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第一話 「勇者パーティー」という名のサブスクリプション契約、解除します

王都最大の高級宿「銀の天馬亭」。その最上階にあるロイヤルスイートルームは、今夜、かつてないほどの熱気に包まれていた。

最高級のシャンパンが注がれる音、クリスタルグラスがぶつかり合う軽やかな音色、そして部屋を震わせるほどの歓声。

テーブルには、庶民が一生かかっても口にできないような山海の珍味が所狭しと並べられている。

王都を脅かしていたSランクモンスター「深淵の黒竜」を討伐した英雄たちを祝う宴としては、これ以上ないほど相応しい光景だった。


「乾杯! 俺たちの輝かしい未来と、世界最強の勇者パーティー『天聖の剣』に!」


黄金の髪を揺らし、端正な顔立ちを紅潮させた男が高らかにグラスを掲げる。

勇者ギルバート。

若くして聖剣に選ばれ、数々の武功を立ててきたこの国の希望。

その隣では、妖艶な肢体を際どいローブに包んだ魔導師のエリスと、清純な聖女の皮を被った僧侶のミナが、うっとりとした瞳で彼を見つめていた。


「さすがはギルバート様ですわ! あの黒竜を一撃で葬り去るなんて!」

「ええ、本当に。ギルバート様の剣技、神々しくて見惚れてしまいました」


二人の美女にかしずかれ、ギルバートは満足げに鼻を鳴らす。

部屋の中央で繰り広げられるその華やかな光景から弾き出されるように、部屋の隅、観葉植物の影に隠れた粗末な椅子に、俺、アレンは座っていた。

手元にあるのは、彼らが食べ残したパンの耳と、ぬるくなった水道水が入った木のコップだけ。


「……はぁ」


ため息をつきながら、硬くなったパンを水で流し込む。

俺の役割は「荷物持ち」兼「雑用係」。

戦闘では後方に控え、彼らの荷物を管理し、野営の準備をし、装備の手入れをし、彼らの身の回りの世話を焼く。それが表向きの仕事だ。

だが、彼らは知らない。

俺がただ後ろで突っ立っているだけに見える戦闘中、絶え間なく何を行っていたのかを。


『警告:対象ギルバートの筋力値バフの残存時間が30秒を切りました。自動更新します』

『警告:対象エリスの魔力回路にオーバーヒートの予兆。冷却プロセスを実行、並列処理で魔力供給を行います』

『警告:対象ミナのヒール範囲にズレが生じています。座標修正、及び聖属性補正を付与』


俺の視界には、常に半透明のウィンドウ――この世界で俺だけに見える「管理画面」が表示されている。

俺はパンを噛み締めながら、視界の隅で点滅するログを確認した。


【固有スキル:世界ライセンス『勇者』】


それが、俺が神から授かった本当の力だ。

この世界における「勇者」とは、特定の個人を指す称号ではない。神が認可した「システム権限」のことだ。

そして、そのライセンス契約者は、ギルバートではなく、この俺、アレンだった。

俺が半径10メートル以内にいることで、パーティーメンバーは「ゲストユーザー」としてシステムに接続され、ステータスが100倍になり、あらゆる攻撃を無効化する加護を得て、伝説の聖剣を扱えるようになる。

いわば、俺は歩くWi-Fiルーターであり、彼らはそれにタダ乗りしているスマホのようなものだ。


「おい、アレン。そこで何を辛気臭い顔をしているんだ?」


不意に、嘲るような声が降ってきた。

顔を上げると、ギルバートがグラス片手に俺を見下ろしていた。背後にはエリスとミナも続き、冷ややかな視線を向けている。


「……いえ、黒竜討伐、おめでとうございます。素晴らしい戦果でしたね」


俺は努めて穏やかに答え、立ち上がろうとした。

だが、ギルバートは俺の肩を乱暴に蹴りつけ、椅子ごと床に突き飛ばした。


「ぐっ……!」

「口答えするな、寄生虫が。誰のおかげでこんな高級な部屋にいられると思ってるんだ?」


床に倒れた俺を見て、エリスがクスクスと笑う。


「本当よねぇ。戦闘中はずっと後ろで震えてるだけで、何の役にも立たないくせに。報酬の分配を受け取る時だけは一人前な顔をするんだから」

「アレンさん、少しは恥というものを知ったらいかがですか? ギルバート様の足手まといになっている自覚、ありますよね?」


ミナの言葉は丁寧だが、その瞳には侮蔑の色しか浮かんでいない。

足手まとい、か。

黒竜のブレスを『絶対障壁』で無効化し、ギルバートのなまくらな剣撃に『聖剣補正』を乗せてダメージを通るようにし、エリスの暴発寸前の魔法を制御していたのが誰なのか、彼らは本当に気づいていないのだ。

