故に周りよりこちらの意見がより正確というのは極めて理に適っている筈である。
何しろ幼稚園からの付き合いなのだ。
「ふわぁ……」
眠気は待ったをかけることもしなかった。こういう流れに逆らわない部分は非常に好感が持てる。だからもう15年も共に歩んできたわけだな、眠気よ。
そんな疲れを示すように欠伸を一つ、ゆっくりと立ち上がると自分と同じように床に落下した掛け布団を手に、ベッドに戻ってゆく。そして腰を降ろして間もなく横になった。少し冷たくなった布団の感触が心地好い。
「って、ちょっと。何してるの?」
「見て分かるだろ、二度寝だよ」
ベッドに横になって寝る以外の選択肢があるのか。
声をかけてきた香織を軽く鼻で笑ってやると、そのまま目を閉じて暗闇に意識を溶け込ませ……
「だから、起きなさいてばっ!!」
そんな叫び声と共に再び冷たい床に落下する。掛け布団をひっぺがされたらしい。
「……っ、一体何なんだよこんな朝っぱらから」
「もう7時だよっ。
早く学校に行かないと!」
授業が7時から始まるのならば世の中の半分は学生を辞めるだろう。7時は学生にとって早朝なのだ。
だと言うのに、何だってこの女はこんなに元気なのか。頭を擦りながら身体を起こして文句を言うも、香織は頬を膨らませてこちらを軽く睨む。
「今日は新学期、今日から私達高校生なのよ。もっとしゃんとしてよね」
「中高一貫のうちじゃそんな実感ないなぁ」
確かに本日、4月9日は我が母校『明条学園』の新学期。
新学期、つまりは新入生や新学年を迎える記念すべき日らしい。
そして彼女の言う通り、俺達は今日から晴れて高校一年生となる訳だが。
学園は中高一貫制であり、俺達はつい最近までの春休み前までそこで中学生をしていた。卒業式は執り行われたものの、高校生になっても通う場所は全く同じになるのでほとんど実感は無いのだ。故に自分達のように中等部から高等部に上がる場合も進級のそれとあまり変わらない。
その旨を伝えたつもりだったのだが。
「俊也の実感なんて関係無いの!
とにかく早く行くよ、今日は取材も兼ねてるんだから」
この女はバッサリとこちら意見を切り捨てる。ならば始めからそれだけ言えば良いものを。
しかし取材と言ったか、一体何の取材だろうか。首を傾げる素振りをすると、再び呆れたようにため息。
「前から言ってあったでしょ。今日は入学式前の新入生達にインタビューするって。明日発行する新学期号外の一面に載せるんだから」
「あぁ……」
そういえば。
昨日もそんなような事を言っていたっけか。思い出すと同時にやるせないため息が自然と溢れてしまった。
今更ながら、全く面倒な部活に引き入れられたものだ。
二度寝の未練は勿論ある。しかしまぁ、故人曰く「未練をひきずる男はモテない」らしいからな……誰が言ったが知らないが。
これ以上香織と言い合っていても時間の無駄なので、今はさっさと着替えて学園へ向かうのがベストだろう。
「って、いきなり何着替えようとしてるの!!」
「早く支度しろって言ったのはお前だろ」
「ぅ……」
パジャマのボタンに手をかけると香織が慌てて背を向ける。返す言葉が見つからなかったのか、そのまま振り返ることなく彼女は部屋を出て行ってしまった。居られても別に困りはしないがそこは最低限のルールということか。ならばまず、俺の部屋への不法侵入を止めて貰いたい。恐らく言っても無駄だろうが。
「ふぅ……」
すっかり冴えてしまった目でぐるりと今立っている室内を見回す。
一面を囲う白い壁にベッド、本棚、机が並んでいる。
