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16 カロリーナの気づき

読みに来てくださってありがとうございます。

ちょっと暗くて重いかも。

よろしくお願いいたします。

 クエルダで活動を始めた2人は、これまでのように2~3日歌うと次の町へ、という動きを繰り返していた。クエルダの民は生活に余裕がないようで、辻での興行は自由に認められてはいるが、投げ銭を入れてくれる人はほとんどいなかった。


「お嬢さんの歌が悪いんじゃなくてね、みんな生活がカツカツなんだよ。だから、歌い手も楽団もクエルダには長居しない。そうするとますます音楽が遠いものになってしまう。残念だけどね」


 わずかばかりの投げ銭を入れてくれた中年の女性は、昔はこれでもみんな音楽を楽しんでいたんだよ、と寂しそうに笑って立ち去った。


「俺たちも行こう」


 両替所のようなところがあまりないため、かえって投げ銭が少ないのは助かった。コルドからの持ち出しを少しずつ切り崩しながら、カロリーナは毎日カエリアンと辻に立って歌い続けた。


 だが、クエルダに入ってからの人々の顔は暗く、みなうつむいている。その原因が食糧不足にあることを、カエリアンが教えてくれた。


 カエリアンに言われて次の町に向かう途中でみた畑の姿に、カロリーナは心を痛めた。乾燥し農作物が枯れた大地が広がっていた。クエルダは元々乾燥した気候の国であり、雨の恵みを当てにできない。灌漑も行われているが、川から遠く離れた地域まで水が届くことはない。井戸からくみ上げられたわずかばかりの水を畑にまくだけだ。


 育つ作物は当然限られる。それが人気のあるものならよかったのだが、そういうわけではない。サボテンは食べられるものだと言われても、加工時に手を怪我してしまうからという理由で敬遠されるのと同じだ。


 心を痛めたカロリーナは、カエリアンに相談した。


「誰も見ていなかったら、歌ってみてもいい?」

「回復できるかやってみるのか?」

「実験してみたいの」

「わかった。あまり大きな声で歌うなよ」


 カエリアンは周りの様子を確認してOKサインを出した。畑の前に立つと、カロリーナは「歌の練習」として歌を数曲歌った。カロリーナの声が届く範囲の農作物が、萎れた状態から上を向いて立ち上がる。だが、カエリアンは違和感を覚えた。カエリアンはその土地の下位精霊を呼び出し、尋ねた。


 何が必要なのか。

 何をして欲しいのか。


 直接彼らに聞くことで、人間が抱えている問題と大地が抱えている問題の両方が分かる。下位精霊たちの話を聞いたカエリアンは申し訳なさそうに、カロリーナが歌うのを制止した。


「リーナ。これ以上はやめた方がいい」

「え、どうして?」


 カエリアンはカロリーナの手をそっと握った。


「水不足によって大地が乾ききり、大地の塩分が湧き上がっている。植物の力を一時的に上げても、水もない。精霊たちさえこの土地を諦めているらしい。もうこの土地で農業を行うのは無理だ」

「そんな、植物は生きようとしているのに」

「ここにある農作物は、己がこの土地を選んだわけではない。無理矢理この地に植えられ、合わない生育条件の中で必死に生きようとした結果がこの姿なんだ。これ以上無理に生きろという方が拷問だ」

「拷問?」

「ガイヤルド家にいた時のお前と同じだ」


 カロリーナは動けなかった。遠くの畑を見やれば、今にも力尽きようとしている萎れた麦が広がっている。頑張っても水は十分になく、塩害にやられ、土地も痩せているのに肥料もない。これと、ガイヤルド家にいた時の自分が同じだというのか。


「違うわ」


 カロリーナは麦を見据えたまま言った。


「私にはお父さんとお兄ちゃんがいた。助けてくれる使用人もいた。それに、リアンもずっと見守っていてくれた。嫌な思いもしたし、私が私らしく存在することができずにいたのも事実だけれど、私は死にかけてなんていないわ」

「いいや、ガイヤルド家から出る時、お前はあの女(グラツィアーナ)から何をされたか忘れたのか? もしあの家にそのままいたら、お前は確実にあの麦と同じことになっていたのだぞ?」

「それでも、私にはリアンがいた。助けてくれた。そして今、私は自分にはできることがあるって知って、毎日充実している。この子たちだって、助けさえあれば生きられるのよ!」

「では、麦の収穫までずっとここにいるのか? この畑の持ち主だけが麦を収穫し、利益を得ることになるったら、他の畑の者は? 他の地域の者は? 彼らがどう思うだろうかと考えたか? 

