「運ぶだけの無能」と追放された荷物持ち。追放三日で勇者パーティーの防衛線が崩壊したようですが、再配達はいたしません
「クロード。今日でお前をクビにする。これは決定事項だ」
迷宮踏破の祝勝会。
高級酒の香りが漂うVIPルームで、勇者エリックは冷酷に言い放った。
俺――クロードは、アイテムボックスから冷えたエールを取り出そうとした手を止める。
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
「……クビ、だと? エリック、本気で言ってるのか?」
「ああ。主要な迷宮はすべて踏破した。
これからは魔物の脅威から『街を防衛する』のが俺たちの仕事だ。
拠点がある以上、重い荷物を持ち歩く必要もない。
お前のような『運ぶだけの無能』は必要ないんだよ」
エリックが嘲笑うと、魔法使いのルナと神官のミーナも追従するように肩を揺らした。
「そうよ。だいたいあんた、汗臭いのよ。
重い鎧をガチャガチャ鳴らして、歩くのも遅いし。
私たちの優雅なパーティーには不釣り合いだわ。
あんたがアイテムボックスから出すポーションって、なんか匂う気がして不快だったの」
ルナが扇子で鼻を覆う。
ミーナも冷ややかな視線を向けた。
「お洗濯もこれからは街のお店に頼みますから。
クロードさんは戦闘中もただ大きな盾を構えて突っ立ってるだけですし。
……正直、何のためにいたのかしら?」
耳を疑った。
十年間。
十年間だ。
エリックとは勇者という称号を得る前から一緒に迷宮を攻略してきた。
大ネズミを追い回し、ゴブリンの大群に追いかけられ、地道に一つ一つ迷宮を潰して名をあげてきた。
戦闘の才能はなかった。
だが俺は、唯一のスキル《アイテムボックス》を使って、
アイテムやモンスターの素材はもちろん全員の予備装備まで運んできた。
戦闘だってそうだ。
立っていることしかできなかった。
だが、バカでかい盾を必死に支え、一歩も引かなかったからこそ、
彼女たちは返り血一つ浴びずに呪文を唱えられたんじゃないのか?
それが迷宮探索をやめて街を防衛するから俺は必要ない?
ふざけるな!
十年来の友人だと思っていたのは俺だけだというのか……。
胸の奥が、焼けるように熱い。
だが、前世のブラック配送業で鍛えられた俺の精神は、ショックのあまり「プロの営業スマイル」を顔に貼り付けていた。
「……わかった。荷物持ちも、盾役もいらないというなら仕方ないな。俺がお前らと一緒にいる必要はないな」
「はっ、威勢がいいな。あ、ついでにシーフのジャンヌ、お前もクビだ。
街の防衛に罠解除も鍵開けもいらねえからな。お前ら『お荷物コンビ』で仲良く消えろ」
隅で金貨を数えていたシーフのジャンヌが、肩をすくめて立ち上がった。
「へっ、そうかい。そいつはいい。
街の防衛なんて、元々ガラじゃねえと思ってたところだ。
それじゃ俺は、一足先に抜けさせてもらうぜ。あばよ」
ジャンヌは手早く金貨をしまうと、ひらひらと手を振りながら音も立てずに部屋を出ていった。
俺も後に続くかと腰を上げたところをエリックが手で制してきた。
「待て、クロード。荷物持ちの『手切れ金』代わりに、アイテムボックスの中にある『ゴミ』は全部やるよ。
分別するのも面倒で放置してたガラクタだが、お前にはお似合いだろ?
