28 2年が経った
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カロリーナがコルの街に戻って2年が経った。18才で家を出たカロリーナは25才になった。カロリーナは身近な人にとって恋愛枠よりも妹枠であることが多いようで、過保護なヴィクトルとラーレに守られて今もギルドの一室で生活している。
一人暮らしをすると申し出たことも1度や2度ではない。必要なら両替所のクロードが保証人になってくれると言質も取ってあった。だが、ヴィクトルはだめだ、の1点張りだった。
「いいかい、リーナちゃん。ラーレが一緒にいるし、俺とラーレが夫婦だってこの街の連中はみんな知っているから、リーナちゃんに手を出さないでいる。帰ってくる時、毎日何人かの男がここまで着いてきているんだ。俺に顔を覚えられているって分かっていてもこれだ。一人暮らしなんかしたら、そのまま入り込まれるぞ」
ギルドから出る時、帰る時、確かにいつも背後に人の気配を感じていた。それが悪意のあるものだったのだろうか。
そう尋ねたカロリーナに、ヴィクトルはため息をついていった。
「悪意の有無は別として、リーナちゃんの彼氏になりたいって奴らだよ。なんならそのまま結婚に持ち込もうとしている奴らは、うん、あれは悪意があるな」
「私がリアンを待っているって、みんな知っているのに?」
「知っているからこそ、だな。リアンがあらわれれば諦めるだろうが、あいつらは7年前にリーナちゃんとリアンが来た時のことを覚えていないんだろうよ」
自分と同じくらいの年齢の男性は、それなりの割合ですでに既婚未婚を問わずパートナーがいる。少し年下の世代で、カロリーナに憧れる、いわばファンのようなところから恋心をこじらせている者が何人かいるらしい。ラーレに言わせるとお互いに牽制し合っているようで、見ていて滑稽だそうだ。
「どうして? 私、気持ち悪い容姿でしょうに」
「馬鹿言え。確かに髪も瞳も白いなんてのは見たことがないが、顔立ちは可愛いから20才以下って言ったって通じるし、何てったってリーナちゃんは愛の歌ばかり歌っているからなぁ、それも情感たっぷりでさ、だから、自分に歌っているんだって、聞く者の中には勘違いする馬鹿がいるんだよ」
「え? そうなの?」
「そうだ。それだけ、リーナちゃんの歌声には、リアンを思う気持ちが込められている。まあ、普通の連中は自分の恋心を思い出して涙したり、ちょっとくらいけんかした程度で拗ねちゃならねえって自分の行動を改めたりしているから、町長は治安が良くなったって感謝してるくらいだけどな」
そこの理論が、カロリーナにはよく分からない。だが、自分の歌が人の役に立っているのなら、ただ聞いてくれる以上にうれしいと思う。
「それにな、リーナちゃん。もうじきラーレに子どもが生まれるだろう? 半年くらいはラーレをリーナちゃんに同行させられないから、リーナちゃんが一人暮らしになると、リーナちゃんのところまで目が行き届かねえ。その間に何かあってみろ、怖い奴らが最低3人いるんだぜ?」
「3人?」
「リアン、クロード、ニコロ」
「あっ」
ヴィクトルの言う「怖い奴ら」の名を聞いて、カロリーナはふっと笑みをこぼした。
カロリーナがこの町に戻ってきた時、クロードは町長に、障害のある人でも暮らしやすい街作りを提案してくれた。そのための資金が必要だとなった時には、低金利での融資を申し出てくれて、今では街の全ての側溝の上に蓋がつけられた。おかげで子どもが落ちることがなくなったと思わぬ方面から感謝され、町長は「どんな人でも暮らしやすい街作り」の重要性に気づき、せっせと仕事をしてくれているらしい。もちろん、クロードの家族全体でカロリーナを守ろうという意識があり、嫁はいるが実の娘がいない奥様などは、嫁よりもカロリーナをかわいがるほどだ。
ニコロは言わずもがなだ。今でも送金は続いている。1人で暮らしていく分には問題ないと言ってあるのだが、「父さんからのお小遣いだから」と押し切られてしまう。半年に1度は演奏旅行のついでにコルに立ち寄って、カロリーナの様子を見に来ている。一部の人からは「恋人か?」と言われ、兄だと言っても納得されなかったので、辻に立つ時にラーレと一緒にニコロにも来てもらい、ニコロのバイオリンを伴奏にして歌って納得してもらったこともある。
