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ちまき

作者: WAIai
掲載日:2026/07/27

五月の朝。まだ暗くて寒い時刻。

寝ぼけ眼を擦りながら、厨房に行くと、母親の文志音が何か作っていた。

歳は三十代。綺麗な顔をしていた。

「何を作っているの、お母さん?」

「うん? あのね、ちまきを作っているの」

「ちまき!! 大好物」

「そう、それは良かった」

志音はくすくすと笑うと、外を見る。

「少しは明るくなってきたかしら?」

「どうしたの、お母さん。心配な顔をして」

「ちまきを届けないといけない人がいるの」

真剣な表情でそう言う志音に、文栄仁は冷たいものを感じる。

まだ十にも満たない子どもで、母親の機微に敏感だった。

「一緒に行く?」

「うん!! 顔を洗ってくる!!」

栄仁は嬉しそうの笑うと、外へ出て行ったのだった。



「ーさて、着いたわね」

志音が向かった先は川だった。

まだ灰色の濃い視界。家の中よりも、涼しかった。

それでも他の人達も、川にやって来ているのだった。

年齢はばらばらで、栄仁みたいに、親子連れの姿もあった。

「何をするの、お母さん?」

「ちまきを川に投げるの」

「え…?」

驚いている栄仁の側で、志音は躊躇なく、ちまきを投げていく。

栄仁は焦って止める。

「も、もったいないよ!! 何で投げるの?」

「ただ投げているだけじゃありません。供養のためです」

「供養!! 誰の?」

志音は手を止めると、腰を屈め、栄仁の肩に手を置く。

「昔々、一生懸命、働いても報われず、川で自殺した人がいたの。その人は皇帝に気に入られていたのだけれど、邪魔する人がいて…。讒言によって、身を投げたの。その人のための供養なのよ。始まりは彼を慕う人達が遺体が食べられないよう、米を詰めた竹筒や、龍が嫌う葉に包んだ米を川に投げたの」

「讒言って、何?」

「他人を陥れる目的で事実をねじ曲げたり、嘘の情報をでっち上げたりして、目上の人に告げることよ」

「それって、最悪だね」

子ども心に顔を顰めると、志音がうなずく。

「栄仁はこうなっては駄目よ。上手く世渡りすること」

「世渡りって?」

「人と人の間を、波風立てずに進んでいくことよ。いいわね?」

「はい、お母さん」

栄仁は答えると、志音からちまきを1つ貰う。

ちまきを右手に持つと、

「安らいでください」

と言い、川へ投げるのだった。

他の皆も少しずつ集まってきて、ちまきをそれぞれ投げる。その後、手を合わせる人や、ぶつぶつ何かを唱える人などがいる。

「行こうか、栄仁」

「うん」

子ども心に衝撃的だったが、人生の勉強の一つとして、心に留めておいたのだった。



しかし人生とは皮肉なもので、大人になった栄仁は、ぼろぼろだった。

理由は皇帝に裏切られたからだった。何度も、

「そんなことは言っていません!!」

と申し上げたのに、聞き流されたからだった。

「あいつ…!!」

ライバルの子波浪のせいだと強く拳を握りしめる。爪をたてているので、血が滲んでくる。

波浪が皇帝に何かを吹き込んだために、違いないと栄仁は固く信じていた。

ー皇帝は私を信じてくださると思ったのに。

一生懸命、尽くしたつもりなのだが、甘かったらしい。

最悪の結末に、自嘲する。

まさかこんなことになるとは思わなかった。

「お母さんに言われたのに」

もう亡くなったが、この人みたいになっては駄目よと言われた人と、同じ結末を選びそうだった。

髪もぽろぽろ、服も避けて、とても皇帝の元で働いていたとは思えないいでたちだった。

「…疲れた」

昔、川に身を投げた人もそう思ったのだろうかと考え、止める。人のせいにするのは良くないし、彼だって非業の死なんかとげたくなかったに違いない。

子ども心に強く残っていたが、まさか自分もかと思わなかった。

栄仁は橋の欄干に肘を乗せ、ぼうっと川を見つめる。

まだ朝早く、志音と来た時みたいに、人はまばらだった。空は月がまだ残っており、薄暗い中、ぼんやりと輝いている。

皆、ちまきを手にしており、供養の時が始まったと知る。

ー俺も死んだ人みたいに、誰か悲しんでくれるだろうか?

