第六章:愛という名の呪縛
ゼノスは暗闇の中にいた。
自室の椅子に深く身を沈め、返り血が乾いて肌をこわばらせるのも構わずに。
足元には、先ほど拾い上げた血まみれのお守りが転がっている。
(……俺は、触れてはいけないものに触れてしまったのだ)
彼女の光があまりに眩しくて、自分のような化け物でもその隣にいられると錯覚した。
だが、先ほどの彼女の悲鳴が、震える肩が、すべてを物語っている。
俺は彼女を怖がらせ、傷つけるだけの怪物だ。
その時、重い扉が静かに、押し開けられた。
「……閣下。……ゼノス、閣下」
現れたのは、涙で顔を濡らしたリリアナだった。彼女は震える足で、闇の中に沈む彼に歩み寄る。
「……来るなと言ったはずだ。薄汚い化け物が、そんなに珍しいか?」
ゼノスの声は、掠れて、今にも壊れそうだった。
彼はリリアナを見ようとしない。見れば、また彼女を求めてしまう。その恐怖に歪んだ顔さえ、愛おしいと思ってしまう自分が憎かった。
「違います! 私が怖かったのは、閣下が怪我をされているんじゃないかって……! その血が、閣下のものだと思ったら、私……!」
「嘘をつくな!!」
ゼノスは立ち上がり、机を乱暴に叩いた。
「俺を見たお前の目は、間違いなく恐怖に染まっていた!……当然だ。俺はこの手で数百の命を奪い、今もその返り血を浴びてここにいる。……お前が望んだ『騎士』など、どこにもいないんだ!」
リリアナは、彼の咆哮に怯むことなく、さらに一歩近づいた。その指先が、彼の血に汚れたマントに触れようとする。
その瞬間、ゼノスの心臓が、張り裂けんばかりに脈打った。
(やめろ。そんなに優しく笑うな。……俺が、壊れてしまう)
「……もう、笑うな。お前が笑うと、胸が苦しい。……これ以上、俺を掻き乱さないでくれ」
彼は、自分の恋心を、独占欲を、壊れそうな心臓の音を、ただ「苦痛」として吐き出した。
「お前のせいで、俺は俺でいられなくなる。お前のせいで、自分が化け物である現実が、死ぬほど苦しいんだ」……そう伝えたかった。
しかし、その言葉はリリアナの胸を、鋭いナイフとなって貫いた。
「……ああ、そう……だったんですね」
リリアナは、伸ばしかけた手をゆっくりと下ろした。
彼女の顔から血の気が引き、瞳からは絶望が溢れ出す。けれど、彼女の唇は、震えながらも優しく弧を描いた。
「私は……閣下の側にいたいという自分のエゴで、ずっと閣下を苦しませていたのですね。……私の笑顔さえ、今の貴方には『苦痛』でしかなかったなんて」
彼女は、泣きそうな顔で、でも幸せを願うように笑った。
「ごめんなさい。……大好きな貴方を、一番苦しめていたのが私だったなんて。……もう、お顔は見せないようにします。それが、貴方への最後の『愛』ですから」
リリアナは深く頭を下げると、そのまま背を向けて走り出した。
彼女の背中が、闇に溶けて消えていく。
「……待て。違う、リリアナ……!」
ゼノスは手を伸ばしたが、声は喉に張り付いて出てこない。
「行くな」と言いたいのに。
「苦しいのは、お前を愛しすぎているからだ」と言いたいのに。
言葉足らずな男の放った一言が、世界で一番守りたかった女性を、自らの手で追い出してしまった。
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(感想待ってます)
ではでは、また次の話でお会いしましょう。




