18話
夕方になると、家の中が少しずつ慌ただしくなった。
私は、こっそり家にやって来たマネージャーさんと一緒に、累くんの誕生日の準備をはじめていた。
キッチンでは、オーブンの予熱音。
冷蔵庫の中には、さっき届いたばかりの小さなケーキ。
「愛姫ちゃん、ろうそくはこれね」
「うん……16本だっけ?」
「覚えてたんだね、偉い偉い」
16本。
数字にすると、急に大きく感じる。
「お兄ちゃん、大人だね」
「……そうだね」
マネージャーさんは少しだけ言葉に詰まったあと、私の頭を優しく撫でた。
外はもう真っ暗。
時計の針は、18時を少し過ぎている。
「そろそろ、帰ってくる頃かな」
その時だった。
――ガチャ。
玄関のドアが開く音。
私は、思わず背筋を伸ばした。
マネージャーさんは、素早くリビングの電気を消す。
「いい? 愛姫ちゃん」
「……うん」
息をひそめる。
玄関で、靴を脱ぐ音。
上着をかける音。
「……あれ?」
累くんのどこか拍子抜けした声。
家の中が暗いことに、気づいたらしい。
「めごたん……?」
一歩、リビングに入った気配。
今だ!
ーーぱちっ。
一斉に、明かりがついた。
「「お誕生日、おめでとう!」」
私とマネージャーさんの声が重なる。
リビングのテーブルには、ろうそくが16本立てられたケーキ。
テレビの横には小さなツリーと、控えめな飾り。
累くんは、完全に固まっていた。
「……え」
視線が、私に向けられた。
「……めごたん?」
私は、少しだけ緊張しながら、前に出た。
「お兄ちゃん。おたんじょうび、おめでとう」
両手で、ぎゅっと拳を握る。
「……いつも、ありがとう」
数秒。
累くんは、何も言わなかった。
それから、ふっと息を吐いて、顔を覆った。
「……ずるい」
小さな声。
「なんで……祝われる側なのに……俺……」
言葉が、続かない。
マネージャーさんが、そっと距離を取る。
この時間は、兄妹だけのものだと察してくれたみたい。
私は累くんの服の裾を、ちょん、と引っ張った。
「……お兄ちゃん」
累くんは、しゃがみ込んで、私と目線を合わせた。
目が、少し赤い。
「……なに?」
「お兄ちゃん、きょう、うれしくない?」
その問いに、累くんは一瞬、目を伏せた。
「……嬉しいよ。でもね」
少し、苦しそうに笑う。
「誕生日って祝われる日なのに、なんでか……守らなきゃって、思っちゃうんだ」
私を、見て。
「めごたんがいるから、ちゃんとしてなきゃって」
胸が、ぎゅっとなる。
私は背伸びをして、累くんの頬に、そっと触れた。
「……お兄ちゃん、今日はね。お兄ちゃんが、いちばん、えらい日」
累くんの目が、見開かれる。
「だから。めごたんが、守るの」
5歳の小さな宣言。
累くんは、しばらく黙って、ふっと笑った。
「……参ったな」
私を、抱き寄せる。
「ありがとう、めごたん。生まれてきてくれて」
彼の目からは、今まで見たことないくらいの量の涙が溢れていた。