馬鹿な考えをして、はっと笑う。その後、大きく息を吐き出す。

川へ飛び込むなら、今だった。

ー川へ身を投じて、どれくらいで逝くのだろうか?

心を決め、欄干に爪をたてると、足をあげようとしたその時。

「あれまあ」

のんびりした声が聞こえた。

歳は二十代くらいだろうか。

自分とそう変わりなく、可愛い感じの女性だった。

その人はちまきをその場に落としてしまい、一生懸命、拾っている。

自殺を邪魔されて、「ち」っと思ったが、どうやら不器用なようで、何度も「すみません、すみません」と言って、ちまきを拾っている。

仕方がないので、栄仁は欄干から身を離し、女性に近づく。

「ーはい。ちゃんと籠に入れなきゃ駄目だよ」

「は、はい…!! 申し訳ありません」

彼女は顔を赤くしながら、ちまきを全部、回収する。

ほっとした息が聞こえ、栄仁に礼を言ってくる。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

生気のない声で言うと、女性は何を思ったのか、一つちまきを出してくる。

「落としたものですけど…食べますか?」

「はあ!?」

思わず大きな声を出し、栄仁はこの女、大丈夫かと思う。

見れば手には布が巻かれており、何だろうと凝視すると、ぱっと隠させる。

「あの、私、不器用なもので」

「そうだろうな」

あっさり言うと、この女に構っていられないとばかりに、橋の欄干へ戻ろうとする。

すると、ぎゅーっとお腹が鳴った。

あまりの大きな音に、自分でもびっくりする。

恥ずかしそうに腹を押さえると、女性が近づいてくる。

「やっぱり、お腹が空いていると思った」

「…それがどうしたって言うんだ? 俺に構うな!!」

強く吠えたのだが、女性は目を瞬かせたままでいる。

「あっちに行け。しっし」

手で追い払おうとするのだが、女性は動かない。

むしろ好意を持ったようだった。

「私、時雲蘭と申します」

「名前なんかどうでもいい」

雲蘭を睨みつけるのだが、彼女は平気なようで、少し微笑む。

「先に供養しましょうか?」

「おい、誰が一緒にやるって言った?」

低い声で脅すと、雲蘭は真剣な表情になり、硬い声で言ってくる。

「ちゃんと供養しないと。私も不器用だから分かるんです」

「何が?」

「人から裏切られるのが、どれほど辛いか。信じていた人から解雇されるのが、どれほど悲しいものか。私なんか比べものになりませんが、小規模の人間関係でも、よくあることですから」

「…。お前、どう思う? あの、その、川に身を投げた人のことを」

「哀れだと思います。悔しかったと思います。でも一番は皇帝に退けられたことだと思います。心から尽くしていたんだと思います。そうじゃなければ、死なんで選びませんから」

