冤罪で捕まったら、わたしを振ったはずの氷の貴公子様の様子が可笑しいです
「バトゥ様は食べてくださっておられますけど、アンプ様は今日は一口だけ……」
わたし、アクティ伯爵家の新米料理人(といっても、生まれた頃から母娘揃って仕えていて、最近バトゥ様の側仕えメイドの役目を外されて料理人に回されただけなんですけど)ニィウは、一皿だけ作らせて貰えた自作料理の皿を見て落ち込んでいました。
料理は楽しくて、けれども側仕えを外された身ではちょっと心からの精なんて込められなくて。そのせいなのでしょうか、わたしの料理は残されがちです。今日もそうで、アンプ様側仕えのネフェル姉さんが下げて持ってきてくれた落ち込んでいたら……突然、どたどたと慌ただしい音と共に、伯爵家に仕える騎士の方々が厨房に入ってこられました。
とても慌てた様子で、わたしは落ち着いてもらおうと水を貯めたビンから注ごうとしますが……
「ニィウ、アンプ様を殺したな?」
「……え?」
「お前の料理を変な味がするとお残しになられた後、暫くして突然倒れて亡くなられたのだ。
母娘3代に渡ってお世話になった主君の血筋を……なんと恐ろしい」
「あ、あの……わたしそんな恐ろしいこと」
「隊長!やはりあの料理に毒が!」
「え、あの……いったいこれは」
部下の方が何か薬品を振り掛けたわたしの作った料理からは毒々しい煙が立ち上っていて……訳も分からないうちに乱暴に後ろ手に縛られたわたしは、地下牢に放り込まれてしまったのでした。
そうして、わたしは……立つ気力も無く、粗末な石造りのベッドの前で床にへたり込んでいました。脳裏に思い浮かぶのは、どうしようもない混乱を抑えようとする情報ばかりです。
此処、ファージア王国のアクティ伯爵家のご当主様には、2人の御子息が居られました。お1人は今年23歳の兄のアンプ様、もう1人は22歳の弟のバトゥ様。2人は、合わせて文武揃えた美形兄弟として、社交界でも有名だそうです。わたし、給仕としてワインをお持ちするくらいしかパーティー会場に入れないので分かりませんけれど、何時も綺麗なドレスを身に纏った女性の方と話しておられます。
兄アンプ様は明るく武に長け、このお屋敷にもパーティーで談笑なさっておられた女性をそのまま連れ込むやや女性にだらしない面がおありになり、姉代わりとして色々と教えてくださったネフェル姉さんが寂しそうな眼でベッドメイキングをなさる姿を何度も見ました。
翻ってバトゥ様はパーティー後に女性を送ってもそう遅くはなくお帰りになる程で、物静かな立ち振る舞いと合わさって氷の貴公子と呼ばれているそうです。
そんな家に、今年16になるわたしは祖父の代から仕えていました。8年前、子供ながらメイドとしての心得を教えられ少しは出来るようになった頃に父の急死の心労により祖父が倒れ、このまま家族皆死んでしまうのでは?と不安で夜も眠れなかったわたしの手を寝付くまで握ってくれたバトゥ様の側仕えとして、ずっと勤めて来ていました。
こんな身に余る幸福……と思っていた人生が変わったのは、1年ほど前のことでした。1言「君はそっちのほうが良い」と言った彼によって、わたしは側仕えの任を解かれ、料理人に回されたんです。わたしが不安な時、「僕は好きだよ」と手を握って下さり、時には抱き締めても下さった彼の態度は……ある種幼い妹のような好感でしか無くて。それももう嫌になったのだと、立っていた地面が崩れ落ちた気分でした。
せめてって料理を作っても、感想として返してくれるのはもっと味をどう変えるべきって指摘だけで、楽しいはずの料理もあんまり手が進まなくて……。
そして今……謂れのない罪で、わたしは地下牢に居ます。
きっとわたしの人生は、最初に一生分の幸福を使ってしまったんです。だから、後はどんどんと転がり落ちるだけで……
