11話
今日は7月7日。
朝から家の中が、理由も分からない不思議な空気を醸し出していた。
明らかに、空気がいつもと違う。
「めごたん、今日は七夕だね」
朝ごはんを食べながら、累くんが言った。
声も笑顔も、いつも通り。
……なのに。
「ねぇ、お兄ちゃん」
私が声をかけると、累くんは一拍遅れて反応した。
「……ん?なに?」
そのほんの一瞬の“遅れ”がやけに気になる。
「今日、なにかある?」
「え?」
累くんは目を瞬かせて、それからふっと笑う。
「なにもないよ。七夕なだけ」
そう言いながら、累くんはテーブルに視線を落とす。
視線の先のスマホは、画面を伏せたまま置かれていた。
「めごたん。短冊、書こうか!」
累くんは、話題を変えるように立ち上がると、棚から色紙を取り出した。
数日前にパパが出張先で、もらってきた七夕飾りらしい。
「お兄ちゃんも書こうかな〜」
私が何を書こうか悩んでいると、累くんは自分の短冊とペンを手に取り、書き始める。
「え!お兄ちゃん、もう書いたの?」
「うん」
累くんはそう言うと、何故か隠すように短冊をぱたんっ、と二つ折りにした。
……とても気になる。
「見せて」
「だーめ」
即答だった。
「七夕の願い事は、見せないほうが叶うんだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
聞いた事がない。
絶対、今作ったルールだと思う。
━━━━
朝食を食べた後も、累くんはどこか落ち着かなかった。
時計を見る回数が多く、スマホが鳴る度に少しだけ肩が動く。
「……お兄ちゃん」
短冊の願い事をまだ書けずにいた私は、累くんの動きが気になって仕方なかった。
「どうした?」
「変」
累くんは、きょとんとした顔をした。
「なにが?」
「なんか、今日のお兄ちゃん、変」
「……気のせいだよ、めごたん」
累くんは、少し考えてから私の頭を撫でてくれた。
でも、今日はいつもより少しだけ撫でる力が強い。
毎日、何度も何度も撫でられているから分かる。
「今日は、夕方にお出かけしようか」
「どこ行くの?」
「……内緒」
内緒、という言葉の言い方が、少しだけ固い。
窓の外では、風に揺れた笹が、かすかに音を立てていた。




