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14 新たな目標

読みに来てくださってありがとうございます。

ブックマーク、ありがとうございます!

ちょっと?甘めです。

よろしくお願いいたします。

 翌朝、カロリーナは随分すっきりと目覚めた。


「おはよう、リーナ。昨晩は随分楽しそうだったな?」


 ギルドの3階のこの部屋は、シングルベッドが2つ置かれている。ソファもベッドになる仕掛けがあって、3人グループでも宿泊できるようになっていると記憶している。


 それなのに、なぜカエリアンはカロリーナのベッドにいるのだろう。

 どうしてまるで添い寝のようにしているのだろう。

 それに、カエリアンは男なのにどうして朝からこんなに妙に色気があるのだろう。

 あ、男と言うより精霊だったか?


 カロリーナはすっきり目覚めたはずなのに頭が回らず、「ほえ?」という間抜けな声を出してカエリアンを見つめた。


「どうやら俺のお姫様はまだ寝ぼけているようだ」

「寝ぼけて、ないよ?」


 カロリーナの舌足らずな答えに、カエリアンがクツクツと笑った。


「ワイン一杯で酔っ払って寝てしまうとはな。これからリーナには酒を飲ませないことにしよう」


 いろんな記憶が一気にカロリーナの脳内を駆け巡った。


 そうだ、昨日は両替所の社長クロードに誘われて一緒に高級店で夕食をとっていた。それなのに、初めてワインを飲んで、途中から眠くなって、それから、それから……。


 カロリーナの顔が真っ赤になった。食事のテーブルでうたた寝をしてしまった。それから、気づいたらカエリアンに抱っこされて夜道を歩いていた。ふわふわしていたせいか、カエリアンの抱っこが心地よかったせいか、そのまままたカエリアンにしがみついて寝てしまった、気が、する……。


「リアン、私、寝ちゃったのよね? クロードさん、怒っていなかった?」

「全然。それにしても、初めて会った日に男に寝顔を見せるなんて、リーナは随分と悪い子だな?」


 ひっ、と思わず声が出た。怯えるリスのようなカロリーナの頭をいつものようにポンポンすると、カエリアンはにこやかに言った。


「俺にしがみついて離れないリーナも可愛かったけどな?」


 ひいいっ、という変な声とともに、カロリーナの頭から湯気が出るのではないかと思うほどに顔が赤くなった。首まで真っ赤に染めてしまったカロリーナの頭をもう一度ポンポンすると、カエリアンは起き上がった。


「身支度しろ。今日辻でもう一度歌ったら、両替所に投げ銭を預け次第すぐにこの町を出る」

「え? まだいるんじゃなかったの?」

「事情については、この町を離れたら説明する。俺は今からヴィクトルにこの話をしてくるから、荷物をまとめておくんだ」


 そう言うと、カエリアンはさっと身支度をして部屋を出て行ってしまった。よく分からないが急に町を離れる必要があるのだろう、カエリアンに見放されたらどうにも生きて行ける自信がないカロリーナは、捨てられるのではないかと怯える子犬や子猫のような気持ちで身支度を整え、荷物をトランクに詰め込んだ。


「朝食、できているって」


 呼びに来たカエリアンと一緒に一階に下りると、焼きたてのパンのいい匂いがする。パンとスープと温野菜の朝食はカロリーナには食べきれないほどだがカエリアンには物足りないらしく、パン半分と温野菜の半分はカエリアンの胃袋に中に収まっていく。


「リアン、今日はどこで歌うの?」

「ん、そうだな」


 カウンターの向こうにいるヴィクトルが、一瞬気遣わしげにこちらを見た。


「今日はここでどうだ?」


 安全な場所だとヴィクトルが地図に印を付けてくれたとある場所を指さしながら、カエリアンが言った。


「目印は……病院だな」

「病院のそばで歌っていいのかしら?」

「楽器の演奏じゃ音量の問題もあってまずいだろうが、歌ならいいんじゃないか?」


 カウンターからカエリアンを見るヴィクトルの目が真剣なものになっているが、カエリアンが気づいていないのか、敢えて気づかぬふりをしているのか分からない。だが、カロリーナはカエリアンが悪い方向の話をするはずがないと信じている。