そして、正確には分かりませんけれど多分、牢に入れられてから2時間ほど後。
「なんでこの子あんな不忠を……」
「きっと、不満が溜まっていたところでアンプ様に遊びで手を付けられ、カッとなったんでしょうな。
ほれ、同情から分不相応な歳と実力で側仕えに置かれて、調子乗っていたでしょう?」
様子を見に来た同僚のメイドさんと牢を見張る男性との会話が聞こえて、わたしは微かに目線を床から上げました。
けれど、会話の内容は嫌なもので。同僚からも良く思われてなかったって、わたしはもう一度俯きました。
そんなわたしの目の前には、最低限の食べ物が投げ込まれます。更に大分時間が経ってから、わたしはその包みを開いてみました。
硬いパンと、恐ろしくてやる気はないですけれどもしも暴れようとしてもあまり使えなさそうな……研ぎに回されたものを持ってきたろうナイフ。入っていたのはそれだけです。
じっと、ナイフを見つめます。
この先、どんどんと転がり落ちるなら……なんて。運んできてくれた方ですらわたしがやったと思ってるなら、信じてくれる人なんて……
けれども、恐ろしくて。首筋にナイフを当てては思わず手離してを3回くらい繰り返した時でした。
「まあ主君殺したなんて死刑だろうし先に死にたきゃ勝手にすりゃ良いけど、ボロい刃で斬るより切っ先で喉突きな」
牢番の方に言われ、わたしはきゅっと握ったナイフの切っ先を当てるようにして……
「何、やってるの?」
とても冷たい声が、牢に響きます。
「バトゥ、様……わたしは」
「君にこんなもの渡したのは誰?」
牢番さんを強い目線で追い払って入ってきたのは青い瞳にややツンツンした白い髪をした氷のような青年、バトゥ様でした。
「あの、バトゥ様……
信じて貰えないとは思いますけれど、わたし、貴方様の兄君を殺してなんて」
「……何で?」
細められる瞳に、思わずひっ、と悲鳴を呑み込みます。
「何で、そんな事言わされてるの、ニィウ?」
「……はえ?」
でも、掛けられたのはちょっとズレた言葉でした。
「あの……バトゥ、様?」
「ニィウが人を殺す訳が無い。兄上との誘いだって断ったし、そうだよね?」
「はい、わたしは何もやってません。でも……」
「誰が、僕のニィウにこんな事したの?」
致命的なズレた言葉に、わたしは目をぱちくりさせました。
「バトゥ様?」
「犯人、話せる?」
「バトゥ様、わたしが嫌になってフりました……よね?」
今度は、目の前の青年がきょとんとする番でした。
「誰がそんな嘘言ったの?」
「えっと、役立たずって料理人に左遷した人……?」
「左遷?それは酷い。
……君は何時も楽しそうに料理しているし、部屋を片付けて模様替えする事等は辛そうだから、料理人の方が辛いことが無くていいと思っただけだけど、誰が君にそんな」
「貴方、貴方です」
「……ん?僕は君を好きって言ってた筈だ。家族の死に震えてる、ちっちゃくて守りたい君を見たあの日から」
何処までも分かってない顔の初恋の人に、わたしは……疑問を抑えきれませんでした。
「昔は言ってくれました、けど」
「最近は分かってくれたと思っていたし、あまり言うと周囲が煩くて控えめに」
「たまに抱き締めてくれるだけで、キスの一つもなくて……妹代わりなのかなって」
「キスは結婚の際に誓いとして行うものだし、結婚を決めるまで我慢しないと」
……この人、想定より数段身持ちが堅すぎる人だ!?
あまりの衝撃に、思わずわたしは全身から力が抜けました。
まさか……まさか。時たま好きだよって抱き締めるだけのあれが……本気で最大限の表現だなんて……
案外思い返してみると、わたしの聞く限りでは女性の肩を抱くことすら無かったような?
