第一章:絶望の馬車と、運命の「悪魔」
家族に虐げられてきた伯爵令嬢・リリアナに下されたのは、「悪魔公爵」と恐れられるゼノスとの婚姻という名の死刑宣告だった。
不吉な黒髪、命を奪う赤目ーー凄惨な噂におびえながら公爵城へ足を踏み入れたリリアナだったが、そこで彼女を待っていたのは、前世の記憶を呼び覚ます「究極の推しビジュアル」を持つ男で……。
「殺される」はずが「悶え死ぬ」!?
一方、死神と恐れられる公爵ゼノスは、己の呪われた姿を見て「最高」だと頬染めるリリアナに、かつてない戦慄を覚えていた。罠か、狂気か。
拒絶しようとするほどに、無自覚な彼女の熱に、凍てついていた心が溶かされていく。
「ーーお前は、俺をどうしたいんだ」
リリアナは、ガタゴトと揺れる馬車の中で震えていた。
それもそのはず、実家のクズ父、猫被り妹、脳筋兄に「化け物の生贄」として売られたのだ。
そんな不憫な彼女には前世の記憶がある。彼女は歩きスマホをしていたところ、トラックに弾かれ、死んでしまったというこれまた不憫な記憶である。(十中八九彼女が悪い)
しかし、前世の記憶を持っていたとしても、今の状況は最悪だった。
「黒髪は悪魔の象徴、その赤い目は見た者を呪い殺す……」
そんな噂ばかりが耳に入る。リリアナは必死に自分を鼓舞した。
(落ち着け、リリアナ。どうせ死ぬなら、せめて一太刀……いや、一矢報いてから……。でも、やっぱり怖いよぉ!)
到着した公爵城は、まるでおとぎ話の悪役が住むような、威圧感たっぷりの漆黒の古城。
出迎える使用人たちも一様に無表情で、城全体が冷たい殺気に満ちている。
案内された大広間の奥。
重厚な椅子に座り、脚を組んでこちらを射抜くように見つめている男がいた。
彼こそが、戦場の死神——ゼノス公爵。
ゼノスはわざと、自身の「呪われた」姿を強調するように、灯りの下にいた。
深い闇を溶かしたような漆黒の髪。
そして、暗闇の中で獣のように妖しく光る、鮮血の瞳。
彼は、リリアナが絶望し、泡を吹いて倒れるか、泣き叫んで許しを請うのを待っていた。
「……お前が、伯爵家から差し出された供物か」
低く、地響きのような声。
「この姿を見て、正気でいられるか? 呪われた赤目に見つめられ、命を落とす覚悟はできているんだろうな」
彼はわざと椅子から立ち上がり、獲物を追い詰めるようにリリアナへ一歩、また一歩と近づく。
彼が近づくたびリリアナは恐怖でガタガタと震えていた。……はずだった。
しかし、至近距離で彼の顔がハッキリと見えた瞬間、彼女の脳内で何かが弾けた。
(待って。……え? 嘘でしょ?)