いや、気づけないように俺が裏で処理していたのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。


「……それで、用件は何だ? わざわざ俺のところに来たってことは、何かあるんだろう」


服についた埃を払いながら立ち上がると、ギルバートはニタリと下卑た笑みを浮かべた。


「ああ、大事な話がある。単刀直入に言おう。――アレン、お前は今日でクビだ」


予想はしていた。

いつかこうなるかもしれないと、心のどこかで覚悟はしていた。

だが、実際にその言葉を聞くと、胸の中に湧き上がったのは悲しみや怒りではなく、奇妙なほど冷めた「納得」だった。


「……理由は?」

「理由? そんなもの、鏡を見れば分かるだろう!」


ギルバートが大げさに両手を広げる。


「俺たちはこれから、魔王討伐という偉業を成し遂げるために、さらなる高みへ登る。そのためには、Sランクの冒険者や王族の支援が必要不可欠だ。お前のような無能な荷物持ち(アイテムボックス)も使えない雑用係を置いている余裕はないんだよ!」

「それにねぇ、見栄えが悪いのよ。『天聖の剣』は美男美女の最強パーティーとして売り出しているのに、あんたみたいなしけた男が混じってると、絵面が汚れるの」


エリスが髪を弄りながら吐き捨てる。

ミナも困ったように眉を下げてみせた。


「教会の意向でもありますの。聖なる勇者様の側に、神の祝福を持たない無能力者がいるのは好ましくないと」


無能力者。

神の祝福を持たない。

皮肉すぎて、乾いた笑いが出そうになった。

俺こそが神と直結した唯一の契約者であり、お前たちのその力は、俺経由で流れている「レンタル品」に過ぎないというのに。


「……分かった。俺を追放するのは構わない。だが、一つだけ確認させてくれ」


俺は彼らの目を真っ直ぐに見据えた。


「俺がいなくなれば、これまでのようには戦えなくなるぞ。それでもいいのか?」


それは、かつての仲間に対する、俺なりの最後の情けだった。

俺がパーティーを離脱すれば、当然「勇者ライセンス」の共有設定は解除される。

彼らのステータスは本来の数値――つまり、ただの「レベル5の一般人」に戻る。聖剣はただの鉄屑になり、魔法は種火程度しか出なくなるだろう。

魔王討伐どころか、その辺のゴブリンにすら勝てなくなる。


だが、俺の警告を聞いた彼らは、一瞬の沈黙の後、腹を抱えて爆笑した。


「ぶっ、あはははは! 聞いたか今の!? こいつ、自分が戦力だと思ってやがる!」

「傑作だわ! あんたがいなくなって困ることなんて、荷物が少し重くなることくらいよ!」

「アレンさん、虚勢もそこまでいくと哀れですわ。あなたの代わりなんて、街の清掃夫でも務まりますもの」


ギルバートは笑いすぎて涙を拭いながら、俺の胸ぐらを掴んだ。


「いいか、勘違いするなよゴミクズ。俺が強いんじゃない。俺が選ばれた勇者だから強いんだ。お前のような底辺とは住む世界が違うんだよ」


至近距離で睨みつけられる。

その瞳には、一点の曇りもない傲慢さと、揺るぎない自信が宿っていた。

ああ、こいつらは本気でそう思っているんだ。

自分たちの実力だと信じて疑っていないんだ。

俺が影でどれだけ調整し、どれだけバフを重ねがけし、どれだけ命を削って彼らの無茶な突撃を支えてきたか、想像すらしていないんだ。


俺の中で、何かがプツリと切れた音がした。

情けも、未練も、最後に残っていたわずかな義務感も、すべてが消え失せた。


「――そうか。なら、もう何も言うことはない」


俺はギルバートの手を振り払い、静かに告げた。


「装備を置いていけ。それはパーティーの資産だ。お前が持って行っていいのは、その薄汚れた服だけだ」


ギルバートの指示に従い、俺は背負っていたマジックバッグ(実は俺のスキルで拡張していただけで、ただの鞄だ)と、腰に差していた短剣をテーブルに置いた。

身一つになった俺を見て、彼らは満足げに頷く。


「よし、さっさと消えろ! 二度と俺たちの前に顔を見せるな!」

