第二章:命令無視の「好き好き」波状攻撃
翌朝。ゼノスは執務室で、昨夜の不可解な出来事を反芻していた。
(……あの女は、間違いなく狂っている。恐怖を感じる機能が欠落しているのだ。関わらぬのが一番だ)
彼は「顔を見せるな」と命じた。これで、少なくとも今日一日はあの騒がしい女から解放されるはず——そう思った矢先だった。
「ゼノス閣下! おはようございまーす!!」
バァァァン! と、重厚な扉が勢いよく開く。
そこには、昨日よりもさらに血色のいい顔をしたリリアナが、朝食のトレイを抱えて立っていた。
「……貴様。顔を見せるなと言ったはずだ」
ゼノスは、反射的に鋭い殺気を放った。並の騎士なら心臓が止まるような圧。だが、リリアナは「ひゃあぁ……!」と嬉しそうな悲鳴を上げた。
「閣下、朝から最高のファンサービスありがとうございます! その『殺してやる』と言わんばかりの冷たい眼差し……っ。朝日を浴びた赤目が、まるで朝露に濡れたルビーのように輝いていて、もう私、お腹いっぱいです!」
「……朝食を持ってきておいて、何がお腹いっぱいだ。早くそれを置いて出て行け」
「嫌です! 閣下の食事風景、死んでも見守りますから!」
リリアナは閣下の机に強引にトレイを置くと、そのまま至近距離で正座して、ゼノスの顔をじっと見つめた。ゼノスは、フォークを持つ手がわずかに震えるのを感じた。
「……見るなと言っている。食欲が失せる」
「えっ、私の顔が見苦しいですか? じゃあ、こうしますね!」
リリアナは懐から取り出した扇子で、自分の顔の下半分をパッと隠した。
「これで閣下の視界に入る私の面積が減りました! さあ、心置きなく閣下の国宝級のお顔を拝ませてください! ちなみにその、ちょっと不機嫌そうに歪んだ口角、天才だと思います!」
「…………っ」
ゼノスは言葉を失った。この女、物理的に顔を隠せば「顔を見せるな」という命令を回避したことになると本気で思っている。
最強の公爵としての威厳が、リリアナの圧倒的ポジティブ思考によって、みるみる削り取られていく。
耐えかねたゼノスは、椅子を蹴るように立ち上がり、リリアナの腕を掴んで無理やり顔を近づけた。
恐怖を刻み込むための、彼なりの最終手段だ。
「いいか、リリアナ。この髪も、この目も、この国では『悪魔の呪い』だ。お前の実家の家族も、俺を怪物だと蔑んでいた。お前も、いずれ正気に戻れば——」
「戻りません。断言します」
リリアナは、掴まれた腕の痛みなど気にする様子もなく、逆にゼノスの漆黒の髪にそっと触れた。
「閣下。この髪は夜の闇よりも深く、この目は命を吹き込まれた宝石です。実家の人たちがバカなのは知ってましたが、これほどの美を『呪い』だなんて……。ああ、可哀想に。視力が悪すぎたんですね、あの人たち」
リリアナは、本当に気の毒そうな顔をして続けた。
「私は、閣下のこの姿が大好きなんです。……だから、嫌われても、顔を見せるなと言われても、私は閣下を拝み続けます! これが私の生きがいですから!」
「……っ。……勝手にしろ、馬鹿者が」
ゼノスはリリアナの手を振り払い、顔を背けた。
漆黒の髪に隠れた彼の耳先が、わずかに赤くなっていることに、リリアナは見逃さなかった。
(……あ、閣下、今照れた? 照れましたよね!? ギャップ萌え死ぬ……っ!!)
「では閣下! お仕事頑張ってくださいね! 扉の隙間から応援してますから!」
「隙間からも見るな!!」
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ではでは、また次の話でお会いしましょう。




