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15 逃げる

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 風邪を引いたカロリーナは、次の町の宿で3日ほど缶詰になった。いそいそと世話を焼くカエリアンは宿でも注目の的だった。甲斐甲斐しさに「あんたもこのくらいあたしのことを気にしてくれりゃ、優しくしてやれるんだけど」などと嫌みを言われる旦那衆も出るほどだったが、一方であまり長い期間1カ所にいたくない事情があるカエリアンは、カロリーナの熱がなかなか下がらないこともあって気が気ではなかった。


 ようやく旅を再開できるという日、カロリーナは宿代だけでは足りないような気がしていた。ただの風邪ではあったが、「おかしな流行病かもしれないから」と何軒かの宿には宿泊を断られたのだ。気にせずに「ゆっくり休みなさい」と言ってお粥や熱冷ましのハーブなどを用意してくれた宿の女将の温かさが身にしみていた。


「私、トロバイリッツ(流浪の歌姫)なんです。お礼に歌わせてください」

「おやおや、ありがたいねえ。きっと宿のお客さんも喜ぶよ」


 カロリーナは、暖炉を家族で囲む、温かい雰囲気の歌を歌った。


「家族ではありませんが、この宿には、女将とお客さんの間に、まるで家族のような温かさがあるって感じたんです」


 女将は夫を亡くした後、子どもを育てながらこの宿を切り盛りしてきたのだという。同じような状況の寡婦たちを優先的に雇い、みんなで協力しながら子どもを育て、仕事をしてきた。スタッフが家族のようだと言われれば「まあそうだね」と思う程度だっただろうが、客との間に同じような温かい空気があるとすれば、それはこの宿独特の空気であり、褒め言葉だと感じられたのだろう。


「ありがとう。あたしたちのやり方が間違っていなかったんだって思えたよ」

「ええ、感謝しています。お世話になりました。足を悪くしているのでしょう、お体、どうぞお大事に」


 カエリアンに守られるように穏やかな歌姫は立ち去っていった。


「あたしの足が悪いって、よく気づいたね」


 スタッフと言葉を交わして仕事に取りかかった。いつもよりよく動ける気がして、気分がいい。その日女将はいつも以上にテキパキと仕事をこなし、従業員たちと夕食を取る時間になった。


「女将さん、今日は動きが良かったねえ」


 スタッフの一人が声をかけてきた。


「そうだね、何だろう、体が軽くてさ、こんな日もあるんだねえ」

「でも、こういう寒い日は足の古傷が痛むって言っていなかった?」


 女将ははっとした。昔、階段から落ちて骨折した右足。天気が悪くなったり、こんな冬の寒い日には古傷が痛んで足を引きずってあるくこともあったのだが、痛みがない。


 そういえば、あの子の歌を聴いてから足の調子が良くなったかもしれない、と思い至る。


「ねえ、あんた今日おなかの調子が悪いって言っていなかった?」

「月のものだから仕方がないんだけどね。あれ、そういえば今は痛くないねえ」

「ちょっと、あかぎれが急に治ったんだけど、何が起きているの?」

「あんたたちもか? 俺、重い荷物を運ぶから腰を痛めていて、いつも痛くてならねえんだが、急にすっと痛みが引いたぜ」


 スタッフと女将、それにそばにいた客は、互いに顔を見合わせた。女将が恐る恐る言い出した。


「あの子の歌を聴いた後、だよね?」


 そこにある全ての顔が頷く。


「もしかしたら、聖女様なんじゃないか」


 あっと叫んだ者がいた。


「聖女様と護衛の騎士様が、お忍びで国を回っている最中に風邪を引いて、それでここに泊まった?」


 翌朝、この宿に泊まった客にも尋ねたが、体の不調がことごとく良くなっていると判明した。


 間違いない、聖女様だ。


 何せここは宿だ。これから客は旅を続けたり家路を急いだりと、各地に散らばっていく。「聖女出現」の噂は、コルドの国内に瞬く間に広がっていった。


「まずいな。こんなに急速に噂が広がるとは」


 2、3日ずつ町を移動しながら興行する予定だったが、「トロバイリッツに身をやつした聖女様」の噂を耳にしたカエリアンは難しい顔をした。


「ごめんなさい、まだ力の制御がうまくできなかったようだわ」

「いや、声の力が強くなったから、今まで以上に制御などできないだろう。しばらくは歌わない方がいいな。それに、新しい町で興行許可を取る度に、俺たちの名前が広まる可能性がある」

「どうして声の力が強くなったのかしら」

「声には感情が乗るからな」

「感情が、乗る……」


 またカロリーナの顔が赤くなった。


「そう、だから声の力が強くなったんだ。困ったな、声の力が弱くなったら、リーナが俺のことをなんとも思わなくなったってことになる」

「それはっ」

「冗談だ」

「もうっ!」


 カロリーナはカエリアンの膝の上に乗せられて、頭をピタリとその胸に付けている。カエリアンとこうしていると、カエリアンが精霊だと言うことを忘れ、ただの一人の人間であるかのように錯覚してしまう。カエリアンの心臓の、トクトクという音が耳に響く。


 私たちは生きている、そう強く感じた。


「私たちは、生き続けなければならないわ。聖女だなんて誤解が広まってしまったら、きっとどこかで権力者が私たちを利用しようとするでしょう。お互いに納得できる条件なら協力したい。そのためにも、まだ私は訓練しないと。まだ力の制御がうまくできないのだから」

「そうだな。なあ、リーナ。国境を越えれば、多少は噂の広まりも抑えられるだろうと思うんだ。コルドを出て、次の国に行かないか?」

「そうね。ここはいい国だけれども、ほとぼりが冷めるまでは他の国で過ごしましょう。そうしないと、私、リアンとの約束を果たせないわ」

「約束?」

「あら、忘れたの? 私を守る代わりに、毎晩歌を聴かせろって言ったじゃない」

「それか。そうだな、俺の力の源はリーナの歌だからな」


 2人は、コルドを出ると決めた。まだ「リアン」「リーナ」の名前と「騎士と聖女」の情報が結びついていない内に、両替所に預けた金をいくらか引き出しておく必要がある。両替所で残高の半分ほどの金を引き出すと、リアンとリーナはコルにいるクロードに手紙を書いた。


「状況が変わったので一度国外に出ることにした。両替所の口座にはまだ半分ほど残してあるのでそのままにしておいて欲しい。今後しばらくはこの口座で金を出し入れすることも難しくなりそうなので、口座の履歴が止まるだろう。いつかは戻ってくるので、期限が来ても凍結しないように処理してほしい」


 そんな内容だ。クロードなら、これでリーナの力が何らかの形で知られただと気づくはずだ。ヴィクトルにも伝えてほしいと書き添えた。何かしてほしいということはない。ただ、知らせておくだけだ。これなら、カロリーナたちに疑いを持った人物が手紙の封を切って中身を読んだとしても、カロリーナの力のことも、どの国に行くのかも全く分からないはずだ。


 カロリーナはカエリアンに手を引かれて、西に向かって国境を越えた。人の通らぬ山道には獣もたくさんでたが、カエリアンの意を汲んだ精霊たちが守ってくれた。


「いつも守ってくれてありがとう。あなたたちが助けてくれるから、私は山道も夜道も怖くはないわ」


 小さな光の玉が無数に飛び交う中、カロリーナがお礼を言えば、光は更にキラキラと輝く。


 小さな精霊たちにも守られながら西の隣国クエルダに入った2人は、これでまた歌が歌えると微笑みあった。

読んでくださってありがとうございました。

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