第六話:神<※※+※
頼は、自分の脳内へと語りかける。
(建御雷神……少しの間、頼む)
次の瞬間――
頼はふっと下を向き、そのまま膝から崩れ落ちる。
「……頼……さん……?」
芽衣は驚き、素早く頼の肩に手を回した。
「どうしたんですか!? いきなり!」
戸惑いながら声を上げる芽衣。
だが――
頼は片手で頭を押さえ、ゆっくりと立ち上がると、静かに一言。
「あぁ……もう大丈夫。肩、ありがとね」
その言葉を聞いた瞬間、芽衣は直感的に察する。
(この感じ……いつもの頼さんじゃない)
頼はスラリと肩から芽衣の腕をどかし、彼女の顔を見つめた。
そして――
「頼さん」
芽衣は、一息つきながら言葉を紡ぐ。
――“あの二人を止めてくれ”
そう言おうとした、その瞬間。
頼はふっと微笑み、芽衣の肩をポンと優しく叩いた。
「言わなくても分かってる。君は、ゆっくり休んでて」
「……え?」
頼の言葉に、思わず疑問の声を漏らす芽衣。
だが――
その一言だけで、彼女の心の奥深くに確信が刻まれる。
――“この人は、信頼できる”
頼はふと視線を上げ、激しく戦いを繰り広げる二人を見上げる。
「いや〜、派手にやってるねぇ。でも、たかがこれだけで命を賭けるなんて……馬鹿だなぁ」
そう呟きながら、頼は手のひらに小さな雷を発生させる。
そして、それを握りしめると――
「でも、今回は特別――初回限定」
握った雷をもう片方の手でつまみ、ぐいっと引き伸ばす。
そして瞬く間に、雷の弓が形成される。
「助けて――」
頼は、すでに作り出されていた雷の矢を弓にセットし、引き絞る。
「――あげる!」
指を放つと、雷の矢は一直線に飛び――
戦っていた神凪と步野宮の間へと飛んでいく。
「ん?」
「ナ!? 」
次の瞬間――
二人の間で雷が炸裂する。
「ギャァァァァァァ!!」
頼は雷の弓をスッと消し、軽く息を吐く。
「ふぅ……」
そんな彼の様子を見ていた芽衣は、唖然としながらポツリと呟く。
「え〜……」
雷の爆発は、そこら辺の爆弾よりも遥かに強い威力を持っていた。
(あんな威力の矢を放つなんて……)
芽衣が唖然としていると、上空から、一人の人影が落ちてくる。
「え? うえぇ!?」
芽衣は慌てて、その落下してくる人物をキャッチする。
「意外と重たいです!」
腕の中に収まった人物の顔を確認すると――
そこには気絶し、ぐったりと伸びている步野宮の姿があった。
「あれ!? 神凪さんは!?」
芽衣は步野宮をそっと地面に寝かせ、すぐに周囲を見渡し始める。
「どこですか!? 神凪さん!」
すると、上空から再び人影が降りてくる。
「はぁ〜……せっかく久しぶりに思う存分遊べると思っていたのに。なぜ邪魔をした」
ゆっくりと着地したのは――神凪だった。
「神凪さん! 大丈夫だったんですか!?」
芽衣は安堵の表情を浮かべ、急いで駆け寄る。
だが――
神凪はそんな芽衣を颯爽とスルーし、まっすぐ頼へと歩み寄る。
次の瞬間―― 勢いよく頼の胸ぐらを掴むと、そのまま鋭い眼光で睨みつける。
「なぜお前がこのタイミングで顔を出す。今までは何があっても、一度も出てこなかったくせに」
神凪の怒りに満ちた問いに対し、頼は苦笑しながら軽く肩をすくめる。
「いや〜、やめてくれよ〜。物騒な言い方は。僕はただ、自分の依代を助けようとしただけだよ? 君のような乱暴者とは違ってね」
「チッ……黙れ、それともなんだ?我の一発を喰らわんと正気にならんか?」
その一言に、手のひらに炎を灯し、今にも殴りかかろうとした――その瞬間。
「あ、あの〜……」
芽衣が恐る恐る声をかける。
「お二人は……神凪さん達ではないようですが……その、中身はどなたなんでしょうか?」
その言葉に、神凪と頼がピタリと動きを止め、同時に視線を向ける。
「……あぁ、そういえばこの子は知らなかったね、僕らのこと」
頼がポツリと呟くと、神凪は大きくため息をつきながら言う。
「はぁ……このままでは埒が明かんな。一旦、依代から離れよう」
そして、頼へと視線を向けると、冷静に指示を出す。
「建御雷神よ。我は一度、体を依代に返す。その後、我を出すように言え」
しかし頼はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「え〜? 僕よりも格下の神がぁ〜、この僕にぃ〜、命令するんですかぁ〜?」
わざとらしく間延びした口調で挑発する頼。
「あぁ!? 何だお前! お前の足りない頭では何の役にも立たんから、天才である我が案を出してやっているのだぞ!」
カッと目を見開き、神凪が食ってかかる。
だが頼はさらにニヤニヤと笑いながら、追い討ちをかけるように言った。
「いやいや〜、そのくらい僕でも思いついてましたけど〜? もしかして、さっきの僕の攻撃で頭に異常をきたしちゃったのかな〜?」
「ふざけるな、このクソ神!! もう我慢ならん!!」
ついにブチ切れた神凪は、頼を指差しながら叫ぶ。
「依代を傷つけまいと思っていたが、もうどうでもいい! 今すぐここで貴様を火炙りに――!!」
