第66話 牧場デート⁉二人の特別な時間！
馬車は静かに街を離れ、舗装された石畳の道から少し外れて、緑豊かな森の中へと進んでいった。鳥のさえずりが心地よく響き、風が木々を揺らす音が静寂の中で心地よいリズムを刻んでいた。アレクシス王子は、隣に座るステラの横顔に微笑みかけながら言った。
「今日は、君にどうしても見せたい場所があってね。あまり人がいないから、静かに過ごせると思うよ」
ステラはアレクシスの言葉に興味を抱きながら、目の前に広がる風景に目を向けた。緑豊かな森が次第に開け、遠くに広がる山々が姿を現した。そこには、古い石造りの展望台が立っており、思わず見上げてしまうほどだった。
アレクはエルフェリア王国が誇る王立牧場へと向かっていた。道中、彼は穏やかな口調でステラに話しかけた。
「今から行くエルフェリア王立牧場僕は昔から好きな場所なんだ。まるで自分の庭のように感じるけれど、実際にはとても広大で、一日では全てを回りきれないよ」
ステラも頷きながら答える
「すごく楽しみ。リリカもここに来たら喜びそうです」
「そうだね。いずれリリカも招待したいと思っているよ」
とアレクは頷きながら続けた。
「エルフェリア王国は昔から猫を神の使いとし、光魔法にまつわる伝説が数多くある。だから、周辺の国々からも猫の国とか光の国って呼ばれているんだ」
「だから街中にもあんなにたくさんの猫がいるんですね」
とステラは思い出したように頷いた。
「そう、国の民が猫を守り、神の使いとして崇めているからね。彼らの信仰の象徴でもあるんだ」
馬車が牧場に到着すると、ステラの目に飛び込んできたのは、真っ白な美しい馬たちと、漆黒のいかつい巨大な馬の姿だった。どちらも王宮に送られるために育てられている特別な馬たちで、気品と力強さを兼ね備えていた。
「わあ…こんな立派な馬、見たことがありません」
とステラは目を丸くして感嘆した。
「王宮でも使われる馬だからね。特にこの白馬は競馬のエースとしても活躍しているんだ」
とアレクは自慢げに話しながら、彼女を競馬場へと案内した。
二人は競馬場に足を踏み入れ、壮大なレースが繰り広げられる様子を見守った。ステラは初めての競馬体験に心を躍らせ、目の前で繰り広げられる速さと迫力に圧倒されていた。
「すごい…まるで風のように駆け抜けていますね」
「そうだろう？競馬はこの牧場でも大事なイベントなんだ」
その後、二人は牧場内を散策しながら馬に餌をやったり、馬具を作る工房を見学したりと、さまざまな体験を楽しんだ。工房では、巨大な針を使って馬具を縫う作業を見学し、ステラも実際に挑戦してみたが、初めての経験に四苦八苦していた。
「難しいですね…こんなに大きな針を扱うなんて」
アレクは微笑みながら、彼女の手元を優しく見守った。
「最初はみんなそうだよ。でも、君ならすぐにコツを掴めると思う」
さらに、馬の蹄を鉄の塊から作る工程を見学し、ステラはその技術に驚いた。全てが彼女にとって新鮮な経験で、興味深いものばかりだった。
牧場内には、猫をはじめとする動物の保護施設もあり、ステラはそこにも足を運んだ。たくさんの動物が保護され、大切に世話されている様子に、彼女の心は温かくなった。
「アレク様、こんなに多くの動物たちがここで保護されているんですね。素晴らしい施設です」
「そうだね。王国の重要な施設の一つだよ。特に猫は神聖な存在として大切にされているから、ここでも猫のための特別な場所が用意されているんだ」
ステラは感心しながら、猫たちの姿をじっと見つめた。彼女も猫耳を持つ者として、猫との特別な繋がりを感じていた。
「ところで、ステラ。乗馬に挑戦してみない？」
アレクが提案した。
「えっ、私がですか？」
ステラは少し驚いたが、アレクの優しい微笑みに促されて頷いた。
アレクは自分の愛馬である白馬にステラを乗せ、手綱をしっかりと持ちながらゆっくりと歩き始めた。馬の背に乗るのは初めての経験だったが、アレクのサポートがあったおかげで、ステラは次第にリラックスして楽しめるようになった。
「大丈夫、ゆっくり歩くから心配しないで」
「思ったよりも高いんですね。でも、気持ちいいです」とステラは風を感じながら微笑んだ。
アレクは彼女の表情を見て、安堵の表情を浮かべながらさらに馬を進めた。二人の間に流れる静かな時間が、次第に心地よいものへと変わっていった。
その後、再び馬車に乗り込んだ二人は、牧場の中心に立つ展望台へと向かった。展望台に到着すると、アレクはステラを連れてゆっくりと石造りの階段を登った。階段を上るごとに、周囲の景色が広がり、次第に全貌が明らかになっていく。空気は澄み渡り、心地よい風が二人の頬を撫でた。
やがて、展望台の頂上にたどり着くと、そこには広大な景色が広がっていた。遠くの山々から流れる川、点在する村々、そして緑豊かな森が一望できる場所だった。ステラはその壮大な眺めに思わず息を呑んだ。
「なんて美しい景色」ステラは思わず息をのんだ。
「この場所は、僕が子供の頃から大好きなんだ。特に考え事をしたい時や、何かに悩んでいる時にここに来ると、心が落ち着くんだよ」とアレクは説明した。
ステラは頷きながら、展望台の石の欄干に寄りかかり、遠くの景色を見つめた。心地よい風が二人の間を吹き抜け、静かで穏やかな時間が流れていた。
アレクはステラの肩にそっと手をかけて
「おいで、ここから見る夕焼けは特別なんだよ」
二人は並んで展望台から夕焼けを眺めた。空は徐々に赤く染まり、太陽が地平線に沈んでいく様子が目の前に広がっていた。その光景に、ステラは言葉を失い、ただその美しさに心を奪われていた。
「すごい…こんなに美しい夕焼け…」
「君にこの景色を見せたかったんだ」とアレクは穏やかに言い、自然とステラの手を握った。
ステラは一瞬驚いたが、次第にその温もりが心地よくなり、彼の手をそっと握り返した。二人は言葉を交わすことなく、沈みゆく太陽を見つめていた。
夕焼けが空を赤く染め、牧場全体を包み込む。風が穏やかに吹き、二人の髪を揺らしていた。そんな中、二人はただ静かに、互いの存在を確かめ合うように時を過ごしていた。
やがて夕日が完全に沈み、夜の帳が降りるころ、二人はそっと手を離し、再び馬車に乗り込んだ。アレクとステラ二人はお互いが引かれあっていることを確かめ合い、今日この一日が特別なものだったと実感していた――。