我が自室ながら何の変鉄もない部屋である。部屋にとんでもない自己表現をぶちまけるほど大胆な性格でもないからして……隠すのはまた別ね。
しかし、特徴はある。某一号機パイロットのようにベッドと机だけの無機質な部屋というわけではない。
例えば……そう、壁だ。壁には数多くの写真が、天井にも綺麗に整えて貼ってある。 それら全ては“空”の写真だ。趣味で撮ったものの中でも珠玉の30枚を厳選したもの。
ベッドの側の壁にはひつじ雲や夜明けの曙が富士山に映る春の空を、本棚の側には夕焼けに映える尾流雲や澄んだ青空と太平洋に浮かぶ入道雲の夏の空、机の前には曇り空から太陽の光が射し込む様子(天使の梯子というらしい)や朝焼けが染める問答雲が映る冬の空、天井には高々と広がる秋の青空が映る。鰯雲や鱗雲が本当に綺麗だ。
これは小さな頃からの憧れのようなもので、いつかはどこまでも広がる空を縦横無尽に仰いでみたいという叶わぬ願いを写真に封じ込めている。
ともあれ、着替えを終える。
手早くワイシャツと黒いズボンに着替えて学ランと学生鞄を片手に扉へ向かって歩いていく。
時計を見れば7時10分。入学式は中等部も高等部も9時からなのでどう考えても早すぎるとは思うのだが、起きてしまったものは仕方がない。
階段を降りた俺は顔を洗うために洗面所に立ち寄った。
「………」
鏡に映る一人の男とじっと睨み合う。
首の真ん中くらいまで伸びた茶髪は寝癖が跳ね、深緑の瞳は二重瞼にも関わらず面倒臭そうに自身を見つめている。生まれつき無愛想な表情はいつも以上に締まりの無い顔付きになっている。この冴えない男子は残念ながら自分である。
包み隠さず真実を映し出す鏡とは何て残酷な器物なのだろう。魔法の鏡ってホント凄い、白雪姫の継母は絶対にアレ手放しちゃいけなかったよね。二番目でもいいじゃん、事業仕分けでも言ってたしさ。
「あ、俊也。
お弁当、テーブルに置いてあるから」
「ああ、ご苦労」
リビングに入った俺は直後、腹部に強烈な痛みで床に屈する。取り敢えず香織の攻撃を受けたのか、RPGならばクリティカルヒット並だ。さまようよ○いでも一撃死だな、これは。……あれ、じゃあ俺は勇者の素質ある?ねーよバカ。
「何て?」
「度々助かっております。本当にありがとうございます」
「よろしい」
ちょっとしたジョークだと言うのに。もっと柔軟な対応をして欲しいものだ。
颯爽とリビングを去っていった香織を見届けると、お腹を擦りながら立ち上がる。テーブルに目を向けると青いナプキンの包みが一つ。これは彼女が作ってくれたお弁当である。
我が家には現在、父親と母親が居らず俺は半ば一人暮らしのような生活を強いられている。が、別に星になったとかそんなシリアスな事情では無い。二人で海外に永住しておられるのだ。理由は単純明快、二人でラブラブな夫婦生活を送りたいが為に息子を一人残していったという訳である。
一応生活費と家賃は貰っているのでさほど問題は無いのだが。13歳の時に出ていったのでかれこれ3年になる。
男の独り暮らしは何かと不便な事も多く、その一つが食事関係だ。週に数回は香織が彼女の分と一緒に自分の分を作ってくれているのだ。曰く一人分作るのも二人分作るのも大して変わらないそうで。こればっかりは非常に感謝している。
「いただきます」
しっかりと感謝の念を込めて両手を併せるとお弁当を鞄に入れる。
「俊也ー!
早く早く!」
「大きな声で名前を叫ぶな、小学生かお前は」
玄関で大きく手を振っている香織の姿に内心ため息をつきつつ、鞄を肩に担いで歩いていく。
「着いたら早速取材だよ!