「死んで楽になったかな?」

「とんでもない!! 死後の世界だって、ちゃんとあるんですよ!! そこで苦労しないために、皆でちまきを投げるんです。ーそれ」

雲蘭が一つちまきを投げると、ぽちゃんと音がした。

川は深いらしく、浮かんでこない。

闇の中の更に闇に入ったようだった。

しかし雲蘭は川を眺めると、ぽつりと呟く。

「報われますように」

目をつむり、無言となる。

何か祈っているのだろうかと、興味が出そうだったので、栄仁は首を横に振る。

「じゃあな。俺、行くわ」

「駄目ですよ。ーはい、一つ」

ちまきを強引に渡され、栄仁はひどく驚く。

のんびりしていそうなのに、こういう時に力を発揮する人格かと、悔しがる。

「ほら、どうぞ」

「分かったよ」

一つ手に取ると、川へ流す。

川は暗く見え、大きな獣が口を開けたようだった。その口、めがけてちまきを投げるのだった。

その様子をぼんやりと眺めていると、雲蘭が言ってくる。

「ーはい。今度は食べてくださいね」

「いらないったら!!」

「いるんです!! 食べないと、生きられないんですよ?」

「…もうどうでもいいよ。こんな世界」

ぼそりと呟いた声は聞こえなかったようだった。

「せっかく大きく成長させてもらったんですから、食べてください」

また強引に手に握らされ、栄仁は思いっきり捨ててやろうとしたのだが、周りに少しずつ人が集まってきているし、雲蘭もじっと見つめてくるので、止める。

「後で食べる」

「嘘ですよね? 私、嘘には慣れているんです」

「ちっ。分かったよ」

どうとでもなれと半分、やけっぱちで、ちまきを食べようとする。

竹の葉の良い香りがし、落としたわりには、砂利などついていなかった。

ーこれで、さよならだ。

思いっきり噛みつくと、栄仁は口を開けたまま、固まってしまう。

「どうしました? お口に合いませんか?」

「…、黙っていろ」

そうすごむと、栄仁はちまきをどんどんと食べていく。

ー俺、まだ食べられるんだ…。

そう思ったら、泣けてきて、両目から涙をこぼす。

それを見て、雲蘭は笑うどころか、優しい眼差しを向けてくる。

ー美味しい、美味しい、美味しい…!!

涙は大粒になり、さすがに雲蘭が一声かけてくる。

「見ないようにしましょうか?」

「いや、いい。…ごちそう様」

涙を手で拭うと、手巾を差し出される。

朝顔の花開いた絵が描かれており、心が安らぐ。

「まだいりますか? どうします?」

「もういい。…あんたのお陰で、食欲を思い出した」

「…そうですか。それは良かったです」

心からにこやかに笑われて、神か何かかと思ってしまう。

ー俺に生きろってことだよな?

運命のいたずらで彼女に出会ったのだから、まだ自分できることがありそうだった。

少しだけ前向きになると、雲蘭が聞いてくる。

「もう死のうとしませんね?」

「!! 何で…!!」

「身なりを見れば分かります。あと黒い雰囲気でしょうか」

「黒い雰囲気…。そんなにひどかったか?」

「ひどかったです。もう見ていられないくらい」

雲蘭は真剣に言った後、照れくさそうに言う。

「ちまき、私の手作りなので、形が悪くてすみません」

「いや、形より味だろう。美味しかった」

「ー生きる気になりました?」

「…ああ。食べられるということは、力をつけるということだ。まだまだ俺はやれる、やれるんだ、俺は」

栄仁の決心に、雲蘭は軽く手を叩く。

「まだここにいますか?」

「いや、邸に帰ってやることがある。ありがとうな。恩に着る」

「いいえ。私は何もしていません。ただ不器用に行動しただけです」

「確かに不器用だな。あー、すっきりした。川へ飛び込むのはやめる。これからも一生懸命、働く」

「そのほうがいいですよ。全てはほどほどに。ゆっくり、ゆっくり」

「ゆっくり、ゆっくりか。意識したことがなかったな」

「私もですけど、焦らず事をなしましょう」

「ああ。じゃあ俺は帰るけど、あんたは…?」

「まだ残ります。どなたかが、戻って来ないように」

後半は冗談めいていて、思わず口元を緩める。

「じゃあな。助けてくれてありがとうな」

「いいえ!! また会えるといいですね」

「おう。じゃあまた」

そう言うと、栄仁は顔つきを険しくし、邸へ戻るのだった。

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