「分かったわ。それなら、患者さんが元気になるような歌を選曲しておかないとね!」


 先に3階の部屋に戻っていったカロリーナを見送った後、ヴィクトルがカエリアンに声をかけた。


「大丈夫なのか?」

「病院で歌うことか? それなら、この町への餞別だよ」

「そうか……この町の者としてはありがたいが」

「いずれまたこの町に来ることもあるだろう。その時にはもしかしたら追っ手がかかっているかもしれない。ヴィクトルを犯罪者にするつもりはないが、もしそんなことがあったら助けてほしい」

「困った時は、お互い様さ。それが俺のやり方だ」

「頼んだよ」


 その日の昼前、カロリーナは入院患者がいるような大きな病院のそばで歌った。童謡や民謡を中心とした選曲は子どもやお年寄りに好評で、病室の窓を開けてこちらに耳を傾けている入院患者もいるようだ。歌い終わると、最後にカロリーナは大きな声でこう言った。


「みなさん、お体お大事にね~!」


 今日も投げ銭がポンポンと箱に投げ込まれる。箱を持ち上げた時、病院から看護師と思われる人物がやってきた。


「あの、患者さんたちから預かってきました」


 手渡された紙袋の中に、様々な色の貨幣と一緒に飴やクッキーの包み紙が見えた。


「いいんでしょうか?」

「本当は自分の手でお渡ししたいけれども、皆さん入院するほどの患者さんですから」


 寝たきりの人、骨折などで動けない人、絶対安静を申しつけられている人、様々な理由で入院している人がいるのだろう。そして、動ける人が動いて、看護師に「歌っていたお嬢さんに持って行ってほしい」と頼んできたのだという。


「ありがたく、いただきます」

「また歌いに来てくださいね」

「ええ……」


 カエリアンとカロリーナはすぐに両替所に行き、入金額を証書に書き込んでもらった。そして急いで商業ギルドに戻ると旅装に着替えた。


「また来ます」

「ああ、その時も是非、ギルド(うち)に泊まってくれ」

「そうさせてもらうよ」


 カロリーナとカエリアンは、馬車にも乗らずに歩き出した。一刻も早くこの町を出たがった割には急いでいないことに、カロリーナは疑問を感じた。町から離れて1時間ほど歩いたところで、2人は休憩を取った。周りには誰もいない。街道ではなく、裏道のような所を通っているような気がして、カロリーナはますます不安になる。


「ねえ、リアン。もう教えてくれてもいいんじゃない?」

「聞く覚悟はできたってことだな?」

「覚悟?」

「でも、周りに人がいないここならばちょうどいいだろう。昨夜、リーナが眠ってしまった後で、クロードが市場でリーナが歌った後に気になることがあったと教えてくれた」


 カエリアンは、カロリーナの歌に「成長」「回復」といった力がある可能性があること、それは国によっては、あるいは人によっては、戦争といったよくないことのための道具として狙われるような力であること、ただしカロリーナの歌によって発現したその力が本当にそういう力なのかどうかは確認しないと判断できないことなどを説明した。


「リーナには確実に『破壊』の力がある。ジョアキーノたち(あいつら)から逃れた時のことさ。あのときは俺がリーナの力を利用してはいたが、お前の声にはそれだけで建物を壊し、人を殺せるほどの力がある。それも合わせれば、お前は『人殺しの兵器』として戦争の最前線に送られる可能性すらある。そのことに、クロードが気づいたんだ。だから、目立つ前に……そう、お前の歌を聴いて体調が良くなったとか、けがが治ったとか、そういう噂が立つ前に、この町を出た方がいい、そうアドバイスしてくれた」