 目の前にあるものだけでも救いたいという気持ちは尊いが、お前の善意が争いの種となり、この畑の持ち主が妬まれて襲われたらどうする? 命を落とすことになったらどうする? リーナ、お前はそこまで考えているのか?」


 残念だが、カエリアンの言うとおりだとカロリーナは思った。今日一日水や栄養分が届いても明日からそれがないのなら、麦は結局枯れるだけだ。自己満足の行動で、他人の命に関わることになるだなんて、思ってもみなかった。


「手助けするのは収穫間際の麦が風で倒れたとか、植え付け後の定着がうまくいっていないとか、そういう場所だけにしないか?」

「リアンの言うとおりだわ。ごめんなさい」

「分かればいい。俺はただ、リーナが巻き込まれるのを見過ごせないだけだ。精霊というものは広く恩恵を与える存在ではない。自分が気に入った者にだけその恩恵を与える。それが加護であり、加護を受けられる存在が俗に言う『精霊の愛し子』だ。俺の関心事はリーナが音楽を愛しながら幸せに生きること、ただそれだけだ」


 自分の考えがいかに浅知恵だったのか、それでいいことをした気になろうとしていたなんて傲慢だったとカロリーナは反省した。


 同時に、こうやって今まで接したことがなかった人と接する中で、自分の思考がひどく歪で狭いものだということに気づかされた。それは、閉鎖された「ガイヤルド家」の中でしか生きてこなかったこともあるだろう。カロリーナが広く多面的な思考を保たないように誘導されていた可能性があったことに気づき、カロリーナは愕然とした。


 つまり、私は従順であるようにと教育されていた?


 気がついてしまえば、アントニオだけでなく、ニコロのこともジョアキーノのことも盲目的に信頼していた自分に気づく。だが、それはガイヤルド家の中にいる間、決して悪いことではなかった。むしろその従順さがカロリーナを守っていた部分もある。


 そうか、と思った。愛されていたからこそ、自分の手の届く範囲で守るために、従順になるように育てられたのだ。無駄な反発をして消耗するより、従順であればお互いに消耗せずに、見かけ上は穏やかな家族でいられるから。従順になるようの育てたのも一つの愛である。


 だが、外で生きていかなければならない今、カエリアンを頼り切ってただ従順なだけではだめなのだ。カエリアンの言葉から、カエリアンを諫めたり止めたりする必要もあるからだ。


 今までが頼りすぎたっだ。ガイヤルド家から出てから自分の足で歩いているつもりだったが、カエリアンの助けがなければここまでくることができなかったことに思い至り、カロリーナはうつむいた。やるべきことが多い。そして、難しい。そんなカロリーナに、カエリアンが声色を変えた。


「化け物に執着されることが怖くなったか?」


 はっとしてカエリアンを見上げた。ひどく傷ついた暗い表情をしている。


「精霊の加護だとか、『精霊の愛し子』などと言えば聞こえはいいが、それを否定的に言えば執着としか言えないだろう。執着は一種の呪いだ。リーナがどれほど嫌がっても、俺はリーナから離れられない。執着の度合いはそれぞれ異なるが、俺のリーナへの執着は、どうやら相当重いようだ。この執着は、俺が死ぬか、リーナが死ぬか、あるいは俺が精霊術師に『隷属の首輪』を付けられるか、そのどれかでなければ解けそうにない。嫌だろう、こんな俺が」

「違う、そうじゃない。私が今まで周りの人にどれだけ守られてきたか、やっと気づいたの。お父さんもお兄ちゃんも私を守ってくれた。

 でもね、根本的に問題を解決してくれたわけではなかったことに気づいたの。特にお父さんはその気になればいろんな手が使えたはずなのに、そうしなかった。お父さんは私のことを大事だって言ってくれていたけれど、お母さんの方が大事だったんだって、そう分かった。そうじゃなかったら、私が遠慮してその場にいないからって、家族の食卓、それも私の席に座るグラツィアーナと一緒に食事をするはずなんてないもの。

 そもそも朝食しか一緒に取らなかった家族なのに、夕食のテーブルを4人で囲んでいた。優しくしてくれるのがうれしくて、私は周りが見えていなかったんだなって、それに、私も状況を変えるために何の努力もしていなかったなって、それに気づいたから、だから……」


 一度言いよどんで、カロリーナはまっすぐにカエリアンを見た。


「私、リアンに頼るだけのお荷物になりたくない。リアンと一緒に、同じレベルは難しくても、話し合えるだけの力を付けたい」

「リーナ。お前が無理することはない、と言いたいところだが、それではお前が納得しないのだな。俺としては少し寂しいところもあるが、何かあったら俺が支える。だからリーナ。お前がやりたいようにやればいい」