漆黒の髪は、シルクのように艶やかで気高く。
その赤い瞳は、今まで見たどんな宝石よりも深く、吸い込まれそうなほど美しい真紅。
何より、その冷酷なまでに整った顔打ちは、前世で描いていた「理想の推し」を10,000倍豪華にしたようなビジュアルだったのだ。
「…………っ!!」
「ふん、恐怖で声も出ないか。……不気味だろう。この禍々しい色が」
ゼノスが勝ち誇ったように、さらに顔を近づけて嘲笑おうとした、その時。
「……はぁっ、最高……っっ!!」
「……は?」
「何ですかその神々しい色は! 赤目!? 呪いじゃなくて、それは『祝福』ですよ! むしろ私を呪い殺してください! ああ、でも死んだら拝めないからやっぱり生きて毎日見たいです!!」
「……毒でも盛られたのか? それとも、恐怖で頭が狂ったか」
ゼノスは眉間に深い皺を寄せ、思わず一歩後退した。
今まで、この赤い瞳を至近距離で見て「祝福だ」などと抜かした人間は一人もいなかった。皆、汚らわしいものを見るか、死神の鎌を突きつけられたような顔で逃げ出したものだ。
だというのに、目の前の小娘——リリアナは、頬を紅潮させ、今にも飛びかからんばかりの勢いで身を乗り出している。
「いいえ、正気です! 超・正気です閣下! ああ、もう一度だけ、その……左斜め45度からの角度で目を細めていただいても……?」
「断る。……お前、自分が置かれた状況が分かっているのか」
ゼノスは毒気を抜かれそうになるのを必死に堪え、冷酷な公爵としての仮面を繋ぎ止めた。
(……フン、最初だけは威勢がいいようだが、いつまで持つかな)
彼はリリアナを絶望の底に叩き落とすべく、とっておきの「嫌がらせ」を口にした。
「貴様のような不気味な女を、清潔な客間に通すつもりはない。……ついてこい。お前に相応しい『檻』を用意してやる」
ゼノスは背を向け、大股で歩き出した。
案内されたのは、城の最も奥深く。日当たりが悪く、壁には禍々しい彫刻が施され、夜な夜な幽霊が出ると噂される、古い塔の一室だった。
そこはゼノスの執務室と私室に挟まれた、いわば「監視用の小部屋」だ。
常にゼノスの殺気と、冷たい石壁の圧迫感にさらされる場所。並の令嬢なら三日と持たずに精神を病むだろう。
「ここがお前の部屋だ。埃っぽく、薄暗い。……俺の許可なく一歩も出るな。食事も最低限だ。孤独に震え、せいぜい自分の運命を呪うがいい」
重い扉が開かれ、カビ臭い空気が漂う。
ゼノスは、彼女が絶望に顔を歪める瞬間を今か今かと待ち構えていた。
しかし、リリアナは部屋を見渡すと、ハッと息を呑んだ。
「……え、待ってください。ここ、閣下の執務室のすぐ隣ですよね?」
「そうだ。逃げ出そうとしても無駄だという証明——」
「……神部屋神部屋じゃないですか!!!」
リリアナは叫びながら、部屋の壁をスリスリと撫で始めた。
「見てください、この壁! 厚みが! 閣下の吐息が、書類をめくる音が、壁越しに聞こえるかもしれないってことですよね!? 孤独に震える? いいえ、閣下の気配に震えます!! おまけにこの不気味な彫刻、閣下の雰囲気にぴったりで最高にダーク・ファンタジーです!」
「…………貴様」
「閣下の隣の部屋なんて、前世でどんな徳を積めば入れるんですか!? 実家のクズ親父、グッジョブ! お兄様、ゴミを見るような目で私を見てくれてありがとう! そのおかげで私は今、天国にいます!!」
リリアナは、ゼノスのマントの裾を掴まんばかりの距離までグイグイと詰め寄った。
「閣下、閉じ込めてくださるなんてお優しいんですね! もしかして、私が他の男に見られないように、独占してくださるおつもりですか!?」
「ち、違う! 貴様を監視するために——」
「ああ、もう! その動揺した赤目も最高にエモいです!! 好き!!」
ゼノスは、生まれて初めて「敗北感」を味わった。
剣を向けても、血を見せても、暴言を吐いても、この女にはすべて「甘い誘惑」に変換されてしまう。
「……勝手にしろ。ただし、絶対に俺の視界に入るなよ」
そう捨て台詞を吐いて、ゼノスは逃げるように執務室へ駆け込み、扉を乱暴に閉めた。
鍵をかける手の震えが、恐怖からなのか、それとも経験したことのない「気恥ずかしさ」からなのか、彼自身にもまだ分からなかった。
一方、扉の向こうでは、リリアナが「あー、いい匂いしたぁ……。絶対、閣下からバラの匂いがした……」と悶絶している声が漏れ聞こえてくるのだった。
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では、また次の話でお会いしましょう。




