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第三話 真なる勇者の覚醒、あるいは神域の管理者

王都の喧騒から離れた、静寂に包まれた一画。

そこは、国教である「聖ルミナス教」の総本山、大聖堂の最奥にある「聖域」と呼ばれる場所だった。

普段は国王ですら立ち入りを許可されないその場所に、俺、アレンは招かれていた。


「どうぞ、アレン様。こちらはこの国で最も純度の高い聖水で淹れたハーブティーです」


目の前に差し出されたのは、湯気と共に芳醇な香りを漂わせる白磁のティーカップ。

それを捧げ持っているのは、先ほど路地裏で俺に跪いた美少女、聖女レナだ。

彼女は俺が一口飲むのを、まるで神の啓示を待つ信徒のような熱っぽい瞳で見つめている。


「……ああ、美味いな。体が浄化されるようだ」

「光栄です! アレン様のお体に触れ、その水分の一部となれる茶葉たちが羨ましいです!」


……少し、信仰心が重い気がするが、悪い気はしない。

俺はふかふかのソファに背を預け、改めて自分の状況を整理することにした。


「それで、レナ。さっきの話の続きだが……俺の力が『戻った』というのは、具体的にどういうことなんだ?」


レナは表情を引き締め、空中に指先で複雑な紋章を描いた。

すると、俺の視界にある「管理画面」とはまた別の、より詳細なホログラムが空間に展開された。


「簡潔に申し上げますと、これまでの勇者パーティー『天聖の剣』は、一つの巨大なサーバーシステムのようなものでした。そのサーバーのホスト、つまり管理者がアレン様です」


彼女は五つの光の点を指し示した。中央にある巨大な太陽のような光が俺。その周囲を回る四つの小さな惑星が、ギルバートたちだという。


「アレン様が持つ固有スキル【世界ライセンス:勇者】は、神々がこの世界に干渉するための『管理者権限アドミニストレーター』そのものです。しかし、この力はあまりに強大すぎるため、人体への負荷を避けるリミッターが設けられていました」

「リミッター?」

「はい。それが『パーティーメンバーへの権限委譲』です。アレン様は無意識のうちに、ご自身の力を四分割し、ギルバートたちに『勇者の力』としてレンタルしていたのです。彼らが聖剣を使えたり、高位魔法を連発できたのは、アレン様の魔力タンクからパイプを繋いで供給を受けていただけに過ぎません」


なるほど。

俺がWi-Fiルーターだと思っていたのは、あながち間違いではなかったわけか。

俺という巨大な発電所から、電線を引いて彼らに電気を送っていた。

俺が「荷物持ち」として戦闘に参加せず、後方でサポートに徹していたのも、無意識にその供給ラインを維持し、彼らの負荷を調整していたからだ。


「ですが、彼らはその恩義を忘れ、契約を一方的に破棄しました」


レナの声が冷たく沈む。


「契約解除により、四人に流れていた全エネルギーが、本来の所有者であるアレン様に還流しました。さらに、今まで彼らが倒した魔物の経験値、名声ボーナス、スキル熟練度……それら全てが『レンタル料』として徴収され、アレン様に加算されています」