その様子を目の当たりにした芽衣は、(こんなに顔を真っ赤にして怒っている神凪さん、初めて見た……)と困惑する。
しかし――
頼はそんな神凪を軽く手で制し、落ち着かせるように言う。
「どうどう〜、落ち着いて〜。冗談だよ、冗談。ほら、さっさと依代の子と交代しなよ」
「ちっ……覚えていろよ、この野郎……!」
悔しそうに唇を噛みながら、神凪は頼を睨みつける。
すると次の瞬間、神凪からあの熱を帯びた気配がスッと消え、力なく膝から崩れ落ちた。
「神凪さん!」
芽衣は慌てて駆け寄ると、すぐさま神凪の体が地面に倒れないよう、しっかりと肩で支える。
その耳元からは、かすかな寝息が聞こえてきた。
「安心しな、寝てるだけだから」
頼のその言葉に、芽衣はホッと安堵の息を漏らす。
すると頼はニコッと笑いながら、ボソッと呟いた。
「さっき話していたのは、神凪ちゃんの異能力――迦具土神。母親殺しの乱暴親父さ。それで、僕は建御雷神。カッコいいイケメンお兄さんさ。あとで実際の姿を見れるだろうから、楽しみにしててね⭐︎」
「………は、はぁ……」
芽衣は、半分疑問、半分”この人、大丈夫かな?“と言わんばかりの表情で頼を見つめる。
「ははは、冗談だよ」
頼はおどけたように笑うが、そのまま目を閉じる。
その様子を見ながら、芽衣はふと疑問に思ったことを口にする。
「あの……なぜ先ほど”命を賭ける”なんて言っていたんですか? それに、私が頼む前から内容を把握していたようでしたが……」
その問いかけに、頼は再びゆっくりと目を開き、微笑みながら答えた。
「あぁ、あれね。前者は、僕と彼の間で約束をしているからさ。“僕自身に助けを求めたい時は命を賭けること”ってね。後者は――僕はずっとこの子を通して外を見ていたからだよ」
その答えに、芽衣は首を傾げる。
「なぜ、そんな約束を……?」
頼はゆっくりと目を閉じながら、穏やかな口調で答える。
「そうだね……簡単に言えば、“神は代償なしに人間に肩入れできない”から、かな。迦具土神は、助けるっていうよりも、気に食わない相手に天罰を下すような感じだから、関係ないみたいだけど」
そう語ると、頼の体がふらつき始める。
「……それじゃあ……ちゃんと……支えて……あげて……ね……」
頼の体がぐらりと傾き、芽衣の方へと倒れ込む。
「わっ……!」
咄嗟に頼の体を抱き留めると、芽衣は優しく地面へと寝かせた。
そのまま、步野宮の様子を伺おうとした瞬間―
「大丈夫ですか?!」
かすかに、新校舎の方から声が聞こえてくる。
その声の方へと目を向けると――
そこには、こちらへと駆け寄ってくる雪の姿があった。
「あ、雪さん!」
雪は芽衣の前まで歩み寄ると、倒れている頼と神凪へと目を向けた。
「お〜、何このすごい状況」
雪のあまりにも軽い態度に、芽衣は首を傾げる。
「あれ? 雪さん、以前お会いした時とかなり雰囲気が違いますね。態度というか、話し方というか……」
そう言うと、雪は苦笑しながら神凪の方へ歩き出す。
「いや〜、あの時は仕事というか、取引だったし。でも今は勤務外だからさ」
「な、なるほど……」
芽衣が納得したように頷くと、雪は神凪の前で立ち止まった。
そして、自分の指を犬歯で傷つけると、赤い血がゆっくりと流れ出す。
だが、その血は普通に滴り落ちるのではなく、不規則な動きをしながら空中で円を描き始めた。
神凪の顔の前にその血をかざした瞬間——
「うーん……もう食べられないよ〜……は!?」
神凪は突然、ガバッと上半身を起こす。
「ここはどこ!? 私は誰!?」
「何言ってるんですか?」
芽衣が呆れ顔でツッコミを入れると、雪はそのまま頼の方へと歩いていく。
そして、先ほどと同じように血をかざした。
次の瞬間——
「う……す、すごい嫌な感じがする……」
頼が頭を抱えながら、ゆっくりと目を開ける。
それを見た芽衣が、雪に尋ねた。
「えっと……今のは一体何をしたんですか?」
雪は、傷口から血が引いていくのを確認しながら軽く肩をすくめる。
「さっきの? あー、この血? これね」
そう言って、雪はニコッと笑った。
「この血に、私たち妖や化け物が持つオーラを纏わせて、眠りから引き戻したの」
「え? それって大丈夫なんですか?」
芽衣が心配そうに尋ねると、雪は軽く手を振って答える。
「大丈夫、大丈夫! ちょっとした悪夢を見るくらいだから」
(いや、それって”大丈夫”なの……?)
芽衣がそう思いながらも突っ込むのをやめていると、頼が何かに気づいたように目を丸くした。
「……あれ? なんで俺、生きて……」
頼の疑問に、芽衣は先ほど起こった出来事を詳しく説明し始める。
そんな様子を、雪はふぅっと息を吐きながら眺めると、スマホを取り出し耳に当てた。
「答え、分かった」
電話の向こうから聞こえてきたのは、ヴェネの声だった。
『お、すごいじゃん。それで? 君の導き出した答えは如何に?』
ヴェネの軽い口調に、雪は淡々と答える。
「ヴェネが私に助けを出させなかったのは、異能力と神の動向を見るため……じゃない?」
『惜しい、70点。ちなみに、なんでそう思ったの?』
“惜しいのか?“と思いつつも、雪は自分の考察を語り始めた。