ニコロはいわゆるクラシックのバイオリンも好きだが、民謡などを演奏する「フィドル」の扱いで弾くバイオリンも好きだ。ニコロに伴奏してもらうために、悲恋のオペラのアリアや、クラシック歌曲になっているカンツォーネも歌った。ちょうど収穫の時期だったこともあって秋の実りに感謝する民謡をフィドル的に伴奏してもらって歌ったところ、人々がその場で手に手を取って踊り始めた。小さなお祭りになっていたようで、ニコロからも「楽しかった、また来たら一緒に辻に立つよ」と言われたので、帰ってから急いでニコロ用の興行許可証をヴィクトルに発行してもらった。
カエリアンの気配はなかなか感じ取れない。だがカロリーナは、カエリアンは生きていると信じていた。コルに戻ってから一度だけ、ティブルシオに会えたことがあった。カロリーナが辻で歌った後、どうしても街を流れる川に行きたくなった日があった。後で思えば、ティブルシオが呼んでいたのだろう。
「よう、元気だったか?」
「ルシー? 本当にルシーなの? 何年ぶりかしら!」
「覚えていてくれたか、良かった」
ラーレは一言も発さずに、ただ傍らに寄り添ってくれた。
「カエリアンには、まだ会えていないか」
「ええ、でもいつかきっとここに来るって信じているの」
「あいつも、合流地点はここだって言っていたよ」
「……会ったの?」
「一度だけな。今のあいつは下位精霊に落ちているから、探しても見つかりにくくて」
「元気だった?」
「あの事故のあと半年間、山の中の岩場の陰で眠り続けていたらしい。ちょうど目覚めたところに出会した。だが、力は全部なくしたようだったよ」
「そう」
カロリーナの目に涙が浮かんだ。
「生きていたのね」
「生きてはいる。だが、光の球でしかない。軽いからすぐに風に吹き飛ばされる。西風に逆らって西にあるこのコルに向かっているんだから、時間はかかるだろう。だが、あいつもカロリーナに会うために1人で戦っている。信じて待ってやってくれるか?」
「うん。ルシー、教えてくれてありがとう」
さらりとティブルシオの手がカロリーナの髪に触れた。
「もうしばらくは、ボクの加護を掛けておくよ」
「ルシー、私が崖から突き落とされた時、死なずに済んだのはルシーの加護もあったからだってトリトンから聞いたわ。ルシー、助けてくれてありがとう」
「ボクの気まぐれさ。でもありがとうって言われるとうれしいよ」
ティブルシオの手が名残惜しげに髪から離れた。
「じゃ、ボクは行くよ。カロリーナと一緒にいたって父神様にばれるとまずいから」
「ルシー、また会えたら声を掛けてね」
「会えたら、ね」
ちゃぽん、と音がして、ティブルシオの気配が消えた。
「今のは?」
「水の精霊よ」
「リーナはほんとに、とんでもないのと知り合いだねえ」
「ルシーのこと?」
「いやさ、精霊だの神様だのと話したことがあるって、それだけでもレアな体験だと思うんだけどさ」
「ふふ、そうね」
ラーレはティブルシオと出会ったことに興奮しているようだが、カロリーナはカエリアンが生きてこのコルに向かっていると知ったことで、ますます生きる気力が湧いていた。カエリアンに再会した時に、歌がうまくなったと言われたいと思った。ここにいるってすぐに分かるようにしなければと思った。
カロリーナの表情が明るくなったことに気づいたラーレは、別れ際のティブルシオの、切なそうに微笑んだ顔のことをからかおうと思っていたが、見えないカロリーナには言わない方がいいだろうと考え直した。
それに、精霊をからかいのネタにしたら、何されるか分かったもんじゃないからね。
翌日から、カロリーナが歌う愛の歌に、少しだけ明るさと、そして再会を切望する気持ちが強く表れたことに気づいたのは、毎日聞くラーレと常連客たちだけだった。
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