「そんな……私、だって、何の才能もないって……」

「いや、ガイヤルド家はアントニエッタが年を取って歌わなくなってから、声楽家が一人も出ていない。みんな楽器なんだ。アントニエッタの夫は楽器商人だったから、とにかく楽器を弾かせたがったんだ。だから、誰も歌の持つ力のことなんて気にしていなかった。だが、リーナ。君の特別な力が今、開花を始めている。自分の力でコントロールできるようにならないと極めて危険だ。だから、コルを出た。人気のないところで少しずつ練習してお前の力をはっきりさせた上で、たとえそれがよいものであったとしても、使う時は2人で相談してからにしよう。絶対に勝手に町中では使ってはいけないよ」


 思いもよらないカエリアンの言葉にカロリーナはなんと言って良いか分からず、しばしの沈黙が下りた。


「きちんと訓練すれば、人助けできるのかしら」

「まだわからない。『回復』とか『成長』ではなく、『破壊』で生命としてのリミッターを壊しているだけなのかもしれない。短期的な視点ではよいものであっても、長期的に見たらよくないものだということもある」

「そうなのね……うん、リアン、私、頑張る!」

「ん?」


 明るいカロリーナの声は、カエリアンの予想とは違うものだ。


「もしかしたら私が……『ガイヤルド家の恥』だなんて言われてた能なしの私が、歌うことで誰かのためになれるなら、私、頑張る。頑張りたいの」


 カロリーナとカエリアンの目が合った。


「リアン、協力してくれるわよね?」


 頑張り屋のカロリーナの姿を見るのはうれしいとカエリアンは微笑んだ。


「ああ、もちろんだ。その代わり厳しいぞ?」

「え、スパルタは嫌よ?」

「さあどうだろうな」


 キャッキャと笑いながらカロリーナが冬の枯れ野を走り回る。まるで子猫が見るものすべてにはしゃいでいるかのようだ。


「きっちり鈴をつけておかないと、まったくどこまで行ってしまうか分からない奴だ」


 それは不満の言葉ではなく、むしろ喜びの言葉だった。


・・・・・・・・・・


 誰もいない冬の野原で2人は実験を始めた。カロリーナが歌うと、カロリーナの足下から同心円状に枯れ野が花で埋め尽くされていく。歌い終わって目を開けたカロリーナでさえ、口をあんぐりと開けてしまった。


「この花がどれほど保つのか、観察する。数日はここで野宿だ。俺が守るから問題ないだろう?」


 野宿はコルにたどり着く前にも何度もした。猛獣がそばに来ると、カエリアンがそばにいる下位精霊に何か言う。カロリーナには見えないものが猛獣のそばに行く。まるで誰かと話をしていたかのような表情をした猛獣は、こちらをふっとみてから、離れていく。


「この地にいる下位精霊に、襲わないようにと頼んでもらっているんだ」

「そんなことができるんですね!」

「精霊だからな」

「精霊、すごい!」


 中身のないやりとりなのに、カエリアンと話しているとそれさえ楽しく感じる。ガイヤルド家の中で、クリツィアとグラツィアーナに見つからないように息を潜めていたのが遠い昔のように感じる。無理矢理笑っていたのが嘘のように、今は心から笑える。


「自然に笑えるようになったな」


 いつぞやのようにカエリアンの右手が伸びてきて、カロリーナの左頬を包むようにした。


「リーナは、笑っている方がいい」

「リアンもね」


 カエリアンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、ハハハ、と大きな声で笑った。


「リアンがそんなふうに笑ったの、初めて見たわ」

「そうだな。こんな風に笑ったのは、アントニエッタと旅をしていた時以来だ」

「何十年ぶりってこと?」

「そうだな、もう何十年もこんなふうに笑ったことがなかったな」


 すりすりとカエリアンの右手がカロリーナの左頬を撫でる。くすぐったくて、目を閉じたカロリーナは思わずその手に頬ずりするような動きになってしまった。突然手の動きが止まったので目を開けると、カエリアンが真っ赤になってカロリーナを凝視していた。


