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第五章:鮮血の帰還と、崩れ落ちた微笑

そのような出来事があってから数日。

ゼノスとリリアナの関係は少しギグシャクしたものになっていた。

表面上は変わらないように見えるが、彼女の言葉数があの日以来減っている。表情も笑顔を作っているが、視線の動きがせわしない。


「……これ、お守りです。どうか、ご無事で」


リリアナが差し出したのは、不格好ながらも丁寧に縫われた小さな守り袋だった。

それを見た瞬間、ゼノスの心臓が跳ねた。胸の奥に温かい熱が広がり、喉の奥が震える。


(……俺に、こんなものを。死神と恐れられる俺に、生きて帰れと……?)


狂おしいほどの愛おしさが込み上げる。だが、出た言葉は真逆だった。


「……フン、気休めだ。俺がこんな端切れに守られるとでも思ったか。邪魔だ、どけ」


彼は乱暴にそれを奪い取ると、一度も振り返らずに馬に跨った。

いつもならここで彼への賛美が投げかけられるはずなのに、彼女は何も言ってこない。

ただ、一言だけ彼への無事を願う餞の言葉を贈った。


「……お気をつけて、閣下……っ」


背中に刺さるリリアナの震える声。ゼノスは馬の腹を強く蹴り、部下たちを連れて駆け出した。その懐、心臓に一番近い場所に、不格好な守り袋を強く押し込んで。










戦場でのゼノスは、まさに「悪魔」だった。

敵の残党兵が放つ憎悪も、振り下ろされる刃も、彼には届かない。


(早く終わらせる。……あいつが待っている)


頭にあるのは、リリアナのことだけだ。彼女の笑顔、彼女の温もり。

そして、あのときしてしまった彼女への愚行を謝りたかった。

彼は機械的に敵を斬り伏せ、返り血を浴びる。漆黒の髪も、美しい顔も、すべてが赤く染まっていく。


「閣下、深追いは危険です!」


部下の声を無視し、彼は最短距離で「城」へと向かう。一刻も早く、彼女に会いたかった。






リリアナは、寝付けないまま暗い廊下を彷徨っていた。


(閣下、大丈夫かな……怪我してないかな……)


前世は平和な日本、今世は箱入りの令嬢。彼女は「本物の争い」を知らない。

そこへ、城の重い扉が開く音が響いた。


「……閣下!?」


駆け寄ったリリアナの視界に飛び込んできたのは、月光に照らされた「怪物」だった。

漆黒の髪は血で固まり、顔の半分は赤く汚れ、瞳だけが爛々と赤く光っている。

鼻を突く、鉄臭い強烈な血の匂い。


「……ぁ……っ」


リリアナの脳裏に、本能的な恐怖が走った。

それはゼノスへの嫌悪ではない。「死」そのものの具現化を目の当たりにした、生物としての拒絶反応。そして、その大量の血が「彼のもの」かもしれないという、あまりのショック。


「……いやっ……!!」


リリアナは、自分の口を塞いで悲鳴を上げた。腰が抜け、その場にへたり込む。

ガタガタと震え、彼女の瞳からは涙が溢れ出した。

ゼノスは、彼女を抱きしめようと伸ばしかけた手を、空中で止めた。

リリアナの目に浮かんでいるのは、紛れもない「恐怖」。

自分を見て、腰を抜かし、泣き叫んでいる。


(……ああ。そうか)


心臓の奥が、氷を流し込まれたように冷えていく。


彼女は「赤目が綺麗だ」と言った。「かっこいい」と言った。

だが、それは綺麗な城の中で、着飾った俺を見ていたからだ。

本物の「化け物」の姿を見れば、結局、他の人間と同じように俺を拒絶する。


「……ははっ。……やはり、そうか」


ゼノスは自嘲気味に、低く笑った。

血に汚れた顔で浮かべたその笑みは、悲哀に満ち、酷く脆かった。

リリアナに向けられた赤い瞳には、絶望が沈んでいる。


「……そんなに怖いか。……お前だけは違うと、一瞬でも期待した俺が馬鹿だった」

「ち、が……閣下、私は……っ」

「近寄るな。……汚れる」


リリアナが心配で手を伸ばそうとした瞬間、ゼノスは鋭く言い放ち、彼女の手を振り払った。

その拍子に胸ポケットに入れていたお守りが滑り落ちる。

彼女が慌てて拾おうとすると、その前に彼が拾った。

その後、リリアナに一瞥をくれることなく彼は自分の自室の方へと去っていってしまった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし、よろしければ評価&ブックマーク等よろしくお願いします。

では、次の話でお会いしましょう。

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