ただしエリクサーとか魔道具は別だ。価値のあるものは全部これに詰め替えろ」
エリックは、ごつい背負い鞄を無造作に投げてよこした。
「マジックバッグだ。
お前の自慢のスキル《アイテムボックス》と同じようにいくらでもアイテムを入れられる。
ごついのが難点だが……誰にでも扱える代物だ。
お前の代用品ってわけだな」
(代用品……俺の価値はこんな魔道具一つと同じってことか)
「……こんな貴重なもの、どこで手に入れた?」
俺の心痛など気にもせずエリックは鼻で笑った。
「は、お前には関係ない話だが、俺達とお近づきになりたいって貴族からの献上品だ。
さあ、しゃべってないでさっさと手を動かせ、のろま。」
俺は唇をかみながら言われた通り迷宮探索で手に入れてきたお宝を入れていく。
「くすねようとか思わないでよね。こう見えて私記憶力はいいの。
今までに手に入れたお宝は全部覚えてるから。
ちょろまかしたら燃やしちゃうから」
ルナは指先に青い炎をともすと俺に突きつけ脅してきた。
「……そんなことはしない。
未鑑定の魔石や、古代遺物の欠片、植物の種なんかもいるか?」
「は、そんなもんくれてやる。せいぜい鑑定屋に持ち込んで小銭に換えるといいさ」
「モンスターの死骸とかもか?」
「馬鹿!そんなのここで出したらマジで燃やすからね!」
ルナはバッと飛びのき俺から距離をとる。
「わかった。じゃあ、それももらっとく」
「うげぇ、気持ち悪る。マジ悪趣味。
いなくなると思うとせいせいするわ」
穴の空いたリッチの頭骨も。
砕けたゴーレムのコアも。
初めて倒したドラゴンの欠けた鱗も。
俺にとっては、十年間の冒険そのものだった。
だが、こいつらにはただの汚物にしか見えないらしい。
すべての貴重品をマジックバッグに入れ終えた俺はエリックに手渡す。
「……貴重品はすべて返却した。あとで『やっぱり足りない』と言われても、俺は知らないからな」
「まったく、どんだけ待たせんだよ。のろまだな。
てか、お前にはもう用ないから。
さっさと出てってくれ」
しっしと犬でも追い払うように手を振る。
俺は深く、配送員時代に染み付いた「プロの礼」をして、VIPルームを後にした。
扉が閉まると同時にガチャリと鍵がかかる音がした。
配達員時代にも聞いた、“存在そのものを拒絶される”ような音だった。
あらためて自分は用済みだと宣言された気がした。
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「……よお、クロード。どうした、しけた面しやがって」
ギルドの外。
月明かりの下で、ジャンヌが待っていたかのように現れた。
「ジャンヌか。……正直、堪えたよ。
十年間信じてきたものが、あんなにあっさり否定されるとは思わなかった」
声が震えた。
夜風に当たると、押し殺していた涙が溢れそうになる。
「クロード、お前のアイテムボックスは異常だ。
三年前の炊き立ての飯が、そのままの湯気で出てくるなんて魔法、俺は他で見たことがねえ。
それに、あの『ゴミ』……俺なら買い手を見つけられるかもしれねえぞ」
俺は頷き、バッグの中の一つの石を取り出した。
「迷宮の深層で戦った旧時代のゴーレムのコア。
砕けてはいるが魔導燃料だ。適切な装置さえあれば、街一つの明かりを一年は賄える。
……ジャンヌ、お前の『伝手』と俺の『管理・配送』を合わせれば、新しい商売ができると思うか?」
銭ゲバと呼ばれたジャンヌの目が、金貨よりも明るく輝いた。
「もちろんだ。そのためにお前を待ってたんだからな」
金の匂いを嗅ぎつけた時のジャンヌの目は、
妙に生き生きして見えた。
「……元気そうで安心した」
思わず口からこぼれ出た。
「ば、馬鹿野郎。何言ってやがる。
変な真似したら首を掻っ切ってやるからな。
このとーへんぼく!」
男勝りな銭ゲバシーフが慌てふためく様子はことのほか可愛く、
十年来の友誼を踏みにじられた痛みを癒してくれた。
「はは、悪い悪い。
とにかくこれからは二人きりのパーティーだ。
よろしく頼むよ」
「……まあいい。パーティーって呼び名はどうかと思うが。