「ニィウ、大丈夫?」
倒れかけたわたしの肩を優しく抱き留めるバトゥ様。心配そうな顔は、大きく成長していてもあの日わたしが寝られるまで手を握ってくださっていた時のまま。
「僕は君を追い詰めた犯人を許さない。
僕自身でも」
……はい、貴方自身の面もあります。
思わず、様々な疑問が口から溢れていきます。
「……何で、いきなり料理の感想、何処が駄目しか仰られなくなったんですか?」
「……1年前。今日のクッキーは美味しくないって言ったら凄く悲しそうな目になったから。1言多くならないように、こうするともっと好き以外言わないよう気をつけた」
「どうして、すぐに来て……くれなかったんですか」
「ニィウがやるわけ無いから。君を犯人にしようとしたクズを、産まれてきたことを後悔させようと探していた」
見つからなかったけど、と彼は肩を竦めました。
「この先、どう……」
不安に駆られ、わたしは指先を震わせます。
そう、今のわたしは一部勘違いは解けましたけど……謎の毒殺事件の犯人として捕まっている状態です。このままでは騎士団に引き渡されて……って。
「大丈夫、僕に考えがある。誰にももう君を傷つけさせない。
友人が王都にあの娘と居るはずだから、すぐに」
「バトゥ様!ご友人が」
と、其処に駆けつけてきたのはわたしを此処に放り込んだのとは別の伯爵家付き騎士の方でした。
「どうした」
「はっ!たまたま居合わせて『友人達の名誉の為』と全部解決なさいました。とりあえず犯人という明確な証拠は恐らくアンプ様の昨日の寝間着とネフェルのメイド服くらいだから出来る限り洗わせず回収しておいてくれ、との事で……」
……えっ?
「あの、わたしは……」
「『そもそも毒殺ではなく、罪を着せる為に後から毒を料理に仕込まれただけだね』との事で直ぐに謝罪して解放せよ、と」
バトゥ様のご友人って凄いんですね……と思っている間に、こうして事件は解決してしまったのでした。
────
「で、こうしてその3日後にニィウと結婚した……と」
場違いなドレスを着せられてやや縮こまるわたしを横に座らせたかっちりとしたタキシード姿のバトゥ様を見て、緋色の髪の青年が呆れたような声をあげていました。
わたしも良く分からないんですが、気が付くと結婚式を挙げていました。うん、何でなんでしょう?
「……テレス、彼女を奪われかけて気が付いたんだ。誰にも渡したくない、と。
ならば君の蛮勇を、僕もしようとね」
「一つ無礼を良いだろうか、バトゥ・アクティ」
「いや、君と僕の仲で改まらなくてもべ……」
スパーン!と。小気味よい音と共にいきなり赤毛の彼の手にあったハリセンがわたしの夫になった人の頭を横薙ぎしました。
「二言は足りん!馬鹿か!
1年前平民だから周囲に秘密な恋人を、やりたがってる料理人にしてあげたって報告してきたのは何処の誰だったか覚えているか?
己はバトゥ達は兄側が後継まで作って体制安定まで補佐してからニィウと結婚しようとしている恋人同士だから犯人は有り得ないと強弁して捜査を強行させたんだがな
もう少しで馬鹿を見るところだった」
初耳の言葉に、わたしはきょとんとします。
「待て、お前の妻、そこまで初耳って顔してるんだが。
三言は足りなかったか……」
頭痛いな、とばかりに首を振った青年は、はぁとため息をついてからわたしに目線を向けました。
「この通り、友人は氷というか単に言葉足りてないだけの男だが、己は何度も君の事を恋人として聞かされていた。
愛想を尽かしていないなら、共に居てやって欲しい。いざとなればこうやって」
もう一度ハリセンが振られ、けれど当てる気は無いのか今度は空を切りました。
「面と向かって言われなきゃ分かりません!って叩けば愛の言葉とともに思考零れ出るだろうから」
「叩いて良いんですか……?」
「嫌なら言葉を尽くせ、で良いんじゃないか?言葉足らずへの罰だ」
ちらりとわたしの横を見て、彼は肩を竦めました。
「勿論、愛してるよニィウ」