「……つまり?」

「現在のアレン様は、この世界の『ことわり』そのものに干渉できる、半神に近い存在となっているということです」


俺は自分の手を見つめた。

握りしめると、空間そのものがミシミシと軋むような感覚がある。

試しに、窓の外に見える空に向かって、軽く指を振ってみた。


「……晴れろ」


その一言を発した瞬間だった。

王都の上空を覆っていた分厚い雲が、まるで巨大な手で払いのけられたかのように消滅した。

一瞬にして広がる、突き抜けるような青空。

太陽の光が燦々と降り注ぎ、大聖堂のステンドグラスを鮮やかに照らし出す。


「……おいおい、マジかよ」


魔法を使った感覚すらない。

ただ「そうあれ」と願っただけで、世界がその通りに書き換わった。

これが、管理者権限。

今までギルバートたちに配分していたリソースを全て自分一人で使うと、これほどのことができるのか。


「素晴らしい……! さすがは真なる勇者様!」


レナが恍惚とした表情で拍手をする。

俺は苦笑しながら、カップに残った冷めた紅茶を飲み干した。


「力が戻ったのは分かった。だが、これを持て余すのも問題だな」

「でしたら、少し『お散歩』はいかがですか? ちょうど、王都の北門付近に、手頃な運動相手が出現したようですので」


レナが悪戯っぽく微笑みながら、ホログラムの一部を拡大した。

そこに映し出されていたのは、王都の城壁に迫る、黒い津波のような魔物の群れだった。



王都北門前広場は、パニックに陥っていた。

警報の鐘が乱打され、衛兵たちが必死の形相で避難誘導を行っている。


「スタンピード(魔物の大暴走)だ! 数は五千以上!」

「Sランク指定の『ギガント・オーガ』も確認された! 城壁が持たないぞ!」

「勇者パーティーはどこだ!? ギルバート様たちはまだか!?」


絶望的な叫びが飛び交う中、巨大な影が城壁の上に落ちた。

身長十メートルを超える巨人の魔物、ギガント・オーガが、丸太のような棍棒を振り上げ、城門を粉砕しようとしていたのだ。


「終わりだ……あんな化け物、どうやって倒せば……」


衛兵の一人が膝をつき、武器を取り落とした。

その棍棒が振り下ろされようとした、その時。


カツン、カツン。


戦場に似つかわしくない、優雅な足音が響いた。

誰もが息を呑んで振り返る。

そこに現れたのは、純白のドレスを纏った聖女レナと、その隣を歩く一人の青年――黒髪の地味な、どこにでもいそうな「元・荷物持ち」のアレンだった。


「聖女様!? なぜこのような危険な場所に!」

「下がってください! ここはもうすぐ戦場になります!」


衛兵隊長が叫ぶが、レナは涼しい顔で微笑んだだけだった。


「ご心配には及びません。この方がいらっしゃいますから」


レナが一歩下がり、アレンに道を譲る。

アレンは群れを成して押し寄せる魔物の軍勢と、目の前に聳え立つギガント・オーガを、まるで散歩中の風景でも眺めるような目で見上げた。


「……ああ、確かに多いな。五千匹か」


かつての俺なら、ギルバートたちの後ろで震えながら、彼らのステータス管理に必死になっていただろう。

「ギルバート、右から来る!」「エリス、マナ残量に気をつけろ!」「ミナ、回復を急げ!」

そんな指示を出し続け、彼らが敵を倒すのを祈るしかできなかった。


だが、今は違う。


「邪魔だ」


アレンは、ただ一言、そう呟いた。

そして、無造作に右手をかざした。


《システムコマンド:対象エリア内の敵対性生物を消去デリート


魔法陣も、詠唱も、派手な光のエフェクトもなかった。

ただ、「現象」だけが起きた。


ヒュンッ。


風を切る音と共に、ギガント・オーガの上半身が消滅した。

血飛沫すら上がらない。

まるで、最初からそこに何も存在しなかったかのように、空間ごと削り取られたのだ。

残された下半身が、バランスを失ってドサリと倒れる。


それだけではない。

後方に続いていた五千匹の魔物の群れが、次々と塵になって崩れ落ちていく。

ゴブリンも、オークも、ワイバーンも。

アレンの視界に入った全ての敵対存在が、システムによって「処理」され、強制的に排除されたのだ。


「……は?」


誰かが間の抜けた声を出した。

数秒の沈黙の後、爆発的な歓声が上がったわけではなかった。

