第2話「影を歩く者」 (白亜期/太古の記憶)
熱い大地だった。
空には、風がなかった。
けれど、あのとき確かに“それ”は、目を見開いた。
生まれたての体が、土の中で蠢いていた。
世界は巨大だった。
地面は鳴り、木が揺れ、遠くで**“山のような何か”**が動いていた。
あれが何なのかは分からなかった。
でも、“すごいな”と思った。
「あんな風に、大きくて、強くて、走れたらなぁ……」
そう思いながら、砂の中を這い出した。
自分の体はちいさかった。
岩の隙間にしか隠れられない。
すぐに鳥に狙われる。
卵の殻のような骨を持つだけの、取るに足らない命。
けれど……生きた。
木陰の虫を追って、舌を伸ばす。
仲間とも呼べない何匹かとすれ違う。
食べて、逃げて、また食べて、また逃げて。
それでも、空を裂くような吠え声を聞くと、
つい、立ち止まってしまう。
「あれは、どんな景色を見てるんだろう…」
「どんな風に走って、どんな風に風と遊ぶんだろう…」
ある日、裂け目のような崖の上から、
“それ”は下の谷を見下ろした。
そこには、ひときわ巨大な存在がいた。
首を伸ばし、体を揺らし、何かを守っているようだった。
見えない“風”が吹いた。恐怖じゃなかった。ただ……圧倒された。
「……綺麗だな」
小さな鼓動が、ほんの少しだけ強く打った。
その夜。
空が光った。地が揺れた。風が渦を巻いた。
“それ”は岩の隙間に逃げ込んだ。
崖が崩れ、木が倒れ、世界が揺れていた。
どれくらい続いたか分からない。
でも、気づけば……あの谷は、なかった。
あの巨大な存在も、いなかった。
朝。
太陽が昇る音がした。
“それ”は、崩れた地面の上に出た。
残された足跡があった。
かすかに残る巨大な“誰か”の匂いがあった。
そして、“それ”はまた歩き出した。
小さく、地を這い、岩をかすめるように。
誰にも見られず、誰にも気づかれず。
「でも、いいんだ。
あんな風になれなくても、
それでも、僕は……ちゃんと、生きてる」
風が吹いた。
“それ”の小さな影が、大地に伸びた。
ほんの一瞬だけ、
それは大きな誰かの影と重なって……
そしてまた、すっと離れた。
この命、何度目だっけ?
きっと数えられないけれど、
“小さくても、生きてるって気持ちは同じだ”って、今は言える。