「リアン?」

「リーナ。お前は俺が一応男だと言うことを理解しているか?」

「もちろん」

「こんなことをしたら、男が誤解するということも知っているか?」

「誤解? どんな?」

「それは、その、あー……お前が俺に好意を持っているのではないかと、まあそういうことをだな」

「好きよ」


 目をそらしながらブツブツ言っていたカエリアンが、カロリーナの言葉に固まった。カロリーナはカエリアンが自分のことを恋愛対象として見ているはずがないと、自分を戒めてきた。だが今の言葉は、どう考えたって告白をごまかそうとする男そのものではないか(あくまでカロリーナの読書履歴による、カロリーナの推測には過ぎないのだが)。


「リーナは、俺が、好きか?」

「最初はお兄ちゃんとお父さんの中間みたいに感じていたわ。でもね、気がついたら、お兄ちゃんともお父さんとも違う感情があるって気づいたの。リアンと手をつなぐとドキドキした。他の誰にも、こんなにドキドキしたことなかった。私、最初は病気かと思ったわ。でもね、一昨日辻で歌った時に気づいたの。ああ、私、この歌が言っていることが分かる気がするって。好きな人がいる、その人に振り向いてもらいたい、そう思う気持ちが一番近いって気づいたの」

「そう、だったのか」

「そしたら、翌朝目が覚めたら、リアンたら同じベッドにいるんだもの。どうしようかと思ってしまったわ」

「それは悪かったな」

「で、リアンは?」


 こういう時、ちょっとずれているカロリーナは照れるばかりの娘ではない。


「リアンはどうなの?」

「そんなの、決まっているだろう!」


 左頬に添えられたままの右手。右頬に左手が伸びてきて、カロリーナの両頬が包まれた。「ほえ?」という間抜けな声が出た唇を、カエリアンの右手がなぞった。


「アントニエッタとはいつまでたっても友人の域を出なかったのに、どうしてリーナ相手だと、こんなにこの腕の中に閉じ込めておきたいと思うんだろうな」


 カエリアンの目が、今までの中で一番優しく、その声は甘やかだ。


「偽の婚約者だったが、これから俺たちは恋人どうしだ」


 そっと唇が重ねられた。触れるだけの、だが10秒はあったと思われるファーストキスが離れていった時、カロリーナの目はとろけていた。


「ばか、そんな顔、他の男に絶対に見せるなよ!」


 ああ、とカロリーナは理解した。「他の男にこんな顔を見せるな」とカエリアンは何度も言ったがそれは嫉妬だったのだと。


 カロリーナはそっとカエリアンの胸に頭を寄せた。カエリアンはその頭をぎゅっと引き寄せて、カロリーナの頭に顎を乗せるようにしている。冬の冷たい風さえ心地よく感じるほど、カロリーナの体温は上がっていた。


 その後3日野宿して野原に咲かせてしまった花を観察したが、特に問題はなさそうだ。


「もう少し確認したかったが、これでは野宿は続けられないな」


 さすがに冬の野原での野宿は厳しかったのだろう、カロリーナが風邪を引き、熱を出してしまったのだ。


 仕方がない、次の町で療養させよう。


 自分に治癒の力があればと思うが、そもそもカエリアンは腕力に物を言わせる、ただ音楽が好きだっただけの精霊だ。精霊界の中でも特殊能力とされるようなものがあるわけではない。距離があるから、カロリーナを横抱きにはできない。おんぶして布で包むようにすれば、多少は安定感が出た。


「さあ、次の町に行こうな」


 愛しい女のためならどこまでも頑張れるカエリアンだった。

 そして、そんなカエリアンのためにも早く風邪を治そうと誓うカロリーナだった。


読んでくださってありがとうございました。

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