第1話「マンモスと、白い風と」
雪が降っていた。
空はどこまでも白くて、風がビュウビュウうなっていた。
でも、寒さは感じなかった。
大きな体が雪をまとっても平気だったし、
皮膚の下の脂肪と、厚い毛皮がすべてを包み込んでくれていた。
“それ”は、今……マンモスだった。
大地は凍っていて、草は少なかった。
仲間は五頭。子どももいた。
風向きを読んで、鼻を空に伸ばして、
氷の下の草の匂いをかすかに感じ取る。
雪をかき分け、凍土を踏みしめながら進む。
たまに仲間同士で鼻を絡ませて、優しく鳴いた。
「ああ…“生きてる”って、こういうことなんだなぁ」
命は、静かで、力強くて……
温かかった。
その夜、“それ”は夢を見た。
火山の噴火。空を裂くような雷。
仲間の死骸。崩れ落ちる氷。
目が覚めた時、鼻先が震えていた。
子どもがすり寄ってきて、鼻を巻きつけて返す。
守らなきゃ……と、思った。
そう、「守る」っていう感情。
それを、“それ”はこの命で初めて知った。
ある日、嵐が来た。
白くて、激しくて、音のない嵐だった。
子どもが群れからはぐれた。
吹雪の中、鳴き声もかき消される。
“それ”は、躊躇なく走り出した。
足元は崩れ、視界は真っ白。
でも、止まらなかった。
「助けなきゃ……」
やっとのことで、子どもを見つけた。
風よけになって体を寄せる。
自分の鼻で、雪を払ってやる。
そのとき、雪崩のような風が吹いた。
翌朝、群れが見つけたのは……
凍りついた大きな体と、その胸に寄り添う子どもだった。
マンモスは、目を閉じていた。
でも、その表情は……どこか満ち足りていた。
「そっか……この命は、ここまでか」
「でも、守れてよかったな」
ほんの一瞬だけ、“それ”は空を漂う。
まだ名もない、形なき魂。
そしてまた、時の向こうへと流れていく。
この命、何度目だっけ?
もう分からないけど、
“次も、ちゃんと生きよう”って思った。