その言葉を受け、夫はわたしの肩を寄せ、頬に軽くキスを落とします。
「誰にも……例え君にも渡さない、テレス」
「……それが言えれば大丈夫か。せめて幸せにしてやれ、あの救いようのない事件の中で、せめてそれくらいの救いは欲しい。
お幸せに」
それだけ告げると、緋色の男は踵を返して……場を盛り上げる為の楽器に混じって歌声を披露していた少女の方へと水を持って去っていきました。
「……何か凄い人、でしたね。事件解決してくれたご友人……」
「まあ、解決したのは彼じゃなくその彼女なんだけど、僕等平民ガチ恋会期待の狂人だからね」
今までを取り戻すように抱き締めてくる身体に身を預けながら、ふとわたしは問い掛けます。
「そういえば、わたしは聞いてませんでしたけど……どうして、体制整えてから結婚って言ってたんですか?」
「僕、待てる?と聞いた……」
「ごめんなさい、何を待つのか分かりませんでした」
そのわたしの言葉に、彼は遠い目をしました。分かってみると、口下手なだけで何処か分かりやすくて、思わずくすりと笑ってしまいます。
「……兄上が当主として盤石になるのを待ちたかったのは、君に誠実でありたかったから。
家が盤石にならない状態で結婚しても、貴い血を残す為に他に正妻を迎えろとか色々と言われてしまう。跡目争いまで起きる。それは、嫌だった」
すっと、夫になった彼は歌姫やっていた少女を連れて、今日義父になった伯爵様に挨拶して去っていく友人を見つめました。
「彼……テレス・リュケイオンは辺境伯家の強権で貴族しか通えない最高峰の魔法学園に平民特待枠を作り、天才だと信じて幼馴染の女の子をねじ込むような奴でね。あの歌姫の子はそれに応えて飛び級して首席卒業する事で全ての反論を負け惜しみに変えに行った化け物カップルなんだけど……あれくらいやらないと、世間の目も、貴族としての責務も捻じ伏せられない。
あんな茨の道、君に行けと言いたくなかった」
……普通に考えて無理です、バトゥ様。茨どころか、一般的に言えば道なんて其処に無いです。
なんて、さっき言われた期待の狂人の言葉に納得しながら頷きます。
「だから、僕が君とだけ結婚しても良いくらいにアクティ家が安泰になるまで待ちたかったんだ。
それに、君は成人前だったし……、ほら、何人もとんでもない男に心当たりはあるし外の世界を知って君がそういう別の男を好きになったら……応援したほうが良いのかって、思ってた」
「じゃあ、どうして今、わたしを抱き締めて」
「キスもする」
結婚まではと言っていましたから、もう遠慮もなく彼はわたしに向けて軽く啄むように口吻ました。
「ニィウ、君が兄上殺しの犯人として捕まったって聞いた時、目の前が真っ暗になった。君が目の前から居なくなる可能性を実感したら……
駄目だった。そんなの、許せなかった。だから……友人みたいに、もう正面から反対意見は叩き潰すことにしたんだ」
わたしを抱く力が強くなります。何処か底冷えのする夫の言葉を受けて……
「言葉通り、守って、ね?」
小さく、わたしは抱きしめ返し、
「勿論」
そう頷いた彼は、わたしの額に自分の額を押し当てました。
「でも……アンプ様は亡くなられて、ネフェル姉さんが……
その、犯人で……」
言い淀みながら、わたしは言います。
そう、あの事件の犯人はネフェル姉さんでした。自分との関係が遊びでしか無いことに悲しみを溜め込んで、いっそ誰のものにもならないように殺してしまおうと愛用のタバコを吸ったらその煤煙で喉が詰まるようにしてしまったらしいのです。
「兄上は生きているよ。正確には、迅速な蘇生魔法で生き返った。
そこまで出来てしまう期待の狂人達は怖いね。とはいえ僕も、同じ魔法学園を当時首席で卒業した者だから、君を守る魔法には自信がある」
……そこで対抗心燃やせるくらいには凄いバトゥ様も十分怖いですけど。そう思いながら、わたしは彼の手のひらを握り締めました。
ずっと、安心してきた時のように。




