第七話 大人になっても
「俺、本当に来てよかったんですか?邪魔になりませんか?」
源太は、いつも以上に気を遣って戸惑っているように見えた。
「全然、そんなことないよ」
「ああ、律もそう言ってくれてるし」
「それなら良かったです。俺も、お二人と飲みたかったので、嬉しいです!」
「それなら良かった。じゃぁ行こうか」
俺達は、アトリエの近くにある居酒屋に入ることにした。
店内に入ると、案内されたテーブルの席に座って、ハイボールや数品の料理を頼んだ。
「そういえば、律の個展っていつ?」
「まだ先だけど、9月ぐらいかな。作品の進行具合にもよるんだけど」
「律さん、個展やるんですね!行きたいな〜」
「来てもらえると俺も嬉しいよ」
「祐馬も来てくれる?」
「ああ、源太と行くよ」
「じゃあ、詳しく日程決まったら連絡するね」
「うん」
飲んでいたハイボールを飲み干して、追加注文をした。
「こういう場だから聞くんですけど、お二人って、好きな人とか付き合ってる人っていないんですか?」
急に源太から投げかけられた質問に、些細な質問のはずなのに、答えられそうにもなかった。それは、目の前に好きな人がいるからだ……。
「……なんで、その質問?」
「いや、お二人ともかっこいいから恋人とかいてそうだな〜って思って。でも、プライベートの質問しすぎましたかね。すみません」
「いや、違う。俺の方こそ悪かった」
些細な質問なのに、うまく受け流せなかった自分が嫌になってくる。
「俺は、好きな人はいるよ」
向かいの席に座っている、律が淡々とそう答えた。
好きな人って俺のこと、だよな……?
「うわ〜。いいな〜。律さんに好きになられるとか、よっぽど素敵な人なんだろうな〜」
「そうだね、素敵な人だと思う。俺にもったいないぐらい」
「梶井さん、なんか顔赤くないですか?」
「え?いや、そんなことないって」
俺は誤魔化すように、水をグラスに注いで一口飲んだ。
「祐馬、大丈夫?」
「ああ、うん」
少し心配した顔をした律に対して、俺は短く返事を返す。本当は自分のことを話されているとわかっているから、気が気ではなかった。
「そういえば律さんが、デザイナーの道に進んだ理由って聞いてもいいんですか?」
「元から、絵を描くことが好きでそれの延長って感じかな。気づいたら好きなことを仕事にしたいなって思ったからかな」
「いや、好きなことを仕事にできてること自体、すごいですし、憧れますよ」
「濱辺君にそう言ってもらえて、これまで頑張ってよかったなって思うよ。濱辺君は今の会社で働こうって思った理由とかある?」
「俺は、大学のインターンの時に、梶井さんにお世話になって、今の会社に決めましたね。実際入社して、仕事も大変ですけど、やりがいも感じてますね」
「そうなんだ。やりがいを感じられてるっていいことだと思う。それと、祐馬慕われてるんだね」
「そうなんですよ。だから、付き合ってる人がいるのか気になるんですよね」
「俺のことは気にならなくていいから」
「梶井さんって、秘密主義なんですよね〜笑」
「てか、そろそろ結構いい時間だから、この辺にしようか」
時計を見ると、飲み始めてからかなり時間が経っていた。
「え〜、もっと話したかったのに〜」
「また3人で飲みに来ようね」
「そうだな」
「はい、今日はありがとうございました。また行きましょう!」
俺達は、居酒屋を出ることにした。
「俺は、源太送って帰るから」
「わかった、じゃあここで」
「うん、ありがとう」
「今日本当に楽しかったです、ありがとうございました」
手を振り合って、俺達は帰ることにした。
俺は、源太を送ってから家に着くと、律からLINEが来ていたことに気がつく。
『家、帰れた?』
『うん。さっき家着いたよ』
『よかった』
『明日、仕事早いから先寝るわ』
『わかった。また飲みに行こう』
『うん』
返事を返して、シャワーをしてから俺はすぐに寝ることにした。
言葉にできなかった"好き"を、心の奥にしまったままで。
それからお互いの仕事が忙しく、律と会う時間が少なく、LINEだけのやり取りが続いていた。
一ヶ月後、律に依頼していた広告のデザインが完成したという連絡が入り、夕方頃にアトリエに行くことにした。
「来てくれてありがとう」
「ちょうど仕事も片付いたところだったし、大丈夫」
「よかった」
中に入ると、入り口近くの椅子に座るように促される。
「これで大丈夫?」
律は、俺にタブレットに入っている完成したデザインを見せてくれた。
覗き込むようにして、俺達は自然と距離が近くなる。
「やっぱりいいな……。先方の依頼内容にも合ってるし、それ以上にすごく心に残るデザインだと思う。律に頼んでよかったよ」
「よかった。依頼先の人にこのデザインを気に入ってもらえたらいいなって思ってたけど、でも正直言うと、祐馬に喜んで欲しいって思いながら描いたから嬉しいかも」
俺はそれを聞いて顔を上げると、律と視線が交わる。
静かな空間に時計の音だけが響いている。口を開いたのは、律だった。
「祐馬、照れてる?それか、もしかしてこの前のこと思い出した?」
「……そんなことないから。てか、そのデータ、送っておいて。先方に確認してもらいたいから」
「うん、わかった」
「じゃぁ、よろしく。俺まだ仕事あるから帰るわ」
「それ明日にできないの?」
「……え?」
「ごめん、嘘。駅まで送るわ」
そう言った律の少し寂しそうに笑った。
アトリエを出て、俺達は隣で歩きながら、不意にぶつかった左手を繋ぐと、それが無言の合図かのように律は自然と繋ぎ返してくれた。その左手は暖かかった。
「ちょっと駅まで遠回りしてもいい?」
「うん」
律はそう言って、俺達は駅の近くにある公園に立ち寄った。公園には誰もいない。そしてベンチに座った。陽が沈み始めている。
「……てか、祐馬に謝りたいことあって」
「謝りたいことって何?」
「……俺、高校の時に、祐馬の気持ち気づいてたのに、応えられなかったこと謝りたくて。あの時はごめん」
「いや、それは俺こそごめん。律の気持ち考えられてなかった」
「そんなことないって。あの時、俺は祐馬の気持ちから逃げてた。自分のことも責任も取れないのに、祐馬のことも責任取れないって思ってたから」
「けどさ、俺達もう大人になったよな。もう自分の人生に責任も取れるよ。……例えば、好きな人と一緒にいることもできる」
俺は律の手をぎゅっと繋いだ。
「……俺で、いいの?」
律はそう言って、俺と反対方向を向いて、着ていたパーカーの口元を隠した。
「もう、わかってるだろ……」
「そうだな、好きだよ祐馬」
律は俺を見て優しく微笑んだ後、そっと触れるだけのキスをした。
「これ以上は帰したくなくなるから……。てか、この後仕事あるんだろ?駅まで送るよ」
頬に触れていた手が離れていく。律は1人立ちあがって歩き始ようとする。
それを俺は、律の服の裾を掴んで引き止めた。
「恋人のこと簡単に帰すのかよ。こんな状態で仕事できるわけないだろ」
「……え?」
「律が言ったんだろ、恋人になってほしいって」
律は、俺のことを強く抱きしめた。
「うん、もう祐馬のこと離したくない。……祐馬、この後の時間、俺にくれる?」
「俺も今日は律と一緒にいたい」
律は少しだけ驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。
「……じゃあ、送るのやめるわ」
律は俺の手を握り直した。
街灯に照らされた影が、並んで伸びる。