新聞委員会の人達には負けないんだから」
「はいはい……」
意気込む彼女と一緒に玄関から外に出る。元気なのも結構だが、少しは周りのテンションも気にして欲しい。
「あ……」
外に出た俺だったが、澄み渡る春の青空に流れる一つの飛行機雲を見付けた。すかさず鞄からデジタルカメラを取り出す。
「うん」
消えかかった飛行機雲と朝日の光がちょうど交差している新学期の朝。丁寧に位置を確認して一回だけシャッターを切ると、
「出た……空オタク」
「失礼な事を言うなっ」
人様の趣味に対してオタクとは何事か。カメラを鞄にしまって抗議の視線を彼女に向ける。
「大体、昨日だって飛行機雲撮ってたじゃない。何で何枚も撮るの?」
「一秒一秒顔が変わるんだ。空は生きてるんだからな」
「はいはい、分かった分かった」
上空に広がる青に向けて手を伸ばしてみせるが、香織は肩を竦めて先に歩いていってしまう。先に話を振っておきながら簡単にあしらうとは。
「今日も早朝から撮りに行ってたんでしょ?」
「あぁ、昨日が雨だったからさ。明け方は空が綺麗だった」
「だから朝弱いんでしょ」
「お前は朝から元気過ぎなんだよ……」
俺と香織は不毛な言い争いをしながら住宅街に囲まれた道路を歩いていく。
今日から晴れて高校生だというのに、何ら変わり映えのしない通学風景。ますます実感が無くなるな。別に新学期だからと言って新展開とかそんなものを求めている訳ではないが。寧ろそんな状況はご免被りたい。
「あー、だるい……」
「だから、もっとしゃんとしなさい。ほら、姿勢正す!」
コイツは俺の母親か。
猫背になっていた俺の背中をバシッと少し強めに叩かれる。地味に痛いな。
「あら、藤咲君、香織ちゃん」
「「?」」
と、そんな風に考えていた時だった。後ろから女の子の声が聞こえてきた。
清らかな泉に舞う妖精をも想起させる、この美しく澄んだ声は……
「おはよう。
今日も朝から仲良しだね」
「あ、愛華。おはよ」
振り返った香織が挨拶を返す先に、その少女はニッコリと微笑んで立っていた。
軽いウェーブのかかった紫陽花色の髪は腰の辺りまで伸びており、優し気な藍色の瞳とよく合っている。華奢な体つきながら目を引く大きな胸も特徴的で、十人が十人振り返るであろう美しい容姿の美少女。
いつもの変わり映えのしない通学路。そんな光景も彼女、桜愛華
と出会えばたちまち良い日になるというものだ。去年初めて彼女と会った時から、彼女の笑顔には癒されている。
「やぁ、おはよう桜さん」
人間関係の基本は挨拶から始まるのだ。きちんとしなければなるまい。
「でた……さっきと全然態度違うし。背筋もちゃんと伸びてる」
「何言ってんだ。
俺はいつもこんな調子だろ」
「はいはい……」
全くおかしな事を言う女だ。俺はいつもと同じ調子だというのに。
ジト目を向けてきた香織だがすぐに呆れたように首を振ると俺から視線を外して愛華の方に顔を向ける。
「それにしても、今日は随分と早い登校だね」
「勿論!
何て言ったって今日から新学期なんだもん!
ここで動かないと私達新聞部の名が廃るってものよ」
「ふふ、そうだね」
ガッツポーズをしてみせる香織にクスリと口元に手を当てて微笑む愛華。
相変わらず元気な奴だ、おしとやかな立ち振舞いの愛華とは似ても似つかないな。
「藤咲君も朝早くからお疲れ様」
「部活って言ったって……
こんなに早起きする事は無いと思うけどな」
まあ、今日の空は気分が良いみたいだから良ししよう。
さて、話は変わるが。
香織の言う新聞部とは彼女が中等部時代から所属している部活動である。
昔から将来の夢はジャーナリストと宣っており、彼女が部活にかける情熱は中々のものだ。因みに同時期、俺も彼女によって無理矢理入部させられてしまっている。
新聞部の事はまた活動する時にでも紹介しておけば良いか。
「当たり前でしょ!
新学期だけじゃ無くて今日から高等部の一員なんだから」
「そうだね。
私達、今日から高校生なんだよね」
同じクラスになれると良いねと笑う愛華に同調するように手を併せる香織。
そうか、今日からまた新しいクラスになるのか。
早くクラス表を見たいとは思うのだが、もう少しゆっくりと歩きたいという気持ちも強い。今日の空はいつに無く近くて、風も心地良いのだから。
「ほら、さっさと行くよ俊也!取材取材!」
「な、ちょっと待っ……」
だというのに、香織は突然首根っこを掴むと学園に向かって駆け出していった。当然俺も無理矢理引っ張っられてたちまち首が締まっていく。
こ、殺す気かこの女はっ。
「ふふ、やっぱり仲良しだね」
愛華の呟きが後ろから聞こえた気もしたが。
とにかく早く正門に着いてくれ。このままだと死んでしまう。
そんな切実な願いも虚しく、見上げると雲一つ無い晴れやかな青空が穏やかに広がっていた。
************************************************
幼馴染みが起こしに来る、お弁当を作ってくれる、定番過ぎる展開ですね。
そんなベタなパターンも憧れてます(笑)
空の写真、自分が撮ってきたものも挿し絵としていつしか載せたいなと密かに思ってます。
では、次回もよろしくお願いいたします!!