よろしくだ」
俺たちはその足で隣国へと向かった。
手始めに魔道具ギルドに砕けたゴーレムコアを持ち込み換金した。
他の素材についても討伐したての新鮮な状態で保存できていたので最高の研究材料だと喜ばれた。
ゴブリンの死体丸ごとなんてものまで売れる始末だった。
「クロード、お前あんなもんまで貯めこんでたのかよ」
ジャンヌは俺の収集癖にあきれ顔だった。
「いつか使う時が来るかもって思ってな。
迷宮探索やってた時はこうしてゆっくり吟味する暇もなかったし」
「はあ、呆れたやつだ。
お前はあれだな。
これはいつか使うかもって言ってプレゼントのリボンまで大事に取っておくタイプだ」
「なんでわかったんだ」
「図星かよ。冗談のつもりだったのに……」
こうして軍資金を手に入れた俺たちが始めたのは、世界初の『時間指定・定額制配送ギルド・黒猫便』。
俺の劣化なし収納と、ジャンヌの探知スキルを活かした「絶対確実な配送」は、
またたく間に王侯貴族から商人までを虜にした。
「すみません。 明日の朝食に、王都で一番人気の焼きたてパンを百人前届けてほしいのですが」
「承知しました。午前八時の指定ですね。お任せください」
「来週までに北の砦に爆裂ポーションを十樽運んでほしい。くれぐれも衝撃を与えないように頼む」
「承知しました。割れ物注意ですね。ご安心ください。現状維持でお届けします」
途切れることのない注文に息をつく暇もなかった。
「なあ、クロード。
もう少し値段上げて注文を絞ったほうがいいんじゃねえか?
このままじゃ俺達過労死しちまうぜ。
それかポーション中毒だ」
「そうだな。
やってみてわかったけど、細かい依頼を俺たちだけで回すのは不可能だ。
値段は見直したほうがいいかもしれない。
今受けてる依頼を捌き切ったら考えよう」
「あと何件あるんだよ……」
「えーと……いっぱい?」
「ぶっ殺すぞ!てめえ」
不在票のない世界。
正当な報酬。
俺は初めて、自分の仕事が「誰かを笑顔にしている」という実感に包まれていた。
---
一方、クロードを追い出した勇者エリックたちは、かつてない窮地に立たされていた。
場所は街の北門。押し寄せる魔物の群れを前に、彼らは気づいたのだ。
「おい、予備の盾はどうした! 壊れたんだよ!」
「マジックバッグの中にあったはずだけど……あ、あれ? ストックがないわ!」
ミーナが悲鳴を上げる。
街の店で買ったポーションは、クロードが管理していたものに比べて効き目が半分以下だった。
マジックバッグでは、そこまで鮮度を維持できない。。
「エリック! 喉が渇いて魔法が撃てないわ! 水! 冷たい水はないの!?」
「そんなもん、水袋のを飲めよ!」
「あんなぬるい水、飲めるわけないでしょ!迷宮の聖なる泉で汲んだ水じゃないと魔力も回復しないわ」
後衛を守る「盾」がいない。
前衛のエリックが敵に斬り込むたび、漏れた魔物がルナたちを襲う。
「このお、近寄んな」
炎の鞭で周囲を薙ぎ払うルナ。
魔物が焼け弾け、ルナのローブを汚した。
「いやあああ! 私の服が! 泥と返り血でベタベタよ! クロード、早く予備のローブを――あ」
いない。
ガチャガチャとうるさい鎧の音をさせて、常に自分たちの前に立っていた、あの「置物」がいない。
「ルナ!後にしろ。いまはこいつらを一掃するんだ。
でかいのを一発ぶっ放せ」
エリックが叫ぶ。
「無理よ!こんな状況じゃ集中できない」
彼がいなくなっただけで、食事はマズくなり、装備はボロボロになり、睡眠不足で肌は荒れ、
戦線はたった三日で崩壊の危機を迎えていた。
「くそっ、あいつさえいれば……! あいつさえいれば、こんなことには……!」
エリックは血走った目で、呪詛を吐きながら剣をふるう。
やっと魔物を退けた頃には、北門の防壁は半壊し、
兵士たちは疲弊しきっていた。
誰も勝利の声を上げなかった。
勇者パーティーの新たな門出は貴族による叱責から始まった。
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