「リアン、ありがとう。私、少しずつにはなるだろうけど、きっと守られるだけの情けない人から脱却するよ」

「ああ、期待している。それでこそ、リーナだ」


 カエリアンの顔が暗いものからいつもの表情に戻っている。カエリアンが差し出した手にカロリーナが手を重ねて、座り込んでいた姿勢から強制的に立ち上がる。


「できることを増やそう。そのうち、歌で雨だって呼べるようになるかもしれないから」

「そんなことができるの?」

「伝説の音楽家のアリオンやオルフェウスは、歌の力で奇跡を起こしただろう? リーナの奇跡を探すんだ」

「随分大きな目標ね」

「目標は、大きければ大きいほど達成できなかった時のショックは大きいが、小さい目標で進んでいくよりも、進む一歩は大きいことが多い。とはいえ、大きすぎると目標を見失うこともある。だから、大きな目標を掲げて、その目標を達成するために必要な小さな目標をいくつも立てるんだ。それを一つずつ達成していけば、いずれは大きな目標にたどり着く、そうやって前に進むんだ」

「大きな目標と、それに到達するための小さな目標?」

「そうだ。雲を呼び雨を降らせること。大雨を止め、太陽を取り戻すこと。そのために何が必要だと思う?」

「天候を司る神様に声を届けること?」

「それは小さな目標?」

「大きな目標かな」

「でもね、天候を司る神様はいないよ」

「えっ? そうなの?」

「水と風が決めるんだ」

「つまり、水と風の精霊に私の願いが届くようにすればいいのね」

「そうだ。だが、彼らは一カ所にはいない。常に水や風と一緒に、あちこちに移動している」

「いろんなところで歌う必要があるのかしら」

「それも一つの方法だ」

「痕跡を残して、そこにメッセージを込めることはできる?」

「どうだろう。聞いたことないな」


 カロリーナがう~んと唸りながら考えていると、ふわふわと目の前を白い光が横切った。


「ん? これは何?」

「リーナ、見えるのか?」

「このふわふわ?」

「これはこの地に住む精霊だ。彼らは力が弱いから、どこへも行けない」

「どこへも行けない? じゃ、ずっとここにいるってこと?」

「そうだ」

「あ!」


 カロリーナは思いついた。目をキラキラさせて、カエリアンに尋ねる。


「その土地の精霊さんたちにお願いして、水や風の精霊さんが来た時に、伝言を伝えてもらうのはどう? 土地の精霊さんたちには、お礼として歌を歌うわ」

「歌いすぎるな。下位精霊がみんな上位精霊になってしまうから」

「ふふ、分かっているわ。でも、これならできそうよね」

「彼らが答えるかどうかは別だが、現実的だろう。リーナに下位精霊が見えるようになったとはな」

「きっと、私たちの話を聞いていて、伝言ならできるって教えようとしてくれたんじゃないかしら」

「あまり精霊に好かれるな」

「好かれないとお願いを聞いてもらえないわ」

「好かれすぎるのも困る」

「大丈夫、私が信用している一番はリアンだから」

「ん。ならば許す」


 2人は町から町へ、国から国へと渡り歩いた。各地で歌いながら、土地の精霊たちに歌い、祈り、穏やかな気候にしてほしいというカロリーナの願いを伝え続けた。あまり派手にはできなかったが、カロリーナは各地の田畑に向かって歌い、無事に実るように祈りを届けた。


 気づかない者も多かったが、3年もすればカロリーナの歌に何らかの力があると気づいいたり、コルドの噂からカロリーナたちがそうではないかと推測する者も出てくる。水や風の精霊との接触は叶っていないが、気候が穏やかになったという噂が各国できかれるようになった。


 その頃、再びクエルダに戻って町から町へと辻で歌う日々を続けていたカロリーナとカエリアンの元に、クエルダの辺境伯からの招待状だ届いた。ここ一年ほど、「美しい声で情感たっぷりに歌う流浪の歌姫がいる」という噂が広がり、貴族に招かれて歌うことが増えた。短時間で高額の報償金が出る上、邸の中の素晴らしい美術品が見られるといってカロリーナは喜んだ。


 カロリーナとカエリアンは辺境伯の館に招かれ、歌を歌った。


「素晴らしい歌だ。領民にも聴かせてやりたいから、一週間ほど滞在してくれないか。もちろん費用はこちらで負担する」


 一週間という言葉に2人は警戒した。だが、クエルダの辺境伯領の荒廃度は、今まで見たどの地域よりもひどかった。出会う下位精霊も少ない。それが気になった。


「各地を回るのでしょうか?」

「そうしてもらえると助かる」

「かしこまりました」


 翌朝、近くの村に行くことを決めると、2人は客間へと案内されていった。辺境伯は、自分の後ろに潜ませていた者たちに命じた。


「必ず、調べ上げて報告せよ」

「はっ」


 陰のような者たちが消えた後、1人だけ残った者がいる。


「面白いことになりそうだな」

「私がほしいもの、ちゃんとくださいね?」

「ああ、必ずやろう」


 何かを望んだ者は、客間へと案内されて隣の棟を歩いているカロリーナとカエリアンを見、うっそりと笑った。

 


読んでくださってありがとうございました。

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