あまりにも圧倒的すぎる光景を前に、人々は理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだ。


「あ、ありえない……一撃で……?」

「魔法ですらない……何をしたんだ……?」


ざわめきが広がる中、アレンは何事もなかったかのように手を下ろした。

体の中のエネルギーは、これだけのことをしても1ミリも減っていない。

むしろ、倒した魔物たちの経験値が還元され、さらに力が溢れてくるのを感じる。


「……掃除完了。行こうか、レナ」

「はい、アレン様。素敵でした」


レナはうっとりとアレンの腕に抱きついた。

その光景を見て、ようやく人々は正気を取り戻した。


「あ、あの方は誰だ!? 聖女様とご一緒ということは、新たな勇者様か!?」

「すげぇ……あのギガント・オーガを瞬殺だぞ……」

「救世主様だ! 救世主様が現れたぞ!」


地響きのような歓声が、アレンの背中に降り注ぐ。

だが、アレンは振り返らなかった。

かつてギルバートたちが浴びていた称賛の声。

それを今、自分が受けていることに、奇妙な感慨を覚える。

だが、不思議と高揚感はなかった。

あるのは、「当然の結果だ」という冷徹な事実への納得だけ。


「さて、次はギルドに顔を出して、冒険者登録の更新でもするか」

「ええ。今の貴方様なら、SSSランクからのスタートでも文句は出ないでしょうね」


二人は悠然と、王都の大通りへと歩き出した。

その先で待ち受ける、哀れな「元・仲間」との再会を予感しながら。



一方その頃。

王都の路地裏にあるゴミ捨て場の近くで、三つの影がうずくまっていた。

ギルバート、エリス、ミナの三人だ。

彼らは数時間前、王城の地下牢から釈放されたばかりだった。

「勇者を騙った詐欺罪」での拘束だったが、彼らが本当にステータスを失っており、あまりにも弱すぎて害がないと判断されたため、厳重注意と罰金刑だけで放り出されたのだ。


だが、その代償は大きかった。

所持金は罰金で全て没収され、装備していた豪華な鎧やローブも「弁償金代わり」として剥ぎ取られた。

今の彼らは、ボロボロの平服一枚。

かつての栄光ある勇者パーティーの姿はどこにもなかった。


「くそっ……くそっ! なんで俺がこんな目に!」


ギルバートはゴミ箱を蹴り飛ばした。

だが、力が弱くなっているせいで、逆に足を痛めてうずくまる。


「痛ってぇ……! なんなんだよ、この体は! 鉛でも入ってるのか!」

「お腹空いたわよぉ……。誰か私に食事を持ってきなさいよぉ……」


エリスが力なく壁に寄りかかる。

自慢の美貌も、化粧が崩れ、髪が乱れて台無しになっていた。


「神よ……これは試練なのですか? 私たちは選ばれたはずなのに……」


ミナはブツブツと祈りを捧げているが、その声には狂気が混じっていた。


ギルバートは爪を噛みながら、血走った目で虚空を睨んだ。


「全部あいつのせいだ……アレンだ……!」


あいつがいなくなってから、全てがおかしくなった。

あいつが俺たちの装備に呪いをかけたに違いない。

あいつが俺たちの力を盗んだに違いない。


「探し出すぞ……! あいつを見つけ出して、この呪いを解かせるんだ! 土下座させて、靴を舐めさせて、俺の力を返させるんだ!」


逆恨みも甚だしい妄想にすがりつき、ギルバートは立ち上がった。

プライドだけは、まだ勇者のままだった。

自分たちが「無能」であるという現実を直視できず、全ての原因を他者に転嫁することでしか、精神を保てないのだ。


「おい、見ろよ。通りが騒がしいぞ」


ふと、大通りの方が喧騒に包まれているのに気づいた。

人々が何かを叫び、歓声を上げている。

ギルバートたちはふらふらと路地を出て、人垣の隙間から通りを覗き込んだ。


そこには、信じられない光景があった。


王家専用の、最高級の白馬が引くオープン馬車。

その上には、この国の象徴である聖女レナが座っていた。

そして、その隣で足を組み、優雅に民衆の手に応えている男。


見間違えるはずがない。

黒髪の、地味な顔立ち。

昨日まで俺たちの後ろで荷物を持っていた、あの「雑用係」だ。


「……は?」


ギルバートの思考が停止した。

なぜ、あいつが?

なぜ、聖女様の隣に?

なぜ、あんなに綺麗な服を着て、英雄のように称えられている?


