13話
玄関のドアを開けると、家の中はいつもより暗かった。
「……あれ?」
リビングの電気も、キッチンの電気もついていない。
累くんは、私の手を引きながら靴を脱がせてくれる。
「めごたん、ちょっとだけ、目つぶってて」
「えー、なんで?」
「いいから。はい、ぎゅーって」
素直に目を閉じると、目元を手で覆われた。
大きくて、あったかい手。
なんだか、心臓がどきどきする。
数歩、前に進んだところで。
「……よし」
ぱちっ。
一斉に、明かりがついた。
「……え?」
リビングの真ん中には、簡易的に立てられた笹。
色とりどりの折り紙飾りと短冊。
そしてテーブルの上には、ケーキがあった。
小さめだけど、可愛いホールケーキ。
まさか、お祭りにケーキ……?
退院祝いにホールケーキを買うくらいの兄だ。
可能性は、なくもない。
「愛姫」
すると、背後から、聞き慣れた低い声がした。
「……パパ?」
振り返ると、スーツ姿のパパが立っていた。
ネクタイは少し緩んでいて、疲れた顔。
でも、ちゃんと、そこにいた。
「……帰ってきたの?」
「帰ってきたよ。間に合った」
累くんが、ほっとしたように息を吐く。
「よかった……」
パパは、私の前にしゃがんで、目線を合わせる。
「愛姫。誕生日、おめでとう」
「……たんじょうび?」
そうだ。
今日の七夕は、私の誕生日。
転生前はもういい年齢だったから、誕生日なんて嬉しくもなかった。
祝ってくれる家族もパートナーもいなくて、ただの1日になっていたから、忘れていた。
「……おめでとう、めごたん」
累くんが、少し照れたように言う。
さっき書いた短冊がふと脳裏に浮かんだ。
私は、ゆっくりパパに近づく。
パパも、私の背丈に合わせてしゃがんでくれた。
「あのね、パパ。今日ね、七夕祭りに行ったの」
「写真、送ってもらったよ」
振り返って、累くんを見る。
累くんは、苦笑いをしていた。
「この笹も、ケーキも、全部お兄ちゃんが準備してくれたんだぞ」
「……ほんと?」
累くんは、少し視線を逸らしてから、頷く。
「うん。めごたんの誕生日だし、七夕だし……欲張りかなって、思ったけど」
欲張りなんかじゃない。
「……うれしい」
その一言で、累くんの表情が、ふわっと緩んだ。
「じゃあ、ろうそく立てようか、愛姫」
「うん!」
「めごたん、何本立てるか分かる?」
「6本!」
「ちゃんと覚えてるね」
ろうそくに、火が灯る。
「いい? せーので、ふーだよ」
「うん!」
ふーっ。
火が消えて、拍手が起きた。
「おめでとう、愛姫」
「おめでとう、めごたん」
……あれ?
「……ねえ」
「どうした?」
「お兄ちゃんのお願い事、なに?」
一瞬、空気が止まる。
累くんは、少しだけ困った顔をして笑った。
「それはね……秘密」
「えー」
「七夕は、言わない方が叶うんだよ」
パパが、静かに言う。
「でもな。パパは、分かる気がする」
「……」
累くんは、何も言わなかった。
ただ、私の頭に手を置いて、いつもより少しだけ強く撫でる。
……ああ。
私にも、分かった気がした。
きっと、短冊には。
【この時間が、ずっと続きますように】
そんなことが、書いてあったんじゃないかな。
私は、そう思った。