「あ、そうだアレン。王都を出て行くなら、ついでに私の靴も磨いておいてくれない? 泥がついてて汚いの」

「神のご加護がありますように……まあ、あなたには関係のない言葉ですけど」


罵倒と嘲笑を背に受けながら、俺はスイートルームの重厚な扉を開けた。

廊下に出ると、冷房の効いた部屋とは違う、生ぬるい夜の空気が肌にまとわりつく。

扉が閉まる寸前、中から「やっと清々した!」「祝勝会の続きをしましょう!」という明るい声が聞こえてきた。


俺は長い廊下を一人で歩き出した。

足取りは驚くほど軽い。

宿を出て、石畳の通りを歩く。夜風が火照った頬に心地よい。

王都の中央広場にある大時計を見上げると、針はちょうど深夜0時を回ろうとしていた。


「……さて」


俺は立ち止まり、誰にも聞こえない声で呟いた。

虚空を見つめ、慣れ親しんだ操作を行う。

視界に浮かぶシステムウィンドウ。そこには『パーティーメンバー:3名(接続中)』の表示がある。


「解約手続き(アンサブスクライブ)、開始」


『確認:メインユーザー・アレンによるパーティー「天聖の剣」からの離脱を確認しました』

『確認:共有ライセンス契約の即時解除を実行しますか? YES/NO』


指先を迷いなく動かし、俺は『YES』を選択した。


『承諾されました。これより、ゲストユーザーへの権限付与を全て停止します』

『ステータス補正……解除』

『スキル使用権……剥奪』

『聖剣・聖具の認定……無効化』

『王城・重要施設の通行パス……削除』


次々と流れるログと共に、俺の体の中に熱い奔流が戻ってくるのを感じた。

今まで三人に分散させ、供給し続けていた膨大な魔力と生命力が、本来の持ち主である俺へと還流してくる。

指先が微かに発光し、全身の細胞が歓喜の声を上げるようだ。

今まで体が重かったのは、常に彼らにエネルギーを吸い取られていたからだということを、今さらながらに実感する。


『全リソースの回収完了。ユーザー・アレンのステータスを正常値へ復元します』


ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

足元の石畳にピキピキと亀裂が入る。

ただ立っているだけで溢れ出す覇気。

半径数キロ以内のマナが、俺の意思一つで渦を巻くのが分かる。

これが、俺の本来の力。

神から「世界を救え」と託された、正真正銘の「勇者」の力だ。


俺は銀の天馬亭の最上階、あの光り輝く窓を見上げた。


「……あいつら、今頃どうしてるかな」


ふと、意地悪な興味が湧いた。

俺が供給を断った瞬間、彼らの身に何が起きたのか。

想像するだけで、口元が自然と吊り上がるのを止められない。


時を同じくして――。

「銀の天馬亭」の最上階で、女の悲鳴が響き渡った。


「きゃあああああっ!? な、何これ!? 肌が! 私の肌がカサカサに!」

「ギ、ギルバート様! 聖剣が! 聖剣が錆びていきますわ! 真っ赤な鉄屑に!」

「なんだ!? 体が鉛のように重い……! ステータスが開かないぞ! おい、どうなってるんだ!」


混乱と絶望の叫び声は、分厚い壁と窓ガラスに阻まれて、外にいる俺には届かない。

だが、窓の明かりが一瞬にして不気味に明滅し、王城の方角から不穏なサイレンの音が鳴り始めたことで、事態が動き出したことは理解できた。


「勇者プランのご利用、ありがとうございました。契約更新はありませんので、あしからず」


俺は誰に言うでもなくそう呟くと、踵を返した。

背後で騒ぎが大きくなっていくのを感じながら、俺は暗い夜道を歩き出す。

その足跡には、月光よりも眩しい黄金の軌跡が、微かに残されていた。


ここから先は、俺だけの物語だ。

理不尽な契約から解放された俺が、この世界でどう生き、どう楽しむか。

そして、無断で俺の力を使い込み、恩を仇で返した彼らがどう落ちぶれていくのか。


特等席で見物させてもらおうか。

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