馬車が近づいてくる。

民衆の声が聞こえる。


「見ろ! あの方が北門のスタンピードを一人で鎮圧した英雄だ!」

「真の勇者アレン様万歳!」

「なんて神々しいオーラなんだ……!」


真の、勇者?

アレンが?

ふざけるな。勇者は俺だ。俺だけだ。


「おい……待ちやがれぇぇぇッ!!」


ギルバートは理性を失い、人垣を乱暴に押しのけて飛び出した。


「どけ! そこをどけ雑魚ども!」


周囲の罵声を無視して、馬車の前に立ちはだかる。

エリスとミナも、慌ててその後を追ってきた。


馬車がゆっくりと停止する。

御者がギルバートを睨みつける。


「無礼者! 勇者様の御前であるぞ! 下がれ!」

「うるさい! そいつは勇者なんかじゃない! ただの荷物持ちだ! 俺の奴隷だ!」


ギルバートは泡を飛ばして叫び、馬車の上にいるアレンを指差した。


「おいアレン! 調子に乗るなよ! 俺の装備を盗んで、俺の地位を奪って、よくもぬけぬけと!」


周囲がざわつく。

しかし、アレンは表情一つ変えなかった。

まるで、道端の石ころでも見るような、冷たく、そしてどこか哀れむような瞳でギルバートを見下ろした。


「……誰だ、お前?」


その一言は、どんな罵倒よりも深く、ギルバートのプライドを抉り取った。


「わ、忘れたとは言わせないぞ! ギルバートだ! 勇者ギルバート様だ!」

「ああ……そういえば、そんな名前の『一般人』もいたな」


アレンは口元だけで笑った。

その笑顔には、かつての弱々しさは微塵もない。

あるのは、圧倒的な強者の余裕と、冷酷なまでの断絶だった。


「なっ……!」

「アレン! あんた何様のつもり!? 私たちの魔力を返してよ!」

「そうですわ! それは神が私たちに与えた力ですのよ! 泥棒は地獄に落ちますわ!」


エリスとミナも喚き散らす。

アレンはため息をつき、隣に座るレナに目配せをした。

レナは氷のような冷たい視線を三人に向け、静かに告げた。


「不敬ですね。神の愛し子であるアレン様に対し、その暴言。……死に値しますよ?」


レナから放たれた殺気が、物理的な圧力となってギルバートたちを襲った。

三人は「ひっ」と悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。

今まで感じたことのない、本物の「強者」の威圧感。

自分たちが今まで振るっていた力が、いかに借り物であり、本物がどれほど恐ろしいかを、本能で理解させられた瞬間だった。


だが、アレンはレナを手で制した。


「待て、レナ。ここで殺しては、祭りの余興にならない」


アレンは馬車から降り立った。

コツ、と石畳に足音が響く。

彼はゆっくりと、腰の抜けたギルバートに歩み寄った。


「再契約をご希望かな? ギルバート君」


アレンが見下ろす視線の先で、ギルバートは震えながらも、希望にすがるような目で顔を上げた。

そうだ、アレンは優しい。今までも、なんだかんだ言って俺の言うことを聞いてきた。

謝れば、また力を貸してくれるかもしれない。

そうすれば、また俺は勇者に戻れる。


「あ、ああ……! そうだ! 悪かった! 戻ってこいアレン! また俺たちと一緒に……」


ギルバートが手を伸ばした、その時。


「――お断りだ」


アレンの声が、冷たく響いた。


「残念ですが、君たちはブラックリスト入りだ。永久にね」


アレンが指を鳴らす。

その瞬間、ギルバートたちの視界に、あの「管理画面」が強制的に表示された。


警告:対象ユーザーへの敵対行動を確認

システム判定:『駆除対象モンスター』として認定

処理:全社会的権利の剥奪、及び『無限の不運』状態の付与


「な……なんだこれ……!?」


文字が赤く点滅する。

アレンはニッコリと、悪魔のような笑みを浮かべて告げた。


「さて、ここからが本当の地獄だ。楽しんでくれよ、元・勇者様たち」


絶望に染まるギルバートの顔を見ながら、アレンは踵を返した。

その背中には、もはや慈悲のかけらも残っていなかった。

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